流行り

 今日は晴れた日曜日。久々にアルバイトも無い女子大生の夕香は、彼氏の『浅倉くん』と駅前で待ち合わせ、映画館に行き、約2時間半の上映にて終了。その帰り道、どこかの喫茶店でふたりでお茶をしようということになった。

映画館のある通りからそれて、街路樹を歩きながらふたりは話に夢中、20分は経過しただろうか。ふと立ち止まると郊外まで歩いてきてしまったのではないかということに夕香は気づいた。
「浅倉くん、私たち歩き過ぎなんじゃないの」
 うーん、と困ったような顔で浅倉は辺りを見渡す。
「あっちから歩いてきたから、引き返そうか」
 と、もと来た街路樹の入り口を指差した。そしてふたりでまた引き返すことにした。本当ならとっくにお茶してるのに、と夕香は思いながらしばらく黙って歩き続けた。
 それから5分ほど経っただろうか。夕香が『ずっと街路樹しかなかった』ように思っていたはずの通りに『まい・さーくる』という名の小洒落たレンガ造りの喫茶店を見つけた。
「こんなところに喫茶店がある!!・・・・・・ねえ浅倉くんここでお茶しない?」
「へえ、ずっと街路樹しかなかったって思ってたけど」
 そしてふたりはドアのノブを引き、喫茶店の中へ入った。
 店内は天井以外全てレンガ造りで、カウンターにマスターがひとりと、ウェイトレスらしき若い女性がひとり居て、ふたりが入るとすぐ、
「いらっしゃいませ」
と同時に声をかけてくれた。早速夕香の提案で、店内カウンター3席を挟んで右に4人がけのテーブルが3席と左に2人がけのテーブルが3席あるなかのうち、右側の一番奥の窓際に腰をおろした。
「どうやら、僕たちだけみたいだね」
「今日は、っていうか・・・・すいてるわね」
 ふたりの他には他の客は居なかった。そのためか、すぐにウェイトレスがメニューとおひやを運んできた。
「う〜んと、アイスティーにしようかな。あっ、コーヒーフロートも捨てがたいなぁ」
「僕はアイスコーヒー」
 結局、夕香はアイスティー、浅倉はアイスコーヒーを注文し、しばらくの間談笑していた。
 店内では古いジャズのような曲が流れており、カウンターでは白いシャツにワイン色の蝶ネクタイをしたマスターが忙しそうに働いている。その後ろでは、薄いピンクのバルーンの入ったワンピースに白のフリルつきのエプロンをしてせっせと洗いものをしている様子だった。
「こんな店でバイトって憧れかも・・・・・」
 微笑みながら夕香が喋りだしたときだった。カラン、という独特の鐘の音とともに、40代くらいの夫婦連れが入ってきた。女性の方はロングヘアーのストレートで、白のジャケットに白のタイトスカート。男性は スポーティーなショートヘアー、白のポロシャツにクリーム色のスラックスだった。そのふたり連れは反対側の一番奥に座った。
「お客さんだわ、・・・・ふたりともステキね」
 ここぞとばかりに夕香がささやく。ところが女性のほうは連れの男性のスラックスが気に食わないらしく、
「あんた今日のそれさぁチョットダサ〜」
 などと大きな声で口走っている。男性はこれしか持ってねえよ、とぶつぶつ言っている。それからまた5分と経たないうちに今度は3人連れの看護婦さんが、休憩かどうかは知らないが、あはははと笑い声をさせながら同じ列の入り口側の席にすわった。
「日曜日なのに仕事かよ、看護婦は大変だな」
 ひそひそ声で、浅倉が夕香の後ろを指差した。夕香は振り向き、さっと身をひるがえした。
「ナースの服装って、全部白・・・・」
 看護婦なんだから、そうなんだろうと浅倉は夕香の驚きように対して全く無関心のようだった。
 また、カランカランと鐘の音がした。
「よぉマスター、久しぶりだな元気か?」
 中年の男性で、肩に青いひとすじのペンキの後のついた、白い作業服の男性がやってきてカウンターの左端に座った。
「ぼちぼちな。いつものでいいだろ」
 どうやら作業服の男性はマスターの顔なじみらしく、かなり親しげにざっくばらんに話をし始めた。そのとき夕香はあっけにとられており、そしてがたがたと震えだした。
「ねえ、浅倉くんここ、でようよ・・・・・」
 そんなセリフが夕香の口から出された直後だった。
「すみませぇん、おまたせ、しましたぁ」
 さっきのウェイトレスがやっとでアイスティーとアイスコーヒーを運んできた。
「だから、これ飲んだらでようよ・・・・」
 またしてもひそひそと夕香が囁いた。ところが浅倉のほうは全く動じず、アイスコーヒーにシロップを入れてストローをさし、待ってましたのごとくである。
「おめえちゃんと高校行ってんのかぁ〜」
 さっきの作業員がウェイトレスに向かって叫んでいる。
「あのウェイトレス、高校生らしいよ。入ったばっかりなんじゃないの。・・・・・・・で、なに?出ようって」
「だって、周りの人たち全員白い服。店員もよ」
「何それ」
 やっとで理由が言えた夕香だったが、浅倉は夕香の言っているセリフの意味がわからないらしく、かえって不機嫌な態度にでられてしまった。夕香は俯き加減で、アイスティーを半分まで飲み干した。そしてまた 小声で、 「だって。私たちだけよ、白い服を着ていないのは」
 その通り今日のふたりの服装は『白』は一切なかった。浅倉はからし色のTシャツに紺がかったジーパン、夕香のほうはオレンジのTシャツにデニムの紺地のタイトスカートだったのだ。
 突然変な事をいう子だなとばかりに、浅倉はひょい、と店内を見渡した。
「いいか、まず店内は置いといて。カウンターの奴は作業服で後ろは看護婦。どう考えても怪しい奴等は僕らの次に来た連中じゃないか」
 それでも夕香のほうはまだ納まらないらしく、グラスをもったまま下向き加減で店内をジロジロ見ていた。
 カラン、とまた次の客の音がした。
「あつかったね〜」
「もえたよなー、よっ頑張ってる?」
 もう夕香はすぐに後ろをむいたりしなかった。怖くてさらに下を向き続けていた。客はウェイトレスの友達らしく、ふたりの次に来た連中の方の隣の席に行ってしまった。
「・・・・・・客は、ウェイトレスの友達みたいで、ふたりとも白だよ。女の子の方はウェイトレスが着てるやつみたいなのに同じ色の帽子と、男のほうはラメの入った半ズボンにうえは長いマントみたいなやつはおってる。・・・・白いランニングにね」
「そ、そう・・・・・」
 夕香は真っ青な顔でうつむきながら答えた。 カランカラン、とまた次の客だ。
「マスター、今日はふたりともひきわけよ」
 カウンターの中央に腰掛けたふたりの荷物はスポーツバッグ。そこで思い切った夕香は顔を真横に向けてみた。
「・・・・・・・・もう、いや・・」
 その連中は男と女のふたり連れで、これまた常連客のようだった。後姿で両方20代後半といったところか。
テニスで試合をしてきたらしく、ふたりとも上下白。女性のほうは着替えもせずスコート姿であった。
「・・・・・一体ぜんたい、なんなんだよ! 夕香が入ろうっていったんだぞ」
 夕香が涙まじりで、浅倉がきつい口調になってしまったので、一瞬店内がしん、と静かになった。すぐざわざわし始めたのだが、
「だって、だって・・・・・・!!」
 と我慢できないらしく、両方拳を握って浅倉をどうにか説得しようとした。
「ちょっとトイレ」
 浅倉が無表情で立ち上がると、鞄をもって後ろ側のトイレに入ってしまった。しばらくしてでてきたかと思いきや。
「・・・・・・これで問題ないだろう」
 ・・・・・・・・トイレから出てきた浅倉の格好は『白』いTシャツに『白』のジーンズ姿であった。
「・・・・・・・いやぁああぁぁああぁああぁ!!!!!!」
 夕香は悲鳴をあげて席を立ち、走って店を飛び出した。
 店の外はやはり来た時と同じ街路樹であった。が、しかし夕香は悲鳴をあげ続け、走って走って、何時までも、そして何処までも叫びながら走り続けるのであった。
                                                                       完

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