想い出とウォーターメロン


 ある日、私の住むマンションの一室に実家から電話があった。
 電話の相手は母であり、話を聞くと親戚のおじいさんが亡くなったので、明日通夜だから至急戻ってくるようにとの事だった。
 そのおじいさん、というのは母方の実家の義姉の父にあたった。
 小学生の時だったろうか、西瓜や苺など自家製の果物を実家まで持ってきてくれてしばらくの間一緒に花札なんかして遊んでもらったことを思い出した。
 ところがその日は偶然熱を出して部屋で休んでいた。
「37℃9分なんだけど・・・・・」
「薬を持って早く帰って来なさい」
 有無を言わせず電話を切られた結果、私はいそいそと身支度をし夜10時過ぎに車を飛ばし3時間半、夜中の2時に実家へ到着したのだった。
 家では物置と化した一室に布団がひかれていて、私は着替えをし、すぐさま熱を測った。『37℃2分』。薬が効いたのか、うそのように熱がひいていた。
 私はほっとし、台所へ行くと祖母がおじやを作って待機しているようすだった。
「入院したって話も聞かなかったけど?」
「うちで倒れたらしくってね、救急車で運ばれてすぐ・・・・」
 おじやをすすりながら、何となく仕事の話やら何やら昔話やらし始めた。
「おじいさん、中学にあがる頃はもう西瓜とか持ってこなくなったよね」
「・・・・・・・・・・そう、いわれてみればねえ」
 おじいさんは自分の趣味で野菜や果物などを栽培していたらしく、家屋の横に農園のようなものがあったと云う。実際何度か行ったことはあるものの、ぼんやりとした記憶しか無く、明日の通夜の時にでも見てみようということにした。
  そして午前4時頃ようやくおじやを片付け、私ひとり、例の物置で寝ることとなった。
 部屋に入るとすぐに明かりを消し、しばらくうとうとしていた。 『パシッ』  築20数年の家なので、家鳴りは当たり前と思っていた。
 ・・・・・するとまた、 『パシッパシッ』 「?」
 とっさに起き上がろうとしたが、身体が思うように動かない。
 と、突然目の前から白い光が寝ている私のところへ覆いかぶさってきた。
「・・・・・・・・・!!」
 悲鳴が声にならなかった。

 翌日、午前10時に目を覚ますと、昨日の事は嘘のようで、目の前には洋服ダンスとダンボールが積まれていて、至って普通の物置部屋のようだった。 『どうやら あれからねてしまったらしい』 ・・・・・・・と昨夜の夢らしきことを思い出した。 その夢とは。
 「みっちゃんが中学になってしまってからは足も動かなくなってしまってねえ、西瓜も毎年持っていけなくなってしまってすまないねえ」
 まさしく、昔の記憶に等しいおじいさんが、いつか出逢った時のポロシャツに半パン姿でふらりと現れていたのだった。
『他には 思い出せないらしい』
 そんな事に気づき、しんと静まり返った部屋を見渡した。
「はぁ・・」
ふと気づくと、枕元に黒い粒のようなものが転がっている。 手にとってみると、なんと西瓜の種だったのだ。
「・・・・・・。」
思い出した。
『この西瓜はねえ、実が黄色くなるんだよ、おいしいよ』
すぐに飛び起きると私は祖母と母のいる台所へ駆けつけた。
「お早う、熱は?」
「・・・・もう下がってそう。実は・・・・・・」
ふたりに西瓜の種を見せ、昨晩見た夢のことを語った。
「あの部屋で誰も西瓜なんか食べないしねえ」
冗談めかして祖母が惚けたように笑った。そんな祖母をよそに母は無言だった。
  夕刻になり、家族4人で、おじいさんの通夜へ向かった。
おじいさんの家ではすでに40人位の弔問客でざわざわしており、子供のころ案外広いと思っていた庭付き一戸建てが狭くも感じられた。 例の、農園らしきビニールハウスが庭の敷地内の一角にあり、ところどころ破れてはいたが、ここなんだということがわかった。近くまで行って中を覗いてみると、20個ぐらいプランターが詰まれていたり、その周りには丈の長い雑草が生い茂っていた。 昔、ここへたずねてきた時は、小さいながらも何かしら果物や野菜がこのなかで育っているのを見て、おじいさんとふたりで楽しみだと言ってははしゃいでいたことを思い出した。 そして家族4人茶の間に招かれると、おばさんがいきなり私の顔を見るなり、
「みっちゃんね。うちのおじいさんがよく話をしていたのよ」
といってお茶を淹れてくれた。
「あのう・・・・・・」
「実はね、あなたには頼まれものがあって」
  西瓜のことを聞こうとした矢先、おばさんがいそいそと茶の間の引き出しから茶色い封筒を出した。
 受け取ると、中には西瓜の種が何十粒か入っていた。
「もう一昨年で西瓜もやめたの。誰も食べないし。・・・・・・だけど、このあいだ私にみっちゃんが来たら渡してくれって」
「えっ?」
「いえね、『そんな約束してるの?』ってきいたら、いいから持っといて、って」
 恐る恐る私は西瓜の種を鞄の中から出し、昨晩の夢のことを話した。
「それって・・・・・・・」
一同沈黙した。
 
その翌年。私たち一家4人で父の知り合いの農家を訪ね、特別に西瓜を育ててもらうことにしたのだった。
 例の枕元においてあった種を、ひとつだけマンションのベランダにプランターを置き、水をやった。
 やがて夏になったが、お願いしていた農家から電話があり芽は出たが種が古く実がつかず、5個しか収穫がないとのこと。しかし、何故か電話で父が呼ばれていたらしかった。
 後に実家へ戻った日曜日のこと。父が農家からもらってきた西瓜があるよと聞き、冷蔵庫で冷やしていたのを早速ふたつに包丁で割った。
「・・・・黄色だね」
 おばあちゃんが呟いたとおり、・・・・・つまりおじいさんの予告通り『黄色い西瓜』だったのだ。
 さらに驚くことに父の聞いてきた話では、その黄色い西瓜は日本で余りみかけない品種らしかった。そこで毎年数個ほどわけてもらえばという条件付きで、権利だとかなんとかを先方に譲ってきていた。
  その西瓜はすでにおじいさん宅に渡っており、そのとき栽培とか権限とかの話もしてはいたが、どうでも良いような様子だったと父が言った。
 私はこの日曜日には実家に泊まり、翌日朝早くから会社へ出かけた。
 そして、その週の火曜の夜だった。しばらく水をやっていないような気がしたプランターに目をやった。
 ・・・・・・・半分茎が枯れかかっている。
 私は急に愕然となり、処分するためベランダへ降りた。
「あ」
 まだ枯れていない部分をたどると、プランターの陰に直径10cmほどの西瓜ができていた。プランターの中では日光がきつすぎて、枯れてしまっていたかも知れない。
 私ははさみでそれを切り取り、テーブルの上におき、キッチンに置いてあった果物ナイフで半分に割いた。
 西瓜の色は、間違いなく黄色だった・・・・・・。
                                                                    完

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