唐が滅んだ後の五代の戦乱が終わり、宋が中原を治める時代となっていた。天下の統一が果たされて、太平の世が 続く事百年近く。政界の腐敗が始まり、財政の立て直しが叫ばれるようになった六代皇帝神宗の朝廷。この時代に於 いて、一世に名を残した二人の宰相がいた。
 一人は唐宋八大家の詩人としても知られ、新しい法律に依って、急進的な改革を主張した王安石である。彼は新法と 呼ばれる数々の改革法案を掲げ、それを施行することによって、この混迷の政局を乗り切ろうとしたのであった。彼が 行った青苗法、免役法と呼ばれる政策は、その正否、結果はともかくとして、後世に大きな一石を投じたのである。
 王安石の政策に賛同する一派を、その法律から取って新法党と呼んだのであるが、それに反対する一派を、『旧なる 法に従う』という意味で、旧法党と呼んだ。その巨頭であったのが、かの名高い史書である資治通鑑の著者であった司 馬光であった。
 当然の事ながら、この二人の宰相は激しく争い、その闘いと党争は十年近くの長きに渡った。歴史に言う新法旧法の 争いである。しかし宋の煕寧八年、王安石は改革の夢に敗れて郷里にと帰り、その後はただ政治との関わりを一切断 って、詩作のみに没頭したのである。それは、現在の中央から目を背けたいだけの一心であり、現実から離反した、た だ心を慰めるだけの行動であった。
 代わって朝廷では司馬光が唯一の権力者となり、王安石の政策をことごとく無にと戻し始めていた。新しい法律は全 て廃止され、以前の旧にと復された。国を憂えた王安石の改革は水泡と帰したのである。
 そして時代は流れた元祐元年の春。かつての仇敵であった司馬光の手によって、自分が創始したものが瓦解してい く様を見ながら、王安石は六十六歳の生涯を閉じたのであった。五月、訃報は朝廷に届けられ、宰相司馬光の耳にも その知らせは入って来ていた。
 司馬光はその報を聞いて、驚喜するどころかむしろ落胆さえした。そして、自らの将来を憂うと共に、好敵手の死を痛 んだのである。
 司馬光は王安石よりも二つ年長の六十八であった。自分でもその健康と先には自信が持てなくなっていたのである。 そしてそれを象徴するかのように、これを境に司馬光の健康は徐々にと衰えを見せ始めていた。考え込むことも多くな り、人が話し掛けても返事を返すことが無い時も増えた。口の悪い者は司馬光が白昼夢を見ているのだとさえ言った。 そんな宰相が政界に君臨していた。



 王安石が死んで四ヶ月余りが過ぎた。司馬光は宰相府に於いて、書物の点検にと没頭していた。
 王安石の死後、彼はやたら気弱にとなった様に誰もが感じていた。それは当人である司馬光も感じていた。あれほど までに己を競い、互いの筋をぶつけ合った人間が消えてしまうと、なんとも世界は味気なく感じて、全てが無味乾燥なも のとなってしまうのであった。
 外はまだ暑いものの、それも徐々にと陰りを見せてきた。日暮れ時には僅かだが、風の物音に初秋の足音を感じる ようとなり、しばし朝に立ちこめる霧と草露に、しのびよる時のうつろいを忍ばせられる日々となって来ていたのである。
 時は夜半をとうに過ぎたが、司馬光はまだ宰相府を立ち去る気配を見せなかった。彼は先ほどより、一つの書物にと 没頭しているのであった。とはいっても、それを読み取ろうとか、知力の更なる結集を考えていたのではない。
 彼が手にしているのはその著書である資治通鑑であった。この書は、彼が王安石との闘いに破れ、隠者としての生 活を営んでいた時代より書き始めたものである。それから数十年の月日を費やし、やっと一昨年になって、どうやら形 らしいものを書き上げたのであった。
 彼が万感の想いを込めて、書き上げたのがこの歴史書であった。それには、彼の思うところの批評が、はばかること なく、余す事無く書き綴られていたのである。
 そうして長い間目を通していた司馬光であったが、ついに全ての箇所の注釈をすませると、書を卷いて積み重ね、ふ うとため息をついた。
(今は亡き王安石が、これを見たならばなんと評すだろうのう)
 そんな思いがふと頭をよぎった。司馬光は頭を上げ、目の前の卓に片肘を付いて空を見上げた。
 窓の外には光を失いかけた月がただ欠けるばかりにとなってその姿を横たえていた。目の前の書簡には薄明るい月 光が燦々と照り注ぎ、この陰鬱な宰相府を一夜の宴にと変えていた。その中にはかつて司馬光が王安石より送られた 手紙がある。
「こんなものもあったな…」
 司馬光は独りごちた。その一つを手に取ってみる。司馬光がかつて政界を退き、その無念を忘れようと、ただひたす ら著述に没頭した時に送られたものである。
 それを司馬光は広げようともせず、力の無い笑いを一つすると元の通りに置き直した。このような物を今更見ずとも、 王安石の心はよく解っていた。
「いま思えば、我々二人は、思う所は同じであったな…」
 たとえ思想は違うといえども、二人の心は常に同じ所にあった。少なくとも、二人とも国を思い、自分の心にと基づき、 その信念を綱領として行ったに過ぎなかった。ただ王安石が急進改革を求め、司馬光は従来の枠の中での変化を目 指したに過ぎない。
「少し疲れたわ」
 昼間よりの政務の疲れもあり、司馬光は肘を付いたままで目を閉じた。彼の意識はすぐに眠りの中にと落ちて行った のである。



 司馬光は夢を見ていた。今より四十年も昔。官吏登用のための科挙を及第した若き司馬光は、開封の都にて月見の 宴に興じていた。
 宴は閑散として、それ自体で物悲しさを醸し出していたのだが、おぼろな月の光がそれを一層際だたせ、誰もがその 中で酔い、それぞれの思いに自分を沈めていた。
「もしや貴方が司馬光殿ではございませぬか」
 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには柔弱な白面の、しかし目は力強く輝き、声も威風堂々とした素晴らしき 青年がいた。
「私、この度に進士に及第した王安石と申します。貴方の御高名はうかがっております。これからも何卒よろしく御願い します」
 そう言って王安石は頭を下げた。
「貴殿が王安石殿か。第四位の素晴らしい成績だったそうじゃないか」
「お誉め戴き光栄です」
「謙遜するな。さあ、杯を取りたまえ。我ら二人、力の限り宋国にと尽くそうではないか」
 そんな光景が次々と夢の中に現れてきた。二人ともまだ若かった。力に溢れ、そして己を信じる事限りなく、自信と意 志に満ちていた。
「司馬光殿、司馬光殿」
 最初その声が聞こえたとき、司馬光はまだ夢の続きを見ているのではないかと思った。しかしその声によって、彼は 過去の幻影から引き戻されたのである。
「司馬光殿、宰相殿」
 またもや声が聞こえた。司馬光は不意にと目を開け、ほとんど無意識の内に言葉を発したのである。
「なんだね、王安石殿」
 言った後、ふとその言葉の不自然さに気付いて司馬光は我にと帰った。今は故人となった人間の名を呼んだのが不 思議であった。
「お気付きになったね。宰相殿」
「な…」
 酷い狼狽と困惑を額に顕して司馬光はうめいた。彼を呼んだのは、紛れもない王安石の声ではないか。しかもそれは 幻覚でも何でもない。明確な現実として、机の下から聞こえてくるではないか。
「王殿か?貴殿は既に亡き者と聞いたぞ。死してもなお幽鬼となりてこの世に留まるのか?」
 さすがに司馬光は一廉の人物であった。持ち前の気丈さでもって、たちどころに冷静さを取り戻し、声の聞こえてきた 場所にと目を落とした。
 声は司馬光の座している卓の下より聞こえてくるようだった。司馬光は身体を屈めると、机の下の暗闇に目をこらし た。
「そんなことをせずともよいよ。今、姿を見せよう」
 再び王安石の声が聞こえた。司馬光は姿勢を元にと正し、意識をしっかりと持って眼前を見つめていた。
 やがて、なにかが机の下から這い出してくる気配があった。司馬光は少し恐れを感じたが、何分にも王安石の言葉で あり、聞こえてきたのは彼自身の声であったので、それを支えとし、気を張って正面を正視し続けたのである。
「ここだよ。見えないか?」
 顎の下で声が聞こえ、司馬光は驚いた。その一瞬の後には、思わず出そうにとなった悲鳴を堪えるために、右手で 己の口を塞いでいた。
 それは、一匹の白蛇であった。ぬめるような鱗が一枚ずつ、薄い月明かりの中で光を受けて輝いていた。
 司馬光は目を見張った。蛇は確かに一匹であった。しかしその風体の異様な事は、一目で見て取れた。尾は確かに 一つであり、まぎれもないただの蛇であった。その尋常成らざるところは、蛇の胴の所より、二つに枝分かれしており、 頭は二つあったのである。
 二つある頭のうち、司馬光より向かい合って右側の頭は目が開いていた。そこには紅い目が稟として輝いていた。も う一方の頭は目が閉じられて、その身体は死んだ様にと横たわっていた。雰囲気に気押されて司馬光はやや後ずさり した。
「王安石殿なのか?」
「そのとおりだ」
 声は確かに蛇から聞こえてくるようであった。あまりの不思議に司馬光は何度も自分の目を疑った。しかし、いくら目 をこすろうとも、目の前の事実には少しも代わりはなかった。
「どうしたのだ。気丈な貴方らしくもない」
「いや…すまぬ。しかし驚かぬ方に無理があるわい。死んだと思った貴殿がこうしているのだからな」
 やや気を取り直すと司馬光は手を伸ばして冠を取り去った。それは彼が親しい者と話す時に行った態度であった。
「おう、昔と変わらずに私を迎えてくれるとは、なんともありがたいことだ」
 蛇は嬉しそうに言うと、二、三度身を震わせた。と、同時に数枚の鱗が剥がれ落ち、光を放って夜光虫の様にと宙を 舞った。
「王殿。貴殿は死んだと聞いたが」
「そうだ。私は確かに死んだのさ。しかし、私が最後まで持ち続けていた疑問と執念は氷解せず、それが私をこのような 姿にと生まれ変わらせた。気が付けば、私はこのような姿に生まれていたのだ。
 さて、今日この様な姿になり、恥を晒しながらも貴方に会いに来たのは他でもない。私は、どうしても貴方に謝らずに はおれなかったのだ」
「謝るだと」
「いかにも。私の時代が去り、貴方の時代となった。貴方は私が行ってきた事をことごとく否定してきた」
 うむ、と司馬光はうなづいた。それが、彼としての信念であり、司馬光が日頃唱えていた事を実践したのであるから。
「私は郷里で、それを見ながら日夜ほぞを噛んでいた。全て私が良かれと思ってやってきたことだった。しかし、貴方は それを全て無くしてしまった」
 王安石の蛇はやや語気を荒げて、かなり長い言葉を一気にと吐いた。司馬光はその態度にやや不満を感じた。かつ て王安石が宰相であったときには、司馬光の意見など、王安石は顧みなかったではないか。
「王殿よ。貴殿はそういうが、貴殿は宰相として、私の意見を取り上げることがなかったではないか」
 司馬光もそれに対して、詰問的な問いかけを返した。蛇は深く頭を垂れた。
「だからなのだ。だから、私は貴方に謝らなければならぬのだ」
 そう言った蛇は、言葉に力が無く、深い悔古の念にとらわれているようであった。
「昔の私は、自分が考えていることはただ正しいと感じて、自分の思うところを実践してきた。そして、貴方のことを少し も顧みようとはしなかった。自分でも、それが正しいと思っていたのだ。
 ところがだ。このような姿になってみると、つくづく自分が因果を犯したことが解るのだ」
 蛇は生きている方の頭をもたげると、細くねじ曲がった舌を出し、身体を捻って、死んだ様に地面に伏している頭の方 を指した。
「この頭は普段は死んだ様に眠っている。身動きもしない。私はこっちの方の頭だけで、貴殿と話しているのだ。
 いつもは動かないもう一つの頭だ。しかしだ。私が何かを行おうとすると、蛇として生きていく上での活動を行おうとす ると、この頭は狂ったように暴れだし、私の邪魔を行うのだ。ことごとく私のすることに刃向かうのだ」
 今、喋っている方の頭は騒々しく、威圧さえももって司馬光に語りかけてくる。狂った方の頭はこの時も、少しも躍動を 感じさせず、ただそこに在るがごときで微動だにしなかった。
 司馬光は興味に駆られ、なんとなくその蛇の言う頭を摘んでみた。頭は何の反応も示さず、ただ無力に従うのみであ った。ただそこには確実に、血流の動きは感じられた。頭は生きているのだ。
 王安石は続けた。
「私はこの頭の存在を呪った。何度この頭から離れて自由になりたいかと願った。しかし、それは無理だった。この狂っ た頭も私自身なのだから
 そこでふと思いだしたのだ。そして解ったのだ。かつて人間であったころの、私のもう一つの頭が貴方であったことを」
「私が貴殿のもう一つの頭だというのか」
 怪訝に問う司馬光。やや後手に周りながらも、彼は蛇と正面に向かい合いながら、その言葉を吟味していた。蛇は語 る。
「そうだったのだ。あの時、私は貴方の意見を聞き入れようとはしなかった。私は自分の思うところが必ず国を救うと信 じていたのだ。私だけが熱烈な愛国の徒と信じて疑わなかったのだ。しかしだ。思い直せば、貴方もやはり忠国の士で あったのだ」
「そうだ。私だって、国を愛していた。貴殿の急進的な活動は、国のためにはならぬと思っていた。だから私は今、思う とおりにやっている」
 蛇は何か悲しげに頭を振った。目の光から威勢が失せていた。そして首をやや上げて、どこか遠くを見つめていた。 それは人間であったときの彼が、物事を否定するときの癖であった。
「私もそう考えて、全てをよかれと思っていた。昔の私は一度決めたならば、一本の蛇として、尾から頭まで一筋の道を 辿っていた。私にとって貴方は否定しなくてはならない人物だった。
 しかしだ。よく考えれば、私も貴方も根元は同じであったのだ。宋国に尽くし、国を憂うという意味では、私と貴方は、 頭は違うこそすれ、尾は同じであったのだよ。
 私のもう一つの頭は私の思い通りにはならない。私に噛み付き、執拗なまでに攻撃を繰り返してくる。しかしだ。悲し いかな、根元は同じなのだ。私ともう一つの頭は離れることは決して出来ない」
 蛇は長嘆すると一区切りするために息を継いだ。今はそれさえも蛇としてのあさましい呼吸でしかなかったが、王安 石という一人の官吏であった男の魂が、心から悔いた一つの証であった。
「私は貴方に謝らねばならない。長い間、私は貴方という頭を無視して政治を行い続けた。今、私はその報いを受けて いるのだ」
 司馬光はかつての同僚の惨めな姿を再度凝視した。そして、その心の内に、また自分も彼と同じ道を辿るのではない かという恐怖を覚えていた。
 蛇は長い間物思いに沈んだ様子を顕していたが、やがてまた身体を起こした。今度はその目に強い警告の光があっ た。強い意志だった。蛇は再び語気を荒げると口を開けた。
「しかしだ。司馬光殿よ。私もまた貴方の頭であったということを忘れないでくれ。今、宰相として貴方は私のやったこと をことごとく否定しようとしている。それはかつての私と同じことでしかないのだ。
 郷里で敗残の身を病床に横たえ、私はひたすら貴方を怨んだ。その時はまだ、私が報いを受けていることに気が付 かなかった。そして死し、このように無様な姿に代わり果てて、宰相としての六年の罪をあがなっているのだ。
 司馬光殿よ。貴方は好い意味も悪い意味でも、私の生涯に大きく関わってくれた。だから言うのだ。貴方は私の道を 歩んで欲しくない。ああ、なんという悲しいことだ。二人ともその尾は同じであったというのに!」
 大声をあげて悲嘆すると、蛇ははらはらと涙を流し、身体を伏せて悲しみにと浸った。司馬光もまた、このかつての仇 敵の悲劇を感じ、そっと目頭を押さえた。時は静かに流れて行き、ただ傾く月の光だけが鮮やかに机上を照らしてい た。
「確か、貴方と初めて顔を会わせたのも、こんな晩ではなかったかな」
「そうであったわ。月見の宴であった。あの時の貴殿の誌は素晴らしかった」
 王安石と司馬光の頭には、まるで昨日のことのようにその時の風景が甦っていた。音一つない静寂の上で、二人は 浮き上がった空間にその存在を置いていた。
 月の光が薄く辺りを包む中、朗々と王安石の詩は響き、司馬光は杯を傾けながら、その人に引き寄せられていった のである。
「あの時は何を話したものかな」
「二人とも熱意に駆られていたはずだ。この国を良くしようと。宋国の威光を、力を取り戻そうと」
「であったな。あれからどれほどの時が過ぎたものか」
 感慨を込めて司馬光は指を折った。王安石が科挙に及第したのが二十二の歳であり、その時既に進士に昇っていた 司馬光は二十四であった。だからもう四十四年もの昔になる。
「…ほぼ四周りにも等しいわ」
「もはやそこまで時は過ぎたのか」
 蛇は、いや王安石は一つ一つの歳を思い返していた。その途中から司馬光とは分かれ、彼はもう一つの頭を顧みる 事無く生きてきたのであった。そして宰相となり、威勢をふること六年に渡った。
「あの時は、二人とも同じ道であったはずなのに、何がここまで酷い方になってしまったのだ。ああ、なんとも悔やみき れないのだ。どうしてもう一度、二人とも同じことに気が付けなかったのか」
 蛇は身体を震わせると背を向けた。気が付けばもう夜は明け始め、白んだ光が空の端から少しずつ広がっているの が彼らには見えていた。
「もう私は姿を消そう。そしてもう現れることはあるまい。御願いだ。私の言った事をもう一度考えてくれ。そして、二人が 元は同じであったことを思い直してくれ」
 蛇は言い終わると、その頭を垂れた。
 その時であった。今まで死んだように眠っていた方の蛇が突如として目を開き、牙だらけの口を開いた。そして猛然と して王安石の魂が宿る方の頭に襲いかかって行った。
「あっ」
 気が付くと司馬光はその狂った頭に手を伸ばしていた。そして一瞬だが、その狂った方の頭に自分の姿を見て、深い ところでの恐怖に身を震わせた。蛇は司馬光に払いのけられて壁へと吹き飛び、したたかに身体を打ちつけた。
 司馬光は息を荒げで蛇を見ていた。蛇はほんの僅かだが気を失って地面にと転がったが、すぐにと起き上がり、一つ の頭を彼の方へと向けて喋った。
「痛いのう。随分と手荒なことをしてくれるものだ」
 それはまさしく司馬光自身の声であった!彼は目の前が真っ暗になって行くのを感じていた。



 数刻の後、参内してきた者達によって、机上に倒れ伏していた司馬光は助け起こされた。彼はこの出来事を漏らすこ となくその場を取り繕い、日頃と変わらぬ政務に没頭した。
 ただ、彼が行ったその後の政策に、多少は改められる所はあった。彼が死んだとき、その棺の上に双頭の白蛇が乗 っていたとの噂があった。その蛇が何者であったのか、今となっては知る術はない。
                         (了)