ここ某市立中学2年3組、涼しい秋の放課後に、容姿も地味で行動も平凡な暇人3人組がたまり、暇を持て余していた。校舎の敷地内には校庭もあり、体育館や屋外プール、クラブ室と整ってはいるのだが、周りは山だけ繁華街にでるにはバスで約2時間・・・・というド田舎に位置していた。つまり、放課後暇でゲームセンターでも、などということは正直言って不可能に近いというか、面倒でそこまでする生徒は誰も居なかった。また非常に素直で純粋な生徒たちばかりで(一部を除いては)、授業が終わればまっすぐ帰宅、クラブの無い日となればなおさらだった。
クラスも3組までしかなく、年々生徒数も少なくなるせいかひとクラス30人前後となっていた。そんな中、何故かこの日に地味で平凡な3人組が教室の後ろを占拠し、たまっていたのだった。
「あっちゃん、一番後ろの窓際って良くない?」
「別に対して。いのちゃんこそうちの前っしょ」
2年3組では学期ごとに席替えをすることになっており、めでたくあっちゃんこと赤田守は黒板からみて一番後ろの窓際をゲットし、いのちゃんこと井上吉美は赤田の前をゲットしたのだった。そして鵜川多佳子・・・うーちゃんは憂鬱そうな顔つきでため息をついた。
「どしたの、うーちゃん。オレの横っしょ」
「ん〜私も窓際がよかった」
典型的なスポーツ刈りにキツイ目の赤田、丸顔でボブヘアーの井上、背が高くてスマート、髪はショートの鵜川。このごくごく普通の3人はクラス替え当初、名簿の席順で座り、掃除や給食当番の班も一緒だったせいか、今回の席替えですぐにうちとけていた。この9月の席替えでまた3人近くになれたのも何かの縁だといって、放課後他の生徒たちが帰ってしまった後でもこうして残っているのだった。
「窓際っていいけど、この辺山しかないっしょ」
赤田が下敷きで窓際を指した。4階建ての校舎の3階からの窓・・・・そこから見えるのは校庭と山だけだった。
「そんなことよりさぁ、終礼前に1組の江田さんとうちのクラスの神田くんが廊下でお話してるの見ちゃった〜。お付き合いだよ絶対!!」
井上が赤田の下敷きを取って、ふたりに向けてぱたぱたと仰いだ。
「ああ、知ってるよ?確か最近・・・・、クラブが一緒で」
知ってる知ってる、という素振りで井上から下敷きをとって再びぱたぱたと仰いだ。9月も中旬、すでに衣替えもしたのに、蒸し暑いらしい。
「他にもいるよ〜。2組の堀野くんと砂谷さん。毎日一緒に帰ってるしさ〜。1組の丘屋くんは1年生の子・・・
誰だったっけ、名前忘れたけどさぁ先々週の日曜日、街まで映画観に行ったんだって!!」
「うーちゃんって結構物知りなんじゃない?」
「いのちゃんが知らないだけだってば、結構居るよ他にもぅ・・・・!!」
顔を見合わせながら、あははははは・・・・と3人組の笑い声が教室に響き渡る。そして机や椅子もギシギシと鈍い音を立てだす。
この創立120周年を迎える古い校舎は途中改築が行われ鉄筋にはなったものの、それはもう約50年も前のことで机や椅子も随分と古かった。
「そうそう、『伝説の樹』って聞いたことある?」
「あるよ」
井上の言葉に赤田は即答し、鵜川はうん、と頷いた。
「まさか、あそことうとうオバケが出たんじゃないだろうな?」
赤田の席からその『伝説の樹』・・・・実のところ校庭の隅に高さ20mほどの銀杏の木、がちょうど見える位置だった。
「あの樹の下で若い男女がお願いごとをすると、叶うんだってよ〜きゃっステキ!」
「ぜってー無理」
「いのちゃん誰と行くのよー」
窓の外を眺めながらまた、3人で笑いだした。
この『伝説の樹』に纏わる話が数多く、先ほどの井上の話が一番広く語り継がれていた。実際何十年か前に試みた卒業生が、高校卒業と同時にめでたくご結婚されたとの噂があったからであった。・・・・他にもあるにはあるが、イマイチ信憑性が無いらしい。
「・・・・・・・出るんだってよ〜。夜中の一時に行くとねぇ。『丑三つ時』っていうの?」
鵜川が身を乗り出して、鉛筆で窓の外を指した。
「いやぁぁ〜せっかくのあたしの夢をぉぉぉ〜」
『丑三つ時』の話は『伝説の樹』の怪談話としてはメジャーな話だけに、よしてくれよ、と赤田も窓の外を隠すように下敷きで仰いでいる。
このようにして、どこからともなく『昔校舎の敷地が江戸時代の刑場で、罪人の供養のため銀杏の木を植えた』、『改築でついでに切り倒すはずだったが、崇りを恐れて取りやめになった』とか『夜中お供え物をすると願い事が叶う』だのまことしやかに生徒たちの間で噂となり、今日の今日まで語り継がれていったのであった。
『伝説の樹』は体育祭や文化祭、クリスマスやバレンタインデー、はたまた卒業式、というイベントになると、ここぞとばかりに活躍した。赤田が3年生から聞き出した情報によると、『何年か前、イベントごとにお供え物をしにくる生徒が数名いたせいで、そのたびに連日連夜教師とPTAの有志が、深夜徘徊の見回りを行った』らしい。また、鵜川がプール掃除の合間に、“勤続20年”という用務員から聞きだした情報は、『昔ある男子生徒が女子生徒に告白しようとお供えものをしたが、実は他にもその女子生徒を好きな男子生徒がいて、そいつがこっそりお供え物を横取りしてしまい、それが本人にバレて喧嘩で二人とも自宅謹慎になった』という話だった。
ただでさえ興味津々である井上は、どちらの話も真実味がある、といって微笑みながら窓の外をしきりと眺めていた。
「それにしても、わたしたちって暇人だよね」
「かもね」
鵜川と赤田は井上に比べてかなり『伝説の樹』の話に対して覚めていた。
「ん、もう!! 二人とも覚めているんだから〜」
まだまだ井上は夢をあきらめていない様子だった。
「オレたち、まだ中学2年生なんだしさぁ」
「あーちゃんに賛成」
覚めきったふたりを見て井上が呆れ顔でむくれてしまった。そして窓際によりかかり、『伝説の樹』をじっと眺めた。
「いのちゃんたら『伝説』なんかにこだわっちゃっててさぁ、好きな子できた?」
「いないから余計なの!!!」
鵜川の問いかけに対して、井上はさらにむくれてまた窓の外を眺めた。
「オレたち毎度毎度集まってるけどさぁ、他のやつらってすぐ帰っちゃってなにやってるんだろうね。受験なんてまだ先なのにさぁ、勉強とかしてたりして」
唐突な赤田のセリフに、井上と鵜川は沈黙してしまった。
「・・・・・髪伸ばそうかな」
しばらくして、鵜川が髪の毛をつまみながら窓の外を眺めた。
「やぁだぁ、うーちゃんこそ めざせ!!『伝説の樹』なんじゃないの〜」
井上が突っ込んでくる。それをまた下敷きで赤田がパタパタとどうでもよさそうな顔で追いやった。
・・・・・・かくして、この3人組は夕日が沈むまで語り合った。毎度毎度他愛の無い話をしては、暇な放課後を過ごしたわけであった。
・・・・・・そして3学期になって、席は別々になっても放課後の3人組は変わり映えしなかった。ただ変化があるとすれば、赤田がスポーツ刈りから中わけのぼっちゃん刈りになって身長が伸び170cmになっていたことや、井上がとうとう3年生に好きな人ができたことや、鵜川の髪が肩の上くらいまで伸びたことくらいであった。
そして3月が来て、井上の好きな先輩は卒業していってしまった。想いはすでにバレンタインデーには伝わっており、それからどうなったのだかは謎で話もしないし、後のふたりも聞こうともしなかった。
卒業式が終わって一週間経ったある日、何故か3人組は3年2組に潜り込み、またしても教室の後ろでダベるはめになっていた。・・・・・何故3年1組なのかというと、井上の好きだった先輩が居たクラスであるからだ。・・・・・ただ、それだけの理由だったのだが、やはり誰も居ないせいか赤田と鵜川は即OKした。
3年2組の教室は、卒業式から一週間経つがまだ黒板に『卒業おめでとう』とチョークで大きく派手に書かれており、教室の床の至る所にピンク色の紙吹雪が散らばっていたりそのままにされていた。
「ここで先輩がっ・・・・ぐっすん」
入るなり感激ひとしおの井上であった。・・・・・今まで入ったこともなかったのだろう、卒業生の残していった黒板の落書きをじっと眺めたり、ロッカー周りをうろうろしていた。
赤田と鵜川はてくてく歩いていって、窓際の席に腰をおろし、井上を横目でなにやら話しはじめていた。
しばらくしてから、満足したのか井上がやってきて、話に加わった。
「・・・・それでさぁ、オレ学期末結構いいとこいったからさぁもうちょい高いとこ狙ってみろって」
「へぇ・・・・あたしは推薦狙いかも」
それは、避けて通ることのできない一年後の進路の話だった。
「いのちゃんは?」
二人とも声をそろえた。
「うん・・・・・・実はまだ」
井上は力なく答え、窓の外に目をやった。すると赤田が思い出したように喋り出した。
「・・・・・・そういやずっと前『伝説の樹』の話、したよな」
「いのちゃんお供えものしたでしょ」
「ううん・・・・・」
赤田は立ち上がり、窓際に立って『伝説の樹』を指差した。
「オレたち、3年になったらクラスも3人一緒とは限らないし、一緒かも知れない。しかも3年になったら放課後集まれなくなる時が来る。受験勉強しないといけなくなる。・・・・・・・そこでだ」
話をそこで止めてしまうと、ポケットから小さなコーヒーの粉の瓶を取り出してみせた。
一瞬なに?という顔で息を飲む井上と鵜川。
「・・・・・・・・この中に、オレたち3人書きたいことを書いて入れる。で、『伝説の樹』の下に埋めるんだ」
「タイムカプセル・・・・?」
うわぁ、と女の子二人組の歓声があがった。
「・・・・・・・それぞれ好きなことを書いて入れて、10年後に掘り出そう。なんだったら20年後でもいいけど」
「お互いに、何書いたか秘密にしよう」
鵜川の提案に赤田と井上はやる気満々だった。
決行は、春休みに入ったある日曜日の夕方だった。
こんな日の夕方には、当番の先生もいなければクラブの練習の後輩もいない。
『伝説の樹』の下に集まった3人組は、それぞれしたためたことを便箋に書き、何通りも折って瓶の中に入れた。それから赤田が代表で、根元から10cmほど離れたところをスコップで50cmほど掘り下げ、瓶を入れてまた元のように土をかためた。次に鵜川が『みつかりませんように』といって、わからない様に草や小石を撒いた。
「完成。10年後だね」
そして3人組はしばらくお互い、1年後に描いている夢を語り合ったあと『伝説の樹』で解散、3人別々に帰って行った。
やがて、4月にはいり、クラス替えで見事に3人組は3人とも別々になった。・・・・・1学期の終わりにはもう放課後集まることも無くなってしまった。時折井上と鵜川が廊下ですれ違うたびに片言話をするだけとなってしまい、赤田については、放課後もう姿を見掛けることすらなくなり、『仲良し3人組』も完全に消滅してしまっていた。
こうして3人は無事3年間を終え、卒業したのだった。
赤田は毎日の勉強のかいあって見事市内の進学校に合格、井上は無事私立女子高に合格、鵜川は2月のはじめに私立進学校に推薦合格を果たしたのだった。
・・・・・卒業式でも3人はお互い口も聞くこともなく、『伝説の樹』での一件は忘れ去られたかのようだった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
例の3人組が卒業してから、5年余りが過ぎた。
ある夏の日のこと、井上の住むアパートの部屋の電話がなった。昔の中学で3年のとき同じクラスだった女の子からだった。用件は今度クラス会をするから参加してくれないかとのことだった。それから想いで話が弾み、ついに相手の子が、
「そうそう、校庭の隅にあった銀杏の樹、『伝説の樹』って言われてたの覚えてる?・・・・あれって、今年の夏切り倒すんだってぇ」
「ああ、あれねー、いろんな話あったよねー」
・・・・・・・言ってしまってから、井上はある事を思い出した。そしてとっさにいつごろ切るのかどうして切らないといけないのかと尋ねてしまっていた。
「いのちゃんやけに執着しちゃって〜」
仕舞いには電話口で大笑いされ、参加するかしないかもあやふやで電話を切ってしまった。
「・・・・・・・・確か、あそこには・・・・・・・」
気がつくと、急いで支度をして電車に飛び乗っていた。
井上は高校卒業後、短大へ進みアパートで1人暮らし、そのまま就職活動をするつもりでいた。それで精一杯の生活で、中学の時の同級生ましてや『伝説の樹』のことすら忘れていたのだった。幸運にもクラス会で電話を受け幸運にも樹が切り倒されることを知って、タイムカプセルなるものを埋めていたことを思い出したのだった。
電車に乗ったはいいが、実家に戻ったときに理由を聞かれて何と答えようか、またすでに樹が倒されてしまっていたらどうしようかとそわそわしていた。
1時間半ほどでようやく電車を降り、今度はバスで母校まで約2時間。1時間も経てば林道で、周りはもう森林しか見えなくなる。
「はぁぁ・・・」
急いで出てきたので、懐かしさよりも疲労感のほうが大きかった。
バスも相変わらずの居心地で、両側に一列に詰めて座る形式で上部につり革が着いていて真夏だけに冷房はかなりきいていた。・・・・・・・腕時計は4時前を指している。混雑時ではなかったらしく、乗客は井上を入れて10数名。若い男と女のふたり連れを除くと残りは老人ばかりだった。
さらに1時間後、母校前で止まるアナウンスと同時に降車ボタンを押し、停車しドアが開くとすぐに料金を箱の中に入れてバスを駆け下り、校庭をめざして突っ走った。
「・・・・・・・まだ、あるじゃない・・・」
昔と同じように、大きな銀杏の樹は夏でも葉が生い茂り、南風でさわさわと鳴っていた。
井上はハアハア言いながら、その場に座り込んだ。
「・・・・・・・?」
気がつくと、夕日の向こうから3人連れがこちらへ向かってくるのが見えた。年配の男性がひとりと、バスで見かけた若い男女だった。その3人連れはやはりその通りで、どんどん歩いてきていた。
「・・・・・・・?」
井上は何かしら・・・・・と思い、しゃがみこんだままだった。
「あれ?やっぱりそうだ、いのちゃんだ!!」
「わかってねーよこいつ、・・・・オレだよ、あ・か・た!!」
3人組の正体は、赤田と鵜川、そして定年前の用務員のおじさんだった。
「ええっ、あ〜〜っ、・・・・・・・そうだ、そうだ、そうだよねぇ!!!!」
思いがけない再会だった。
この『伝説の樹』が切り倒されるという噂を聞き、偶然バス停で赤田と鵜川が居合わせたらしかった。鵜川は井上に気づいていたらしく、赤田に話していて、『後で確かめよう』ということになったことを井上は知ったのだった。
「本当に切るのは、あっちの樹ですけどねえ・・・・・」
用務員さんが、迷惑そうに呟いた。あっちの樹、というのはこの銀杏の樹から少し離れたところに植えてある、約2,3mほどの枯れかかった銀杏の樹のことだった。
「オレたち、例のアレ埋めたの話しちゃった」
「・・・・・・・今年で、わしも定年なんでね・・・・・」
ほっ、としたついでに、・・・・あれから10年経っていないのに、と思った井上だった。よくよくふたりを見ると、昔の面影と記憶が甦ってきた。
「随分ふたりとも垢抜けてるから、わかんなかったよ」
赤田は茶髪で紺のネクタイに白シャツで黒いスーツを着こなしている。大学に通ってはいるが、噂を聞いて取り敢えずこれで、といってキメてきたと言う。鵜川は白地に青い朝顔のワンピースで、腰まであるロングヘアーによく似合っていた。
「いのちゃんこそ、髪はくるくるだし」
井上はパーマをかけ、ピンクのワイシャツに白いタイトスカートに白いパンプスを履き、いかにも女子大生らしかった。
夕日が沈むまで、しばらく3人は『3人組』の時のように語り合った。
別れ際に、井上は聞いてみた。
「・・・・・アレ、堀り起こす? なんだか、恥ずかしいし・・・・」
あはははと赤田が笑うと、
「後5年後に決まってるじゃん!! バーイ!!」
といって走り去った。鵜川もニッコリ笑い『5年後にね』と、すたすた後に続いて行ってしまった。
「あれ?・・・アレ・・・・・、あたし、何て書いたっけ」
・・・・・・ひとり、取り残されてしまった井上。
・・・・・・・そんな訳で、『3人組』は5年後にまたこの場所で再会を果たすことになるだろう。