第四章 ゾディアック・タイガーハート
「ここがグラドリエルの洞窟やな」
真っ暗な洞窟の内部を覗き込みながら、フォレストはつぶやいた。
「暗くてなにも見えませんね」
「そないに深い洞窟やないらしいし、この様子やと魔物が棲みついとるわけでもなさそうやな」
周囲を見渡していたフォレストは、腰のポーチから携帯用のランタンを取り出し灯をつけた。
「フォレストさん。明かりをつけちやっていいんですか?」
ラニーが慌てて聞いてくる。
「なんでや?」
「こんな暗くてせまい洞窟で明かりなんかつけたら、相手に自分たちの場所を知らせる事になるんじゃないですか?」
ラニーの言葉にフォレストはニヤリと笑みを浮かべる。
「普通やったらそう思うやろうけども今回は違うんや。これは俺のカンやけども、あのガキはチェリオっちゅう人質を持
っとる。人質を盾に物を差し出させるように仕向ければ、自分が動かずとも物は向こうから来てくれる。取り引きの話
し方次第やけどもけっこう確実で安全な手段や。おまけにあの女も怪我をしとるはずやし、いきなり暗闇から襲いかか
ってくるような事はないやろ。それに…」
チラリとパメラを見る。
「お前もそうやけど、お嬢ちゃんがこんな岩がゴツゴツ突き出た洞窟の中を明かりなしで歩けるか?転んで怪我して動
かれへんなるんがオチや」
真実をズビシと突かれラニーは縮こまった。
「すみません…」
「気にすんな。ここまで来てコソコソしとってどないすんねん。堂々と正面から行ったろやないか」
元気づけるようにラニーの肩を叩くフォレスト。
「はい。行きましょう」
先程までの気落ちした表情が幾分か和らいでいた。
世話の焼けるナイトさんやな。
そのへなちょこなナイトが守るべきお嬢さんは、もう一時間前から何もしゃべっていない。強行軍がかなり効いている
のだろう、話す気力もなくなってしまったようだ。
フォレストは再び腰のポーチに手を入れると、青い木の実を一つ取り出し仰いているパメラの前に差し出した。
「リポデの実や。滋養強壮の妙薬やさかい、これ食べて元気出せ」
差し出された木の実を不思議そうに跳めていたパメラだったが、ニッコリ笑うと実をつまんで口に入れた。
その様子を見てフォレストは安心した。笑える気力があるなら何とかなるだろう。
「ほんなら、行くぞ」
洞窟内部は意外なほどに広かった。ゴツゴツと揖が突き出てはいるが人が二列に並んで歩けるくらいの幅の道が
あり、天井もフォレストが『オウカ』を振り回しても大丈夫なほどの高さがある。
伝説によると、今から五百年ほど昔にリトルスノーの領主の一族の中で家督争いがあったらしい。俗に言うお家騒
動と言うやつである。この時謀殺されそうになった当時の領主の一人娘が危うく難を逃れて身を隠したのがこの洞窟
だったと言われている。やがて家督争いにも決着がつきその娘は晴れてリトルスノーの新領主となり、歴史に名を残
す素晴らしい領主となった。その娘が身を隠していた洞窟は、その娘の各を取って『グラドリエルの洞窟』と名付けら
れたというわけである。
歴史的な云われは大層なものだが、観光名所になっているわけでもなく外見は普通の洞窟と変わっていない。
古い歴史を持つリトルスノー周辺にはこのような遺跡じみたものがゴマンとあるだけに、そのような事を気にしていた
らきりがないのだが…。
三人はランタンを持ったフォレストを先頭に洞窟の奥へと進んでいた。もう二百メートルは進んだだろうか。
洞窟内の景色は入った時からほとんど変わらず、無機質な岩の樹海を並べたような風景が延々と続いていた。
最初は緊張ぎみな顔をしていたラニーとパメラも今は普段の面持ちに戻っている。
−−−ヘタに力みすぎて、いざ戦いという時になって疲れて思うように動けませんなんていうふうになるよかいいけど
な。
二人を安心させるためいきなり襲われるような事はないと言い切ったフォレストであったが、もしやという事もありえ
るため、一抹の不安は拭いきれなかった。そこで一番危険な列の先頭と明かりのポジションを自分がかって出たので
ある。狙撃手である彼は接近戦はあまり得意ではなかったがこの際しょうがなかった。ラニーの今の実力ではあまり
に役不足だからだ。
しかしフォレストの心配は杞憂に終った。三人の行く手に明らかにランタンの明かりと思われる光が見えてきたから
である。
「よく逃げずにここまで来たね。その勇気は誉めてあげるよ」
「美人の女の子に誘われたのに、断るっちゅう手はないやろ」
余裕のある笑みを浮かべてはいるが、フォレストの全身からは刺すような闘気が溢れ出ていた。
「しかしびっくりしたで。素顔がそないにべっぴんやとは思わへんかったからな」
ランタンの明かりに照らされた少女の素顔は不思議なほど美しかった。
「あの子があの時の強盗犯なの?」
パメラがつぶやく。自分と同じくらいの年齢の見た目華審な女の子がフォレストと互角に戦いラニーを圧倒するよう
な力を持っているとは思えなかったからだ。
「そう…みたいだよ。同じ服や鎧をつけてるし」
それだけではない。あの時自分たちを射すくめた強烈な殺気は、今もなお少女の血のような赤い瞳から放たれてい
る。気をしっかり保っていなければあっという間に金縛りにあい動けなくなってしまうだろう。
「さあ。約束の『ノエル・レポート』を持ってきたで。早うチェリオを返さんかい!」
「物を確認するのが先だよ。本当にそれが『ノエル・レポート』かどうかわからないからね」
その言葉にフォレストはムッとした。
「偽物なんか用意出来る暇なんてなかったわい!だいたいコイツがどんな代物か一言も言わんとトンズラしよってから
に!おかげで探すのにメチャメチャ苦労したんやで!!」
フォレストの剣幕に少女はわずかに口端をつり上げ笑った。演技ではない。本気で怒っているようだった。
「それは失礼したね。疑って悪かったよ」
考えてみれば自分はノエル・レポートがどういう物かは理解していたが、こいつらは知っているはずがなかった。そ
んな状態では偽物を作ることなど出来はしない。どうやって見つけだしたかはわからないが、あそこにある物は九十
九パーセント本物だろう。
「じゃあそれをそこの岩の上に置いて二十歩下がりなさい」
「チエリオを出すのが先や」
「安心していいよ。お姉ちゃんならここに無事でいるからさ」
少女は傍の岩にかけてあった黒い布を取った。そこにはチェリオが穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「薬で眠ってもらってるけど、傷の手当てもしておいたし命に別状はないよ。ただし…」
チェリオの首元にスツと黒い刃を近づける。
「これからどうなるかはお兄ちゃんたちの行動次第だけどね」
フォレストは舌打ちした。こうなる事は予測出来てはいたがどうする事もできない。三人に選択の余地はなかった。
「わかった。物はここに置くさかい、チェリオは無事に返してくれよ」
「約束は守るよ」
フォレストたちが下りきったのを確認すると、少女は剣を納め『ノエル・レポート』の置いてある岩に向かって歩み寄っ
た。
「確かに受け取ったよ」
少女はレポートを手にすると、黒い布に巻き付けザツクに入れるとしっかりと背中に背負った。
「取り引きは成立だね。じゃあボクはこれで引き上げるから…」
「待って!」
姿を消そうとしていた少女をパメラが呼び止めた。
「あなたの鎧に引っかかっていたペンダントを返してほしいの」
「ペンダント?」
しばし間を置いて少女は思い出した。この洞窟に着いた時に鎧の肩の金具に黒い石のペンダントが引っかかってお
り、特に魔力も感じる事はなかったので懐にしまっておいた事を。
「これの事?」
懐から出したペンダントを前にかかげる。
「そう、それよ!」
「いいよ。今は仕事が終って気分がいいから特別に返してあげるよ」
「ありがとう」
ペンダントを投げてよこそうとしたその時、少女の腕がピタリと止まった。
「あんたか…いきなり何だよ。えっ?このペンダントも一緒に持ってこい?」
どうやら誰かと念語で話をしているようだ。
「どういう事よ・・えっ?…わかった」
話を終えた少女は目線をパメラに向けた。
「悪いけどこのペンダントは返せなくなったよ」
「どうして!!」
悲痛な叫びを上げるパメラ。
「依頼人からの要求でね。このペンダントもほしいんだってさ」
「ちょっと待てや。取り引きの内容はレポートとチェリオの交換やったはずや。そのペンダントは関係ないやろう!!」
「確かに取り引きは取り引きだからそのお姉ちゃんは返すよ。約束だもんね。だからこのペンダントは…」
少女は腰の剣を抜き放った。
「力ずくでもらっていくよ!」
「やっぱそうなるんか!」
フォレストは背中から『オウカ』を引き抜くと腰溜めに構えた。その銃口は真っすぐに少女を狙っている。
「フォレストさん!」
ラニーが慌てて駆け寄った。
「こんな所で撃ったら…」
弾が跳ね返ったり発射音で岩が崩れてくるかもと言いたそうだ。
「大丈夫や。威嚇にしか使わへん。せやけどイザとなったら…」
このような威嚇があの少女に効かないのは百も承知だ。だが何もしないよりはましだろうとフォレストは『オウカ』を
構え続けた。
「お願い!そのペンダントを返してちょうだい!それがないと…」
母の手がかりとなるものが全くなくなってしまう。パメラは必死に少女に向かって懇願した。たが少女は厳しい目線を
向けたままペンダントを離そうとはしなかった。
「ここでは満足に戦えないだろう。場所を移すよ」
少女の姿があっと言う問に消え去り、次の瞬間フォレストたちの背後に現われた。
「追ってくるかどうかはお兄ちゃんたちの自由だよ。じゃあね」
少女は踵を返すと洞癌の入り口に向かって軽やかに走り始めた。
「ええ根性しとるやないか。嬢ちゃん、チェリオを頼むで。ラニー、追うぞっ!!」
「はいっ!」
二人は少女を全速力で追いかけ始めた。
「ラニー!!」
振り返るとパメラが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「必ず取り返してくる。約束するよっ!」
ラニーは右手の親指をグッと上げ励ますように微笑んだ。
その笑みに安心したのか、パメラの顔も心持ち穏やかになった。
「気をつけてね」
「ああっ、わかってる!」
少女やフォレストとの力の差は白分でもよくわかっている。一対一で戦ったらおそらく一太刀も浴びせられない内に
少女の黒い剣に切り刻まれてしまうだろう。だけどあのペンダントだけは自分の手で取り返したかった。パメラを守る
と約束したのは自分なのだから。
決意を新たにラニーは少女とフォレストの後を追った。
洞窟外ではすでに戦いが始まっていた。少女の鋭い剣撃をかわしフォレストは『マギウス』で応戦している。だが少
女も『知識の箱庭』で見せた華麗なフットワークで、風の妖精のようにフォレストの弾を探し続けている。
「どうしたの、お兄ちゃん?ぜんぜん当たらないね」
小悪魔のような微笑みを浮かべながら、少女の連続した突きがフォレストを襲う。それらを紙一重の差でかわしなが
らフォレストの右手の人差し指と中指が少女の顔面に突き出される。
「くっ!」
上半身を後ろに反らし少女は辛うじてその突きを避ける。後少し避けるのが遅かったら両目を貫かれていた所であ
る。
「でやっ!」
「ぐうっ!!」
回避行動に出てしまったため一瞬少女の動きが止まった。その顔面をフォレストの裏拳が見事に捉えた。
もんどりうって倒れる少女。しかしすぐに立ち上がり体勢を整える。
まさしく一進一退の攻防であった。
「すごい…」
二人のすさまじい戦いぶりにラニーは立ち尽くした。今まで見てきたどんな戦いよりもハイレベルである。
「これが…本当の戦い…」
気がつくと両足が震えていた。半分は恐ろしさからであった。だがもう半分はラニーにも経験した事のない感覚だっ
た。
−−−熱い?体の中から何かがこみ上がってくるみたいだ。
背中の剣を抜くとラニーは駆け出していた。
「うわあああああああっ!!」
雄叫びを上げながら少女に向かって剣を振り上げる。最初の一撃は軽々とかわされてしまった。しかしなおもラニー
は剣を振るい続けた。それらの攻撃は全てかわされるか少女の剣に受け止められてしまったが、その間少女の気は
大半がラニーに向けられていた。
そのチャンスをフォレストは逃さなかった。気配を断ち全速力で、邪魔になるために地面に置いておいた『オウカ』の
場所まで移動する。そしてすばやく鉄鋼魔弾を装填しなおすと少女に銃口を向けた。
「ラニー!どけーっ!!」
フォレストの言葉と同時に少女の右拳がラニーの左頬を捉えていた。体を浮かされたラニーは一メートル後ろまで
吹っ飛ばされた。とにもかくにも射線上からラニーの姿が消えた。
「おりゃあっ!!」
引き金が引かれ轟音と共に灰色の鉄鋼弾が魔力の炸薬を糧として撃ちだされた。
「!!」
バアアンッ!
何かが弾けるような音が周囲に響き渡り、同時に二人の間に巻き起こった煙がフォレストの視界から少女の姿を覆
い隠した。
「まだやっ!」
空になった薬爽を抜き出し次弾を装填する。
発射した瞬間驚きに満ちた少女の姿が見えた。あの状態から弾丸をかわすことは不可能である。だがおそらく弾丸
は届いていまい。少女の魔力障壁に阻まれて共に消滅したはずだ。あの煙は弾丸と障壁が気体化して出来たものだ
ろう。障壁の再展開まで数秒はかかるはず。仕留められるのは今しかない。
「くらえっ!!」
フォレストの気合いと共に再び『オウカ』が火を吹いた。もはや弾丸を阻むものは何もない。おまけに今発射した弾
丸は限定空間攻撃タイプの魔力散弾である。威力は通常弾よりも落ちるが確実にダメージを与えられる。
「当たるっ!」
煙の手前で四散し、自分の眼前をかすめる弾丸を見てラニーは叫んだ。これが限定空間ではなく通常拡散に設定
されていたら自分も蜂の巣になっていたところである。
−−−これじゃあ…
絶対にかわしようがない。フォレストとラニーもそう信じていた。しかし、
「ぐはっ!」
突然の攻撃に地面に倒れ臥すフォレスト。彼の後ろには息を切らせながらも全く無傷の少女が剣を片手に仁王立
ちしていた。
「なんやと…いったい…どういう…」
煙が晴れた岩壁に無数の小さい傷がついていた。先程の散弾の傷だ。その傷は均等に全体に拡がっていた。それ
は間に障害物、つまり少女の体がなかった事を意味していた。
「なかなかやるじゃないか。瞬間転移を使わないと危ないところだったよ」
少女は右手の剣を傍らに落ちていた『オウカ』の銃身に突き立てた。カンという金属音と共に長い銃身が二つに切
断される。
「ここまで強力な魔銃も持っていたとはね。惜しい気もするけど使えないようにさせてもらうよ」
フォレストの首筋にピタリと刃をつける。
「よくがんばったと思うけどここまでだね。君たちに与えられた選択肢は二つだ。このままここで死ぬか、潔く負けを認
めて引き下がるか…」
少女はパチンと指を鳴らした。その音と共にラニーの持っていた剣が粉々に粉砕される。
「あああっ!!」
突然の出来事にラニーは尻餅をついて座り込んだ。
「わかったでしょう。やろうと思えば魔術でお兄ちやんたちの心臓を爆発させる事も出来たんだよ」
−−−完敗だ…
ラニーは天を仰いだ。ここまでレベルが違うとは思ってもみなかった。自分はともかくあのフォレストでさえ手も足も
出せずにいいようにあしらわれてしまっている。武器も全て失ってしまった。
−−−ごめん、パメラ。ペンダント取り返せなかったよ…
ラニーは泣いた。もっと自分に力があったなら、と。
「もう諦めるのですか、ラニー君?」
突然頭上から声がした。見ると傍の木の枝の上に誰かが立っていた。
「あなたは?!」
炎のような赤い髪に白いマント姿の女性。『知識の箱庭』で『ノエル・レポート』の事を教えてくれたあのメイム・サザー
ランドであった。
「どうしてこんな所に?」
「そんな事はどうでもいいでしょう。それよりももう戦わないつもりなの?ペンダントを取り返さないの?」
「そんな事言ったって、武器もないし、何よりこんなに力の差があったんじゃあ…」
「勝てない事はないですわよ」
メイムの言葉にラニーは目を丸くする。
「えっ?今なんて…」
「勝てる方法があるって言ったのですよ」
メイムはいたずらっぽく笑った。
「これを使えばね」
メイムは背中に背負っていた物を投げて寄こした。その物はラニーの傍に音も無く真っすぐ突き立った。
「これは…剣?」
それは銀色の刀身をたたえた見事なロングソードであった。両刃造りの刃に黒地に金色の縁取りをあしらった美し
い柄がつけられていた。
「その剣を使いこなせるかどうかはラニー君次第です」
「でも、この剣‥うわっ!」
剣を手に取った瞬間、ラニーの体中を電流のような衝撃が走った。
「うわわわわっ!!」
わけのわからないまま剣を引き抜くラニー。刀身から黒い炎のようなオーラが沸き上がっており、柄の部分について
いる宝石が妖しく光輝いていた。
その様子にフォレストと、フォレストに剣を突きつけていた少女も何事かと振り返る。
「なっ…?!何やあれは?!」
「あ…あれは!!」
常に冷静な顔をしていた少女の顔に、初めて動揺と驚愕の表情が浮かんだ。
「星霊武具のマスターフォールの光?」
放たれていた光は序々に収束し、やがて柄の宝石の中に吸い込まれるようにして消えた。
「いったい何が起こったんだ?」
剣を持ちながら興奮げにつぶやくラニー。
「剣があなたを主人として認めたみたいですね。まだ完全にってわけじゃなさそうですけど」
枝を飛び降りたメイムはヒラリとラニーの横に着地する。
「お前はメイム!!」
メイムの姿を見た少女は憎々しげに言い放った。
「久しぶりですね、エミリーちゃん」
「エミリーちゃん?!」
酔っ豚狂な声を上げ、ラニーはしげしげと少女を見やった。その視線に気づき、少女は赤面しつっもメイムに喰って
かかった。
「こんな所で何をしている!またボクの邪魔をする気なのか!!」
「今回はそんなつもりはなかったんですけど、成り行き上邪魔する事になってしまいましてね」
「くっ…」
怨みのこもった目でエミリーと呼ばれた少女はメイムを睨みつける。
「知り合い…だったんですか?」
意外といった感じでラニーはメイムに尋ねた。
「まあ‥ね。いろいろとありましたから。それよりも…」
メイムはビッとエミリーを指差した。
「その剣ならあの子に勝つ事が山来ますよ。さあ、がんばって!」
ラニーの背中をドンッと押し前に行かせるメイム。そんな事を言われてもラニーには半信半疑であった。
「勝つ事が出来ますよって、いきなり言われてもはいそうですかって向かって行けるわけないでしょう!」
「大丈夫ですっ!あたしの言葉を信じなさい!!」
妙に自身満々のメイムの言葉にラニーは気圧されていた。
−−−だ、大丈夫なのかな?
だが今はメイムの言葉を信じるしかない。どっちにしろもう方法は残っていないのだから。
「よーし!いくぞーっ!!」
剣を構え攻撃体勢をとるラニー。そこヘエミリーの火球が一二発襲いかかってきた。
「なめるなーっ!!」
「うわわわわーっ!!」
思わず目を閉じるラニー。とても避ける暇なんてない。こんがり焼かれてローストビーフになってしまうと思った。
だが火球はラニーに届く寸前、見えない壁に阻まれたかのように爆発して四散した。
「くそっ」
エミリーは悪い予感が当たったと言わんばかりに舌打ちした。一方自分がまったく無傷な事を信じられないといった
感じでラニーは周囲を見回していた。
「えっ?俺…無事だったの?」
間抜けな言葉を出しているラニーの後ろからメイムが声をかける。
「これがこの剣『タイガーハート』の力です」
メイムはエミリーに向き直った。
「上級星霊武具に無詠唱の西方魔術が通用しない事くらい知っているはずですよね。それに詠唱の時間を与えるほ
どあたしは甘くないという事も」
メイムの周囲にブワッと風が巻き起こり彼女のマントを翻させた。そして周囲に魔力の自然放出によって現れる雷
の妖精が舞い踊り、彼女の黒い鎧を青い光で浮かび上がらせる。
「あなたがこの少年に勝てたらそのペンダントは差し上げますわ。もし負けたのならペンダントを置いてとっとと退散し
なさい」
メイムの言葉にエミリーはほくそ笑んだ。一時はどうなる事かと思ったが、どうやらメイムはこれ以上手出しをしてこ
ないようだ。しかもあの少年との勝負に勝てば見逃してくれるらしい。あんなド素人の戦士見習いみたいな奴に自分が
遅れを取るはずがない。
「いいよ。悔しいけどその条件で手を打ってあげる」
言うが早いかエミリーは剣を携えてラニーに突進した。
「五秒で殺してやるっ!」
いくら強力な星霊武具を持っていたとしても使いこなせなければ意味がないと言わんばかりの正面突貫である。
「うわ…来た…」
たじろくラニー。だが彼の考えとは逆に剣を持つ両腕は勝手に構えを取った。
「えっ!!」
ラニーの両腕は剣を振りかぶったかと思うと、恐ろしい勢いで振り下ろした。
「うわーっ!」
両腕をもがれそうな衝撃がラニーの両肩を貫く。またその衝撃は形を変え振り下ろされた剣先からも五つの黄金の
光の刃となってエミリーに襲いかかっていた。
「馬鹿なっ!!ソニックブレードだとっ?!」
とっさに防御の体勢を取ったが間に合わず、光の刃はエミリーにまともにぶつかり爆発を起こした。
「きやあああああっ!」
鎧を吹き飛ばされ全身傷だらけになりながら地面の上に投げ出されるエミリー。戦闘不能な事は誰の目にも明らか
だった。
「ぐ…かはっ」
ヨロヨロと立ち上がるエミリー。
「『まさかこんな素人にソニックブレードなんて高等剣技を使えるなんて』って顔をしていますね。かつて上級星霊武具
の力は身をもって知ったはずではなかったのですか?」
冷ややかな目でエミリーを見つめるメイム。
「これは返してもらいますよ。あなたも早く傷の手当てをしたほうがよいのではありませんか?」
メイムの手にはいつの間にかアビスフィアーの首飾りが握られていた。
「お前…いつの間に?!」
ペンダントを入れていたはずの懐を探り悔しげに頷くエミリー。
「…この次はこうはいかないからね、メイム。それに…」
気の抜けたように立ち尽くしているラニーを睨む。
「ラニーとか言ったね。この借りは必ず返すよ…」
エミリーの姿が赤い光に吸い込まれるように消える。長距離転移の術を使ったようだ。
「ふう…何とか終わりましたね」
「ち、ちょっとメイムさん!この剣勝手に動きましたよ!いったいどういう事なんですか?!」
タイガーハートを振り回しながら、ラニーはまくしたてた。そんなラニーを見ながらメイムはしょうがないなといった感じ
で説明を始める。
「いいですか、ラニー君。あなたが今手にしている剣は星霊武具です。それもこのゼルテニア大陸に十二個しか存在
しないと言われているS級のね」
「何やとっ!S級の星霊武具やとっ!」
いつの間にか二人の横に来ていたフォレストが驚きの声を上げる。
「フォレストさん。無事だったんですか?」
「当たり前やっ…て、そんな事はどうでもええねん。メイムさん。これはホンマにS級の星霊武具やねんな!」
フォレストの間いにメイムは静かに頷く。
「そうです。そしてラニー君。あなたはタイガーハートに仮にとはいえ主として認められました」
メイムに見つめられドギマギするラニー。
「ところで…星霊武具って何ですか?」
ヘラヘラと笑うラニーの言葉に二人は思わず突っ伏した。
「ま…まあその内わかるようになるでしょう」
その時、洞窟の入り口からパメラとチェリオの声が聞こえた。
「ラニー。大丈夫!!」
「フォレストさーん。御無事ですかー!」
見るとチェリオを支えながら歩いてくるパメラの姿があった。チェリオも少し足元がおぼつかないがそれ以外は大丈
夫そうであった。
「おーい。パメラー!こっちだよー」
ラニーとフォレストも二人に手を振って答えてやる。
「それじゃあ、あたしはこれで失礼させて頂きますわ。ラニー君。彼女にこれを渡してあげてね」
メイムは先程エミリーから取り返したアビスフィアーの首飾りをラニーに手渡した。
「まだまだつらい旅が続くでしょうけど、がんばってパメラを守ってあげてね」
そう言うとメイムはラニーの頬にやさしくキスをした。
「!!」
真っ赤になって目を白黒させるラニーを横目に、メイムはまるで風に溶けるように姿を消した。
ボーツとしながらラニーはメイムの唇が触れた頬をなでてみる。
−−−柔らかかったな…
物思いにふけるラニーの後頭部に、突然強い衝撃が走った。パメラが廻し蹴りを入れたのだ。
「いたたたたっ…いきなり何をするんだよ、パメラ」
「何を…じゃないでしょうっ!!」
鬼のような形相でラニーを睨みつけるパメラ。その両拳は固く握られ怒りに打ち震えていた。
「あの女とデキてたの?!いつからなのよっ!!」
あまりの迫力にラニーは尻餅をついてしまった。
「ご、誤解だよっ!あれはメイムさんが突然…」
「突然…ついこの間会ったような人にキスする?!普通しないわよっ!」
どう弁解しようとも無駄のようだ。とにかくここはパメラの怒りが収まるまで…
「逃げるしかないっ!」
ラニーはすばやく立ち上がると脱兎の如く逃げ始めた。
「まてー!!」
パメラも腰のショートソードを抜いて追いかけて来る。
そんな二人をフォレストとチェリオはあきれかえった顔で見ていた。
「さっきまでえらい戦いをやっとったっちゅうのに…」
「元気ですね…でも」
追い駆けっこを続ける二人を見つめながらチェリオは涙を流し始めた。
「無事で…よかった…」
そのままフォレストの胸に顔をうずめる。そんな彼女の肩をフォレストはやさしく抱いてやった。
「もう大丈夫や…心配いらへん」
四人の長い一日はこうして終わりを告げたのである。