第8章

 メルスとの勝負をつけ、何事もなかったようにボクが家に入ると、父さん達は居間でまだ飲んでいた。
「おお、終わったか、カ−ル。どうだ、お前も飲むか」
「いや、さすがに疲れたし‥‥。悪いけどもう寝るよ」
 赤い顔で酒を勧めてくる父さんにボクはそう言って断った。確かに終わったところだ。父さんの言ったこととは別のも のではあるが。幸か不幸か、メルスとの戦いで雷撃を受けたことには酒が入っているせいもあって誰も気づいてない ようだ。まあ、この怪我は後で薬でも塗っておくとしよう。「いいじゃ〜ん、お兄ちゃ〜ん`今日は働き詰めで全然楽し んでないじゃ〜ん‥‥‥‥‥‥‥‥ぐうぅ〜」
 かなりベロベロになったメイが絡んできた。千鳥足でボクにもたれかかってくる。しかし、彼女はそのままいきなり眠 り出してしまった。
「まったく‥‥。んじゃ、ついでにメイを部屋に運んでいくよ」
 ボクはそう言うと、メイを担いで居間をあとにした。メイの部屋のベッドに彼女を寝かせると、その足でボクは自分の 部屋に行って、椅子に座ってため息をついた。
「なんだろな、一体‥‥‥」
 ボクはメルスから託された『剣』を机において、一緒に渡された手紙をしげしげと眺めた。確かに父さん達に言った 通り疲れてはいたが、中を確かめないことには気になってベッドに横になる気になれない。ボクは封筒をあけると、中 の手紙を取り出した。
『カ−ルへ。オレの考えが正しければ、この手紙を書いたときから約五百年後にお前はこの手紙を受取るはずだ。ま あ、メルスのことだからお前を探し損ねることはないと思うが。
 お前があのゴ−レム、どうやらソ−サル・マ−ダ−という試作ゴ−レムらしいが、の暴走に巻き込まれて姿を消した あと、お前の立っていた場所にはお前が持っていた『剣』が転がっていただけだった。あの後も、オレは各地をさまよ いながら活動を続ける合間にお前の『剣』を何とか直せないかとあれこれ調べてみた。前に修理したときはお前に悪 いと思ってあまり突っ込んだことは調べなかったが、今度は色々と調べさせてもらった。次に会うときがあったら、ちゃ んとした形にして渡したいと思ったからだ。‥‥結局、直すメドはつかなかったが、わかったことが二つほどあった。一 つはこの『剣』がオレ達の時代から五百年は後の時代のものであるということ、二つ目はこの『剣』はどう見てもオレが 使っている物と同一の存在であるということであった。どんなに調べてもそう言う結果しかでなかった。‥‥このことか ら考えられるのは、方法は知らないが、お前が五百年は後の時代の人間だということだ』
「‥‥‥‥さすがに気づいていたというわけか」
 ボクは軽くため息をつくと、続きを読み出した。
『結局、カストゥ−ル王国の崩壊後、以前にお前が言っていた通り、オレが助けた人の多くが戦乱に巻き込まれてしま った。オレ自身も何年も各地を逃げ回るはめになった。しかし、今では戦乱も収まり、世界は復興の兆しを見せてい る。オレの助けた人々も、生き残った人々は各地で頑張っているようだ。
 オレ自身も結婚し、子供も生まれて、最近になってやっと落ち着いた生活を送れるようになった。しかし、残念ながら 子供が成人するまでは生きられそうにないようだ。僅かずつではあるが、日増しに体が弱っていくのがわかる。長年 の逃避行のためか、『剣』をはじめとして多くの魔法の道具を作るのに魔力を使いすぎたのがいけなかったのか、原 因ははっきりしないが、もってあと半年足らずだろう。子孫の守護霊代わりにオレの思考をコピ−した道具と、それと の通信端末に改造した『剣』を残しておくことにしたが、結局お前に『剣』を返すことができなかったのは残念だ。
 ちょうど今日、メルスが見舞いに来てくれた。王国崩壊の動乱以来ここ数年姿を見ないと思っていたら、自分の体を 改造していたらしい。そこで彼女にこの手紙と『剣』を託すことにした。この手紙を読んでいる以上は『剣』は手元に戻 っているはずだろう』
「‥‥確かに、ちゃんと返してもらいましたよ。‥‥メルスさんもちゃんと約束を果たしました」
 彼女の最期を思い浮かべながらそうつぶやくと、ボクは眠い目をこすって続きに目を通した。
『さて、『剣』は返したものの、結局修理することはできなかった。それに、『剣』を持っていたということは、お前はオレ の子孫かそれに縁のある人間だろう。何か埋合せをしなくてはいけない。かといって、いきなり強力なものをホイホイ 渡してしまうのもあまりお前のためにならないような気がする。
 そこでだが、逃避行時代に、オレが作った魔法の道具の中で何点か大陸の各地に隠しておいたものがある。中に は『剣』ほどでないが中々の能力を持ったものもあるはずだ。大まかな地図は同封しておくが、詳しくは直接探すこと だ。せっかくだからお前の『剣』に探知機としての能力を付与してある。もしその気があるなら、それらを手がかりに探 してみることだ。縁があるならオレの『本体』とも出会えるかもしれない。もしそうだったら、お前がどれだけ立派になっ てるか、今から楽しみだ。
 ‥‥少し書きすぎたのか疲れた。まあ書きたいこともあらかた書いたのでこのへんにする。それでは、オレの課題 については前向きな返事を期待しよう。
                  レイシェント=パルサ−』


 手紙を読み終えたときにはボクの眠気は完全に吹き飛んでいた。慌てて封筒を探って、その『同封された地図』を取 り出した。
「これは‥‥、かなり各地に点在しているな‥‥」
 ボクは地図を見ながら、首を捻った。地図にはアレクラスト大陸の各地にバツ印が四、五ヵ所にうってあった。全部 回るとするなら大陸を一周しなくてはいけない。はっきり言って一年や二年じゃすまない。
「まいったな‥‥」
 ボクは地図と手紙と『剣』を見比べながら椅子にもたれてうなった。ボク自身としてはすぐにでも行きたい。でも、つい さっきトキオ兄さんとセリスさんが結婚したばかり、そうでなくてもみんな長旅から帰ってばかりである。そんなときに年 単位かかりそうな冒険になんか‥‥。
「‥‥とても誘えないな。どうしようか‥‥」
 ボクは『剣』を手にとって眺めながら、一人考え続けた。


 朝日の指す居間にゆっくりと降りてみると、父さんとトキオ兄さんにセリスさん、ガイ兄貴とキャリ−までもがソファ− に横になって、もしくは床に転がってグ−グ−と寝ていた。テ−ブルには何本もの坂瓶が転がっている。みんな羽目を 外して飲みまくったせいである。逆を言えばそれだけみんな今回の結婚を喜んでいたのだが。
「それにしても、新郎新婦まで酔い潰れて寝るなんて‥‥。新婚初夜も何もあったもんじゃないな」
 ボクは軽くため息をつくと、テ−ブルに書き置きを置いた。
 結局、ボクはみんなに黙って出ることにした。今すぐにでもレイの遺産探しに行きたい。しかし、みんなを誘うわけに はいかない。だとしたら、選択肢はこれしかなかった。みんなに断ってから行くことも考えたが、最低でもメイは反対す るだろう。
 そうと決まれば、あとはスム−ズだった。旅支度を整え、「レイの遺産を探しに行く」と書いた書き置きを用意した。書 き置きにはさらに「遺産を見つけるまでは当分帰るつもりはない」とも書いた。実際ボクはそのぐらいの覚悟だった。
「ご免ね、みんな‥‥」
 そう言ってボクは玄関に向かおうとした。しかし、ちょうどその時、二階からメイがあくびをしながら降りてきた。 
「ふあぁぁ〜。あれ、カ−ルお兄ちゃん‥‥」
(マズイ!)
 ボクは慌てて眠りの呪文を唱えようとした。しかし、昨日の作業で疲れている上に旅の準備であまり寝てないせい か、呪文はうまくかからなかっ。たらしくメイが眠る気配は全くなかった。ボクはとっさにメイの側に行くと、メイの口を慌 ててふさぐ。
「ご免、メイ。何も見なかったことに‥‥」
 そう言っては見たものの、モガモガやっているメイの目が
「そういうわけにはいかないよ!」
 と訴えている。これではさすがにごまかし切れなそうにない。ボクはメイの口をふさいだままで手短に事情を述べた。 ロ−プと猿ぐつわで縛るという手段もないわけではないが、抵抗されて兄さん達が起きるのはまずいし、何よりメイに そんなことはしたくない。もっとも、こうなったらメイのこのあとの行動は大体予想がつくのだが‥‥‥。
 話を終えたとき、メイの目はキラキラと輝いていた。
「だったら、あたしも連れてって!」
 と目が訴えかけている。予想通りだ。
「ダメだよ。今回はご先祖、いや、レイとボクとの問題なんだから。それに旅から帰ったばかりでワガママに付き合わ せるわけにはいかないよ」
 ボクは小声だけど、強い調子で言った。しかし、メイは口をふさいでいるボクの手をどけると、小声でだがしっかりと 言った。
「お兄ちゃん、この前言ったこと忘れたの?」
「この前?」
 首をかしげるボクにメイは言葉を続けた。
「このまえ『家出るときはあたしもついていく』と言ったじゃない」
 確かに一週間前にメイはそう言った。しかし‥‥、
「あのね、あれは『もしボクが家から追放されたら』じゃなかった?今回は追放じゃなくて家出なの。時間はかかるけど ちゃんと帰ってくるから‥‥」
「なら、いつ帰ってくるの?一年?二年?」
 やっぱり小さい声ではあったが、メイのその言葉に重いものを感じて、ボクは言葉を失った。
「それに、お母さんとトキオお兄ちゃんも結婚したことだし、あたしも今すぐ結婚とまでは言わないけど、カ−ルお兄ち ゃんの側にいたい」
 そう言って涙目で訴えるメイを説得できる自信はもうボクにはなかった。もっとも、頭を抱えると同時に嬉しくもあった が。
「‥‥いいの?しばらく家には帰れないんだよ。ボクと一緒にいれても、セリスさん達とはまたしばらく会えないんだよ」
 最後にボクはそう言ったが、メイはただ一言、
「お兄ちゃんと一緒なら構わないよ」
 と、はっきりと言った。


 三十分後、ボク達二人の姿はオランの門の前にあった。あの後、メイも旅支度を整えると、みんなが眠り続けるパ ルサ−邸を後にしたのだ。 
 もう間もなく開門の時間であるが、ボク達のほかにも行商人やら冒険者風の男やら何人かが開門を待っている。
「メイ、もう一度聞くけど本当にいいの?」
 ボクは傍らにいるメイに訪ねた。
「もちろん。お兄ちゃんと一緒なら`」
 メイは元気な声で返したその時、開門の時間になったのか門がゆっくりと開いた。
「‥‥よし、それじゃあ行くか」



 ボクはメイと一緒に歩き出した。門をくぐるとき、ボクはパルサ−邸のある方向を振り向いた。
 もうしばらくして目を覚ますと、みんな大騒ぎだろう。それとも、意外に落ち着いているか。いずれにせよ、兄さん達は わかってくれるだろう。なぜなら、ボクも兄さん達も同じ冒険者なのだから。
「‥‥みんな、行ってきます!」
 その言葉が、ボク達の新たな冒険の始まりの合図だった。

第二部 完