前漢、武帝の時代ことである。霍家の去病と言えば知らぬものはない。
 去病はわずか十八歳で初陣を遂げ、当時漢の北部で強勢を誇っていた匈奴を撃退した。そして弱冠二十歳で将軍と なり、大将軍衛青に従って各地を転戦した。
 その結果、長年漢帝国を苦しめていた匈奴を散々に撃ち破り、毎年のように行われていた匈奴の略奪を封じ込め た。そしてそのまま大司馬となり、その権勢、大将軍衛青に匹敵するものがあった。
 去病は長身にして容貌秀麗、そして非常に学があり、貴族達から多くの支持を得ていた。時の皇帝である武帝の覚 えもめでたく、その信任は篤くさらなる将来を嘱望される身であった。
 さて、その弟の子孟もやはり知らぬ人はなかった。都長安の人々はこの兄弟を話の種にしていた。
 それは兄の方にとってはよいことであった。
 そして子孟にとっては不幸であった。
 何故か?
 その理由は二人の立場にあった。兄の去病はいまや大司馬、つまりは宰相である。ところが子孟は何としたことか、 皇帝の御者係でしかなかったのであった。人々は子孟のことを『愚弟の生き見本よ』と嘲笑したものである。
  子孟はことあるごとに兄と比較され続けていた。彼は兄と違って容貌も冴えず、背も高くなかった。兄が性格明朗快活 であったのに対し、彼は物静かで謙譲な態度を常にとり続けていた。それは別にどちらがよくてどちらが悪いというもの ではなかったが、人々は何故かしら子孟の性質を悪いものと決めつけているようであった。
  子孟は常にこの兄に対し、表現できぬほどの強力な劣等感をかかえていた。そして反面で兄を強く恨んだ。どうして 何もしていない自分が悪く言われなければならないのか。たしかに自分は不才の人間だが、なにひとつ罪を犯したこと はない。だが、どうして刑を受けた者のように扱われなければならないのかと。不満は不満としていつも彼の心にくすぶ り続けていた。
  ある日、遠征に出かけていった兄が凱旋し、その戦勝祝いの宴会に招待されたとき、彼は極度の不安を覚え、同時 に諦めを感じた。また、彼が兄との比較の対象にされ、引き立て役になることが目に見えていたからである。これまでも 宴会と言えばたいてい兄の存在を大きくするためのものであり、彼の器を小さくみせるだけのものでしかなかった。
「行きたくはない…」
 彼は知らせを聞いた後で密かにこう呟いた。しかし皇帝も出席するその宴に出席しないわけにはいかなかった。誰も が彼の出馬を期待しているのだ。去病という輝く太陽の光を受けて反射する哀れな彼を。七光でその仕事を得、何か につけて兄とと対比される彼を。
 彼は気持ちに切りをつけ、仕方がないのだと諦めてでかけるのが常であった。しかしこの時の宴会はこれからの子孟 の人生をくるわしてしまったのであった。これから語ることは彼がその狂った人生をどのように歩んだかであり、また、 その結末を記したものである。



 宴は去病の館で行われることとなっていた。文武の百官がその広大な館に集中し、天子まで御行する大規模なもの であった。山海の珍味は山とつまれ、この青年の権力がいかに強大なものかをしるしている。子孟はそれらを口に運 ぶ度にやたら惨めさがぶり返してきてたまらなくなる。しかし食べぬ訳にはいかない。
「いや、大司馬閣下のお力にはいつも驚かされまする」
「そうでございますよ。とても我々の力ではできぬことですよ」
 大司馬霍去病は酒の入った杯を口元に運びながら笑みをたたえて口を開いた。
「はは、そのように世辞をいっても私には通用せぬ」
 取り巻き達はとんでもございませんと言うような顔でそれを否定する。
「お世辞ではありませぬ。我々が閣下と同い年の時にはまだ小役人に過ぎませんでした。これ即ち我らの不才がなすと ころ。しかし閣下はまさに別格でございます」
「うまいことを申すな」
 当然ながら去病の周りには人が集まっていた。そのすさまじきことは後世でもこれだけのもてはやされかたはないで あろう。なんと帝までが去病の側によっており、自分で酒を注ぎながら彼の冒険談に聞き入っている。遥か北の世界で の騎馬民族との戦い、そしてその風変わりな風習は多くの人の心を捕らえ、帝さえも捕らえて話そうとしない。
 宴の人々がほとんど去病の周囲に集まっていたが、ただ二人だけその集団に参加していない人がいた。一人は言う までもなく御者係の霍子孟である。
 そしてもう一人は大将軍の衛青であった。 去病と肩を並べる実力者である衛青は奴隷の出身で、文字は読めず教 養もなかったが、謙虚な態度と卓越した軍事能力を皇帝に認められてここまで出世した男であった。性格は温厚で、去 病のように騒がしい場所を好まなかった。彼が取り巻きに参加していないのは単なる嫉妬心からではなく、その性質か らであった。
 衛青は先ほどよりずっと子孟の様子を伺っていた。このように兄弟で大きく差がつけられてしまっていては、子孟は己 に嫌悪して異様な行動に出る恐れがあると心配したのである。衛青は個人的に子孟の方を去病より気に入っていた。 去病はいささか傲慢なところがあり、先輩であるこの衛青にも多分に尊大な態度を見せることがあった。それに比べ子 孟は謙虚で慎み深く、よく人を立てていた。衛青はそんな彼の姿に自分を重ねていたのであろう。
 子孟は少しも普段と変わるところがなかった。たしなむ程度の酒を口に含み、静かに、少し遠い目で兄の方向を見つ めているだけであった。そんな彼の姿を見て衛青はそっと自分の目を押さえた。
  しかしそのような気持ちの行き来と混乱に関係なく宴会は進んでいく。時がたつにつれてほとんどの者が酔い、正気 をとどめているものは少ない。
 宴も佳境を迎えた頃であった。突然帝が奇妙な命令を下した。
「おい、霍光〔子孟の別名〕よ、こちらへ来て去病と並んで立ってみよ」
 子孟は立ち上がり、ゆっくりした足どりで兄のところへと近付いていく。
「はやくせい。陛下の御命令だぞ」
 かなり酔ったらしく去病は高揚していた。普段から態度は尊大であったが、満座の前で弟にここまで命令しなくともよ いではないか。席に一人残された衛青は彼の気持ちを思いやって唇を噛んだ。
 去病は子孟と並んで立つ。その体躯の違いは遠くでみても歴然としていたのに、近くで見ると一層明確となって浮き出 された。去病の堂々とした態度に高い身長、引き締まったからだ。子孟の縮こまった様子に冴えない容貌。同じ兄弟で も運命はここまで不幸に作り上げるものなのであろうか。彼が惨めな気分になったのは想像に難くない。
「さて、皆のもの。朕はこの二人の兄弟に射撃を競わせてみようと思うが、どうじゃ?」「おお、それは面白いことでござ います」「よし。両名とも、これより射撃を行うぞ。誰か、的を持って参れ」
 帝の言葉を聞いたとき、はじめて子孟は心底より青ざめた。何が悲しくてこのような満座の前で己の力不足を示さな ければならないのか。
 第一に彼はいままで弓を使用したことがなかった。一介の御者係りの彼が軍人の兄にかなうわけがないのである。い や、誰もそんなことはよくわかっていた。分かっていてもそれを行い、想像していた結果で笑おうとしている群衆の意図 が彼にはよくわかった。
「お待ちください、陛下。どうも子孟と大司馬とでは差がありすぎます。ここはこの大将軍である私めと大司馬殿を競わ せていただけませぬか?そのほうが余興としてはよいと存じますが…」
 そう言って立ち上がったのは大将軍であった。さすがに彼は人の気持ちを思いやれる人間であった。彼は自分が犠 牲になることで子孟を恥の境地から救ってやろうとしたのであった。少なくとも衛青はどのような屈辱を受けても耐えき れる自信が十分にあった。
 しかし帝の答はそれをあっさり拒絶するものであった。
「そちの提案も面白いがな、ここは兄弟がきそうことに意味があるのだよ」
 つまり、去病の存在を際だたせる為なのである。子孟は諦めの表情で、しかしその中に将軍に対する感謝の気持ち を見せて力無く笑っていた。
 やがて二人の目の前に矢と弓が運ばれ、的が備え付けられた。二人の兄弟はそれぞれ弓を持ち、交代で一本づつ 矢を放っていく。結果は説明するまでもなく子孟の惨敗に終わった。彼の矢は一本も的に当たらず、兄の方は5本討っ て4本の命中であった。人々は去病の腕をおべんちゃら混じりで賞賛し、取り巻き達はその腕の素晴らしいことを強調 して去病の好感を得ようとしていた。
 孤独な子孟はただ立ち尽くして下を向いていた。しかし彼の心の中である決意が生まれていた。
 翌日より彼はひっそりと弓の練習を始めたのであった。まるで狂気に取り付かれたかのようにその訓練は続いた。
 半年もたつと彼は針の穴でもうち通せるほどの腕前を身につけた。しかしその上達は隠しておき、宴会での余興は相 変わらず下手な態度をとっておいた。そしてそのまま練習を続けていた。こんなことがあの事件から一年近くも続いた。



 とうとう子孟はどのような的でも寸分狂わずに射抜くことができるようになった。しかし彼の心はこれだけの腕前を身 につけれたにもかかわらず少しも晴れなかった。気持ちは暗くのしかかり、やたら自己嫌悪だけが襲いかかってくる。
 その時より更に半年が過ぎたある日、子孟が匈奴の土地へと行かせていた腹心が帰ってきた。部下は何か小さな瓶 をかかえていた。匈奴特別の薬であるという。遥か北の遊牧民は、彼らの常識では考えられない不思議な薬を所持し ていた。子孟はそれに目をつけ、極秘で腹心の部下を交易のために送り込んだのであった。
「ご主人、お言いつけの薬、確かに手にい
れてまいりました。これは大変な劇薬で、掠り傷から侵入してもたちどころに命を奪う代物でございます」
「ああ、ご苦労だったね。ゆっくり休みなさい」
 このような応対でも彼は常に謙虚であり、丁寧で礼儀正しかった。兄ならば礼もいわずさっさと薬だけ受け取るであろ う。しかしこのようなことが子孟には自然と、本心からのことをもってできていたのであった。
「ありがとうございます。しかし、ひとつお尋ねしますが、このような物、何に使われるおつもりで?」
 子孟は笑みをたたえたままであったが返答は行わなかった。部下はその表情から彼の気持ちを思いやって追求をや めた。彼がそれを何に使うかはあまりにはっきりし過ぎていたからである。
 勿論、それは兄を殺すためのものであった。この毒を矢じりに塗って去病を射れば、彼は間違いなく絶命するであろ う。そのために長い間弓の練習を続けてきたのである。 兄を殺すこと。それは国家の重鎮を殺すという死罪に値する 罪である。だから、彼は絶対に発覚しない方法で兄を殺さなくてはならない。
 しかし人間とは欲の深いものだ。自分では追いつめられて兄を殺すのだと言い聞かせているのに、一方では生に対 する執着心が多く残っている。それは彼の敗北感からきていた。
「私は、生まれた時から兄にかなわなかった…」
 部下も下がって一人になると、彼は自分にそう言い聞かせた。この兄弟は父は同じだが、母が違っていた。去病の方 の母が血統的によかったのである。その母は皇后の一族に連なっていたのであった。兄が出世したのはその要素が 多分に影響していたことも否定できない。
 子孟の母は名もない家の出身であった。彼が皇帝の御者係という地位にいることさえも、全ては兄の影響力からであ った。彼は兄という保護者の元にいる哀れな鳥でしかなかったのだ。
「勝てない。勝てなかった。そしてこれからもだ…」
 口調は寂しかったが声は冷静であった。完了形で今までの去病の人生を考えていた。何と幸せで優雅なものであっ たであろうか。
そしてなんとエピソードに満ちあふれていたのであろうか。
 それに比べ、自分の人生はどうであったのであろうか。しがない役人の息子として生まれ、ある日から兄の引き立て で御者係となった。そして今日までずっとそれであった。かなわぬ。とても兄にはかなわない。
 しかし、そこまで思ってから彼は心の奥にひとつの言葉を飲み込んだ。
『だが、殺すことはできる』
  飲み込んだ言葉は永久にしまい込まれ、二度と発せられることはなかった。ただこれからの彼の人生でその言葉は 非常に大きな意味をはたしたのであった。なぜなら、殺すことができるのは子孟も去病にも差はないからだ。どちらとも 時が来れば必ず死ぬし、殺し合うこともできる。そういった面においてはこの二人に優劣など無いのだ。まったく同じ土 俵に立った人間という生物であり、同じように食べ、同じように呼吸している。
 ただ、彼はそのことにまったく気付かなかった。もし彼が解っていたのなら彼はその悩みを解消できたであろうし、去 病は死ななくてすんだであろう。
 不幸なことに彼の頭の中はもはや殺意しかなかった。ただ、それは寂しさと不安を混入したもので、とても憎悪から来 たとは思われなかった。憎悪は自分に向けられていたからである。自分はやはりふがいないのか?
 それ以上は考えたくなかった。人からいわれ続けたことを改めて考える必要もあるまい。要するに、明日事が終わっ てから考えればよいことである。
 彼はそのまま深い眠りについた。



 翌日、彼は兄が出勤する時刻を選んで街道に待ち伏せしていた。共はつけず、たった一人、小さな弓と毒矢を一本だ け持っていた。
 去病の行列の音がやがて聞こえてくると彼は近くの草むらに身を伏せた。もともと小柄な彼は草むらの中にはいると すっぽり頭まで草に覆い隠されて何者にもその姿は見えなくなった。皮肉であるが。彼の背が低いということがここで役 にたったのである。
 彼はその運命の皮肉さに改めて悔しさと憤りを感じた。しかしそれも心が沸き上がるものではなく、彼の気分をいっそ う悪くし元気をなくすだけのものであった。
 子孟は弓を構え、ただただ兄が通るのを待った。きらびやかに飾った行列は次々と通り過ぎていく。兵士達は威風 堂々とし、威勢は天高く、馬の足音は大気に響いていた。
『私はこの兵士達の最低の者にさえ劣るのであろうなあ』
 突然彼を批判が襲った。しかしそれは自分で予想できていることであった。彼は常にそういうコンプレックスを抱いて いたのだから。
 その大元はやはり兄の存在であった。だから消さなくてはならない。少なくとも今の彼はそう言い聞かせて人生を生き ているのである。だが、彼は少なくとも弓の腕前ではすでに兄を越えているではないか?何の劣等感を抱く必要がある のだ?
 この状況においてその真実を掴むのは無理なことであった。そう考えているうちに去病は刻刻と近付いてきた。
 もはや去病は目の前であった。彼は腕に力を込めた。ほんの皮一枚を狙う。掠り傷をつけるだけでよい。いや、掠り 傷でなくてはならない。命中したら自分の存在がたちまち解ってしまう。
 子孟は覚悟を決めた。狙いを定め、兄の額を狙って皮一枚のところではなった。
 次の瞬間、去病は額を押さえ、そこに小さな傷ができたことを認めた。しかし特に気にする様子もなく進み続けた。
 だれも去病が射られたなどとは気付かなかった。
 去病はその後間もなく高熱を発し、翌日急死した。まだ24歳の若さであった。こうして漢帝国屈指の名将軍はその生 涯を閉じた。



 去病の葬式が終わってからしばらくして子孟の屋敷に訪問客があった。衛青である。この日の彼は珍しく怒気を含 み、最初から高圧的な態度であった。それは今までの衛青ではなかった。
「子孟よ、お前は去病を殺したな?」
 周囲のものを下がらせ、二人だけになるとやおら彼はそういった。途端、子孟の額に脂汗が滲む。
「私はこのあいだ道でこのようなものを拾った」
 衛青は一本の矢を取り出して子孟に見せた。子孟が兄に向かってはなった矢である。衛青はずっと去病の死に不信 感を覚えていた。そのため、独自で密かに調査をしていたのである。彼が真っ先に思い浮かべたのは子孟のことであ った。あの事件のことは彼はよく記憶していたし、青ざめていたその顔もよく覚えている。彼が犯人を突き止めるのにた いして手間はかからなかった。
「これはお前のものだな?お前はこれに毒を塗って去病を討った。私はこの毒がどういう性質のものであるかを知って いる。ほかのものは騙せても私は騙せんぞ」
「ご存知でしたか…さすがは閣下です…」
 以外にも、子孟はあっさりそのことを認めた。否定するかと思った衛青は肩すかしを食らわされたような気がして拍子 抜けした。何故か?なぜなら子孟はすでに敗北を認めていたのだ。
「いやに素直だな。どうしてだ」
「完敗です…」
 彼は将軍に対して敗北を心から認めていた。劣等感からではなく、尊敬から来たものである。なぜそのような感情が 働いたのはわからない。しかしこの将軍は兄とは違った。その才能を素直に認めてよい人間であった。
「お前が兄のことで何かとつらい思いをしているのはしっている。だが、それがどうして殺意と転じた?」
「私はどうしようもない人間です。兄にはかないません…ずっと…今まで…でも…殺すことならばできましたよ」
 彼は今になってやっとわかった。あの時の自分は兄を殺すということができるという点だけで兄に優越感を感じていた のだということを。
「それが、お前の去病に対する優越感であったのか?」
「はい」
 衛青はクールな表情は少しも崩さなかったが、心のそこではその愚かさに対する怒りが沸き上がっていた。このよう なことで国家の重鎮が消滅したのか!
「ならば、お前の弓の腕前はどうなのだ。それこそ兄に勝っていた事実ではないか?どうしてお前がどうしようもない人 間となるのだ」
「あ!」
「やっと分かったか、馬鹿者!」
 衛青は力の限り子孟を殴りつけた。しかし非力な彼の拳は子孟の身体にはいささかも効かなかった。ただ、心には相 当堪えたらしい。彼はそのままうなだれ、必至て後悔の念に耐えていた。
「劣等感が、間違ったんだな…しかしお前を責めるのも間違いであったわ」
 衛青はこの兄弟が哀れになった。どうしてここまで関係が捻れてしまったのだろう。子孟の劣等感が悪いのか?それ とも去病の尊大さが悪いのか?
 どちらとも悪くあるまい。そう衛青は考える。人に優越感を持つことも、劣等感を持つことも基本的には意味がないの だ。 「のう、お前はわたしが文盲であることを知っておるか?」
 衛青は奴隷の出身であり、まともな教育を受けたことはなかった。ただ戦争だけはやたら強かったのでここまで出世 した。
「文盲ですと?」
「そうだ。お前は字がかけるな?」
「はい」
「その点ではお前は私に勝っている。優越感を持っても良いではないか」
「…」
「私は去病と軍隊を2分していた。私は字は書けないし、人気も彼ほどなかったが、決して彼より劣っているなどと考え たことはなかった。戦争なら私の方が強いし、年齢の分だけ経験は積んできたからな」
 衛青は諭すように言葉を続ける。
「だからお前は兄に対し、弓の面では誇ってよかったのだ。違うか?これでもお前はしょうがない人間だったのか?」
 子孟はうつむいていた。言葉は一言も出はしなかった。まったく衛青のいうとおりであり、今までの失策が惜しく感じら れて仕方がない。
「…最後に…やっとわかりました…」
 死罪を覚悟したのであろうか。何も考えていなかったが、やっと言葉だけが口からでた。衛青は笑みを顔に戻して座 っていた。「これで何の迷いもなく、誇りを持って死ねます。閣下、私を逮捕してください」
 彼は立ち上がった。しかしその心は晴れ晴れとしていた。こんなに気分がよくなったのは久しぶりのことであった。
 衛青も立ち上がった。そして子孟の目を見つめる。いままでどんよりしていたそれは明るく光を放っている。もう、大丈 夫だ。「子孟、このことは不問にする」
「え…」
 子孟はまったく予想外のことをいわれて面食らった。
 いや、言った衛青自身も驚いていた。しかし彼の本心はわかっていた。この青年はもう劣等感も尊大さもなくなるであ ろう。ならばかけてもよいではないか。この青年の前途に。
「頑張れよ」
 あとに言葉はなかった。
 そのまま衛青は屋敷を立ち去った。



 そののち30年、大将軍として世に出た名宰相がいた。
 その者こそ霍光子孟であったのであった。 宰相として、大将軍として20年間、彼は独裁的な権力を振るい続けた。
 そして宣帝の時に彼は栄光につつまれてこの世を去った。しかし彼はそれすら楽しまず、おごることなく、平静で死を 迎えたと言われる。彼がその時に自らを卑下しなかったのは確かであった。
(完)