某,争奪戦vol1


 大学を卒業してから就職し、今年の春で2年が経った。工場で作られた菓子(おもに和菓子)をスーパーや小売店に配達するという配送員として、毎日働いている。1日多くて15軒ほど、決められた通り午後5時までに配達し終えるというのが日課であった。  2年も経てば慣れてしまい、平々凡々な生活を過ごしていた。

 ある晴れた日の昼のことだった。配送途中に新装開店のコンビニ『Gマート』を見つけた。今日は母が忙しかったため『弁当は外で食べてね』とのことで、都合よく軽貨物乗用車を駐車場に停めた。『Gマート』にはすでに普通車が3台、自転車が5台停められており、あと普通車2台も停めれば満員という具合だった。
 早速コンビニのドアを引き、店内へ入った。
「いらっしゃいませ〜本日は自家製パンが30%から50%引きとなっております」
 と、店長らしき50歳前後年配男性が声をかけてくれた。
「へえ、自家製ねえ」
店内は至って普通のコンビニと変わらなかったが、商品が値引きされているというので、店頭前の先、少し奥まった場所にあるコーナーへと進んだ。そのコーナーには『自家製』のパンやらプリンやらが20数個積まれていた。
 結局、カラアゲ弁当と500mlのお茶、『自家製クリームパン』をひとつと『自家製チョコレートムース』を買って外へ出た。そしていつものように車の窓を半分開けて、約10分程度でお茶を飲みながらカラアゲ弁当を食べ終わった。そしてすぐに『Gマート 自家製クリームパン』の袋を開け、一口口の中に入れた。
「う、うまいぞ?」
 定価150円の品が80円とリーズナブルであるうえに、とろける様な舌触りのクリームの食感とホテルのモーニングで出されるような高級なパン生地のような気がしてきたのだった。『自家製』というのだから、どこかで安く仕入れてきているのだろうとも思っていた。・・・・・すかさず『自家製チョコレートムース』230円のところを190円、を即たいらげた。
「こ、これもうまい・・・・・・」
 他のコンビニでも気が向けば手に入れていたデザートだったが、それとはまた一味違う高級感があった。
 オレは暫くの間感激に浸っていた。そしてまた店内へ駆け込むと、さっきと同じ『自家製クリームパン』を2つと『自家製ジャムパン』2つを入手してきてしまったのだった。 普段であれば、12時から遅くとも2時の間に母の手作り弁当で、配送ルート途中の海岸沿いや他のコンビニの駐車場ですませてしまっていた。今日も同じく30分程度で休憩を済ませてから次の店へ配達するところだった。
 ところが、今日は『自家製クリームパン』に出会ってしまったためか、気がつけば1時前であった。
「これはヤバイぞ」
 今日は5時までに残り5軒。しかも一番最後の店はこのコンビニからは随分離れているため、かなり焦り気味で出発した。
 最後の店にはギリギリ5時に到着することができた。小売店だったせいか、深々とお辞儀をしたのが良かったのかなんとか配達することができた。そして会社へ戻ってきたのは6時を過ぎていた。いつもなら5時過ぎには戻ってくるのだが、今日は配送員の中でも一番遅くなってしまったようだった。
 事務所内に入りタイムカードを押すと、後ろから年配の警備員がやってきた。
「今日は遅いですねえ、残業ですか?」
「チョット渋滞に遭いまして・・・・・」
 さすがに『自家製クリームパンでして』などと口走ってしまっては、ばつが悪いので適当に渋滞で・・・と答えたのだった。
 さっさと帰ろうと事務所のドアを閉め、自家用車に乗り換えるため駐車場まで向かう途中のことだった。
「西埼さん、忘れ物ですよ」
 振り向くと、同じ会社の事務員の女の子だった。いきなりニコニコしながら袋を差し出した。
「これはどうも」
 ・・・・・・・オレは配送車の助手席に『Gマート』の袋を忘れてきていたのだった。戻りが遅くなった原因だったので、一瞬焦ってしまったが真面目な顔で袋を受け取った。
「最近オープンしたコンビニですよね」
 ・・・・彼女の話はまだ終わってはいなかった。なにやら少し怖くなったのか、オレはさっき受け取った袋のなかから『自家製クリームパン』をひとつ出して渡した。
「これうまいから、ひとつどうぞ」
 といって、何とかその場をしのぎ、家まで辿りついたのは7時前だった。
「今日はやけに遅いんじゃないの」
 という家族を素通りし、二階の自室へ駆け上がった。
「う、うまい・・・・やっぱりうまい・・・・・!!!」
 部屋に入ると、すかさずGマートの袋からクリームパンひとつにジャムパンをひとつ、腹の中に入れてしまった。それから何事もなかったような顔で台所へ行き、今日は渋滞だったといって一通り夕食を済ませてしまった。
 それで風呂へ入って、テレビを見て寛いで就寝。
 何事も無かったかの一日だったような気がした。だが今のオレにとっては『ジャムパンが残りひとつ』。明日も・・・・といきたいが、何しろ配送ルートとは全く違う通りにあるので迂闊に寄ることができない。他の配送員に見つかって、サボっていると言われても困るからだ。
 ・・・・そんな訳で、やはり休憩時間に立ち寄ったついでにと思い、お昼の1時ごろ何とか『Gマート』に到着した。昨日来たときと駐車場の雰囲気は変わらなかったが、店内は混雑していた。オレは足早にコーナーへと急いだ。
「はぁぁ」
 思わずため息を漏らした。・・・・コーナーに残っていたのはジャムパンひとつだけだったからだ。仕方なくジャムパンの袋を握り締め、レジへと向かった。
「いらっしゃいませ」
 『店長 戸嶋』と胸のバッヂが目に付き、見れば昨日居た店長らしき人物だった。実際店長には間違いないと思い、思い切って聞いてみた。
「あのう、自家製パンは・・・・」
「ハイ、今日はもう売り切れでして」
 がっくりきてオレはすごすごと退散した。そして駐車場でジャムパン2個と弁当とお茶とで休憩時間を過ごし、2時前に猛ダッシュして配送ルートを廻った。
「くそっ、残りひとつしかなかった!!」
 そんな怒りを抑えながらも配送では何食わぬ顔をし、いつもの通り5時過ぎに会社へ戻った。 その翌朝。台所の戸棚に見覚えのある袋を見つけた。 『Gマート 自家製クリームパン』。思わずびっくりしていたら、急に後ろから妹がやってきて袋を庇う様に戸棚の前に立ち塞がった。
「おにいちゃん、このパンはわたしのだからね!!」
「なんなんだ?」
 そこでオレは惚けた。惚けついでに聞いた妹の話では、『Gマート』は10日前くらいにオープンしたらしく、例の『自家製』シリーズは朝8時くらいに店内に並び、遅くとも夕方までには売り切れてしまうという 人気商品であるとのことだった。なので、高校生の妹は昨日、お昼の休憩時間に学校を抜け出して自転車で約30分でGマートに辿り着き、クリームパンを手に入れ掃除時間にちゃっかり学校に帰ってきたと云う。
 ・・・・会社で朝礼が始まるのが8時半。自宅を出る時間は良しとしても、Gマートからの距離を考えるとギリギリだった。 そこでオレは、いつもの通り出社し朝礼が終わると何食わぬ顔で出発した。今日の配送ルートとは全く逆方向へ突っ走った。おかげで9時過ぎにはGマートへ到着した。
 「・・・・間に合った」
 店内に入ると、まだ10個近くそれぞれ商品が積まれていた。ここぞとばかりにオレは備え付けのかごに クリームパン8個、ジャムパン11個、プリン4個・・・その他もろもろで50個ほど、コーナーにあった品を全部買い占めてしまった。  店内に居た人々の視線とざわつきが多少気になっていたが、ほくそ笑みながら颯爽と店内から立ち去った。
 またしても猛スピードで配送ルートへ戻り、こと はうまいこといった。
 会社に戻ってきたのは5時過ぎ。かなりツイているかの如くでオレはタイムカードを押した。今日は先に自家用車の駐車場まで行き、トランクの中にGマートの袋を隠してきていたので忘れるわけがなかった。
 今日は通常通りの帰社となり、警備員の姿も無い。
 オレは余裕で事務所の戸を閉めて、配送車の前を通り駐車場へと向かおうとした矢先だった。
「わたしにも、わけてよ・・・・・・1人占めしたんでしょ」
 例の、事務員が配送車の横から現れたのだった。
「急にビックリした・・・・・・いったい何の事?」
 オレは平静を装いながら立ち止まった。
「知ってるのよ私、Gマートのこと。店長の、戸嶋さんにきいたんだから!!」
 どうやら彼女は、Gマートへ行って全部買い占めたやつがオレだということを知って待ち伏せしていたようだった。それでもオレは、
「Gマートには行くけど、買い占めたなんて人違いじゃないの」
 と誤魔化し、鞄の中を開けて弁当と財布しかないよと言って納得させてしまった。
 さらに家へ帰れば、今度は玄関で妹が立ちふさがっていた。
「・・・・・・・・・Gマートで、パンとかデザートとか全部買ったのっておにいちゃんでしょ」
 パンパンになっているスポーツバッグを背中に隠しながら、
「何の事かな」
 と言い、バレバレだよと怒鳴り散らす妹を素通りして台所へ行き、
「明日っから弁当いらないから」
 と叫んで部屋に駆け込んでしまった。夕食に行くと妹に『最近太ったよね』『デブ男』だの随分と罵られたが、妹相手だと思い、『さぁね』といったきり無言で済ませた。
 その後部屋でひとり、買ってきた品々の3分の1はたいらげてしまい、次の日は昼と夜で全部。仕入れを増やすのではないかという都合のいい展開しか頭になかった。

その翌日。オレは8時にGマートへ着き、『自家製』シリーズを全部買い占めてからギリギリ8時半の朝礼に間に合った。 朝礼での社長の話も全くうわの空だったのだが、例の事務員が真っ赤な顔をしてジロジロとオレを睨みつけているのがわかった。
『こいつはヤバイな』
  朝礼が終わるとすぐに、配送車へ向かおうとした。すると別の事務員に呼び止められてしまった。
「西埼さん、ちょっと待って。野寺さんが話があるって」
「今日は急ぐから」
 何とか逃げ切ろう、とした。
「こないだのこと・・・・謝りたいって」
「気にしないでっていっといて」
 そう言って、配送車に乗ろうとしたその時だった。
「今日は、残念だったわね」
 後ろで、例の事務員・・・・・野寺の声がした。振り返ってみると仁王立ちで両手にGマートの大袋を持って 立って笑っていた。
「これは、み〜んなわたしのものよ!! あはははははは・・・・・!!!」
「・・・・・・・・オイ、それは・・・」
 速攻で自家用車の駐車場まで突っ走った。・・・・・・すると、オレの車のトランクの鍵がこじ開けられており、蓋を開けると中は空だった。
「オレの、『自家製クリームパン』が・・・・・全部、無い・・・・」
 野寺は車のトランクをこじ開けて、Gマートの袋ごと全部持ち去ったのだ。
「・・・・チキショーテメエー!!!!!」
そのまま突っ走り拳を振り上げ、野寺めがけて猛突進した。 ・・・・・・・すると、サッと野寺は身構え、オレの頭に金鎚を振りかざした。 『ゴンッ』という音がしたかと思うと、赤い血飛沫が飛び、強い痛みを感じた。・・・・・そして目の前が暗くなった。
「・・・・ノデラニヤラレタ・・・・・・」
  ・・・・・・野寺はスカートに金鎚らしきものを隠し持っていたようだった。
「の、野寺さん?!・・・・・・いやあぁあああああぁああぁぁぁぁあ!!」
 ・・・・・・遠くで別の事務員の声がした。    
                                                         完

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