11月も半ばで、めっきり世間も寒くなった頃、我が家で不思議な出来事が起こった。と、いうのはテーブルや戸棚に置いてある夕べのおかずが無くなっているのだった。真夏とは異なり充分涼しい(寒いくらいだが)ので、ラップにかけた夕べの残りを冷蔵庫に入れずに済むのであった。この夕べの残りは次の日の朝食や弁当になる。
我が家は父、母、祖父、兄、私の五人家族で、夜中こっそり台所に忍び込んだりするはずもなく、夜は決まった時間になると全員部屋で眠ってしまっていたのだった。
ある朝、おかずが無くなっていることに気づいた母はまず、
「ちょっとおじいちゃん、昨日のテーブルの上にあったの食べた?」
「いいや」
と、祖父に尋ねた。すぐに答えは返って来た。母は、まさか祖父が急にボケが始まったのでは、と思ったらしかった。そこで次に台所に来た兄に、
「たっくん。昨日夜中何か食べたりした?」
「なんで」
「テーブルに置いていたおかずが無いのよ」
・・・・・・・・疑われた兄は不服そうに、黙ってトーストだけ食べ、さっさと大学の講義に行ってしまった。そして最後に父と私の番が来て、昨日作っておいたテーブルの上のおかずが無くなっていたことを聞かされた。
「冷蔵庫の中じゃないのか」
「知らないよー寝てたんだもん」
と、父と私は即答した。
これで家族全員知らないことになる。数年前にお祖母ちゃんが他界してから5人暮らしになってしまったが、こんなことは我が家始まって以来の大事件となってしまった。
「内側から、鍵をかけて寝たよ」
お勝手から、お祖父ちゃんが声を掛けてきた。お祖父ちゃんは早起きですでに朝食はすませて、庭掃除をしていたのだった。今まで、戸締りはお祖父ちゃんの役目であり、数十年間欠かしたことが無いと父が言っていた。・・・・・・・・・・ここでまた『ボケてなどいない』ことが証明された。
では、誰が一体おかずを持ち去ったのか。ということになるが、兄以外全員夜の11時には寝ているので、私は兄がとっさに嘘をついたのだと思っていた。
そしてその朝は少々父の弁当に手間どったり、『犯人』は分からず仕舞いで母は一日不機嫌であった。
中学から帰宅した私は、昨日のおかずはともかく母が可哀想になったので、こっそり兄の部屋に忍び込んだ。・・・・・今日の朝思った通り、一番疑わしい人物だったからだ。
兄の部屋はきちんと整頓されてはいたが、机の下に漫画本が20冊くらいばらばらに積まれており、その横には空っぽのポテトチップスの袋が転がっていた。
「う〜ん。ないなあ」
机も鍵がかかっており、おかずの匂いもしないし、ふすまを開けても夏服とか布団しか入っていない。手がかりは無い様子だったので、兄が戻って来てはまずいと思い、足早に捜査は打ち切りとなった。
その日の夕食では、母も兄が嘘をついていたと思っていたらしかったり、兄も気まずそうな雰囲気ったので、私の中で事件は解決してしまった。・・・・・当分兄への風当たりがきついから、近寄らないでおこうと決めていた。
しかし次の朝。またしてもテーブルの上のおかずが無くなっている、と母が騒ぎ出し、祖父を含め全員が台所に集まってきた。
「ごめんごめん、わしが食べちゃったんだよ・・・・・・ごめんだったねえ・・・・・・」
すぐに犯人が祖父だと分かり、母はん、もうとふくれ、
「今度から冷蔵庫にあるやつを食べてくださいね」
とまた父の弁当を速攻で作るはめになってしまった。しばらくの間、『お腹が空いたんだったらもうっ、テーブルのじゃなく!!』、『・・・・・玄関の鍵はかかっていたからいいけど』などぶつぶつ言っている母であった。
私は申し訳なさそうにしてはいるけど、何だかしおらし過ぎるような祖父を胡散臭くも感じた。・・・・一日中家に居る祖父の部屋に潜り込むわけにもいかず、私はどうしようかと考えた。
考えた結果、夕方帰宅して母に、
「お母さん。今度は戸棚の中に入れておいたら」
と、提案した。母はあっさりそうね、と言った。
これで明日はおかずが間違いなく無事だろう、と思った。
・・・・・・・ところが、それは全く無駄な提案だったことに気づいたのは次の朝だった。
「無いわ!!!・・・・・・戸棚の中に置いていたのに!!!!」
母の叫びで、またしても台所に全員集合となった。
「たっくん。おじいちゃん・・・・・」
疑いの目が兄と祖父へ向けられた。
「わしは、今日は断じて違うと言うよ」
おかずの『犯人』というより、『わしはボケてなどいない』という意味のように思えた。兄は無言でテーブルに着き、辺りを見回した。・・・・今日の講義は午後かららしく、のんびりしている様子だった。
「みんな、オレが嘘をついていると思っているでしょう・・・・おかず食べたの父さんじゃないの」
口を尖らせながら、兄は父を指差した。
「これっ、お父さんを指差すなんて」
母がそう言っているから、絶対『犯人』では無いのだろう。父は困った顔をしてう〜ん、と首をひねった。
「さて、と」
あっという間にトーストとコーヒーをたいらげた兄は、席を立つと戸棚やテーブルの周り、台所の隅から隅、廊下、玄関など隈なく見て歩きはじめた。残された家族4人、兄を横目に黙って朝食をとっていた。
しばらくしてから、兄はトイレへ行ったかと思うと清々しい顔をして戻ってきた。
「何なのよ」
疑心暗鬼になりつつある母・・・・が怒り口調で言った。
「わかったわかった。『犯人』がね・・・・・」
えっ、とばかり全員顔を見合わせた。
「最初、おかずが無くなった日のはおにいちゃんじゃないの」
「そうよ!!!・・・・・何か食べたかって聞いたとき、変だったわ」
私と母。
兄は笑いを堪えながら、
「ああ、あれ?だって、明け方まで漫画読んでて。夜中にポテチ食べててさぁ」
・・・・・・・・・あの、テーブルの下の漫画と空になったポテチの袋を思い出した。
「・・・・・・寝ていなかったのね」
母ががっくりと肩を落とした。それじゃ、誰だっていうのよと呟きながらそっぽを向いてしまった。
「それから、その次の日のお祖父ちゃんが食べた、も嘘でしょう」
「はははは、やられたわい」
・・・・・・・・・胡散臭いと思っていたら、お祖父ちゃんはやっぱり嘘をついていた。お祖父ちゃんは『犯人』ではなかった!!!!・・・・・・・・・・だとしたら、一体どうして嘘なんかついたんだろう?
「ついでに父さんは母さんと同じ部屋で、母さんが違うと言ったから違うんだよ」
そういって、兄は台所のお勝手へ行き、母を手招きした。
「これが証拠だ」
お勝手の上がり口付近に、うっすらと付いている足跡を発見した。そして兄は勝手口を開けると外に出て、しばらくするとまた戻ってきた。
「にゃあにゃあ」
家の庭で放し飼いしていて、祖父が面倒をみている猫・・・・・・茶吉(ちゃきち)であった。兄は茶吉の首をひょい、とつかんで台所までやってきたのだった。
「たまたま足跡が戸棚やテーブルの上になかったんだ。二日目はおじいちゃんが捨てられるのを恐れてとっさに庇ったんだと思う」
「わしが、テーブルの上に足跡を見つけて拭いたんじゃ」
「にゃあにゃあ」
・・・・・・・・これで、事件は解決となった。
飛んだ騒ぎだったが、一家全員納得した。
・・・・・・・・が、しかし。お勝手の扉の隅にはよくよく見ると茶吉の爪跡が残されている他、茶吉が爪でひっかくと開くような古い引き戸で鍵穴も壊れており、今頃になって鍵付きの扉にしないといけないことが判明した。ついでに戸棚戸棚、とは言ったもののこの戸棚も古く、実は扉が無い。ただラップをしてから人目につかない、高さのある場所に置いただけのことでいっそのこと戸棚も替えてしまおうかという話になっていた。
すでに『犯人』茶吉は祖父の膝の上で悠々と寛いでいる。
「にゃあにゃあ」
・・・・・・事件の間、私は何故か茶吉のことを忘れていた。
そして母に、当分茶吉にたっぷり食べさせようという提案をしたのだった。
完