エピローグ

「…と言うわけで、私はこれからノエル・レポート奪回のための旅に出る事になりました」
 朝の食事の席でチェリオは唐突に説明を始めた。奪われたノエル・レポートを取り返すようにとの命令が咋夜法王庁 より届けられたというのである。
「ちょっと待てや。今回の事件はチェリオの責任だけとちゃうやろ。あんな凄腕の工作員を相手にしたら騎士が守ってた かて盗まれてしまうで」
 テーブルを叩きながらフォレストが抗議する。まだあの事件から三日しか経っていないし、チェリオの怪我も癒えてい ないのにいきなり旅に出ろとはひどい命令だと言いたいのである。
「そうよ。チェリオさんだけの責任じゃないですし、せめて怪我が治るまで出発を延ばしてもらったら‥」
 事件後、事後処理や傷の手当てのために知識の庭に滞在していたパメラとラニーも心配そうに見つめる。
「いいんです。ここの管理責任者はわたしですし、それに…」
 チェリオは自分を襲った少女エミリーの事をこの三日間ずっと考えていた。
−−−あの子の本当の気持ちは何なのだろう。あの子は本当にあんな事を楽しんでやっているんだろうか?
 会いたい。会ってもう一度話しがしてみたい。それでどうなるとでも言わないけど…
 チェリオが見たエミリーの赤い瞳には迷いがあった。今の自分と心の中の白分がせめぎあっている。そんな感情がに じみ出ていた。
「どないかしたんか?」
 黙りこくっているチェリオの顔を覗き込むフォレスト。
「いいえ。何でもないんです。それよりも…」
 チェリオはニコニコしながらフォレストを見た。そんなチェリオを不思議そうな顔で三人は見つめる。
「やっばり一人旅っていうのは危険ですし、寂しいですし、護衛の人についてきてほしいんです。ラニーさんとパメラさん は他に目的があるみたいですし。フォレストさん。一緒に旅をしてもらまえせんか?」
 チェリオの言葉に驚くフォレスト。
「もちろん雇い賃は毎日お支払いします。食事と宿代もわたし持ちという事にしますから。お願いします」
「き、急に言われても…」
 耳まで真っ赤になりながら両手をバタバタさせるフォレスト。おもしろいくらいに慌てている。
「お願いします!」
「は、はい!」
 思わず返事をしてしまうフォレスト。これが新たなパーティ誕生の瞬間であった。


 雲一つない快晴の空の元、神聖都市リトルスノーの東門は商人や旅人たちでごったがえしていた。新しい土地に向か って希望を膨らませ旅立つ者。はたまた希望を胸にこの街にやってくる者。観光を楽しむためにやって来る者。人々は 様々な想いを抱いてこの門をくぐり、この門はそんな幾多の人々を長い間見続けてきた。そしてこの門に、今旅立とうと する二組の男女がやって来ていた。彼らは今、はたしてどのような想いを胸にその下をくぐるのだろうか。
「いろいろありがとうございました」
 チェリオはパメラの手をしっかりと握った。
「こちらこそ。これでお別れなんて寂しいですね」
 ここ数日でチェリオとすっかり仲良くなったパメラは悲しげにつぶやく。
「あら。いつかまたどこかで会えますよ。パメラさんもがんばってね」
「はい」
 隣ではフォレストとラニーもガッチリと握手を交わしていた。
「がんばれや、ラニー。お嬢ちゃんの事、しっかりと守ってやるんやで」
「フォレストさんこそ、チェリオさんをしっかりと守ってあげてくださいよ」
 言われてフォレストは再び耳まで真っ赤になった。
「と、と、当然やないか。俺を誰やと思とるねん」
 照れるように鼻の頭を掻くフォレスト。
「それじゃあラニー。行きましょうか」
 パメラがラニーの手を引っ張る。
「パメラさんたちはこれからどこへ向かうつもりなんですか?」
 チェリオが尋ねてくる。
「オルガナヘ向かってみようと思っています。あそこは宝石商人のためのギルドがあるって聞いていますから
 何か手がかりがあるかもと恩って」
リトルスノーの街から東へ一週間歩いた場所にある商業都中オルガナはゼルテニア大陸四大商業都市の一つで魔法 物品と貴金属を扱う商人が多く出入りしていると言われている。
「そうですか。それならこれを持っていくといいでしょう」
 そう言ってチェリオは腰のポーチから一枚の白いカードを取り出しパメラに手渡した。
「これは?」
 カードの真ん中には疾走する馬を型取った緑色のシルエットが描かれていた。
「わたしのリムサリア・ソーサレスとしての紋章カードです。これを使えば西方魔術協会の施設の大部分は使用させてく れるでしょう」
 パメラとラニーは感心しながらカードを見つめた。
「でも、こんな大事な物を僕たちなんかに渡しちゃってもいいんですか?」
 紋章カードと言えば魔術師にとって身分証明書みたいな物である。これを持っていれば本人でなくともその各代として 行動する事が出来るという結構重要な物品だ。
「かまいません。あなたたちは信用出来る人だということはこの数日間でよくわかりました。それを悪用するような事は 決してないでしょう」
 チェリオの目線はラニーの背負っているタイガーハートに向けられた。
「それに、あなたたちお二人が只者ではないという事もわかりましたし…」
意味ありげな微笑みを浮かべるチェリオ。しかし、当の本人たちは何の楽かさっぱりわからず首をかしげる。
「うふふ。ではお二人ともお元気で」
 にこやかな笑みを残し、チェリオは二人の横を通り過ぎていく。その後にフォレストも続いた。
「じゃあな。気をつけて旅を続けいよ!」
 手を振りながら歩いていく二人。その姿は雑踏にまぎれいつしか見えなくなってしまった。
「行っちゃったね」
「うん」
 二人が去っていった門の向こうを見つめ続ける二人。チェリオの言った遁り元気で旅を続けていればいつかまたどこ かで会える時がくるだろう。
「さあっ!あたしたちも出発しましょう。オルガナヘの道は長いわよっ!」
「オツケー!」
 元気よく門に向かって歩き始める二人。
「ところでラニー」
「何?パメラ」
「今度はちゃんと地図は持ってるわよね。もう迷って遠回りするのは嫌よ」
「大丈夫だよ。ちゃんとここに…あれ?」
 ラニーは決を探ってみる。しかし出発前に入れたはずの地図はそこにはなかった。
「おかしいな?ちゃんとここに…あれ?」
 往来の真ん中で背中のザックまで開けて調べてみる。だが一向に地図は見つからなかった。「ちょっと?!ない の?!」
「変だな。確かここに入れてたはずなのに…ああっ!!」
 −−−そう言えばここに来るまでにルート確認のためにフォレストさんに貸したんだ。それから…フォレストさん、自分 の快に地図を入れてた!!
「フォレストさんが持って行っちやった!!」
「何ですって!!早く返してもらってきなさい!!」
「でも、もうどこまで行っちゃったかわからないよっ!!」
 業を煮やしたパメラは強引にラニーの腕をつかむと全速力で走り始めた。
「わからなくてもいいから追いかけるのよっ!!もう新しい地図を買うお金の余裕なんてないんだからねっ!!」
 雑踏をかきわけ門の検問をぶっちぎりひたすら走り続けるパメラ。
「いっ痛いって!そんなに引っ張らないでよパメラ‥ってうわっ!!」
 二人の後を門の所にいた兵士が数人追いかけてきていた。強引に検問を突破したのだから当然の事だが…
「そこの二人!待ちなさい!!」
 槍を構えて突進してくる兵士たち。捕まったらややこしい事になりそうだ。
「パ、パメラ!もっとスピード上げて!!」
 いつの間にかパメラの横を並走していたラニーは引きつった顔でパメラに、言った。
「ウソッ!何であたしたち追いかけられてるの!!」
 自分が原因である事など毛ほども気づいていないパメラ。
「とにかく逃げろーっ!!」
「そこの二人ーっ!待てと言っとるだろーがっ!!」
「うわーんっ!!何でこんな事になるのー!!」

  TO BE CONTNUED