某,争奪戦vol2−その後−


「うぅぅ・・・・・ん・・・・ぅぅ・・・・・・・・・・」
「ドクター!!クランケが意識を回復しました!!」
「おにいちゃん!!」

 ・・・・・・・・・・オレがようやく意識を回復し、マトモに話せるようになったのは、例の事件から約20日も経った頃だった。  会社の駐車場で野寺という事務員で金槌で頭を強打され、すぐに病院に運ばれたが意識不明、緊急手術を行ったがかなり危険な状態で集中治療室に医師たちの手厚い看護を受けていた。なかなか意識が回復しないまま10日間が過ぎ、やっとのことで10日後、意識が回復した。
 オレの家族にとっては意識の回復は奇跡だったという。実のところオレもそう思う。・・・・・・・・その間の10日間のことは全く覚えていないが、今病院のベッドでこうしているなかで、『助かってよかった』と、思う。
 そしてまた何日かが過ぎて行く中で、警察の人がやってきて手帳を見せられて質問をされたり、医師たちに幾つかの絵や写真を見せられ、それについて返答したり、レントゲンや血液検査など至る所を検査されたりと目まぐるしい日々が続いた。
 そしてある日。妹からある話を聞かされた。
 ・・・・・・・・・・・・・・あの事件の直後、『Gマート』は閉店、現在別の名前で店長も別の人らしい。どうやら事件直後に警察に来られ、オレや野寺、他の客の話を根掘り葉掘りしつこく尋ねられ、自宅までつきとめられ、また新聞や雑誌記者、テレビなどの取材に同じように訪ねられてノイローゼ気味になり、3日もしないうちに夜逃げで行方不明になってしまったという。・・・・・・・・・・確か、戸嶋さんという人だったということを覚えている。
 それから『Gマート』は暫く放置されたのちに、また違う人間が来て違う名前で経営をはじめたらしい。
 オレはあれ以来まったく『自家製クリームパン』については医師と警察以外には口に出してはいないし、出さないことにしている。それから、思い出さないようにしている。妹も同じで、病院を出たところで雑誌記者のような人に呼び止められたが、そのまま何も言わず走ってタクシーに乗って家まで帰ったという。
 他にもいろいろあるらしいが、『今頭がいっぱいだから、少しずつ話すね』と言って病室を出て行ってしまった。
 個人的に、戸嶋店長の行方が気になるがそれは医師たちには言わないでおいた。なんてったって、早くこの病院を抜け出したい気分でいっぱいだからだ。
 今日も、妹を先頭に、毎日毎日入れ替わり立ち替わり家族や友人が見舞いに来る。いずれ、この包帯が軽くなったころには、もう少しゆとりのある生活が出来るかもしれないとも思ったりする。

 ・・・・・・・・・さて、『他にもいろいろ知っていそうな』妹・・・は、一階の売店で果物カゴとパンを3つほど買い、エレベーターのボタンを押した。兄の居る5階、で止まるはずが通過し、12階建ての病院内の9階まで行き、ドアが開くのを待ちそして出て行った。
 9階に着くと即座に妹は看護婦から呼び止められて、少しの間立ち話をし、そしてナースステーションの受付で自分の名前と住所を書いてから、看護婦を先頭にある一室へと向かった。 ・・・・・・・・・・・そう、彼女の行った先は『精神病棟』。
 実は事件があってすぐに警察と救急車が呼ばれた。西埼は、野寺に殴られ顔面血だらけになって病院に担ぎ込まれた。そして野寺は金槌を放り投げると、声高らかに笑いながらGマートの袋を抱え座り込んだ。そこを警備員とその辺に残っていた配送員、やってきた警察官4名に取り押さえられたのだった。そして警察署で事情聴取と精神鑑定を受けた後、なんと西埼と同じ、総合病院の精神病棟に入院させられた。今回は緊急の処置であり、しばらくしてからある施設に移動させられるのである。なんでも病室の空きがすぐにでないとのことらしかった。
 西埼の妹は人づてにそのことを知り、思い立って見舞いに行こうと決心した。兄の意識も戻り、体の回復も順調であるのを機会に、わざわざやってきたのだった。
 看護婦がドアをあけると、もう一つドアがありそしてパイプ格子に話ができるようになっている仕組みとなっていた。 「野寺さん、面会です。・・・・・・・・西埼さんの妹さんです」
 そういって、看護婦は『では、終わったら呼んでください』と言って出ていってしまった。 はーいはいはいっ、と不機嫌そうな女性の声がしたかと思うと、ふらりと格子の前に野寺が現れた。・・・・・・・・・上下薄い水色のパジャマ姿で、肩まである髪はボサボサで、目の下にはうっすらクマがあって青白い顔をしていた。
「野寺さん・・・・・・・、この間やっとうちの兄の意識が回復したんです」
「あーあのあほうがね・・・・」
「・・・・・・・・だんだん、元気になってます。・・・・・・・・野寺さんもこの病院にいたのを聞いたので、お見舞いに来ました・・・・・・・・・・・・・・」
 何だか申し訳無さそうに、俯きがちな妹だった。野寺はあっそ、という具合で時折虚ろな顔をして格子を掴んでいた。 「野寺さんも、元気に、なってください・・・・・・・」
 それでも、妹は勇気と声を振り絞った。すると、あっはははは・・・・・、と野寺が笑い出した。
「あんたもケッコーハマッてたくせにさー、あのクリームパン。どーしてあたしだけがここにいるのよー傑作よーあはははははは!!!!!!」
「ど、どうしてそれを・・・・・・」
 正直な妹はすぐに答えた。
「まっ、いいわ。あんたはさておきあの西埼のあほうはさーとにかく最悪よ!!あたしがあのトランクをこじ開けてやって悪事がバレたのよ!!!!!・・・・・・・・・・・あーっはははははは・・・・・それからあのパンは、ぜ〜んぶあたしのになったのよぉ〜あはははは」
「の、野寺さん・・・・・」
 妹はびくびくしながらも、配膳用の扉から売店で買ったパンを差し入れた。即目を輝かせた野寺は、パンを掴むと部屋の中央まで突っ走って行って、袋を破り口の中に半分押し込んだ。そしてあっと言う間に一袋食べ終わったかと思うと、再び格子に走り寄って来た。
「西埼の妹だったわね。・・・・・・・・あんた、これ食べてみな」
 二袋目を破ったかと思うと、ポン、と一口分格子からパンの欠片を寄越してきた。それを受け取った妹は躊躇ったが、さっき自分の買ってきたものだしと思い、欠片を口の中に入れてみた。・・・・・・・・・そして気づいた。
「・・・・・・気が利く子じゃないの。袋は全然違うけど、気づかなかった?」
「・・・・・・・自家製の・・・・・・・・・・・」
 もう思い出したくも無い、と思って口に出しさえしなかったあの『自家製 クリームパン』とほぼ同じ味だったのだ。
「戸嶋さんはどっかいっちゃったらしいけど、パン屋さんは健在のようね・・・・・・」

「それでは・・・・・・失礼します・・・・・・・」
 妹は、くるりと後ろを向きドアを開け、果物カゴを看護婦さんに渡してまたエレベーターで5階へ戻っていった。  そしてエレベーターの中で『あのパンの事は、誰にも言うまい』と心に誓っていた。

 妹は何食わぬ顔をして、5階一般病棟の兄の部屋に戻ってきた。・・・・・・・すると、兄はぱくぱくとあのパンを、すでにベッドの上で食べている最中だった。
「おにいちゃん・・・・・・どうしたの、その、パン・・・・・・・・・」
 おそるおそる、尋ねた。すると、
「あっこれ?母さんに一階の売店で買ってきてもらった。・・・・・・・・・まぁまぁだな、売店のにしちゃ」
 へぇそう、とは答えてみるものの、ベッドの下を見ると、後5袋くらいパンの入っている袋が見え隠れしているのが見えた。
「・・・・・・・・・・・。」
 妹は何も言わず、泣きそうな顔になりながら走って病室を出た。
 走って辿り着いたのは公衆電話であった。
 トゥルルルルルル・・・・・・・
 相手先は、母の携帯だった。
「はい、母さんさっき病院出たばかりよ」
「おにいちゃんに売店で何か買った?」
「クリームパンと牛乳を買ってあげたけど」
「もう買っちゃだめ」
『おにいちゃんは、あのパンがどこのパンなのかを知ってしまった』
 ・・・・・・・妹は電話で、母が兄に例のパンを買ったのかどうかと幾ら買ったのかを確認したのち、理由も言わずに『もう買っちゃだめ』と言って切ってしまった。売店の人に、そのパンを売るのをやめてくださいと言っても、自分が変に思われて、信用してもらえない。・・・・・・どうしよう、と思いながらかろうじて残っていたジャムパンを一つ買った。別に食べたいがためではなく、袋を見れば製造元が分かるからである。 製造元:『××市+++郡***村@@@牧場』とあった。妹はすぐに先ほどの公衆電話へ戻り、電話案内で牧場の電話番号を問い合わせた。終わってから、その電話番号をプッシュした。
 牧場の電話番号は代表だったが、コール3回で女性の応答があった。牧場の事務員らしく中年女性の声で@@@牧場でございます、と言われた。妹は兄の事件のことやGマートのこと、今精神病棟にいる野寺さんのことなど話してから一言、『この病院では売らないでください』というと、ガチャン、と電話を切られた。
 信用されていないと思い、腹のたった妹は何回も電話をして何回もその場で切られついには社長らしき男性が電話口で対応してくれた。ほっとした妹は詳しく病院の住所や電話など説明した。終わりがけにその男性は『至急対応します』とだけ言い電話を切った。
 これでもう大丈夫・・・・・・・・・と思いながら、妹は自宅へ帰ることにした。

 それから数日が経った。兄がベッドの下にダンボールを置いていて、そこからパンを取り出して食べているのを妹は見てしまった。・・・・・・・・しかも、@@@牧場、と書かれたダンボールを見た瞬間病室を飛び出していた。
 妹が病室を飛び出し、走って行った先は公衆電話だった。先日社長らしき男性が『対応します』と言ったきりで、気がつけば未だ売店にも売れているのであった。
 今度はコール3回で先日の男性が出てきた。妹は、『話が違う』とばかりにくってかかった。 ところが、前回とは違うセリフで返されてしまった。 「あいにくこちらも商売でしてね。仮にあなたの仰られた事件があったとしても我々のせいではないはずです。我々は常にお客様のニーズにお答えするべく製品を作り上げていっておりますので・・・・・・」
 そこで妹は電話を切ってしまった。もうどうしようもない、と思い兄の病室に戻ろうとした。・・・・・・・ふと気づくと、フロアの奥のエレベーターで袋をさげたパジャマ姿の兄が見えた。
『おにいちゃん、どこへいくのだろう』
 妹は走って行き、閉まってしまったエレベーターを見つめた。『職員用エレベーター』・・・・・・回数は『9』で止まった。もしやと思い、エレベーターが下りてくるのを待ち、妹は再びそれに乗って行ってしまった。
 妹が『もしや』と思った先は野寺の病室だった。職員用エレベーターを降りてから、忍び足で近寄ると病室から女性の笑い声と、ひそひそ声の男の声が聞こえた。・・・・・・・・・・・・・・妹はしゃがみ込むと、ドア越しに聞き耳を立てた。
「あははははは・・・・・あんたってあたしにぶん殴られたのに、もの好きね」
「全く、こんなところにいるとはね」
「また独り占めしやがったら、先生に言いつけてやる!! あはははははは・・・・・・!!!!!!」
「退院の話をしてくれねーよ、あんたのせいだぞ」
「箱ごと持ってこいよあーほー」
「やなこった、苦労したんだぜー」
「あっはははははははは・・・・・・・・・・・・・」
 個室に二人の笑い声が響きあった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 妹は、そのまま床にへたり込んでしまった。・・・・・・・・・と同時に目の前に黒い革靴の先が見えた。
「面会ですか? どうなさいました」
「先生・・・・・・・・・・」
 たまたま通りかかった精神病棟の医師だった。年配の小柄の男性だった。妹は思わず右手の一指し指で『しーっ』というジェスチャーをし、震えながら左手で野寺の病室を指差した。 ある程度、立ち聞きしたかと思うと、黙ってその場を去ってしまった。

 ・・・・・・・・・・・それから数週間後。兄宛に、毎日一箱ずつ牧場からダンボールが届くのを不思議に思っていた看護婦と、『お菓子の食べすぎで』と問診のたびに言い訳をされる医者とが兄に減量するよう注意した。しかし妙なことに兄が逆ギレしてしまったことをきっかけに、再度精神鑑定と詰問を行った。結果、兄が牧場からパンをダンボールで仕入れ野寺と分けてこっそり食べていたのがバレ、しかも職員用エレベーターを使って9階に忍び込んだことも同時に発覚し、野寺と同じ病棟に入れられることになった。
 その時兄は、肥満体という体つきで、
「オレは野寺にちゃんと、分け前をやっていただけだ!!! なんでオレまであの部屋に行かないといけないんだぁぁぁぁぁぁぁ」
と、怒鳴り声をあげて9階に移動することを渋っていた。兄が同じフロアに来ることを知った野寺さんは『独り占めしようとするからよ』と高らかに笑ったという。 また兄は、以前から鑑定の際に不振な点が多々見られていて様子を見られていたのが、今となり状態が悪化したのが一番の原因となっていた。

 ・・・・・・元々当人の意識が戻らないことで悲嘆にくれていた西埼一家であったが、病棟の移動については『頭を金槌で殴られたからだろう』ということで、後遺症だと言い慰めあっている。 西埼の妹は、ある日二人の会話を聞いたときから、口数も少なく、大人しくなってしまった。・・・・・・・・・・・・そして、どこでも、パンらしきものを口にしなくなった。

                                                                    完

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