最終章 カールの章
西部諸国での激闘
 

その一

……気がつくと、ボク達は見知らぬ街道の真ん中に立っていた。どうやらセリスさんの瞬間移動の魔法は上手くいったみたいである。
「あっ、あれがベルダインじゃないかな、お兄ちゃん」
 街道の向こうを見ていたメイが嬉しそうな顔で言ったので、目を凝らしてみると、確かにはるか向こうに町が見えた。
「お、あれだな。でもチョット離れすぎているな〜。少し急いで歩いても、着いたときには夕方になっているかもな」
「しょーがないでしょ、カール君。瞬間移動でいきなり町中に出たりしたら大騒ぎになるわよ」
「だからと言って、これは少し遠すぎないか?」
 ボクの言葉にキャリーとガイ兄貴がそれぞれ意見を述べた。
「まあ、いまさら言ったところで始まらないさ。それよりも早く出発しよう。さっきも言ったけど、急げば夕方までに着けそうだし」
 ボクは苦笑しながら三人を連れて歩き出した。そう、いつもなら一緒にいるはずのトキオ兄さんとセリスさんの姿はなく、そしてボクの腰にぶ ら下がっているはずのご先祖の剣もそこにはなかった。
 ベルダインの町とは、アレクラスト大陸の西方の果てにある都市国家郡『西部諸国』最大の都市で、芸術の都とも呼ばれる町である。ちな みにボク達の住んでいるオランの町は東方にある大陸最大の都市で、賢者と冒険者の国オランの首都である。
 さて、本編の前に、ボク達がどうして兄さん達とご先祖抜きで、東のオランからはるばる西のベルダインまで、瞬間移動してきたかを話さな ければいけないだろう。少し長い前振りになるかもしれないが、一応聞いてほしい。あれは一週間ほど前にさかのぼる……



 ボクがご先祖の剣の力を初めて使ったときから数ヵ月が経っていた。ウチの家系は代々賢者にして冒険者という家系のためか、それともウ チの人間がトラブル大好き人間が多いためか、事件や強力な怪物相手の依頼には事欠かない。そういった手ごわい相手には剣の力とご先 祖の知識が役に立った。もっとも、どうしても自分の力が通用しない場合にしか剣は使わなかったが、『いざとなったらご先祖のカがあるじゃ ないか、って最近頼りすぎていないか?』と疑間に思うようにもなっていた。そんな矢先のことだった。
 その時ボク達はとある魔獣研究のマッドな魔術士の隠し研究所を押さえるという依頼を受けていた。その魔術士はふんじばったのだが、奴 の作った虜獣が次々と目覚めて、そいつらを相手に戦っていた。
 トキオ兄さんは『修羅』で犬のような姿の、ただし熊ぐらいの大きさの魔獣を数体同時に相手していた。見るからに強そうなその猛獣達を相 手に兄さんはさすがに表情に余裕こそなかったが、徐々にそいつらにダメージを与えていった。
 セリスさんはボク達に防御魔法を掛けると、電撃の魔法でカラスと大コウモリの中間のような魔獣を撃ち落とした。
 メイは精霊魔法で二つ首の牛の精神を乱した。混乱して一瞬動きの止まった牛の二本の首筋にキャリーが放ったダーツが深々と尽き刺さ った。
 ガイ兄貴は鋭い一本角の生えた大蛇に剣を叩き付けていた。巻きつこうとする蛇を虜法の盾で牽制しながら戦いを有利に進めていた。
 そしてボクは、一体の魔獣と対峙していた。そいつは頭の異様に大きい一つ目の四足獣の姿をしていて首には『カトブレパス』と書いてある (おそらく名前だろう)首輪が下げられていた。
「先手必勝、食らえ!」
 ボクは奴に火球の魔法を放とうとした(ちなみにボクは右手に発動体の指輪をつけている)。その時、奴の目がこっちを見た。すると、放たれ るはずの火球はいつまでたっても現れなかった。
「な、呪文が封じられた?…いや、違う!」
 ボクは慌てて右手の指輪を見た。発動体だった指輪はぱっと見た感じでも、魔力のないタダの指輪にしか見えなかった。。
「まさか!?こいつの視線は道具の魔力を中和するのか!」
 しかし、ボクが気づいたときには、すでにカトブレパスは背後で戦っている他の皆に視線を送っていた。すでに後ろでは大騒ぎになっている が、確かめている余裕はない。と言うよりこれ以上被害が広まらないうちに倒さなければ。そう恩ってボクは兄さん達が背後にならないように 位置をすらすと三節棍を叩き付けた。しかし、カトブレパスの皮膚はかなり硬く、効いている様子はなかった。その時ボクの頭に声が聞こえ た。
〈カール、大丈夫か?〉
「ご先祖!?剣は大丈夫なのか?」
〈普段は魔力を封印してあるからな。それに俺自身の意識は別の所にあるから剣が使えなくなっても大丈夫だ。しかし、コイツの視線は強力 だな。封印もいつまで持つかわからないし、さっさと倒したほうがよさそうだな〉
「剣を使えと?でも封印を解いたら……」
〈コイツを倒すほうが先決だ。それにいくら魔カ中和の視線でも、少し浴びた程度でナマクラになっちまうようには作ってねえよ。かまわねえか らやっちまえ!〉
「わかった。んじゃ行くよ、ご先祖!」
 ボクは半ぱやけになって、ご先祖の剣に手をかけた。



 なんとかカトブレパスを倒して家に戻った後、ボク達は魔法の道具をチエックした。まず、ボクとセリスさんの発動体の杖と指輪は、やはりタ ダのアクセサリと化していた。兄貴の盾も魔法で能力を上げてあったが、こちらも魔力を完全に失っていた。兄さんの『修羅』は他のものより 込めてある魔力が強いため完全に失わずにすんだが、それでもかなり弱体化していた。
 そして一番被害が大きかったのは、ご先祖の剣だった。倒すまでにカトブレパスの視線をさらに何発も食らってしまい、さすがに古代の虞法 剣士レイシェント=パルサーの作り上げた魔剣でも完全には耐えることはできなかった。失った魔力は剣の魔力全体から見れば微々たる量 でしかなかった。もっとも、剣の魔力自体が途方もない量なので、実際には一番多く魔力を中和されたことになる。
 だったら、魔力を込め直せばいいではないか、という人もいるかもしれないが、道具に魔力を込める技術、いわゆる付与魔術は五百年以 上前の古代王国の崩壊とともに失われている。もちろん付与魔術を復活させようと研究は進んでいるが、せいぜい魔法の発動体などの簡単 なものを作るのが精一杯である。
〈ガイの盾なら…一週間もあれば-オレの力で直すことは…できる〉
 剣の魔力が弱体化したためか、頭に響いてくるご先祖の声もイマイチはっきりしない。
「『盾なら』ってことは、トキオ君の『修羅』とあなたの剣はどうなのです?」
 発動体の修理をしながらセリスさんが訪ねた。
〈間題はそれだ…。込めてあった元の魔力が大きい分…
時間がかかる…ざっと一月前後ってところか…あと、修理途中でのオレの使用は不可能だ…〉
「ってゆーことは、次に何かあったら自分たちでなんとかしろってことか」
 ボクはそういってため息をついた。その一方で(せっかくだし、今度仕事でもあったらご先祖抜きでやってみるかな)と、心の底で思ってい た。



 数日後、ボクは聞きたい講義が早く終わったので、いつものように時間を潰そうと学院の医務室に来た。ドアを開けると、退屈そうにメイが 留守番していた。
「あれ?セリスさんは?いつもこの時間はいるはずなのに」
「お母さんなら上のほうに呼ばれて今いないよ〜。何でも何かの調査を頼みたいとか」
 ボクの姿を見てメイが甘えた声で言った。
「調査ねえ…。でも、今そんなヒマないでしょ?」
 いくらご先祖がすぐれた付与魔術士でも、どこか別のところにある本体から、弱体化した剣を仲介しての修理ではいささか不便である。そこ で、セリスさんが修理の手伝いをしているというわけだ。学院の導師と医務室長、それに加えて付与魔術の手伝い。魔術士としてはいい勉強 になるだろうが、かなり多忙な毎日である。
「調査なんかする余裕なんて体力的にも時間的にもないんじゃないか?」
「うん…。まあ、とりあえず話だけ聞くつもりみたいだけど」
 そうやってメイと話していると、セリスさんが戻ってきた。
「おかえり、セリスさん。大体はメイから聞いたけど、なんだって?」
 ボクの間いにセリスさんは少し疲れた様子で答えた。
「コリア湾地震の詞査をしてほしい、だってさ」
 コリア湾地震とは九十年以上前に西部藷国で起きた大地震で、ベルダインを始めとする各都市で壊減的打撃を与えた。一説によれば、こ の地震は百年周期で起こるため、あと何年かしたら再び西部諸国が大災害に見舞われるともいわれている。
「んで、オランの学院でも、その地震予知のためのデータを調べようってことになって、アタシにお鉢が回ったってわけ。ベルダインなら一度私 用で行ったことあるから、アタシなら瞬間移動で行けるしね(瞬間移動の魔法は原則として術者が覚えている場所にしか行けない)。
「返事は後日でいいし、本人が忙しいなら人使ってもいいって言われたけど」
 そう言ってセリスさんはため息をついた。
「あ、なんだ。代わりの人使ってもいいんだ。それならちょうどいるじやん」
 ボクはそう言って親指で自分を指さした。



「何、ベルダインまで詞査旅行に行きたい?」
 帰宅後、ボクは親父や兄さん達にこのことを打ち明けた。
「うん、修理中だからご先祖とセリスさんはここを動けないでしょ。でも、この所ご先祖だけじゃなくて兄さんやセリスさんに頼りすぎている部分 が多いと恩うし、いい機会だから、兄さん達抜きでやってみたいんだけど」
 ボクの言葉に親父はにやりと笑った。
「ふ、言うようになったの、カール。よかろう、やってみるがよい」
「ちょっ、チョット、おじ様!?いくらなんでもそんないきなり…」
 狼狽するセリスさんに親父は優しい声で答えた。
「セリスさん、カールも十七才。もう立派な大人です。そのぐらいできますよ。むしろ、ご先祖様を含みますが我々は少し過保護だったのでは、 とちょうど思っていたところですし、本人もそう自覚していた。ちょうどいいじゃないですか」
「それにあれだけ楽しみにしているのに『絶対ダメ!』と言うのもかわいそうでしょ」
 トキオ兄さんが口を挟んできた。
「ああ、あの子達ね。確かに……」
 そう言ってセリスさんは奥のメイとキャリーの部屋を見た。部屋では何かドタバタやっているのが聞こえる。耳を澄ますと「お姉ちゃ〜ん。こ の服なんかどうかな〜」「調査に行くんでしょう?もっと丈夫で動きやすい方がいいわよ」「うーん、それなら……」という声がドアと廊下越しでも 聞こえてくる。メイと、話を聞いたキヤリーがすっかりついていく気になっているのだ。メイは「お兄ちゃんが行くんだからアタシも行く〜」と言っ て聞かないし、キャリーのほうも「よっしゃあああっ!ベルダインと言えば音楽も盛んだし!」と燃えている。確かに『やっぱダメ』とか言ったら、 どれだけ恨まれるやら。最悪の場合、キャリーのダーツ練習の的にされかれない。
「ま、しょうがないわね」
 諦めたようにセリスさんはため息をついて苦笑した。
「そう言うことならオレも行かせてもらっていいかな」
 今まで黙ってやりとりを聞いていたガイ兄貴もそう言い出した。
「芸術の都ベルダイン。オレも一度行ってみたかったんだ。セリスさんの魔力なら四人ぐらいまでなら瞬問移動で飛ばせられるだろう?」
「まあ、なんとかね。でも、それだったらもう二・三日待って。そしたらガイ君の盾の修理終わるから」
 そう言った後でセリスさんはこう続けた。
「それじゃあ、カール君、ガイ君。あの子達のこと頼んだわよ」
「任せてくださいよ、セリスさん」
 オレは力強く答えた。



 それからさらに三目後、兄貴の盾の修理が終わり、いよいよベルダインヘの出発の日となった。
〈今回は俺やトキオ達はいないとはいえ、別に戦いに行くわけじやないし、何かあってもお前ならまず大丈夫だ〉
 修理のおかげか、ややはっきりとした声でご先祖はボク達にそう言った、ちなみに『剣』は今はトキオ兄さんが持っている。
「まあ、ボク達のことだから、放っておいてもトラブルの方が来るだろうけど」
「特にカール君はすぐに首を突っ込みたがるからね」
 後ろでキャリーが余計な二言を言ったが、無視して続けた。
「まあ、相応の準備は整えたし、なんとかなるだろう」
 この三日間、ボク達もただボーツと待っていたわけではない。兄貴はファリス神殿に長期休暇の申請と手続き等で忙しかったし、メイとキャ リーも装備を整えたいということで親父の許可を得て宝物庫(ウチの一族が見つけた宝や、例の『剣』以外のご先祖の遺産、特に魔法の道具 の量はかなりの物になる。それらを収めてる部屋のこと)を物色し、メイは『幸運の石』という所有者の危機を救うという琥珀のような宝石のは まったペンダントを、キャリーは射撃・投擲武器の命中率を上げるというブレスレットとゴーグルのセットを手に入れた(どちらもご先祖特製)。
 ボクもご先祖の『剣』がないから、新しい武器を探すことにした。宝物庫を探してもよかったが、町の武器屋で売っていたクレィンクィン(巻き 上げ式の犬型ク回スボウ。携帯できる武器では最強の威力を誇る)、それもボクの筋カに見合った大型の物を選んだ。あまり筋肉質には見 えないが、ボクは自他共に認める怪力である)。以前からそういう大型の武器を持ってみたかったのだ。もちろん使わないに越したことはない が。
「相応の準備って、重すぎないか?それ」
 兄貴がボクの背中を指して少し呆れた声で言った。無理もない。愛用の三節棍に加えて、大型のクレインクィンと専用の矢筒まで背負って いるのだ。もっとも、魔法の使用時に体の動きを妨げないように、鐘を軽い皮鎧にしているため、実際の荷物の総重量は大したことない。
「さてと、町のど真ん中に飛ばすのもなんだし、少し離れた場所に飛ばすわね。一ヵ月ほどしたら様子見に行くから、仕事と観光はそれまでに 済ませるようにしてね」
 そう言ってセリスさんはゆっくりと呪文を唱え出した。
「それじゃあ兄さん。家のことは任せたから」
「お母さんのこと頼むね〜」
 メィの言葉に兄さんはチョットだけ赤面した。
「バ、バカ!いいから行ってこい!」
「ハイハイ。行ってきまーす」
 ボクがそう言ったと同時にセリスさんの呪文が完成し、周りの風景が歪んでいった。



その二

 とまあ、そういうわけでボク達は今西部諾国の街道をベルダインに向かって歩いているのである。
 やや急ぎ足で歩いたためか、太陽が西に傾き出したころにはベルダインの町並みがかなり近づいていた。このまま一気に行きたかった が、さすがに疲れたので少し休憩を取ることにした。
「さてと、着いたらあっちの魔術士ギルドに顔出して…でも、すぐ日が暮れるだろうから難しいか。いずれにせよ本格的な調査は明日からにな るかな」
 水袋の水を飲みながらボクだけは着いてからのプランを練っていた。ボクだけ?そう、あとの三人は全員観光気分だったのである。
 メイはいつもの通りはしゃいでいるし、普段は比較的まじめなガイ兄貴も美術館や劇場などの有名な場所を巡ろうと観光プランを練ってい る。
 一番燃えているのはキャリーで、芸術(ここでは音楽)の都ということで、気合い入れてギターの調整をしている。頭の中では数々の新しい音 楽と出会う自分を考えているに違いない。
 ふう…。と、ボクはため息をついた。
「みんなー。観光もいいけど、ボクだけに仕事押し付けないでよー。ボクだって早く終わらせて遊びたいんだから」
 一応クギは差したが、三人とも上の空で、ちゃんと聞いているのかどうかも怪しい。初めての町にはしゃぐのもわかるけど……。やれやれ。



 町に着いたときにはすでに夕方になっていた。
「うーん、やっぱりギルドに顔出すのは明日にして、今日のところは宿探すか。できれば長期滞在に適した宿がいいかな?」
 町中を歩きながらボク達は宿を探していた。
 しばらくして、てごろな宿を見つけた頃には、すっかり日も暮れていた。
「あれ、キャリーは?」
 部屋に荷物を置いてから食事にしないかとメイとキャリーの部屋を訪ねたら、キャリーの姿がなかった。
「あ、お姉ちゃんなら先に下の酒場に降りていったよ。何か面白い話聞けないかなって言ってたけど」
 メイの言った通り、三人で下に降りていくと、酒場のマスター相手にキャリーが話し込んでいた。こちらに気付いて軽く手を上げて合図した。
「お姉ちゃん、それで何か面白い事聞けた?」
「うん。ねえねえ、もうすぐお祭りがあるんだって」
 うれしそうにキャリーは言った。
 キャリーの話によると、三週間後にこのベルダインの町で大芸術祭があるらしい。さすが芸術の都というところか。期間は一週間ほどだが、 音楽祭や、美術館で特別展示もあるとかで、町中がその準備で大忙しらしい。
「なるほどね。だったらなおのこと早く仕事を終わらせないといけないな。ねー、みんな」
 ボクのその一言で兄貴達三人は「うっ」と言葉に詰まった。



 それから三週間後、祭りの初日がやってきた。
「さてと、みんなどうする?」
 宿を出ると、ボクは三人に尋ねた。
 結局仕事が終わったのは、祭りの初日の二目前だった。そして昨日のうちに祭りのイベントのチェツクをしていたのだ。
 もちろん音楽祭はキャリーが出場する。ちなみに彼女、仕事の合間を縫ってベルダイン在住の音楽家などからテクニックを教わったりして、 ひたすらギターの腕を磨いていた。ただし、音楽祭は四日目からなので、全員今日の所は予定がない。
「そうね。音楽祭のエントリーして、練習もかねてストリートライブでもしているわ」
 キャリーはギターを担いで去っていった。
「オレも失礼するわ。王立美術館の特別展示見たいんでね」
 ガイ兄貴も人混みに消えた。
「お兄ちゃんはどうするの?」
 メイが無邪気に訪ねてきた。
「ん?そーだな、特にあてもないし、適当に屋台でもぶらつくか」



 しばらく後、
「いやーっ、屋台で食べ歩く食事っておいしいね。あ、次はこれ食べたいな。ねー、お兄ちや〜ん」
 さっき買ったばかりのホットドッグをあっというまに食べつくし、メイはボクに引き続きねだってきた。
 結局、同じく行くあてのなかったメイを連れて、ボクは屋台をぶらついているのだが…。メイの食欲を考えていなかった。少なく見ても、すで に常人の倍は食べている。と、考えている間に、目がすでに別の屋台に向いている。
「あいかわらず食うなー。おなかこわしても知らないよ」
 ボクは呆れた声を出すが、
「医者の不養生って言うでしょ」
「自分で不養生するな!」
 とおバカなやりとりをしているボク達の横を一人の子供が横切った。男か女かもわからない中性的な感じのする子だが、すれ違うときにそ の子供がこっちを見て何かに驚いたような顔をした。
(ん、何だ?)
 そう思ったときには、子供は人込みの中に消えていた。
「お兄ちゃん。今の子供、精神の精霊の状態が普通じゃなかったように感じたけど」
 メイが少し怪訝そうな顔をして言った。
「精神の異常?妙だな…-」
 しかし、探そうにも子供はすでに視界から完全に消えていた。
「何かイヤな予感がするな……」



「え、兄貴も見たの?」
 その夜、子供のことが気になって、兄貴達に話してみたところ、兄貴が「ひょっとしたらその子供って、オレも見たかもしれない」と言い出した のだ。
 兄貴の話によると、特別展示中の美術館から出てきた時に、何かの怪しげな気配を感じたという。その気配を感じた方向を追いかけていく と、子供が早歩きで路地裏に入っていった。
「時間帯とか、その時お前らのいた場所とかから察すると、同一人物の可能性もあるかもな。もっとも探す手がかりが何もないから気にとめ ておく程度が精一杯だがな」
 兄貴はそう言って締めくくった。
「ところでガイ君、特別展示って何かやばい物があったりするの?」
 キャリーの問いに兄貴は深刻な顔で、
「それなんだよな-。ここの美術館は危険な魔法の道具とかも保管してあるんだが、今回は
その一部を展示しているんだ。特に目玉として展示されているのが『永劫の暖炉』という品なんだ」
「どんな物なの?」
「ランタンを一抱えできるサイズにまで大きくしたような形なんだが、発動すれば町の一区画の範囲の気温を上げるらしいんだ。寒い所の町 ように作られたらしいんだが、コントロールが難しくて、万が一壊れたら、ベルダインの一区画くらいは爆発で吹き飛ぶらしくって、結局量産さ れなかったらしい」
「それってものすごくヤバくない?」
 ボクが頭をかかえながら言うと、
「やな予感はするが、それだけでは役人も信じないだろうしな」
 そう言って兄貴もため息をついた。



 翌日、子供のことが気になるので、午前中に盗賊ギルドや各地を廻り、昼過ぎになってボク達は宿の前に集合した。結局有力な情報は得 られなかった。ただ一つ、例の子供らしき姿が町の要所で、それも人混みの多いところで何度も目撃された情報をキャリーが手に入れてい た。
「と、いうことは、どこに出てきてもおかしくないか」
 ボクはそう言って顔をしかめた。その時、少し遠くの方からいくつもの悲鳴が聞こえた。
そして、たちまちのうちにパニックになっていくのが声を聞いただけでもわかった。すぐに、声の聞こえた方から数人の市民があわてて逃げて きた。
「いったい何があったんだ!」
「い、いきなり怪物が広場に…」
 兄貴の問いに逃げてきた客は取り乱しながらもそう答えた。
 見過ごしておけない。ボクは背中からクレインクィンを抜いて矢をセットした。
「みんな、行くぞ!」
『おお!』
 逃げる市民をかき分けて騒ぎの起きている広場に入った時には、いたるところで衛視達が怪物と死闘を繰り広げていた。
「な、何でこんなところに魔神達が?」
 怪物を一目見て、ボクは驚きの声を上げた。
 長い尾と剣を持つグルネル種、翼で飛びながら火を吹いているザルバード種、竜のような姿のラグナカング種など、様々な下位魔神が六・ 七体ほど暴れまわっていたのだ。他にも魔神が召喚したらしいアザービースト(魔神界にいる異形の動物)も多数見える。
「詮索は後、それより今は!」
 いつもとはうって変わって真剣な顔のメイがそう言って、一本の矢を取り出した。精霊語で何かを唱えると、それを魔人の一体に投げつけ た。弓ではなったわけでもないのに、その矢は魔神に深々と突き刺さった。風の精霊の力で矢を飛ばす『風の矢』の魔法だ。
 ガイ兄貴はグルネルとすでに切り結んでいる。キャリーもゴーグルとブレスをはめてダーツを構えてそれをサポートする。
 さきほど『風の矢』を受けた魔神が怒りの声を上げてこっちに向かってきた。再び矢を構えるメイを制すと、ボクはクレインクィンを構えて引 き金を引いた。
 ブンッという大きな音と、常人なら間違いなく肩が外れる反動と共に放たれた矢を受けた魔神は、衝撃で大きく吹き飛ばされ、そのまま息絶 えた。
 少しずつ魔神達の数は減っていった。生き残りのうち、空が飛べる一体の魔神が空に逃げようとしている。
「まずい、逃げる前にケリ着けないと!」
 しかし、クレインクィンは巻き上げに時間がかかるからまず逃げられてしまう。ボクは覚えたばかりの飛行の呪文を唱えた。かなりの高速で 飛べるから、相手がどれだけ早くても追いつけるはずだ。
 ボクはあっという間に敵に追いつくと、唖然とした魔神の顔面に力一杯三節棍を叩き着けた。ボクの筋力に加えてスピードの乗った一撃は 魔神の頭蓋を砕くのに十分だった。
 見ると地上にいた魔神達もあらかた片付いている。
「ふーっ、やっと片付いたか」
 ボクは地上に降りながら汗を拭った。だがその時、はるか彼方のほうで爆音がした。
「何だ?まだ何かあるのか?」
 まだ飛行呪文の効果はあったので、もう一度空に上って見てみた。確かに町の一角の建物から煙が上がっている。ん?あの建物は……。 まさか…。
「美術館が襲われている!?」
「何だって!!」
 下で兄貴が驚愕の声を上げた。
 見ると、美術館の方から一羽の鳥らしきものが、町の中心に向かって飛んでいる。何か嫌な予感がしたので、ボクはその鳥の後を追って飛 んだ。鳥は(近くで見るとわかったが、一つ目で足が三本のアザービーストの類だ)、足に大きなランタンのような物を
掴んでいた。
「まさか『永劫の暖炉』!?」
 鳥は中心部近くで暖炉から足を放した。ボクは慌てて近づいてそれを掴むと、クレインクィンで鳥を撃ち落とした。



その三

 闘技場に戻る前に呪文の効果が切れてしまったので歩いて戻ろうとすると、急いで追いかけてきたのか兄貴達が来た。
「大丈夫!?お兄ちゃん」
 心配そうに訪ねるメイに大丈夫と笑みで返すと、兄貴に暖炉を見せた。
「兄貴、これ。町中に落とそうとしていたんだ」
「間違いない。確かに『忘却の暖炉』だ。すると、闘技場の騒ぎは陽動か?」
「そういうことさ。まさか飛行の魔法が使えるとは思わなかったよ」
 突如聞き慣れない声がしたので振り向くと、あの子供が立っていた。
「まったくよくやってくれたものだよ。あれに戦力のメインをつぎ込んだというのに、肝心なところで台無しだよ。名前ぐらい聞いておこうか」
「ボクか?ボクはカール、カールブレイド=パルサーだ。」
 身構えながらもそう名乗った瞬間、子供の顔が憎悪に歪んだ。
「やっぱりか……、昨日すれ違ったときまさかと思ったが……。それを渡せば命だけはと思っていたが、……パルサー、殺す!」
 そう言って、子供(?)はこっちに左腕を振り上げた。するとその腕は一瞬にして先端に刃のついた鞭となって、こちらに、いや、ボクに襲い かかってきた。
 なんとか紙一重で避けたものの、その時、さっきの下位魔神と同じ気配を感じた。
(まさか、コイツも魔神?それもさっきの魔神よりも手強い!だが、どうやらボクしか目に入ってないようだな。それなら…)
「ほらほら、ここまでおいで!」
 ボクは裏路地に入ると一目散に賭けだした。兄貴達と子供もそれを追いかける。
「どうするつもりだ、カール!」
「アイツはボクと暖炉しか目に入っていない。ボクがこれを持っていればそっちは無視して追いかけてくるはずだ。ボクが囮になる」
 兄貴が「危険すぎる」と硫黄としたのか、口を開こうとすると後ろから、
「逃がすか、パルサー!」
 という声とともにバサバサと羽ばたく音が聞こえてきた。
「あ、あの子、背中に羽生えてる〜!」
 後ろをチラッと見たメイが悲鳴をあげた。
「やはり魔神か。(さてと、それならどうするか。町中で戦って暖炉が壊れたらまずい。相手も空を飛べるのなら飛行呪文で外に誘導すること はたやすい。でも、兄貴達は飛べないから、その後はボク一人で戦うことになってしまう。ボク一人では勝ち目は薄そうだし、負けてこれを奪 われたら意味がない……。まてよ、暖炉を逆手に取れれば……)」
 考えを巡らせながら、横を走っているメイをチラリと見た。一生懸命走っているメイの首にかけてある『幸運の石』のペンダントが揺れている のが目に入った。
「(これだ!)メイ、ペンダント貸して。みんな、今からら言うことよく聞いて…」
 ボクは小声で頭に浮かんだばかりの作戦を伝えた。
「やっぱ危険すぎる!」
 兄貴はそう反対した。
「そうだよ、『幸運の石』でも守りきれるかどうか…」
 キャリーも兄貴に賛成する。
「だからといって、ヤツを町の外におびき出すにはこれしかない。このまま町中を逃げていても……」
 チラリと後ろを見ると子供、いや魔神は大分距離を詰めていた。狭い裏路地では思うように翼を羽ばたけないのか、思ったより早くない。そ れでも追いつくのは時間の間題だ。
「わかった。気をつけてね」
 無言で聞いていたメイがペンダントを外すと、ボクに手渡した。
「チョット、メイ!」
 キャリーが抗議の声を上げるが、
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。カールお兄ちゃんがこのぐらいでどうにかなるわけないじゃん」
 そう言ってメイはにっこり笑った。ボクを無条件で信じている。そんな笑みだ。
「みんな、頼んだよ!」
 ボクはそう言って足を止めた。呪文は歩きながらでは使えないからだ。
「観念したか、パルサー!」
 魔神が一気に距離を詰めてくる。だが、飛行の呪文が完成するのが先だった。目の前でボクが飛び上がるのを見て、魔神も追いかけてく る。
(よし、ついてこい!)
 クレインクィンを巻き上げながら、ボクは町の外めがけて飛んだ。



「そこだ!」
 放たれた矢が最後の怪鳥を撃ち落とした。
 魔神は追いかけながらも、鳥形のビーストを召喚してこちらを襲わせた。だが、飛行呪文のスピードには追いつけず、ボクは距離を保ちな がらクレインクィンで怪鳥達を撃ち落としていった。相手との距離が離れすぎないように調節しながら飛んだが、もうすでに町の外に出てい た。この辺りなら暖炉が発動しても町に影響はないだろうが、もう少し、飛行呪文の効果が切れるまで時間を稼がないと。兄貴達はまだ町に いるだろうし。作戦の第一段階が終わった直後に彼らが来てくれたほうがやりやすい。
「食らえ!」
 ボクは魔神に向かってクレインクィンを放つが、紙一重で避けられた。続いて放った矢は命中し、かなり深く刺さったみたいだが、致命傷に は至ってない。
(くそっ、出来ればもう少し傷つけたいところだが)
 そう思いながらクレィンクィンを巻き上げたところで呪文の効果が切れたらしく、ボクの体は自由落下を始めた。
(ゲゲッ、まずい!)
 慌てて降下制御の魔法で、ゆっくりと降下する。転落死は免れたが、その間に魔神が追いついてきた。
「ハーツ、ハーツ、手間取らせおって、パルサー」
 息切れしているのは飛び回ったからだけではないだろう。おそらく魔神やビーストの召喚に魔カを使い果たしたのだろう。魔力が残っている のなら、魔法で傷を治すなり、何かこちらに魔法を使ってきているはずだ。
 ちなみに、もはや魔神は子供の姿をしていない。人の倍近い体格で、魔神の胸の部分に子供の胸から上がついている。すでに衣服がない (変身したときに破れたのだろう)のでわかったが、子供の部分の左胸に大きな刀傷がある。だが、何より目に着いたのが、その魔神が様々 な下位魔神が混ざったような姿をしていたことだ。先端に刃のついた鞭のような左手はさっきと同じだが、尾はグルネル種とそっくりの長い 尾、するどい爪の生えた竜の前足にも似た大きな右腕はラグナカング種のもの、その他、体のあちこちが他の下位魔神の寄せ集めで出来 ていたのだった。


「醜いか。この姿にした、いや、こんな姿にしかなれなくなったのも貴様等パルサーのせいだ!」
「?…どういうことだ?」
 吐き捨てる魔神に、ボクは思わず尋ねた。
「いいだろう、教えてやろう」
 そう言って魔神は話し出した。
「ロードスの魔神戦争(約五十年前に起きた、召喚された魔神達と人間との戦争)は知っているな?我々の敗北が決定したとき、ドッペルゲン ガー(他人そっくりに変身し、能力もコビーできる上位魔神)種だった我はその能カを利用して人間に化けてこのアレクラスに渡った。 いつか再起するためにな、だが、東方の一地で動き始めた私の前に立ちはだかった男がいた。そのは初老の域に達しているにもかかわら ず、光の塊の去な剣で次々と手駒を、そして私をもいとも簡単に切り裂いた。我は一命を取り留めたが、その時の後遺症で変身を始めとし て、様々な力を失った」
「それでそんな姿にしかなれなくなったと?」
「そうだ。その老剣士がパルサーという一族の人間だと知ったのはそれから間もなくだった、だが、その時の我は復警する力すらなかった。 だから西部諾国に逃れ、体を癒しながら機会を待った。再起する日と、東方に戻ってパルサーに復讐する日をな!」
「なるほど。今回のテロは復帰第一弾ってわけか(その老剣士って、曾祖父ちゃんのことだな。ボクの前に剣使えたのは曾祖父ちゃんだけだ ったはずだし)」
「その通りだ。さ、話はここまでだ。石を渡すのなら、苦しまずに殺してやるが?」
 残酷な笑みを浮かべて魔神はゆっくりとこっちに歩いてきた。
(そろそろいいかな)
 ボクは巻き上げたままのクレインクィンをおろすと、抱えていた『永劫の暖炉』を地面に置いた。
「ほう、やはり楽に死にたいか?」
「残念でした、アンタに渡すわけにはいかないな。これもボクの命もな!」
 そう叫ぶとボクは素早く『光の矢』の魔法を唱えた。放たれた光の矢が暖炉に突き刺さり、次の瞬間すさまじい爆風がボクと魔神を襲った。
「き、貴様ぁぁ!」魔神の声が爆風にかき消されていった。



「お兄ちゃん!」「カール!」「カール君!」
 爆風が収まった後、ちょうど兄貴達が、倒れている僕と魔神のいる地点に駆けてきた。ボクも魔神も仰向けになったままピクリとも動かな い。いや、魔神の方は目を開けるとゆっくりと起き上がってきた。さすか゜に全身ボロボロだが。
「まさか相討ち覚悟だったとはな。昔のことで頭に血が上って気がつかなかった…」
「貴様等は…。だがコィツはもうカ尽きたぞ、死にたくなければここから去れ」
「うるさい!よくもお兄ちゃんを!」
 そう叫んでメイは精霊魔法を唱え出した。
 三人の剣や魔法が次々と炸裂する。魔神にはたいして効いているようには見えない。しかし、攻撃の手を緩めない兄貴達に魔神はジリジリ と後ずさって行く。倒れているボクのほうに向かって。でも、もう少し近づかないと……。
「お、おのれ!」
 鞭を振り上げようとした途端、魔神の左肩にキャリーのダーツが深々と突き刺さった。苦悶の表情を浮かべる魔神に、兄貴の剣が足に、メ イの『風の矢』が魔神の頭部に刺さった(もっとも、さっきから話したりしているのは、胸の人間の顔だが)。さすがにその攻撃にはたまらないの か、鞭で兄貴達を攻撃しながら魔神は大きく下がって、ボクの倒れている場所の後ろまで後退した。
「今だ!」
 ボクは身を起こすと、奴の胸部にクレィンクィンを突きつけた。
「な……!?」
 魔神の子供の顔が驚愕の表情を浮かべた。
 さすがに服はボロボロだし顔も土埃で汚れているが、体と、爆発のときに咄嵯に庇ったクレインクィンだけはほぼ無傷だったのだ。
「残念でした。それじゃあ、倉祖父ちやんに代わって……始末させてもらうよ!」
 そう言ってボクは引き金を引いた。ズンッという衝撃とともに、零距離で放たれた矢はちょうど魔神の胸の刀傷跡を貫いた。


 一瞬呆然として胸とボクを見比べると、魔神は口から血を吐き、ゆっくりと地面に倒れ、二度と動かなくなった。
「ふうっ…終わったか」
 武器を地面に放って安堵のため息をつくボクに、メイが涙目で抱きついた。
「お兄ちゃ〜ん!よかった、無事で!」
「ありがと、メイ。これのおかげさ」
 ボクは懐からペンダントを取り出して笑った。ペンダントにはまっていた『幸運の石』は、魔カを失ったのかひび割れていた。
 町の外で、暖炉を暴走させて、石の魔カで直撃を防ぐ。それで倒せればよし。魔神が生き残っても、ボクは倒れたフリをして、駆けつけた兄 貴達が攻撃して魔神の気を引いて、そのすきにボクがクレインクィンを撃ち込む。それがあのとき、咄嗟に考えた作戦だった。
 飛行の呪文の効果時閲ギリギリまで逃げたのも魔神が死んだフリに気付く前に兄貴達が到着できるようにするための時間稼ぎ。さきほどメ イがこちらをチラリと見たのも、ボクの精霊力を感知して、生きているかどうか確認するためだったというわけだ、
「怪我ないか、カール?」
 自分の傷の治療を渓えたガイ兄貴が歩み寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ。でもまさか石がダメージを完全に打ち消すとは思わなかったな」
「さすがパルサー家の宝物庫の品だけのことはあるわね」
 あきれ顔半分、笑顔半分と言った顔でキャリーが言った。



「なるほど、それは大変だったな」
 それから数日後、ベルダインの宿の酒場で一部始終を聞いたトキオ兄さんは笑いながら言った。
「それでどうしたの?そんな事件だったら、王様直々にお褒めの言葉を、なんてこともあるんじゃないの」
 同じくニコニコしながらセリスさんが訪ねた。「大体の予想はつくけど」と言った目をしながら
「残念でした。衛士とかに事情説明するのも疲れるし、現場をトンズラして素知らぬ顔をさせてもらったわ」
 キャリーが平然とした顔で答えた。
 今回はオランでそこそこの事件を解決してたのとはわけが違う。(そりゃあ、町の近くで爆発が起これば大騒ぎだろう)だいいち事件解決の ためとは言え、国宝級の宝を壊してしまったし、責任を追求されるとヤバそうだった。そこで、魔神の死体を火球で燃やすと、一目散にその場 を立ち去ったのだった。
 ちなみに、祭りは一日遅れで再開され、ボク達も祭りの続きを楽しむことができた。なお、キャリーの音楽祭の成績は…言及しないでおこ う。キャリーが下手なのではなく、周りが上手すぎたのだ。
「あ、そうだ。セリスさん、はい調査結果」
 ボクからレポートを受取ながらセリスさんは訪ねた。
「ごくろうさん。でも、本当にやるつもり?オランまでって相当距離があるわよ」
 瞬間移動の魔法で迎えに来た兄さんとセリスさんに、ボクは「オランまで自力で戻りたい」と提案したのだ。元々今回の旅はご先祖や兄さん 達の力抜きで何かやりたいと思ったのが発端だったわけだし、せっかくだから徹底してやりたい
と思ったわけ芯。そのボクの言葉に、兄貴達も「カールが行くんならオレ達も付いていくぜ」と同行してくれることになった(もちろんメイは二つ 返事で)。
「もちろんそのつもりさ。あ、神殿には兄さん達から言っておいて。休暇はもう少し長引くって」
 ガイ兄貴が済まないと言った顔でそう言った。
「そうか。お前等がやりたいと言うなら止めはしないがな。そうそう。これ」
 そう言って兄さんはご先祖の剣を取り出すと、ボクに手渡した。
「修理は終わってるから。まあ、お前にとってはあまり頼りたくないだろうが、次期当主の証であるわけだし、もしもの時に役に立つだろう」
〈そういうわけだ。改めてよろしくな、カール〉
 剣を通じて、ご先祖の声が聞こえてきた。
「それじゃ、頑張ってね」
「帰りを楽しみにしてるからな」
 そう言って兄さん達は瞬間移動で消えていった。



 ここはベルダインの町の外、目の前には一本の街道が伸びている。この『自由人の街道』は西部諸国の端から、ベルダインを含む様々な 都市を通って、オランにまで続いている。アレクラスト最大の街道である。
「行っちゃったなあ、二人とも」
「さてと、いつ家に帰れるかしらね」
「まずどおするの〜?カールお兄ちゃん。想像つくけど」
 兄貴とキャリーがぼやいて、メイがいつもの無邪気な声で訪ねた。
「決まっているじゃない、街道がオランにまで続いているのだから……」
 一呼吸置いて、ボクは宣言した。
「この街道をまっすぐ行くぞー!」
〈やれやれ、こんなことでいいのかな?〉
 腰に吊した剣からご先祖がそうぽやくのが聞こえた。
 かくして、ボク達の新たな旅が始まった。もちろん、道中いろんなことがあったが、まだ旅の途中である。だから、続きはオランに帰ってから まとめて話すって事にしよう。
 それじゃあ、帰りを楽しみに待っていてね!

(パルサー家†冒険記・完)