時は夜半を回っておりました。
 御簾の合間より、月の光が静かに私たちを照らしていました。
 父は、今や全てを諦めたように、薄いため息と共に、もはや見えることのない目で、天空に浮かぶ少し欠け始めた十六夜月を見つめていまし た。
 今や、この冷泉院の全てが銀色の帳に包まれ、かすかに聞こえる遠い虫の声だけが、私と父とをそっと包んでいたのでした。辺りに人気はま ったくなく、いつもならば近くに侍る侍女の寝息もとうにどこかに消え失せ、ただ遠い沈黙だけが、迫りくる虫の音の旋律と共に、そっとたたずん でいるのでした。
 しばらく褥の上で、肌を晒したままにそうしていると、私はなんとも悲しくなり、つい目頭を押さえてしまうのでした。これは罪なのでした。
 今宵…父と寝ました。



 私、当子は三条の帝の内親王として生まれました。私は父のお気にいりの娘でありました。並み居る親王、内親王の中で、もっとも父に愛さ れたという自負がございます。父の私に対する愛情もまた並みならぬもので、まだ父が親王でいらっしゃった時のことでありますが、お側に来 たときにはいつも手ずからお菓子を取って、私にくださった事を、今でも強く記憶しております。父はまったく仁厚なお方で、私が幼い頃、礼儀も わきまえずに父の前ではしゃいで乳母に叱責を受けても、私を常に庇ってくれたのです。
 そんな父を、私は好いておりました。内親王は結婚せぬのが通例ですが、私はこのような父の元に居られるのならば、降嫁などせぬとも良い と考えておりました。その頃、父は既に春宮にと立てられており、私の暮らし向きもなかなか良かったのです。父が三十六の時、一条の帝が崩 御され、父は即位して主上となりました。その時私は十歳でございました。
 新たに天子が即位すると、内親王の中より伊勢斎宮を新しく選び、その在位中は伊勢斎宮として、伊勢神宮へ下り、巫女としての役割を果た さねばならないという決まりがございます。私は不幸にも、その役目に選ばれてしまい、数日の後に伊勢へと下ることとなったのです。私が望 む、望まないには関わりません。これは内親王に生まれた者としての務めなのです。拒むことは出来ません。
 私は泣きました。涙が枯れ、目が赤くなるまで泣き続けて父に懇願しました。住み慣れた都を離れ、遠く離れた伊勢の地へ下るのが恐ろしく もあったのですが、何よりも父と離れるのが嫌だったのです。
 いつもは私の我侭は大概聞いてくれる父でございましたが、この時ばかりは私の訴えを聞き入れてくれませんでした。それは仕方がありませ ん。父は主上でありました。天子です。この日の本の国を治める国君でございます。国君が自ら仕来りを破るわけにはいかないのです。
 私は泣く泣く伊勢へと下ることに成りました。あの日のことは今でもよく覚えております。父は私の手を取り、
「よろしいか。能く人を敬い、職務を怠る事無く務めなさい。ゆめゆめ、間違いなどおこさぬように」
 そう硬く私に言い聞かせたのでした。私は黙って首肯くより他はありませんでした。なにしろ私は父をこの上もなく愛しておりましたので、私の 我侭で、父が悲しみ困惑する姿を、これ以上見たくは無かったのです。どこまでも分別のない少女であった私でしたが、父を愛するがゆえ、こ の悲劇を甘んじて受け入れたのでした。
 やがて、私が伊勢へと向かうための行列が立つ時となりました。父も私も別れを惜しみながら、それぞれの車に乗り込んだのでございます。 斎宮下向の時の仕来りとして、一度別れて旅立てば、二度と後を向いてはならないという掟がございます。しかし、私は不遜にも、その掟に背 きました。私は牛車の簾の内より、馬で遠ざかる父の後ろ姿をうち眺め、視線を逸らすことありませんでした。
 その時でございました。父は後を向いたのです。
 私は思わず悲鳴をあげそうになりました。斎宮下向の時、後を振り向いたものには災いが訪れるという言い伝えがあります。
 正直申して、私自身はどうなってもよかったのです。ここで父と離れてしまえば、後は父が譲位するまで、私は都へと戻ることは出来ません。 ですから、私は自棄の気分で父を見送ったのですが、ここで父が私と同じ事を行なうとは、まったくもって思いもいたしませんでした。
 父の隣の左大臣道長公が、一言二言父に話し掛けるのが見えました。父はやや俯きがちに視線を置くと、私の行列の方をいつまでも見つめ ているのでございました。いつもどおりの優しい父の目でございました。私は車の中で、憚りなく突っ伏しました。そして、後はただ思うままに泣 き続けたのです。



 それから五年あまりの月日が流れました。私が父の退位に伴い、伊勢斎宮の職を免ぜられて都に戻ったのは、長和五年の秋でございます。 既に秋風が冷たく感じられる中で、私は都入りしたのでございます。
 五年ぶりに訪れる都に懐かしさは感じましたが、私の心の中には、父のことが深く不安として置かれ、久方ぶりの賑わいに接しようとも、その 心は少しも晴れぬのでございました。
 正直言って、父の退位がこんなに早く訪れようとは、私はまったく想像だにしておりませんでした。今上陛下は未だ八つの幼さであり、父の齢 は四十一。僅か五戴の御代で位をお降りになるなど、誰が考えるでしょう。しかも今上陛下は父の皇子ではないのです。
 父の退位を話を聞いたとき、私は始め驚愕し、後に驚喜しました。これはまったく不謹慎なことです。子としての道を外した行為です。しかし、 考えると当然であったのかも知れません。私は所詮人としての道さえも外した女なのです。
 父が、左の大臣道長公に迫られて位を降りたことは明白でした。大臣は、父の代わりに、一条の帝の中宮彰子様のお子、大臣にとっては外 孫となる敦成親王を次の帝にしようとしていたことは、周知の事実であったからです。もはや、しかるべき藤に絡まれ取り付かれたた宮家は、 ただ墜ちていくばかりでありました。
 父はどんなに無念であったのでありましょう。道長公の大臣は、父を追い落とすため、二度も内裏を燃やすという、臣下にあるまじき振る舞い をしたと聞きます。私は父が気の毒でたまりませんでした。しかし、同時に、都へと戻れるという事実に面し、そのことでもって大臣の罪をも免じ ている、嫌らしいほどの自分に気づいたのです。私も齢十五となり、もはや子供ではありませんでした。世間並みの女なら、とうに嫁いでいる歳 であります。
 当然のことながら、上皇となった父は内裏を退き、一時的に冷泉院の方へと移ったとのことでした。私はそのことを知ると、即座に車をそちら の方へと回しました。
 その時の、私の心情は愕然というにふさわしいものでした。いくら冷遇されているとはいえ、上皇の御所なのです。少数なりとも来客のあるは ずですのに、御所の御前には一乗たりとも、車がつけてある様子はございませんでした。
 御所は何やら閑散として、人の気配がしませんでした。私は悲しみを胸に納め、この時ばかりは涙をこぼす事無く御所の門をくぐりました。



 私は殆ど待たされる事無く、上皇たる父の御前へと通されました。簡素な作りの広間に、一段高く席がしつらえてあり、父は昔と変わらぬ姿で そこに座っていました。
「伊勢から帰ったと聞くが、もう参内はしたのかね」
 父の声は昔と少しも変わりませんでした。優しく、慈しみを持って私に語りかけてきました。全てが昔のままで、私は幼い子供の頃に返った気 がしたのです。
「まだならば、急いで参内した方がよいな。そなたは新帝のお祝いにも上がっていない。まあ、それは遠国にいたので仕方がないが、今からで もご機嫌伺いに上がった方がよろしい」
 父はそんな事を言うのです。たかが八つの帝に何が分かりましょうか。今や摂政として御所に侍るのは、左大臣道長公でしかありません。父 をこのように追いやった男の所へと父は向かえと言うのです。
「この通り、もはや私にはそなた達を養うだけの力もない。本来なら内親王は降嫁させぬべきだが、私がこんな具合では、私亡き後のそなた達 が気に掛かって仕方がない。左の大臣に頼んで、いずれ、貴女にも似合いの婿を探してもらおう」
 父は残酷な事を言いました。私の心は酷く傷つきました。そして、父の窮状を改めて見つめ直しました。
 ふと見ると、御簾は所々が傷つき、一部は紐が解けてだらしなくぶら下がっております。この仮御所には人の気もなく、いつもはあれほど父の お側に侍っていた顕光の大臣も、その姿を見ることができません。
「それにしても、そなたがどんなに美しく育ったか、この目で見ることが出きぬとは、なんとも残念な話だ」
 父は大きく嘆息すると、はらはらと涙を零しました。私は思わず腰を浮かしました。何ということでしょうか。父には私が見えていなかったので す。
 父の目が見えなくなっていたとは、私は少しも知りませんでした。何しろ父は昔と少しも変わっていなかったのですから。瞳も本当に綺麗に澄 んでいて、まるで普通の人とまったく同じように見えました。
 私は暗い気持ちで御所を後にしました。まさかこのような事態になっているとは、つゆほどにも思わなかったのです。それにつけても父の状 況は酷すぎました。あれがかつては天子として百官の上にお立ちになり、この国の政一切を取り仕切った方の姿でございましょうか。
 そのことを思い返すと、私は自然と涙が溢れてくるのが分かりました。気持ちは暗澹とし、少しも晴れることはございませんでした。ある意味 で、父の言葉は引っ掛かっていました。その内、私を降嫁させるという言葉です。
 私は富貴も、長い命もいりません。ただ、父の側に居れれば、それでよいのです。私はそのことを心に刻むと、父の言葉に背き、そのまま内 裏に参内もせず宿舎の方へと向かったのでした。



 左京大夫道雅の君と申すお方の手紙が、私の所へしばしば届けられるようになったのは、私が帰京してからまもなくしてでございます。
 道雅殿は、先の内覧の藤原伊周殿の太郎君であると存じあげていました。とやかく、女性関係で噂の絶えない方で、そのことは私の耳にも 入っておりました。内覧は陛下に差し上げる書類を覧する係で、臨時の関白というべき職でございます。そのため道雅殿はお父上の威勢を頼 んで、随分と野放図に女性関係を持たれているとも聞き及んでいました。
 そういう訳で、私にとってはあまり印象の良くない方だったのですが、なんといっても先の内覧の太郎君でありますから、無碍に断ることも出 来ず、月並みな返事だけを付け届けておきました。
 嬉しくない、と言えば嘘でございます。内親王と言えど、私もただの女です。男の人より言い寄られて、嬉しくないと言うことはございません。し かし、私の心の奥では、父に対する後ろめたさと、身分を逸した間柄という関係が、私をどこか妙に醒めた女にしておりました。
 道雅殿の姿は、昔賀茂の祭りで一度だけ拝見したことがございます。束帯の装いも華々しく、気品と風雅に溢れた殿方でございました。です から、多くの女房との浮き名が流れるのでございましょう。いくら良くない印象といえど、あのような貴公子に慕われて、嬉しくない女が居れば、 それは誠に不都合な事でございます。
 私ももう十五であります。自分では実際の経験がないとはいえ、男女の仲がとのようなものであるかは知っているつもりでございました。そし て、このように、緩い手紙のやり取りが、いかにも思わせ振りであり、危険であることは百も承知でした。
 しかし、先にも時めいた、内覧伊周公のご子息ですから、私としてもそれほど粗略な扱いは出来ませんでした。と、同時に、やはりどこかでこ のことを喜んでいたのです。
 その道雅殿が、突然私の所へと忍んでいらっしゃったのは、葉月九日月の宵でございました。朱雀院の濡れ縁で、私は九日目の月をうち眺 めておりました。季節はやや中秋を過ぎ、虫の声が涼風に乗って穏やかに院を包んでおりました。雲間より漏れ出づる月のさやけさは、縁の 床に鮮やかに跳ね映り、澄み切った湖の表面のように、なめらかに輝いているのでした。私はやや寒さを覚え、内にと入ろうとしたのです。
 その時でございました。前裁の植込の端で、何かが動いた音がしたのです。
「何者です」
 私がそう言うと
「道雅でございます」
 そう返事が返ってきました。
「左京大夫殿、どうしてこのような所へといらっしゃったのです」
 私はやや驚きの声を込めて口を開きました。左京大夫殿は情熱的な方と伺っておりました。一つ思い込むと、もう他は見えなくなるという人柄 ということは聞き及んでいましたが、まさかこのように突然参るものとは、私は及びもしませんでした。
「決まっているではありませんか。私は貴女を想い続けていたのですよ。そして、遂に居ても立っても居られなくなってしまったのです。どうかご 無礼、容赦願います」
 左京大夫殿は少しも声を変えずに言いました。しかしその答え方、真に堂に入って居りました。さすがに多くの女官と浮き名を流すだけの人 でございます。
「黙っているということは、お許しくださるということですね」
 私が黙っておりますと、道雅殿は植込の影より進み出て参りました。九日の宵月の陰が、道雅殿の横顔を照らしておりました。その姿は、さ すがに音に聞こえた貴公子でした。煌めくばかりに美しく、穏やかな風に道雅殿は立ち尽くしていました。
「私の気持ちは、解っていらっしゃると思いますが…」
「内親王は、降嫁せぬのが通例でございます。どうか、お引き取り願います」
 私は、やや躊躇いながらも、無礼とも云えるほどに率直にと答えました。しかしこれも仕方ない事でありましょう。元を正せば、何も伝えずに訪 ねてきた道雅殿こそ一番無礼なのですやら。
「通例ですか。では、あなた自身はどうお思いですか」
「それは…」
 私は言葉に詰まりました。嬉しくないと言えばまるで嘘になります。このような貴公子に慕われるというのは、正に女冥利に尽きます。私は一 言も返すことが出来ずに、ただただ俯いておりました。
「ならばよろしいのですね」
 道雅殿は言うと、私の側に寄ってきました。私はもはや何一つ抗いませんでした。
 そして、道雅殿のままに、この体をまかせたのです。



 こうして私は乙女では無くなりました。目が覚めて、後朝の文を枕元に見付けたとき、もはや道雅殿は居りませんでした。昨夜、私を抱いたそ の力強い腕も、「愛している」と何度も囁かれた甘い言葉も、全て過去のものとして無情に横たわっていました。
 薄らかに朝ぼらけが訪れる部屋の中で、私は何とも言えない気持ちで褥の上に横たわっていました。黒髪だけはやたらに乱れておりました が、心は不思議なほどに冷めていたのでした。
 こうして平静に戻ると、何もかもが嘘であって気がしてきました。所詮、昨夜は狂わされただけの夜。そう言い聞かせると、私は道雅殿の置い ていった文を握り潰し、破り捨てて始末しました。あの人にとって、私などただの遊びに過ぎないのですから。
 一つため息をつくと、何故か暗澹とした気分が私を襲ってきました。もうこれは、密通にも等しい罪なのですが、私は不思議とそういった恐ろ しさを感じませんでした。ただ一つ、私を支配していたのは、父への申し訳なさだけでした。
 左京大夫殿は、先の内覧殿の太郎君とはいえ、今や落ちぶれ、先も約束されない身分でありました。父が私の降嫁相手として、彼を選ぶこと などは無いはずです。いいえ、それ以前に私自身が望みません。私は道雅殿を少しも愛していないのですから。
 朝焼けを見つめながら、私は顔を両手で覆いました。何故か止めどもなく涙が溢れているのが分かりました。



 その後も数日、道雅殿は私の元に通って来ました。その度、私は少しも躊躇う事無く、彼に身を任せておりました。これは、まったく不思議な ことでした。目覚めるたびに訪れる後ろめたさは日々に身に染みるのですが、一度あの肉体がもたらす甘美さに触れると、もはやどうにも抗い 難いのでありました。
 私もただの女でありました。いくら言い聞かせようと、心と体のどこかでは男を求めているのでございました。しかも、一度その味に触れた身 では尚更でした。これは罪であると感じながらも、私はただ道雅殿を受け入れるだけであったのです。
 そんな時でございました。父より、すぐさま御所へと来るようにとの言葉があったのです。
 後ろめたさは突如として激しく甦りました。まったく私は恥じ入って、父の御前へと進み出ました。やはり父は私のことを見透かしておりまし た。道雅殿が私の所へ通っていることを父は知っていたのです。
「こうなったなら…もう咎めはすまい…」
 父は恐ろしいほどの諦めの良さで私を許したのでした。それは、まったく私が済まなく思い、逆に恐ろしいほどの良心の仮借を感じる程であっ たのです。
 むしろ、頭ごなしに怒鳴り付けられる方がよほど楽でした。娘が父を裏切ったというのに、父はこの時においても私に優しくあったのです。
「しかし…あの男はとかく良くない噂がついて回る。そのような男を婿にして、そなたの将来が良くなるとは思えぬが…」
 父の目は、どこか遠くを見ているようでございました。見えないはずの父の両眼は清く透き通って、全てを悟っているかのようでした。
「それでも良いならば仕方がない」
 父はそれ以上は私を責めようとはしませんでした。私は申し訳のない気持ちで一杯で、ただ頭を垂れて俯いておりました。
 これは、本当に私の心を苛めました。何しろ、私は道雅殿など、少しも愛していないのですから。しかしここで彼との関係を清算しようとも、一 度汚れた私などを引き取る男などこの世にいるとは到底思いません。仮に有るとしても、年老いた人の後添いとしての話でしかないでしょうが、 そのようなことを私は受けたくありませんでした。
 しかし、このまま道雅殿との関係を父に認められるのも、あまりに情けなく、そして不本意でもありました。
(どうせ墜ちる地獄ならば…)
 ふと気が付くと、そんな事を考えていました。この時なのです。私の胸の内に恐ろしい考えが宿ったのは。
 それは、考えるだけでも罪となる恐ろしいことでした。しかし、今の私にとってはどうでもよすぎる事であったのでした。所詮私は人から罵られ る密通を冒す女でしかなく、人倫より外れて腐り墜ちた外道者でしかありませんでした。
 墜ちるだけの地獄ならば、どこまで深いところまで墜ちても同じなのでした。そう思うと、私は途端に勇気が出て参りました。
 不思議なものです。伊勢斎宮で在ったときは、巫女として地獄という存在を考えの外に置いていたのでした。しかし、今となっては、すんなりと 地獄というものを受け入れ、墜ちていく自分の姿までが華麗な徒華となって眼前にと浮かんでくるのでした。
 私は一言も漏らさずに退出しました。もう、二度と道雅殿には逢うつもりはありませんでした。



 葉月十六夜の夜でございます。私は密かに朱雀院を出でて、徒歩にて父の御所へと向かいました。十五夜を過ぎ、後は欠けるだけの十六夜 が、余す事無く澄み渡った秋空に、煌々と輝いているのでありました。
 内親王としての装いも棄て、粗末な侍女姿で私は一路御所を目指しました。これはなんという狂気でございましょうか。娘がその父の所へと 通うというのですから。
 しかし、そのように背逆の罪を冒そうというのに、私の心は異常なほどに落ち着いて、闇とはいえ澄み渡った空のごとくに、少しも汚れがない のでございました。
 冷泉院へと着くと、門を守る舎人達は既に眠り、後の壁にともたれかかって、幾度と舟を漕いでいるのでした。私はそそくさに門をくぐりまし た。
 少しも気づかれる事無く私は院の内に入りました。静かに廊下を渡り、父の寝所の方へと私は足を向けました。
 そうして幾らか歩いたで、私は驚きで足を止めました。
 院の西側の縁に父が座り、もはや見えるはずのない目で、この澄み渡った夜空を渡る十六夜を見つめているのでした。
 それはあまりにも美しすぎる様でした。未だ光を失わぬ十六夜月が、投げ掛ける銀糸が父の肩から直衣の先まで密やかに、しかし翳る事無 く照らし出しているのでした。あの夜の左京大夫殿に少しも劣る所無く、しかし決して艶やかではなく、控えめに、威厳を損なわずにいらっしゃる のでした。
「小侍従の君か?」
 私の衣擦れの音を聞き付けたらしく、父は私の方を向きました。そういえば、ここにはそういう名前の女房が居たのを私は思い出しました。
 私はそれには答えず、ただ父の横に座りました。廂の上から十六夜が降り注いで参りました。
 父は私のことを小侍従であると思ったようでした。私はそっと父の手を取りました。冷たく冷えきった、少しも血の気の通わない手でした。
「不思議なものだよ。こうしていると、月が見えるような気がするのだ。ああ、今一度この月を見ることができたならば、私は生涯この月を忘れ はせぬだろうに…もはや見ることもかなわぬのか…」
 父はやや支えながら少し長い言葉を吐きました。私は父の手を握り締めていました。死の匂いさえどこかに感じられる、不吉な気持ちが私の 体を駆け抜けました。
「もう私は休むよ。そなたもお休み」
 父は立ち上がると、私に背を向けました。私の心のなかに、その場にいない侍従に対する大きな嫉妬の心が業火のごとくに燃え上がりまし た。私は、父の直衣の端を強く掴んで引き寄せました。
「どうかしたのか」
 私は父の手を強く掴みました。父は為されるままに引き寄せられていきました。私は父の首に手を回しました。そして、その血の気を無くした 薄い唇に口付けました。
「…そういうことか…だが、やめてくれ。そういう気にはとてもなれない」
 もし父の目が見えたとしたら、この場の罪に耐えられることはなかったでしょう。実の娘に迫られ、そして寝所へと誘われようとしているのです から。
 私は父の言を無視すると、その手を引きました。引いて、寝所へと入りこむと、さすがに父も観念したように夜具に身を包み、褥の上に横た わりました。
 私は服を落とすと、父の上にとのしかかりました。そして強くその腕を掴み、父の顔に私を近付けました。
 どうとも言えぬ愛撫だけが暫らく続いた後、私は腰を降ろしました。
 なんという罪なのでしょうか、この行いは。遥か唐の国においても、父娘相姦という禁じられた行いは聞き及んだことがありません。なのに、 私はそれを侵しているのでございました。
 私は父と一つになったのでございます。そうしてそのままの体で私は父を抱き締めました。そして父の耳元に唇を着け、小さく囁きました。
「愛しています…」と。
「なっ!」
 次の瞬間、小さく悲鳴が上がりました。私はすぐに父の口を押さえました。父の引きつった顔が、御簾の隙間より漏れ出づる十六夜の光で浮 かび上がっていました。
 やや落ち着いたと思われる頃に私は手を離しました。父は始めは恐怖にうち震えた表情でございましたが、時と共に次第に穏やかな表情へ と戻ってまいったからでした。
「どうして…このような…」
 今にも消え入りそうな声で父は私に言いました。
「私は、父上を愛しています。愛しています。父としてではなく、一人の男として愛しております」
 これまでの憑物が落ちたかのように私は言い放ちました。父は衝撃を隠せず、それでいて抗う風も見せずに、ただ黙って私に身を任せており ました。
 父が無抵抗と言うことが分かると、私の情欲は益々募りました。もはや、押さえることの出来ない快楽と歓喜に私は飲み込まれて行きまし た。あとは情念の赴くままに父を犯したのです。



 情事の後の寝物語も無く、私たちは沈黙をただ守り続けていました。褥の上で一つの夜具に包まったまま、私と父は外を見つめておりまし た。はだけた几帳の隙間から静かに月の明かりが差し込んでいました。
 その十六夜は未だ傾くことなく、煌々としてこの罪の私たちを照らしているのでした。誰も私の罪は知らないはずですが、ただ一つだけの月だ けは、永遠にこの過ちを見つめているのでした。
 御簾の上の方より鮮やかな月の姿が明瞭に見えました。全ては終わったのです。もはやこの私の罪を誰も論じることは出来ないのでした。
 私は満ち足りていました。これ以上は感じることの出来ないほどの幸せが心に宿り、それはこれよりの人生というものを全て諦めるというの には足るものでした。
「見える…」
 不意にこれまで沈黙を保っていた父が呟きました。
「見える…今宵の十六夜月は…」
 父の見えないはずの両眼からは、はらはらと涙がこぼれ落ちていました。
 父が本当に見えていたのか私には分かりません。しかし、一つ言えることは、父は私を抱き寄せたまま、一つの和歌を口にしたのでございま す。

 心にも あらで憂き世に永らえば
 恋いしかるべき 夜半の月かな

 そう詠んで、また涙を流すのでした。私との罪を父は断ずる事無く、夜は静かにと更けて行ったのです。
 翌年、父は世を去りました。
                 (完)