もちろん私にも想いを寄せている先輩・・・・新堂先輩というひとが居た。その先輩は行きの通学バスが同じ、私が乗って5つ目のバス停で乗ってくるのである。私の友人たちは『どこがあ』とか『サエナイ』と文句をつけてくるが、私にはある理由があった。
それは去年の夏、夏期講習の帰りで先輩とバスが一緒になり何気に隣同士でつり革を持って立っていた。途中いきなり大きくバスが揺れてしまい私の掛けカバンからペンケースがころころと転がり落ちてしまったのだった。その時バスは犬か猫を避けての事で乗客にけがはなかった。だがしかし、バスは満員だったためとてもではないが片手では届かないし屈み込んでしまってはスカートから下着が見えてしまうかも・・・・という状態のなか私はオロオロしていた。・・・・・・・・・・すると、横から『ハイ』と私に向かって差し出す手があった。・・・・・・・・それが先輩だった。すでにペンケースは薄汚れており、靴の跡がついていたりしたが、『中身は大丈夫そう』とまで言ってくれたのだった。そして『ありがとうございます』と私は言い『いえいえ』と先輩は微笑み、何事も無しに先輩はバスを降りて行った。
その日から私は先輩のことが気になり始めた。帰宅してから制服の校章で3年生とわかった。次の日、偶然バスが一緒になり目が合ったので軽く会釈をすると先輩は照れくさそうにニコッと笑った。隣に乗って居た人(先輩の同級生)が何とか誰とかいって冷やかそうとしていたが先輩は同じように笑って『昨日バスであの子が落としたものを拾ってあげたんだよ』と言って同級生はなーんだなんていってそのまま学校前まで行き、降車した。
そして11時半で夏期講習を終えると、早速友人2名に打ち明けていた。『どのひと?』 と聞くので無理矢理私のウチに遊びに行く、という口実をつけてバス停で3人がバスを3本も遅らせ、先輩が来るのを待ち続けお腹をすかせた状態先輩と一緒に飛び乗った。(当然先輩もお腹は空いている時間なのだけど)友人のひとりが『もうお腹空いた〜どのひとなのよ〜』と少々高らかにいうので私は下を向いて『しーっ。聞こえるかも知れないじゃない』と抑え、最後部から2列目の私たちのところから少し離れた前方の座席に腰を下ろしている先輩を指差した。『板チョコ食べてる方でしょ』『へぇ・・・・・普通より格好いいんじゃ?』ともうひとりの友人が先輩をじろじろと眺めた。『・・・食べてない・・・・それはお友達さんのほう』と私が言うと『ええっ?!』と二人が私の方に『さえない・・・・わっかんなーい』と囁き両側から肩を揺すられた。『イキサツがあったんだってば・・・・』と私はまた抑えた。ウチに着くと3人そろってカップ麺をすすりながら『さえないー普通〜』『あんたらはミーハーか!!』『だって横の先輩の方が、さぁあ〜』『見たいって言ったのあんたたちでしょー』と喚き合っており、仕舞いには買い物から帰ってきた母に暴露しそうになり『あらまーおそろいで何騒いでるの』から始まって『課題を一緒にしようと思ってるんです〜これからー』『あらそう頑張ってね』まで取り繕うのに一苦労だったのを覚えている。
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それから時が経ち、今日の今日でヴァレンタインデーである。この日まで私は何とか先輩のお友達さんがいない時を見計らって偶然のごとく何度か話しかけた。『今日一緒ですねー』というと、先輩はあの夏の日と同じようにニコッと笑って『や、どーも』と言った。 この技(苦笑)この努力(謎)を例の友人2名は『迷惑そぉぉ〜』『ストーキングよぉぉ』ときつい冗談を言ったが、先輩は迷惑そうではなかったことは確かだったので自信をもって(?)ストーキングと言われようと同じバスに乗った。先輩との話も全くの世間話や 学校の話で・・・・(ってそれで精一杯)『とても健全な会話よ!!』と軽く怒ったりもした。今日のヴァレンタインデーで先輩に渡せなくても、次の日かまたその次の日でも渡そうと心に決めていたのだった。
が、しかし偶然にも放課後に教室の窓から先輩の姿が見えた。裏庭でひとりテキストを横に板チョコを半分に割っている姿を発見した。 『よりにもよって板チョコ・・・・?あの先輩からもらったのよきっと・・・・じゃなきゃ義理よ』 と思い、私は急いでバッグを掴むと階段を駆け下り裏庭へと向かった。裏庭へ向かう途中そこかしこに手渡しているひとたち・スポーツクラブの先輩に群がる下級生の姿を目にした。間に合うかなと思いつつ走りに走った。
裏庭に到着すると、先輩はさっき半分に割った板チョコをさらに2等分しているところだった。よくよく見るとお友達さんがバスの中でよく食べている板チョコの、特大サイズ(バレンタイン仕様)だった。
それでも私はバッグを抱えながら先輩に猛突進した。私が走ってくるのがわかったらしく先輩はふと顔をあげてこちら側をじっと見つめた。
「早いね、今帰りなんだ」
「はいそうなんです。先輩今日は登校日ですか」
「そうだよ」
本当はチョコレートを渡しに来たんです、などとは言わず笑顔で真っ先に手にしているチョコレートを指差した。
「そのチョコレート、ヴァレンタインですよね・・・・おいしそう」
「あいつがいっつも食べてるやつだけどね」
「あの先輩にもらったんですか・・・・それともお母さんとか」
「いや」
一瞬、ある意味ドキッとした。友人2名の情報では彼女無しで学校で女子生徒とふたりでいたりするのを見たことがなかったし毎回『さえない』だのなんだのって茶化されてばかりいたからだ。
「・・・・・・・本命さんからのチョコだったりして」
「うん」
・・・・・・・・・自爆っ。
・・・・・・・・・してやられましたあ。
・・・・・・・・・・・・・正直言って、意外も意外だったために、
「私も、チョコあるんです。貰ってくれませんか」
と言ってしまった。・・・・・・・すると先輩は急に寂しそうな顔つきになり、チョコレートをそのまま丁寧に包みなおし、ゆっくりと手さげの中へ仕舞い込んだ。
「もらえないよ」
「義理でもですかぁ〜」
何だか情けないのと寂しいのとで涙がこみ上げてきてうるうる状態になってしまったので、とうとう『義理』と口にしてしまった。先輩の表情は変わらずでカバンの中身を見つめているようだった。
「だめ、もらえないよ」
「えええぇ〜残念」
はっきり断られて、私は素直に身を引いてしまった。そして先輩はスッと立ち上がると、
「今から帰るけど、バス停まで行く?」
とまで言われてちょっと寄り道しますといわざるをえない始末であった。そして最後まで先輩は微笑むことはなかった。
「そういやあいつ・・・畠岡もまだ受験いくつか残っててね・・・・・きみたち来年苦労しないよう頑張れよ」
と言い残してゆっくりと去って行った。私は、
「先輩も頑張ってください。卒業してからも〜」
と叫んだ。遠くでおぅ〜、とのんびりした返事が返ってきた。半年の想い・・・・・というよりも塊が解放されて飛び散ってしまったようだった。
そして私は校舎の中目掛けて、溢れ出る涙を抑えながら突っ走った。こんな顔では教室へ帰れない、と思い何故だか屋上への入口へ向けて突っ走った。冬季で放課後ともなると屋上は閉鎖されている、しかも極めて寒く誰も来ないと思った私は頭を冷やすのにもってこいでハンカチとカバンを掴んで階段を駆け上がった。
屋上への入口は約10m四方の踊り場のようで、上がり口付近にモップが20本近く並んでおり、私はそのモップとは反対側の階段に腰掛けた。
「うっ・・・・ぐすっ・・・・」
息せき切って走ってきたので寒くは感じられなかったが、涙が止まらず今度は鼻水が出てきた。私は急いでカバンの中からティッシュをだして勢いよく鼻水をかんだ。
『ちーん』
その時だった。
ガタッ・・・ゴンッ、ガサガサガサッッ・・・・・
何かにぶつかるような音がしたのに気づいた。ちょうどモップの方面に微かに夕日がかかり、人影らしきものが見えた。
「だっ、誰?」
「すいませんねえお取り込み中」
モップの裏手から顔を出したのは例の先輩のお友達さんだった。
「畠岡先輩、どうしてここに?」
先輩はそのまま裏手から出てこないままで、大きな紙袋を持って隠れるようにして座っていたのだった。
私はティッシュで涙と鼻水を拭きながら恐る恐る駆け寄った。
すると、涙目の先輩がようやくなんだよとばかりに顔をあげた。縦50cm横30cmほどの大きさのある白い紙袋の中にはたくさんのチョコレートの山が詰まっていた。先輩はその中から取ったらしきチョコレートの銀紙を右手で小さく丸めた。
「どうしたんですか、泣いてますよ先輩・・・・・・・でもすごくたくさん貰ったんですね」
「うらやましいだろう、こんなにいっぱい。チョコばっかりだ」
畠岡先輩は簡単に涙の理由を教えてはくれなかった。ポケットから赤い銀紙の3cm大のチョコレートを出して、また口の中に入れた。
「フラレたのか」
「はい、彼女いるみたいです」
急に先輩は元気を取り戻した様子で、何故だかくすくすと含み笑いを始めた。でもまだ泣きたりない様子で目を潤ませていた。
「でもチョコは貰うんだよなー男ってやつは・・・・・」
「ううん、貰ってくれなかったんです」
「へぇそんなやついるんだ」
私は『今日好きな人にヴァレンタインのチョコを渡して告白を決意しましたが、彼女いるんでチョコは貰えませんとはじめに断られました』と、正直に白状した。
「なんならオレにくれない?その返品チョコ」
「返品って・・・・・失礼しちゃう」
こんなにたくさん貰っているのにと思いきや友人2名が言っていた『チョコ好き』を思い出した。私は『チョコ好き』だから義理でもこんなに貰えるのだと思った。そして先輩は『チョコ好き』だからこそさらにチョコを欲しがるのだろうとも思った。
「これあげますから、どうして泣いているのか教えてください」
「ふん、いいだろう」
私がカバンから出した本命チョコを『お友達さん』である畠岡先輩に手渡してしまった。先輩はこれはこれはといいながら包み紙を開け、そそくさと中身を出した。
「上品なトリュフですこと」
「ええ・・・まぁ・・・・・」
誰に渡す予定だったかなんてこの先輩は知りもしないと思った。普通に考えれば有名デパートの9種チョコ詰めだからである。・・・・・・私は先輩が話し出すのを少しの間待つこと にした。先輩は本当にチョコを知り尽くしているらしく、メーカーとか品質についてぶつぶつ独り言をいいその後夕日にトリュフをかざすとパクッと口の中にいれ、後は全部袋の中へしまいまたその袋の中から大きめの板チョコを取り出した。板チョコは外国産で、いつもの板チョコとは雰囲気が違った。それをダイレクトに口にくわえひとかけらかじった。
「はぁあ。オレの、理由はね・・・・・・・本命さんがチョコくれなかったんだ、今年でもう卒業なのにさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ツイてないんですね・・・・・・・・」
畠岡先輩は普段からアピールしているようなものだったから紙袋の中に当然あるものだと思ってはいた。だけれど『チョコくれなかった』と先輩は言った。こんなところで泣いているくらいなので嘘だとは思えなかった。
「せ、先輩。義理チョコはそのひと、くれなかったんですか」
「無いね」
「スミマセン・・・・・」
かなり意地悪く聞こえてしまったらしく、先輩は俯いて黙り込んだ。 それから私と先輩ふたりの間にしばらくの沈黙が続いた後、先輩が話し出した。
「そーいやあいつー新堂は・・・・推薦でもう決まっちゃったしなーオレはすべり止めが後2つでー」
「・・・・・・・・・・・」
想いださせられてしまった。けれど、私はただ頷くだけで黙っておいた。そして、涙も乾いてきたことだしそろそろ帰ろうと腰をあげた。すると、先輩は半分になってしまった 外国製のチョコを私に向けると、
「これちょっと食ってみない?激ビター。大人の味だ!!」
と言った。私はチョコは嫌いではなかったし外国製で興味もあったのでわーいと言ってすかさず両手を出した。先輩はニヤッとゲンキンな奴と笑い『ハイ上向いてあ〜んして』と言うのでその通りにした。ついでに目まで瞑って大きく口をあけた。
パキッ、とチョコを割る音がした。 『外国製のはすごく甘そうな気がするけど・・・・・・』
その瞬間。
私の口の中にチョコのかけらが入った。・・・・・・・・と一瞬違うものがくちびるに触れたのだった。
「げっ」
「苦いだろう。大人のあじじゃ〜」
「せ、先輩今、く、口で・・・・・・」
先輩は恥ずかしげも無く白い紙袋を持って笑って目の前に立っていた。そして私が両手で頭を抱えて『いっ、いまいま〜・・・・・きゃぁ・・・・』とパニクっているにもかかわらず、先輩はふわっと肩を抱きしめてからスッと離れた。
「オレは“チョコホリック”という通り名がついている!!・・・・・・・・・・・じゃあな」
と言い残し後ろ向きに手を振りながら階段を降りていった。そして階下から独り言のような棒読みが聞こえてきた。
「あいつはお買い得じゃないぞ〜」