俺は神だ。
いや、嘘ではない。本当の話だ。
お前らの村にだって、あるだろう。小さなほこらや社が。そうだ、いわゆる鎮守の神って奴だ。まあ、神とはいっても、俺なんか下っぱのぺーぺーなんだが。
俺の役目は、鎮守の神に寄せられた願いを、万能の大神様に取り次ぐことだ。なに?お前そのものはなんの力も持たないのかって?無茶言うな。俺みたいなペーペーに、そんな力あってたまるか。
俺たちの役目は、願いを大神様に取り次ぐことなんだ。つまり、陳情の窓口って奴だ。それを、大神様に渡して、人々の願いをかなえてもらうって奴だ。
ところが、これがなかなか難しいんだ。大神様はとても忙しい。なにしろ各村々に鎮守の社があって、そこに村のみんなが始終願いを寄せるものだから、なかなかその望みはかなわない。基本的に、大神様ってのは、どんな願いでも叶える力を持っているんだ。けれど、あまりに人々の願いが多いから、神頼みって奴は効率が悪いんだ。
ところが、この取り次ぎが、やけに上手い鎮守の神もいる。そういう奴の村は妙に富んでいて、災厄も少ない。これなんか、その鎮守の神が、大神様に気に入られている証拠なわけだ。
なに?俺がそのお気に入りかって?いや、実を言えば今の俺は鎮守の神じゃなくなっているんだ。ついこの前までは鎮守の神だったんだけれどな。今、別の神になって仕事に向かうところだ。今の方がずっとましだ。あんな嫌な仕事は俺にとってなかった。
なにしろ、俺のいた村の奴らってのは、実にわがままだったんだ。そして、ケチで、挙げ足取りの欲張りだった。なに?言い過ぎじゃないかって?そんなことはねぇよ。俺なんぞ、かなり一生懸命、奴らの願いを聞いてやったんもんだ。願いを聞いて、大神様に奏上するのが俺のつとめだからな。文字通り、辛い宮仕えってやつよ。
なに?何があったかって?そうだな。とにかく、村の連中とは折り合いが悪かった。ある年のことだった。その年、村ではいつもより多く作付けをしたので、奴らは豊作の願いを俺のところに持ってきた。
豊作の願いってのは、なかなか大神様は聞いてくれないんだ。なにしろ、どこの村でも願っているし、ほぼ毎年のように頼まれてくるからな。それでも、俺はなんとか書類を作って、大神様に持って行った。すると、あの、力はあるが、助平な大神様は要求してきた。村で一番清らかな女を自分のところによこせ、と。
なに?そうだよ。まさか、賄賂も寄こさないで、大神様が願いを聞いてくれるわけないだろう。お前らだってよく供え物するじゃないか。あれは賄賂だよ。そうすることで、大神様が話を聞いてくれやすくなるってわけだ。
大神様が自分で賄賂を要求してきた時は、もう絶好の機会だ。その賄賂を出せば、大神様はほぼ間違いなく願いを聞いてくれる。それで、俺はその託宣を村人に伝えた。ところが、奴らが送ってきたのは、四十もとうに過ぎた、行き遅れの、容姿なんぞとても見られたもんじゃない女だった。
当然、こんなものを送られてきては、大神様は願いをきいてなんかくれない。しかも俺が激しく怒られるという付録付きだ。こってりしぼられて帰ってきた俺は村人に文句を言った。すると、奴らは言った。「村で一番きよらかですよ。なにしろ、誰も触ろうとさえしないんですから」と。…それで、その年村が、酷い凶作になったのはいうまでもない。
そんなことがあったもんだから、うちの村での鎮守の評判は最悪だった。俺の社なんか、誰もまともに手入れしやしない。それでも年に一度のお祭りの時は、さすがに掃除くらいしてくれたが、それもムシのいい願いを言うためだけだ。
俺の村の連中はよくばりだから、とにかくむちゃくちゃな要求ばかりしてくるんだ。俺はそれを全部いちいち書類にして、大神様に送らなければならない。当然だが、うちの村は無茶な願いがあまりに多いので、大神様に目をつけられていた。
ある時、頭の悪い庄屋の息子が、国で一番美人の嫁が欲しいと注文してきた。まったくもって、無茶な話だ。どう考えてもかなう訳がない。しかし、庄屋の息子の願いを黙殺すると、俺の社を手入れする奴らは本当にいなくなってしまう。
困った俺は、書類の書き方がやけに上手いという噂の、同僚の鎮守の神に助けを求めた。大神様に気に入られている神や、提出する書類の書き方が上手い奴の陳情はあっさりと叶えられる。俺は大神様に嫌われているから、せめて書類だけでも上手く書こうとしたんだ。
すると、その神はお安いご用とばかりに、さらさらと書類を書いて提出してくれた。半年後、庄屋の息子は結婚していた。年の頃、五十を過ぎたバアさんとな。
バアさんだが、その女はまだいくらか美しさを残していた。若かったら、どんなに美しかっただろうと思われるうば桜だった。そうだ。その同僚の神の奴は「国で一番美人」の後に、「だった」という言葉を書き添えていたのだ。それで大神様の目にとまったわけだが、俺はこの一件で村の連中からますます信用を無くした。
それは俺が鎮守の神を辞める末期頃だ。もう、俺の社なんか誰も手入れしやしない。人間なんて奴は、現金なもんだ。自分に得があるとなれば大切にする。俺みたいな役に立たない神は文字通りの役立たずとして見捨てられるわけだ。
けれど、そんなに見捨てられていても、俺は本来の役目を果たそうとしていた。鎮守の神ってのは、大神様への窓口だけじゃない。鎮守という名前の通り、村の安全を守る意味もあるんだ。そして、それだけが、鎮守の神に与えられた、唯一神らしい力なんだ。
俺は、この役目は忠実に果たした。どんなに気にくわない村人でも、俺は鎮守の神として村を守る責任がある。そう思っていたし、そうしていたつもりだった。
ところが、ある年の春だった。例の。庄屋のバカ息子が、俺の社のある森に、山菜採りにきやがった。知っていると思うが、神の社の周りではそんなことをしちゃいけない。しかし、庄屋のバカ息子は、堂々と俺の境内に入り込んできた。
それで、バカ息子は山菜採りに興じていたんだが、ふとした弾みでつまづいて転んだ。そして、案の定、俺の社に強かに衝突した。
俺の社は小さいけれど、それでも人の背丈くらいはある作りだったから、打撲した庄屋の息子は怪我をした。骨の一つくらいは折れたんじゃないかと思う。すると奴はわあわあ泣きながら、共の者に命じて、俺の社を足蹴にしやがった。まあ、言うなれば袋だたきにされたわけだ。
さすがに俺も腹に据えかねた。俺にだって限界がある。俺は鎮守の神を辞めたいと大神様に申し出た。すると、大神様は言った。今、空きがあるのは、貧乏神か疫病神のどちらかしかない、と。
冗談じゃねぇと俺は思った。その二つの役職は、神の仕事をしている者にとって「左遷」という役職なんだ。しかし、俺はもう我慢できなかった。どうせなら、派手にやらかしてやろうと思い詰めていた。
機会は意外に早く訪れた。しばらくすると、なぜか俺の社が綺麗に修築され始めた。そして、案の定お祭りが始まった。神主が俺の社に進み出て、恭しく願いを申し出た。
「雨を降らせてください」
神主はそう言った。俺は、待ってましたとばかりに膝を打った。
その年、村は極度の干ばつに喘いでいた。雨乞いの依頼ってのは、大神様がもっとも聞いてくれない願いなんだ。雨を降らせるには労力がかかるし、何しろ願いとして出てくる個数が多すぎる。だから、まず聞いてもらえない願いだ。
しかし、俺は知っていた。この前の経験から、どうすれば大神様に見てもらえるかわかっていた。俺は提出する書類にちょっと手をくわえた。なに、きちんと願いは書いた。「あめを降らせてください」と書いたんだ。その後、徹底した賄賂攻勢で、大神様の目に書類がとまるように工作した。
結論から言おう。村は滅んだ。いや、本当の話だ。もっとも、日照りで全滅したわけじゃない。急に空から降ってきた大量の水飴によって村は飴の中に沈んでしまった。当然、村人は飴の激流に巻き込まれて窒息死だ。
後で大神様は失敗に気がついたが、もう遅い。それに俺は書類をきちんと書いた。「あめを降らせてください」と。間違ってはいない。きちんと確認しない大神様が全て悪い。いや、もしくは俺を大事にしなかった村人が悪い。
まあ、さすがにおとがめ無しとはいかなかったがな。なに?それで、今はなんの神になっているのかって?察しが悪いな。疫病神に左遷されたよ。まあ、なんだな。村を全滅させただけあって、俺にはこの方があっているのかもしれないな。
おいおい、そんなところでいつまでも突っ立ているなよ。お前も疫病神に取り憑かれちまうよ。なんだ、逃げ足が速いな。では、俺はまた、どこかの村を災厄に巻き込む旅に出るとするよ。
(完)