嘘つき


 とにかく暇だ。けれど、お金が無い。・・・・・・私こと金子涼は市内の某コンビニで働く23歳である。今日から3日間休暇が取れたはいいが、一体何のために連休をとったのか分からない。朝っぱらから母さんにたたき起こされて、今日から3日間お休みなのと言ってまた寝てしまい、気づけば朝の10時を過ぎていた。 そういえば2ヶ月前、4月初旬にシフトを決める時、アルバイトの子がGW旅行したいからって変わってあげて・・・・・それで取り敢えずこの日くらいで、っていうとっても単純な考えからだった気がした。
 ・・・・・・・・とはいうものの、毎日何にも考えずにコンビニへ直行していたので、本当に予定など無かった。なので暇なのだ。ついでにこれといって蓄えがあるというわけでもないので お金が無いのは事実であった。
 コンビニで働いていると、必ず売れ残りの消費期限切れの弁当とか出る日がありうまくいけば、ゲットできる。正社員ではあるが、お許しがでないと持ち帰れないシステムになっているため『うまくいけば』なのだ。友人は食費がかからなそう、実家だし・・・と言って羨ましがる。それはそうだが、実際働いて貰った給料で服や雑貨を買ってしまったりしているために月末あまり手元に残らない。また月にいくらか実家に入れてもいるため、格安アパートに住むのと同じくらいかもしれないと思っていた。
「今日から、暇・・・・・」
 ふわあ、と大あくびをして何気なしにシフト表を見た。部屋に入ってすぐの壁にピンで停めてあり、日付と曜日と交代時間、それにメンバーの名前が印字されているもので私は貰うと帰ってからカレンダーに書き写すことにしていた。そして、今日休みで同じく暇なバイトの子でもいないかな、と思った。
「・・・・・・・・あれ。いたわ・・・」
 6月19日(金)・20日(土)・21(日)と3日間続けて何処にも名前の載っていないメンバーがひとりいた。しかも少し前に入った二つ年下で男の子。専門学校生でアルバイトなのだが、かなり愛想がよろしく、歓迎会での話しも面白かったし、携帯も知っているし・・・・・。
 予定があるから休みを取ってはいるのだろう、と思ったが私はすでに携帯のボタンを押していた。
「ユギトオル」
・・・・その子の名前である。
 トゥルルルルルル・・・・・
「はい湯木です・・・・・あー金子さんでしょ」
 コール7回でやっと出てくれた。しかも寝起きの声かと思うくらいに超低音だった。一瞬不機嫌かな、と思ったが用件を切り出した。
「あの〜シフト表で今日から3日間休みでしょう、いきなりで失礼だけど、暇な日無い?」
 携帯の向こう側でえっ、と聞こえたかと思うといきなりビリビリビリ・・・・・・・ガチャン!!だのという音が響き渡った。それからすぐ、
「ええっと、誰か急病とかですか・・・・・まさかそれでオレしかいないから来てくれなんて・・・・」
 と返答があった。私はあはははと笑って、
「いえね。休みを取ったのはいいけど実はあまりにも暇で・・・・・」
 年下と思いつつ、ついつい私は正直に語ってしまっていた。湯木くんははぁ、そうなんですか、とだけ相槌を打ってはいたが、話を終えると、
「・・・・・・オレ、実は今ものすごく部屋が汚いんです。本当に。だから適当なところで休みをとって部屋を掃除しないといけなかったんです」
 それは意外な理由だったが、とても正直な青年だと感動してしまった私は『暇なので掃除を手伝う』ということのうえに終わった後でお茶でもおごりますから・・・・とまで言われてしまい、今から行きますと返事をしてしまった。
  湯木くんの住んでいるアパートはここからバスで12,3分ほどと、かなり近い距離だった。 閑静な住宅街の中の一角に、年代物かと思われるような寂れた鉄筋ビルがあり、ビルの入り口には褪せた白の看板で『牡丹ビル』と書いてあった。
「よーし、ここだわ」
 私は結構張り切っており、4階建てのビルの3階まで階段で登っていくのも苦にならなかった。また、挨拶がてらに近くの自販機でコーヒーを2本買ってきたのだった。階段を登りきると両側に左右3部屋ずつ、向かい合わせで並んでおり湯木くんの部屋は3階の一番奥で303号室だった。携帯で聞いたとおり、インターホンを押してからドアを3回ノックした。
 すると、キィィィ・・・・とドアが開き湯木くんが現れた。
「あ、金子さん・・・・・ありがとうございます、ま、どうぞ」
 さっきまで寝ていたらしく、髪はボサボサで白いTシャツに短パンというラフな格好だった。
「・・・うわ〜本当に、キタナ・・・・・・いや訳わからん・・・・・」
 ・・・・・・・・・・・部屋は1DKと概観より広そうな気がした。(きれいにすればの話)ドアを開けてすぐに50リットルのごみ袋がごみ入りで3つ4つほど縦に積まれていた。それから服やタオルが山ほど詰まって蓋からはみ出している洗濯機、パソコンの箱や靴箱が天井まで詰まれてその下に冷蔵庫があって、キッチンには流しにカップめんの殻が割り箸(使用済)つきが5個とあとは汁碗に皿(これも使用済)・・・・・・ガス台にはなぜか雑誌が何冊かとその上にフライパンが・・・・その横には壁掛時計(15cm四方、要電池交換)で・・・、次にまた戸をあけると・・・・という具合で、床にもトレーナーとかトランクスが転がっていたが、足場にせず ゆっくりと歩いた。
「はぁぁぁ・・・・ん?・・・・・・・・・・・あは、あはははは・・・・・・・・・」
・・・・・・私は、あまりのえげつなさに引きつり笑いが止まらなかった。
「一日で、片付くかなあ・・・・」
 湯木くんはボンヤリとして、差し入れのコーヒーを飲んでベッドにこぢんまりと座っていた。 室内の隅の右手にはデスク、その上にパソコン、それらの上下にはまたしてもごみ袋・・・・。その隣には漫画と文庫が数冊と教科書がばらばらで入っている本棚がひとつ(何故かポテチの空袋発見)、その隣にはテレビやDVD,コンポなどのオーディオデッキが埃を被って周りにはCDやMDが散らばって、反対側はベッドで湯木くんが腰掛けていて(でも服やバッグや雑誌、茶封筒やレシートが散らばっている)入り口付近に物入れがあるけど、シーツがはみ出ていて今開けたくない・・・・・。ついでにカーテンの下部分に茶色の染み(多分コーヒー)や、カーテンの隙間から覗くと網戸が上から斜めに20cmほど破れていて・・・・・・あああああ。 しかし、暇だからと言ってこちらから電話をかけているし、やる気を起こさないと、と思い一先ず買ってきたコーヒーを飲みつつどこから取り掛かろうかと考えた。
 飲みながら、空気を入れ替えようと思いカーテンと窓を一緒に開けた。
「あは、あはははは・・・・・・」
 コーヒーが器官にいきそうだった。なぜなら玄関で見たごみ袋が、ベランダに倍の数、ぎっしり敷き詰められていたのだ。
「階段を下りるのが、面倒でたまりません」
 すぐに返答があった。中肉中背という体系で決して体育会系とはいえない彼であって、その答えに思わず納得させられてしまった。
「うぎゃおぅ〜・・・・・こんなではいかん!!湯木くん。しっかりせねば」
 叫びにならない叫び声をあげながら、ごみ袋の中にごみらしきものから順に入れていった。足の踏み場も無い・・・・とはこのことで、まず私はベランダのごみ袋から運ぼうというと、
「・・・・・・・じゃ、オレが全部やりますから続きお願いします」
 といって、着のみ着のままでごみ袋を両手に2つずつ持って出て行ってしまった。私はそれからせっせと鼻をかんだちり紙だろうと、いつのなのか分からないようなツナ缶だろうと、全部割り箸で、ひょいひょいと袋の中へ押し込んだ。 「・・・・・終わりました」
 気がつくと湯木くんのごみ捨てが終わっていた。しめて20袋以上あったんじゃないかと思う50mlの山たちは15分程度で片付けられていた。その間私はさらにごみ袋を2つほど増やしてはいたが、足の踏み場は作られていた。
「あと、いらない雑誌とか捨てよう・・・・・」
 と、言って一箇所に集めていた雑誌やテキストやノート類を指差した。はい、と湯木くんは答えて、分けて要らないものを紐で綴じまたさっきのごみと一緒に部屋をでて行き、5分ほどして戻ってきた。
「さすが男の子ねえ。力持ち〜」
 早いなあと思いながら、私は次から次へと片付け湯木くんは主に力仕事(ごみ捨て)だった。
 それから私がCDとMDをラックへ片付け、分かる様に本棚を整理し、湯木くんが物入れを空けまたはじめの通りごみ出しと服の片付け(虫に食われたのを、もってきたソーイングセットでつくろうはめに)とキッチン掃除・・・・・。湯木くんが数分で戻ってきた後にユニットバスの掃除と洗濯機を計4回もかけ、ベランダに干して(さすがに下着類は湯木くん担当)、ベランダが一杯でカーテンをとってハンガーでつるして・・・・・。
 私がシーツを5回目で洗濯機を回し新しいのと変えて、バスルームでカーテンを洗っている間に湯木くんがビデオテープ(18禁あり)を整理して・・・・・。
 そんなこんなで夜中までかかり、やっと床に掃除機が掛けられたのが午後9時で、それからまたベッドの下の引き出しから服やらCDが出てきたりで、最後に破れた網戸を透明テープと針金でとめて、午前2時過ぎ・・・・。
「疲れたー」
「助かりました・・・・・」
 そしてその場でタオルケットを借り床に倒れこみ、湯木くんはベッドの上で朝まで熟睡となった、とてつもなくハードな一日でございました・・・・。
 ・・・・話はまだそこで終わってはいなかった。
 二人とも完全に目を覚ましたのは午前11時に差しかかろうとした時だった。ふと、思い出したように、
「金子さん、飯食いに行きましょう。おごる約束でしたから。奮発しますよ」
と湯木くんが言い出したので、そわそわしながらついて行くことにした。目的地は湯木くんお勧めのレストランで、さすがに半パンを履き替えて駐車場へ向かった。駐車場はアパートの裏から歩いて2,3分で、『湯木号』と呼ばれる(・・・・単純なネーミング)白の軽自動車にのせられしばらくの間国道沿いを走った。
「着きました・・・・・・アレ?」
 小さな洋館のようなレストランに到着したかと思うと、『closed』という立て札が目についた。今日に限って定休日らしかった。
  仕方が無いので私たちは、その店の向かいにあるファーストフードでお昼を済ませた。(もちろんおごりで)
「金子さん、遠慮しないでたんと食ってくださいね」
「あははは・・・・ありがとう」
 何故だか引きつり笑いになってしまったが、ちゃっかりフィッシュバーガーにナゲット、ポテトにシェイク、追加でミルクパイを注文した。お腹が減っていたのだ。湯木くんはその倍でトリプルバーガーにナゲット2セットとポテトビッグサイズ、またビッグサイズのウーロン茶を注文していた。
 途中まで食べていると、何だか疲れも飛んで元気になってきた。暇な日は後一日残っており、私は何をしようかという話をもちかけてみた。
「オレは旅行がしたいっすねー、でも実際そんな暇なかったし」
 湯木くんは2日目にして突拍子も無いことを言い出した。
「飛行機にも乗ってみたいし、夜行っていうのも面白そうだな」
 明日の話をしているのに、と思っていたが、急にそんな事も言えずおごって貰ってもいるしなどと思い口を挟むのを止めた。湯木くんは現在旅行に憧れているらしく、『何処へ行って何々をする』という話を延々と聞かされた。ついつい私も、外国に行ってみたいわーやっぱりニューヨークよ〜!!・・・・・などと口走ってみたりと異様に盛り上がった。
 ふと私は思いついた。・・・・・・空港へ行けば、旅行気分は味わえるし飛行機が見られて景色もきれい、喫茶店やお土産物もあるしいい暇つぶしになる、と。そしてそのままを湯木くんに話してみた。
 湯木くんは嬉しそうにして、いいですねえ〜と呟くと、
「ここからだったら、+++空港なら国外線でてますよ」
 と教えてくれた。
 早速次の日の朝、湯木くんの家の前で待ち合わせることとなった。
 翌朝。10時きっかりに湯木くんの家の前で待ち合わせをし、そのまま車で出発した。行き先は昨日話した通り+++空港である。旅行気分を満喫するため、私はパーカーにジーンズ、なんと旅行トランク(国外OK!!)湯木くんはTシャツにジーンズ、登山用リュックでのいでたちだった。
 +++空港まで約1時間半の道のり、免許を持っているのは湯木くんだけだったので、彼にひたすら運転してもらった。その途中では大掃除の話でまた盛り上がった。
「そういえばさぁ、ごみ袋運ぶのすごく早かったよねー、湯木くん力持ち、って思ったー」
「ああ、あれね。簡単でしたよー、通路の吹き抜けから全部下に落としましたから」
 あはははは・・・・・
 通りで早いと思った・・・・。あのビル4階建てで階段が無かったのに。でも変な音しなかったなぁ・・・・・と思い出していると、
「そうそう、下に停めてあったチャリに激突した時は一瞬ヤバイと思いましたけど」
 と、暴露発言。さらに、『電気代の振込用紙をごみと一緒に捨てた』とか『テキストを古雑誌に突っ込んでやった』、『窓が開いていると思って、飲み残しの缶コーヒーを投げたらカーテンに激突した』話を次から次へと暴露していった。 「あははははははははははは・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 それでも余裕でハンドルを切る湯木くんを見ると、引きつり笑いが止まらなかった。
 そして一時間半の道のりを終え、空港に到着した。駐車場に車を停め、それぞれ後部座席から荷物を降ろすと、空港内に向かって歩いて行った。
 空港のフロア内に入ると、冷房が聞いていて冷やりと涼しかった。
「広いねえ〜」
「色んな人いますねえ」
 湯木くんの言った通り、外国人らしき金髪のおばさんが向こうの通りを歩いているのが見えた。今日は日曜とあってか、スーツケースや旅行鞄を持つ人々でごった返していた。フロア正面口に案内図が設置されていて、発券所、喫茶店、レストラン、搭乗待合室、土産物屋・・・・・ と一日中ここで寛げそうだと思った。
 まず、二人で喫茶店へ行きアイスティーをおごってもらった。(二日連続!!)
 次に、土産物屋を廻りどこかの国産キーホルダー(貝殻の形をしている)を買い、湯木くんがまたどこかの国産温泉饅頭を買ってくれた。このようにして二人で暇つぶしをし、午後4時頃発券所を素通りし、搭乗待合室に入り景色を堪能することにした。一番前のど真ん中に二人で陣取り、飛行機の離着陸を眺めていた。
 しばらくして、金髪のおばさんが湯木くんの隣の隣のさらに隣に腰を降ろしていた。荷物は黒いハンドバッグだけと軽装で、携帯を出して片言の日本語と英語らしき言葉で会話していた。その人は、空港へ着いた時見かけた女性ではないかと思った。
「あの人、ここに来たとき見た。何か携帯で話してる。大変そうな雰囲気・・・・」
 横からひそひそと湯木くんに話しかけられた。すると、そのおばさんはつかつかと歩き、湯木くんの隣に来て座ったかと思うと、
「Excuse me….スイマセン、おねがいがあります」
 と,手に持っていたチケットを見せながら、なにやら話しかけてきた。湯木くんはびっくりしてはいたが問いかけに応じていたので、私はしばらく聞いていた。
おばさん;「Will you buy it for “niman-go-sen-en” though it is this ticket?」
湯木くん;「Why?」 おばさん;「いっしょのる、あいて・・・・canseled by my darlin’」
湯木くん;「That’s too bad」 おばさん;「それてはまたくる、といった・・・・だから・・・」
湯木くん;「OK OK」
おばさん;「thank you very much…There is only one way up to seoul.」
 湯木くんは、おばさんからチケットを受け取ると財布から5千円札を出して渡し、
「さぁ行こうか」
といって急いで私を引っ張ってとある搭乗口まで走るように言った。おばさんはまだ何か叫んで手を振っていたが、湯木くんが一瞬振り返って手を振ったきりで搭乗口まで走らされた。
「18A・・・871便で新潟行きっと・・・」
 そう呟いたかと思うと、すでに改札が開いているから急いでねといい私にチケットをくれた。
「ちょ、ちょっと待って!!・・・・あのおばさんと、何はなしてたの」
「それは後で教えるから〜、早く早く!!」
 ・・・・・・・・・そうして、飛行機に乗りにきていたわけでもないのに、パスポートまで係員にださなくてはならず、簡単な書類まで書かされて(パスポートもペンも持っていたから良いけど)とうとう湯木くんに引っ張られて搭乗し、席についてしまった私だった。席に着くまで、息切れがするくらいに走って走って走らされて、喉もカラカラで全く声も出なかった。
 はぁ・・・とやっとのことで呼吸が整ってきたかと思うと、
「只今より、安全のためシートベルトを着用ください」
 とのアナウンスが流れた。しかも英語の他にも何ヶ国語か喋っているように聞こえた。私は隣で眠ろうとしていた湯木くんを揺すり起こすと、
「ねえ湯木くん、これに乗ってどこへ行くの?」
「え?新潟・・・・・のはずなんだけど」
  湯木くんは、飛行機に乗るのは初めてといい、実は私もそうなのであった。・・・・・・・国内線ってパスポート要らないはずなのになあ、と思いつつまずは湯木くんに事のいきさつを尋ねることにした。
 湯木くんの話は、以下の通りだった。
「外人のおばさんが『新潟までで5千円でチケットを買わないか』と言う。そこで湯木くんがどうしてかと聞くと、一緒に乗る相手にキャンセルされたからとのこと。湯木くんは丁度旅行がしたかったしおばさんが往復券だよ、のようなことをいうから即okしたら『心から感謝します』と言われた。チケットを見ると、今日の5時過ぎらしいから私を引っ張って走らせた。」
 ・・・・・・・・何だか最後のほう、少し違うような気がしたけど、と思ったが『新潟』という観光名所まで行けるというので思わず、
「湯木くん天才!! 英語できるんだ〜」
 と褒め、持て囃した。そして疲れていたので、機内食を食べてから二人とも熟睡してしまった。 ・・・・・・・・・何時間経っていただろうか。その日遅くに飛行機は某空港に着陸した。うきうきしながら、二人で来たときと同じように改札を出た。しかし私は辺りを見回すと、妙なことに 気がついた。
「湯木くん・・・・ここって、新潟っぽくなくない?」
「変だなあ」
 私は湯木くんに貰ったチケットをパーカーのポケットから出した。貰ったチケットをみると、 『JAPAN ⇒ SEOUL』と書かれていることに気がついた。湯木くんはその間辺りを見回し、案内図や看板の殆どに日本語が書かれていないことに気がついたらしく、不思議な顔つきで佇んでいた。
「・・・・・・・・湯木くん、これってさぁ『ソウル(韓国)』って書いてない?・・・・」
 ウン・・・、と湯木くんが頷いた。直立不動であった。
「・・・・・・・・・・・ついでにいうとさ、この矢印って『片道』って意味だよねえ」
 無言で頷いた湯木くん。チケットの入っていた封筒をみせてもらうと、説明書のような用紙しか入っていなくて、往復券のようなチケットが見当たらなかった。
「ちょっと〜どうするのよぅ」
「オ、オレたち、来ちゃったの、か、韓国で・・・・し、しかもソウルだったんだ・・・・」
 しばらく二人で立ち尽くした。湯木くんの所持金は一万円、二人合わせて一万三千円・・・。
 これでは朝になっても、帰れるすべも無し・・・・・・・・。
「か、金子さん・・・・・このまま、ソウル人になりますか?」
「どーあーほーゆーぎィィィィ・・・・・・・・」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・私の叫び声が空港内にこだましたのだった。

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