作品タイトル

恋の淵

   序

 それは村上の帝の御治世がまだ始まったばかりの天暦の始めのことであった。季節は秋雨の降りしきる神無月の頃である。京の都にじわりと朝晩の寒さが沁み渡る日々が続いていた。私が宇多野の奥、鳴滝川のほとりにある淵覚法師と呼ばれている僧侶の草庵を訪れたのはそんな時期であった。
 私は図書寮に務めるしがない下級役人であった。仕事は忙しく、私の生活は多忙で煩雑な事務に追われていた。それでいて僅かな俸禄を得るだけの暮らし。いくら働いても、決して高位に昇ることはできないのが下吏の宿命である。しかし、そんな日々の中でも、私は小さな夢を一つ描いていた。それは、正史に書き残されず、個々の人々の記憶の中に埋没していく歴史をこの筆で書き留めることであった。若い頃、私は史官を目指し、それに華やかな憧れを抱いていた。司馬遷の史記に胸を踊らせた青年の夢は、生活に追われるようになったこの歳になっても私の胸の中で燻り続けている。
 ある時、私は淵覚法師の話を聞いた。その男は、先々代の帝である亭子院に仕え、内舎人まで務める側近となったが、亭子院の出家と共に髪を降ろし、今は清滝の山の奥でひっそりと暮らしているという。
 私は彼に会うことを望んだが、それはなかなか実現しなかった。昇殿も許されない地下の者には、休日も容易く取らせてもらうことはできなかったからである。。都の庶務を司る一人として、軽々しく休みを取る訳にはいかなかった。
 しかし、私はどうしてもこの淵覚法師に会う必要があった。法師に直に会い、聞きたいことが山ほどあった。私は無理を承知で上役に頼み込んだ。何度も誓願し、長い時間を経てようやく一日の休みを図書頭より頂戴すると、淵覚法師に逢うがために、右京の端、西京極にある我が家を発ったのである。
 私が目指す草庵は嵯峨野の奥地である清滝の山沿いで、水尾の里よりは手前の所にあると聞かされていた。西京極の我が家からは歩けば二刻もあれば十分である。なにしろ休みは一日しかない。家を出たのは仕事を終えたその日の夕刻であった。
 降り続く雨の中で、次第に暗さを増してくる通りを、雨に打たれながら私は進んだ。都の端、西京極大路の人気のない通りを北に向かうと仁和寺の門前に行き当たる。五回りも昔の時に亭子院の帝によって建立された御室派の本山の巨大な門が宇多野の街道ぞいにそびえている。

 神無月 降りみ降らずみ定めなき
 時雨ぞ冬の始めなりける。

 私の頭にこのような古人の歌がふっと浮かんだ通りで、冬の始まりを告げるかのように、冷たい雨が夕暮の寂しさに彩を添えて小刻みに降り続けている。私は頭に乗せた粗末な雨傘の水漏れを気にしながら仁和寺の門前を過ぎて、清滝への坂を急いだ。私の足元で冷たい水が跳ねる。門前を通り過ぎながら、私はこの仁和寺を造った亭子院の帝に対しての思いを馳せていた。
 亭子院の帝は聖帝と讃えられた醍醐の帝の御父で、または宇多帝とも御呼びすることがある。村上の帝からは御祖父に当たられるわけだが、その御即位から六十年も過ぎた今となっては、亭子院の帝はもはやこの世にはない。
 仁和寺は亭子院の帝がその位を退かれて出家されてから辛い修業の日々を送られた場所で、亭子院の帝とは深い繋がりがある寺院である。この世で最高の位、帝王の座にまで登られた帝が、なぜか出家し、ひたすらに魂の安息を求められたという不思議な事実。今までは優雅な殿上人であらされた方の、今までとはうってかわった苦しい修業の毎日。そのことを思うと、私の胸は亭子院の帝を敬い慕う気持ちで一杯になるのである。
 仁和寺の門前を過ぎて西へと向かうと広沢の池の側を通り過ぎる。初秋には幾多もの人々が船を浮かべていた月の名所のこの場所も、もはや晩秋を過ぎた今となっては、水面に時雨の降りぼそった幾多もの波紋を表して寂寥としているのみである。その暗く淀んだ水の色には都を離れる寂しさが付き纏っている。
 北嵯峨をさらに西へと向かえば清滝の入り口へと辿り着く。夏に殿上人が暑さを避けたこの山沿いの道も、いまや静かに降り続く時雨と共に、ひっそりとした山里の様相を呈している。静かに、秋の夜が訪れていた。月明かりのまるで望むことができない雨の晩であった。足元を照らすために私は松明に火を灯し、清滝の坂を更に北へと足を進めた。
 私は懐中の紙と筆に気をやりながら、清滝の坂を北へと向かった。先程から背中に沁みた水が首筋にまで回ってきていた。急がなければ、紙が雨に濡れて使えなくなってしまうであろう。そうなれば、わざわざここまで来た意味が無くなってしまう。
 山道は清滝川に沿って小さな山道を突き進んでいた。雨に打たれて闇に沈む菜畑を通る道を上へと昇る。しばらくその風景が続くと、急に山道は険しくなった。段になった茶畑が山の斜面に重なって続いていた。雨が葉に刺す音がまるで管弦の旋律のようになって響いてくる。
 私の目指す場所はその更に奥にあった。茶畑の奥に、いまにも崩れそうになって建っている小さな草庵が闇の中にぼんやりとした明かりを灯していた。。聞いた話によれば、そこに私が会うべき人物である淵覚法師が住んでいるのであった。
 私は小道を注意深く登った。雨傘からは冷えきった水が絶え間なく私の背中にしみ込んできている。幾度も身震いを繰り返しながら私は庵を目指した。清滝の山里は人気をまったく見ないほどに静まり返っている。萱の屋根にしみ込んだ雨水が軒先から滴り、赤土の地面に濁った水溜まりを作っていた。
 ようやくのことで草庵の木戸前に辿り着くと、私はその扉を強く叩いた。待たされることはなく、返事はすぐに返ってきた。「どなたです」という、少し嗄れた老人の声が奥から聞こえた。
「この間、お手紙を差し上げたものですが」
 私がそう言うと、すぐに扉が開き、眼前には年の頃七十過ぎと思われる粗末な袈裟に身を包んだ、しかし品の良い老僧が、限りない微笑を湛えて現われた。
「このような寒い中、大変でございましたな」
 老僧はすぐに私を庵の中へと招き入れてくれた。入り口には二畳ほどの小さな土間があり、そのすぐ側に四方が一丈にも充たないであろうと思われる小さな板張の間が造られていた。私は老僧に断りを入れて雨傘を外すと板間の上に上がり込んだ。冷たい滴りが私の足袋先から落ちていく。
「まさかわざわざここまでいらっしゃるとは思いませんでしたよ」
 土間にある小さな竃に火を入れながら老僧が私の方を向いた。
「どうしても、亭子の帝に仕えた方の話を聞きたかったものですから。御坊はかつて亭子の帝の近くにお仕えしていたと聞き及びますが」
「そうです。もう、五十年も前になりますが」
 老僧がそう言った時、雨に湿気た薪にようやく火が付き、草庵の中にほんのりとした暖気が漂い始めた。
 老僧は火を起こす仕事を終えると再び板間へ登り、私の前にと腰を落ち着けた。彼が噂に聞いた淵覚法師なのであった。亭子の帝の近侍として長年仕え、その即位後も常に最も信頼される内舎人の立場を得、帝の出家の後に宮中を去って、ひっそりとこの山奥で暮らしているというのである。
 私は長年、亭子の帝の生涯に対して疑問を持ち続けていた。それは仁和寺の前を通った時に感じたことそのままであった。富貴の身分というのはおろか、人界で最高の位を極めた御方が、どうしてその地位を捨てて僧侶にならなくてはならなかったのか。それが私は不思議であった。
 おそらくこの帝には深い懊悩があったのであろう。それは推察できた。しかしそのような込み入った事情を一介の小役人、しかも後代の人物である私が識るべしもない。疑問は好奇心となって私の心にわだかまり続けていた。亭子院その人が亡くなってからもはや二十年もの歳月が過ぎている。帝の生涯を識るのはもはやその老僧、淵覚法師ただ一人であるはずであった。そして私は老僧に話を聞くために、この清滝の里の奥地を訪ねたのである。亭子の帝にいったい何があったのか。どうしてこの帝は出家せねばならなかったのか。その理由が私は識りたかった。
「私が聞きたいことはお手紙で申し上げました。時間が惜しいのです。早速お話しくださいませんか」
 すでに冬の闇がぼんやりと薄暗い庵の部屋の端に漂い始めていた。話が何時に終わるかは解らなかった。しかし明後日の仕事を滞らせるわけにはいかない。苦労してここまで辿り着いたのに、時間はもはや悲しいほどに限られていた。
 老僧は大きく一つため息をついた。ちらり、と彼は上目遣いで私を見た。そこには冷たい微笑があった。何もかも悟り切ったような、邪気の無い、刺すように冷静な笑いがそこにあった。
「わかりました。しかし、手短にというわけにはまいりません。貴方の識りたいことは…そう…とても長いことですから」
「明日は一日休みを取って居ります。今晩を費やすのは構いません。どうぞ、御存分に。時間が惜しいと言ったのは、私の逸る気持ちでした。どうか、お許しください」
 老僧の言葉にたしなめられるように私は言葉を足した。そう、それほど私は老僧の話を待ちわびていたのだ。
「貴方は、あの方のことをどうしても識りたいとおっしゃいましたが、それほどまでに真剣でいらっしゃいますのか」
 老僧は数度激しく目を瞬かせた。ふと彼の視線が途切れ、僧の心が遠い昔を懐古していることを私に悟らせた。
「私は一人の文人として、亭子院のことを識りたいのです。かつて帝の地位にあらせられた方のことを探るのは不敬かもしれません。しかし、私は貴方のことを亭子院と共に伝えたいと思うのです。このまま草叢に埋もれるよりは、私の筆に書き残しておきたいのです」
「私の存在など、とるにたらないものです。しかし、亭子院の帝…源定省様のことは、出来ることならば後世に伝えておきたいものです。そうすれば、それが私という人間の生きた証にもすり替わることがあるやもしれません」
 意味深な言葉をゆっくりと老僧は吐いた。彼は居住まいを正すと、私に対して正面から向き直った。私はあわてて懐から油紙に包んだ紙と筆を取り出し、僧の放つ次の言葉を待った。
「それでは、亭子院の帝のことを御話いたすことにしましょう」
 そして老僧は長い物語を語るために口を開き始めたのである。
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