そして、おしまい
「とっととあんたが殺した人々を生き返らせるんだ!」
幾多もの死体を前にしてミリアは怒鳴った。そしてパウロスの頭をゲシッと殴りつける。
「出来ない…とはいわないが、本当にヤードなんか生き返らせるつもりなのか?」
渋い表情のパウロス僧正。まあ気持ちは解る。ヤードなんか生き返らせても決して良いことはない。
「こいつを生き返らせると、またロクでもないことが起こる。何人の女がこいつに孕まされたことやら。世界の平和のためには殺したままの方
が無難だと思うのだが…」
「そうかもしれないけれどね。あたしの借金のタメにはじじいを復活させなきゃならないんだ」
ミリアもなかなかブスっとしている。ああ、なんというくだらない冒険だったんだろう。
「わかった。少し待って<れ」
印を結び、フツブツとパウロスは呪文を唱える。ヤード、ネーメト、タムその他諸々の死体達は次々にと息を吹き返し、まだ立ち上がれはし
ないにしてもその目を開き始めた。あまりにも手軽といえば手軽である。しかしこれがパウロス僧正の実力なのだ。
「恐ろしい呪文だのう…」
ゲンブが驚嘆の思いでパウロスを眺めていた。人の生死を自由自在に操る男。もはやその領域は神にも等しいだろう。
「恐ろしい呪文?はは、ところがな。私は自分を生き返らせることは出来ないのだ。所詮、私も人間だ。生死を操る僧侶と言いながら、自分の
生き死にだけはどうにもならぬ」
悪党らしくこの場ではもはや堂々とした受け答えをするパウロスだった。
「用は済んだな。どうする、私を殺すか?案ずるなよ。私は自分で自分を生き返らせる事はできやしない。だから永遠に死んだままになる」
しかしミリアはどうしたことか首を振る。
「いや、そうしようかと思ったけれどね。とりあえずヤードじいさんを生き返らせてもらった恩義もあるから、許してあげよう。そのかわり…」
ミリアはパウロスの耳に何事かささやいた。
「なるほど。貴様もワルだな」
パウロス僧正は苦笑する。
「いいじゃないの。ネーメト王も生き返った。となれば、やはり、ねえ」
「恩賞が欲しいでござるな」
ゲンブがオッサンリアル顔で相づちをうつ。
「だから、あんたがいかに言うかにかかっているんだよ。まあ、頑張ってくれ」
「しかしそんなことをしなくても恩賞はもらえるがな」
金貨一万枚の恩賞。それだけでも十分な額ではある。
「そんなちょっとじゃダメだね。それっぽっちじゃ、借金返してパーになってしまうよ。ここはあんたの腕前にかかっているんだ」
そういうと、ミリアは不気味に大笑いしたのである。
「なるほど、話は解った。つまり、やはりあれはヤードの仕業だったのだな」
舞台は変わって謁見の間。再度司祭の服に身を包んだパウロス僧正がネーメト国王に事の顛末を報告していた。
「ヤード・カジネットはゲンブ・ホージョーなるサムライと組んで世界を征服しようと企んでおりました。しかしその野望に気付いたこのミリア・カ
ジネット、カサル・バルチュク両人が私を助け、陛下がゲンブの凶刃に倒れた後、ゲンブを討伐するという偉業を成し遂げさせてくれたので
す」
マデー・ハイソレと成ったパウロスが、平伏しているミリアとカサルを紹介する。
「うむ、両人ともご苦労であった。その働きに応じて恩賞を取らす」
ネーメト王が手を叩くと、侍従が袋を持ってやってきた。
(げっ…一万枚とはいっても、金貨じゃなくて銅貨じゃないか)
あまりのセコさにミリアは閉口した。銅貨の価値は金貨の千分の一分の一しかない。したがって金貨十枚の価値しかない。
「ありがとうございます」
しかしそれでも一応もらってはおく。礼として二人とも頭を下げる。正直言ってこんな恩賞はどうでもいい。ねらいはもっと大きな所にあるの
だ。
「つきましては陛下、この二人の功に報いるために、大がかりな酒宴を設けたいと思いますが、よろしいですか?」
「よきにはからえ」
してやったり。パウロスとミリアは目を合わせて笑う。今ごろうまくゲンブとヤードがやってくれていることだろう。
一刻の後、見事なまでに整った宴会が開かれた。きちんとワインの樽が開けられ、文武の大官、衛兵が集結して宴席に加わっているのが
まことに好都合である。
「それでは私が乾杯の音頭を取らせていたださます」
パウロスがワイングラスを掲げると一斉に誰もが料理にかぶりつく。
ローストチキン、ポテトのトマトソース煮込み、若鶏のワイン蒸し、豚のかまど焼き等の料理がそこにはあった。なかなか豪華な宴会である。
「ねえミリアさん。先ほどパウロス司祭と何を話していたんですか?」。
カサルがチョコレートケーキをがっつきながら、ワイン樽にしがみついているミリアに尋ねる。
「たいしたことじゃないよ」
「でも、ゲンブさんはどうしてこないんです?それにどうしてゲンブさんやヤードさんが犯罪者になって、パウロスが無罪なんです?」
なかなかカサルはいいところをついてくる。さすがマジシャンだけはある。
「うん、いい質問だ。明日になれば解るよ」
「明日?どういうことです」
「うるさいっ!それ以上喋るなっ!」
ミリアはやおらワイングラスを手に取ると、樽の中のワインをグラスにくみ取った。
「さあ、飲めっ」
「わっ…ボクは酒に酔うと…」
「問答無用!」
無理矢理に口を開けさせるとワインを流し込んだ。たちまちカサルの顔色が真っ赤に染まる。
「なんだ、飲めるんじゃないか…げっ!」
なんと、カサルは服を脱ぎ始めたではないか。しかも全裸になってしまう。そしていきなり手近にあったボンを掴むとボン踊りを始めた。
「こら!そんなお困末なモノ見せるんじゃ…………で、でかい…」
ちょっとそのビッグなサイズにあんぐりしたミリアだった。
しかし赤面するほどウブではない。
「さあ、今日の主役はこの方、ミリア・カジネット嬢です」
宴会場にパウロスの司会の声が響く。どこか、温泉の宴会のような雰囲気だ。
「彼女は私を助け、ヤードの暗躍を阻止しました。彼女の功績に乾杯!」
乾杯の声が上がる。ミリアはいい気分になった。
「それではここで、ミリア嬢に一つ技を見せてもらいましょう」
ミリアはワイン樽を掴んで持ち上げた。
「かけ声頼むよ!」
わあと歓声が上がる。つまり、これを飲み干すつもりなのである。
「一気!一気!一気!」
盛大なかけ声とともに宴会は続く。どこまでも続く。終わらないのが宴会だった。
時は流れる。ガルメシアにも夜がくる。王城では未だに宴会が続いていた。
そしてまた、街も賑やかであった。ヤードが退治された事を祝い、人々は歓喜と酒に身をまかせ、夜というのに街は眠る暇がない。
ここはヒドラの住処亭。このドアを叩く女の姿がある。
「誰アルか?」
内側からマスターの声がした。
「あたしだ」
ミリアが応えるとガチャリと鍵が開く音がし、あの中華マスターが姿を現した。ミリア、カサル、パウロスの姿を見ると手招きをして内に入れ
る。
「で、うまくいったのかい?」
「もちろんアル。さすがヤードアルね」
宿屋の床には金貨の袋、ガルメシアに伝わる秘宝、王家の宝が多々と積まれてていた。全てヤード、ゲンブ、ランヌが、王城から隙をつい
て持ち出して来たものである。
「しかしまあ、よ<こんな無謀なコトするアルな」
マスターが嘆息する。
「いいじゃないかよ。マグヌス。とりあえずツケの分は払ったんだから」
ヤードがマスターの肩を叩いた。
ミリアの作戦は見事に成功した。ヤードを犯人に仕立て上げ、パウロスに宴会をさせ、皆が油断しているスキに城のお宝をたんまりちょうだ
いするという、なんとも無謀な、しかしツボにはまったやり方だ。
「さて、帰りますか」
ミリアはよいしょと財宝の入った袋を背負う。
「早く帰ってこれを売り飛ばさないといけないね。ヘヘヘ、これで当分リッチな生活が送れるよ」
「でも、姐さんのことだからロクでもないことに使ってしまうんでしようね」
口は災いの元。パンチでランヌの顔の造作が中央に集まった。
「ふん、それでもいいじゃないか。だってあたしたちは冒険者だ。冒険者はいつだって無謀で貧乏。そんなもんさ」
ミリアにしては珍しくマトモな台詞を吐く。酒の飲みすぎで頭のピントが合ったようだ。
「さてと…それでパウロスにヤードじいさん。あんたらはどうする?また世界征服でも企むかい?」
「あー、そうだな。実をいうと、とりあえずお前に養って貰おうかなと思っているんだが」
「なんだそりゃ!」
「いや、ヤード。貴様の孫はなかなか悪人だ。暗黒皇帝フィルデ様に匹敵するあくどさだ。私も気に入ったぞ」
「な、なんなのさ。それってまるであたしが超悪人みたいじゃないか」
そうじゃないか。あんた以上の悪人がどこにいるんだ。
「ふん、いいよ。悪人ならもっと悪人らしくしてやろうじゃない。へっヘヘ、じいさん、コキ使ってあげるからね。まずは便所掃除でもやってもらお
うか」
顔だけは相変わらず意地悪い。でも、声は笑っているのが機嫌のよい証拠である。
「じゃあいくよ!マスター、世話になったね」
「せいぜいバカやれアル」
荷物を抱えて六人は宿屋の裏口から忍び出た。さあ出発だ。行き先はガダルの街。そこに彼らの生きる場所がある。明日もやっぱり冒険
者は無謀と貧乏。そして現在逃亡ときた。
「あっ、城が騒がしくなっている。気付かれたかも知れないな」
ミリアが耳ざと<城の騒動を聞きつけた。
「急げ!ゼロファイターの置き場まで後少しだ!」
ゲンブが走りながら叫ぶ。後方にいくつものタイマツの明かりが見えた。迫手が結成されたに違いない。
走りに走ってカサルとゲンブの飛行機にそれぞれが分かれて乗り込む。ゲンブのゼロ・ファイターのエンジンが小気味良く始動し、滑走して
機体が宙に浮かび上がる。
続いてカサルの機も離陸した。徐々にスビードを上げ、一路ガダルの街を目指す。
ああ、冒険者は無謀と貧乏。これで明日からミリア一行は指名手配の身。しかしそんなことなど全く気にしないのが彼らなのである。
無謀な冒険者よ永遠なれ!
(無謀と貧乏・おしまい)