その2 出会ったのはアノ男


 ファウド大陸を離陸し、東方へ向かう。そこには大海が広がっていた。世界に浮かぶ四つの
大陸がこの海の四方、丁度正方形の四隅のように広がっている。
 このうちの一つ、北西にあるのがファウド大陸であった。この大陸の湊町ガダルを発ったマジ
ックカーペットは、北東にある高原大地、サータヴィハナ大陸をめざしていた。
 海からそびえ立つ高い山々。サータヴィハナ大陸の海沿いは高山に囲まれていて、港町が
造れない地形となっている。千メートル級の山が連なる海岸の内陸は、巨大な高原が森林と共
に広がっていた。
 このサータヴィハナ大陸の内側の大地を支配するのが魔法王国のカンドレーンである。かつ
て大陸を席巻した〈闇魔術戦争〉での英雄アクバル・クエスタを開祖とする由緒正しい王国であ
る。
 その国土のほとんどが森林で、農耕が主な産業となるこの国は、閑静で人々の気質も穏や
かで、人間以外の種族も多数暮らしている。魔法を好む国柄、多種族との交流も盛んである
のだ。王の権力がそれほど強くないのも、人間と多種族の融和にも繋がっている。
 とまあ、こう書けば聞こえはいいが、要するに中身は統率の取れないド辺境国家である。国
王はマゾの中年ハゲで、政治家の才能はゼロ。産業も何もないので、他国から侵略もされない
という、まさにどうでもいい国なのである。
「あいかわらずひどい田舎だねぇ」
 ミリアがカーペットから身を乗り出して、下の光景を眺めて呟いた。カーペットは間もなく首都
タリンに到着しようとしている。針葉樹の緑に囲まれた町が、この魔法王国の首都タリン市であ
った。人口僅か四千人。町の中央に、館程度の大きさである小さな王城を構えたこの首都は、
魔法王国の名前どおり、魔術師達があちこちに研究所を構える静かな町である。
「さあ、着いたわ」
 サリナが言ってロッドをすうと下に降ろすと、それにしたがってカーペットも降下していく。ゆっ
くりと、音もなく空飛ぶ布は地面に近付いていった。どうやらこのロッドが操縦管になっているら
しい。
 そして絨毯は、小路の奥の一見の家に辿り着いた。狭っ苦しい煉瓦の二階建の、どこでもあ
りそうな住宅である。
「あれ、家も変わってない」
 驚いたようにミリアが声を上げる。
「ちょっとは建直しとかしなかったの?」
「お父さんの稼ぎくらいじゃとても、ね」
 どこかのサラリーマン家庭のような事を口にすると、サリナは絨毯から飛び降りると、つかつ
かと家の中に入り込んだ。
「ただいま、あなた、帰ったわよ」
「おーい、とーちゃん。生きてる?」
 後からのこのことミリアも着いてくる。玄関を入ると居間があり、その奥が寝室なのである。二
階に二部屋。煮炊きは外でやる方式の、以外と平凡な作りの住居である。
「お、おう。帰ったか」
 大きな声が腹に響いた。寝室の奥の巨大なベットに、筋骨隆々たる老人が半身を起こして母
と娘の方を向いた。
 そいつは、とても百七十近い老人とは思えなかった。二メートル近い身長に、全身にガッチリ
と着いた鋼のような筋肉。四角い顔には真っ白な髪と髭が豊かについていて、どうみても死に
かかった老人のように思えない。これがミリアの父親であるヘンリーなのである。
「やっと帰ってきおったか。この極道娘」
 ガハハと親父は大声で笑った。大口を開けると、腹に響く声が高らかに鳴る。
「うわっ、酒くさっ」
 ミリアが急に鼻を押さえた。ふと見ると枕元には酒瓶が数本転がっている。
「あなた、酒飲んでいたわね!」
 顔に怒りの表情を浮かべてサリナは夫の胸元を掴む。この筋肉ダルマの胸ぐらをこんな華
奢な美人が掴むと、かなり珍妙な格好だ。「だ…だってな…暇だったんじゃ…」
 妻の剣幕に押され、豪快なジジイもたじたじとなる。少し顔が引きつり、四角い顔のこみかめ
に冷汗がつうと垂れる。
「暇ってことはないでしょう。それよりあなた、ワイドをしっかり見張ってあったんでしょうね」
「それは大丈夫じゃ。ずっと氷付けのまんまになっておる」
「それなら、まあいいわ。ともかく、これでキャストも揃ったわけなのよ」
「あの〜、かーちゃん、いったいどういう話になってんのさ。本当にとーちゃん、病気なのか」
 事態が分からないミリアが後からおずおずと覗き込む。いったい何のことか分からない上
に、病気と聞いていた親父は元気そうである。
「むう、ゴホゴホ…急に咳き込んできたわい」
 あからさまに咳き込むと、筋肉親父はゴロンとベットに横になった。ギシリと鉄パイプのベット
がきしむ。
「ああ、あなた。しっかりして」
「うう、もうわしも長くない…人間、根性があればエルフの寿命にも付いていけるかと思ったが、
どうやら根性が尽きてしまったらしいわい…」
 訳の分からない理論をほざくと、親父はあっけにとられるミリアを手招きした。
「なんだよ、とーちゃん」
 思い切り不審そうな顔をしてミリアは筋肉ダルマの枕元に近付く。
「お前を使ってすまんが、このわしの頼みを聞いてくれるか」
 本当に病気なのかと疑わしそうな目付きでジロジロと見つめる娘の顔を覗き込むようにして、
いかにも哀れっぽい顔でヘンリーは頼んだ。それにしても、血色よさそうな顔色である。
「そうそう、それだよ。わざわざあたしを連れてきたってことは、あたしに頼みたいことがあるん
でしょうが」
 たぶん厄介ごとなんだろうなと依頼の内容を想像して、ミリアはこの、色艶よさそうな親父を
見返す。
「うむ…わしは根性が尽きて死にそうなのじゃ。それでな、町の北に〈マリージの洞窟〉というも
のがあるんじゃが、その奥に神様が住んでいらっしゃるんだが…」
「神様ぁ?なんだそりゃ?」
「そりゃあ、サリナの同級生…おっと、じゃなくて、それは根性の神様なのじゃ。その神様に会っ
て、わしの根性が回復するようにお願いしてきてくれんかのう」
「何か変だな…」
 さすがに頭の悪いミリアでも、何かおかしいことには気が付いていた。根性の神様。そんなも
のは聞いたことがない。だいたい神様が洞窟にいるということが眉唾である。
「しっかりしてよ、とーちゃん。年取って気が弱くなったからって、まさか新興宗教に金を寄付し
てんじゃないだろうね」
 なかなか際どい突っ込みである。しかし、どう見てもこの夫婦が神や宗教に頼るとは思えな
い。そこを考えないといけないのだが。「何をいうの、ミリア。ちゃんとお父さんの言うことを聞い
てあげなさい。ああ、あなた、しっかりして」
「うう、ごほごほっ」
 どう考えても芝居くさい。胡散臭い目でじとっとミリアは両親の演技を見守り続ける。「うう、ミ
リア…どうか根性の神様にお願いしてきてくれい…」
「なんであたしにその役目をさせるのさ。かーちゃんが行ってもいいんじゃないの」
 確かに。それは正論である。なぜわざわざこの堕落した娘に頼むのかが解らない。
「それがねぇ、ミリア。その洞窟の前に、角を生やした馬の化物がいて、洞窟に入らせてくれな
いのよ」
「は?で、あたしにその化物馬を退治して、神様に会ってこいってか?」
「その通りなのよ」
 嫌な顔をしたミリアの言葉を引き取ってサリナは続けた。ミリアは、こいつはしまったという顔
をして、口をあんぐりと開けて無理難題を言う両親を見守っている。
「じゃあ、なんでかーちゃんが退治しないんだよ」
 もっともな意見である。ミリアはただの剣士なので、所詮武器しか使えない。魔法というものに
関してはただのアホである。
「それがねぇ。その馬には魔法が通用しないのよね。魔法から守られている魔物だからどうし
ようもないの。だから剣士のあなたに頼むの」
「…嫌な予感はしていたんだよね…」
 ブツブツ言いながらミリアは肘をついてしゃがみこんだ。本当か?と心底思った。しかし断る
わけにはいかないだろう。一応ちゃんとした理由があるのだから、拒否しようがない。それにサ
リナに殴られたくはない。
「まったく、なんであたしがこんな面倒くさいことをしなくちゃならないんだろう。ああ、こんなこと
だったら、もっと早くバカンスに出掛けていればよかった」
 文句だけは一人前である。何がバカンスだ。該当しているのはバカの二文字だけである。ぶ
ーたれて下を向いてブチブチ言うミリアの肩を親父のたくましい手がドンと叩く。
「頼むぞ、ミリア」
「とーちゃん、なんでこんな面倒臭い仕事をあたしに押しつけるわけ?」
 なんとかしてくれという風に手のひらを上にして両手を上げたミリアに向かって、この親父は
一言を発した。それは、確かに切札ともいえるべき言葉であった。
「行ってきたら、後で小遣いやるからの」
 これは効果テキメンであった。その一言で、渋い顔の娘が急ににこやかになる。
「マジっ!やったね。なら文句ないや。じゃあいいや。とっとと出掛けて来るよっ」
 豹変とはこのことである。先程まで部屋中を埋めていた文句もどこ吹く風やらで、すつかりご
機嫌を直しているのがこの女の単純過ぎる所以なのである。
 すっかり有頂天になるアホな娘を見て、ヘンリーとサリナの両夫婦は顔を見合わせると何か
小狡そうに含み笑いをした。


「かーちゃん、準備できたよ」
 二階に上がり、用意された装備を装着すること数十分。厚革の鎧に両手剣を一本携えただ
けの軽戦士の風体で、ミリアは階下に降りてくる。
「あら、早かったわね」
「しょーがないじゃないか。あたしの体格に合う装備があんまり無かったんだ。とーちゃんの鎧
なんかサイズが合わないよ」
 ヘンリーの体躯は並の人間ではない。いくらミリアでも、身長二メートルの筋肉ダルマの鎧が
着れるわけがない。
「それに、なんで丁度いいサイズが革鎧一着しか置いてないの。せめて鋼の胸当て鎧くらい買
ってきてよ」
「駄目。金属だと、あんたはその鎧を売ってしまう可能性があるから」
「ぐっ…」
 絶句して言葉を失うミリアだが反論のしようがなかった。実際、そういうことを平気でしてきた
し、これから先も必ずやりそうな事である。
「あと言っておくけれど、その剣はナマクラだから、力任せで振り回さないと効果がないわよ」
「はぁ?」
 なんのこっちゃと思ってグレートソードを鞘から出すと、見事にあちこちに傷が入ったオンボロ
の剣であった。
「かーちゃん、こんな装備で娘を戦いに行かせるっての。ひどい、鬼っ」
 あまりの装備のショボっぷりに、思わず涙がチョチョきれそうになるミリアであった。本当なら
ば格好いい片手剣と胸当て鎧くらいはもらえると期待していたのに、もらった装備はこの有様
である。
「いい、ミリア。ライオンは子供を谷に突き落とすのよ」
「だからなんなんだよっ」
「別に…」
「こんなボロボロの鎧と剣でその魔物馬と戦わないといけないなんて酷すぎるぞっ」
「あら、大丈夫。そんな時のために助っ人を用意しておいたの。こっちについてきなさい」
 にこやかに何気なく笑うとサリナは居間の角の床についた、把手付きの開き戸を手前に引い
た。そこは地下倉庫の入り口となっていた。いわゆる、食料貯蔵庫の一種である。
「助っ人?また、どっかの男を引っ張り込んで、冷凍詰めにしてあるんじゃないだろうね」
「あら、そんなことしたかしら」
「また、犠牲者が一人いるんだろうな…」
 つまり、サリナというエルフはそういう性格である。基本が自己中心。それでいて冷静な口調
にスッとぼけてシラをきる面の厚さまで身につけている。さすが、いい加減に三百年も生きてい
る化物は違う。
 黴臭い地下道をしばらく下ると、小さな四角い空間が出た。ぼんやりと壁にかかったランプが
辺りを照らしている。岩を刳り貫いて造られた地下貯蔵庫の中央に、やはり予想どおり、一人
の男が氷詰めになって鎮座していた。
「あーあ、可哀相に…」
 限りない哀れみを感じてミリアは氷詰めの男の傍に近寄った。
「ん?あれ?こいつは…」
 氷の中に閉じこめられた男は、童顔の猫目をしたハーフ・エルフの魔術師だった。手に焼き
鳥の串を持ち、口にそれを頬張ったままの、馬鹿な格好で氷によって固められている。
「ひょっとして、こいつ、ワイド?」
「あら、よく覚えているわね」
「ん〜、ガキの頃散々虐めたから。ミルクの中に唐辛子を入れて飲ませたり、怪我した時に塩
すり込んであげたりしたかな」
「酷いお姉さんね…」
「で、こいつと組んでその魔法馬を倒せってことかい?」
「あら、ご名答」
「マジぃ?」
 また面倒なものを背負いこんだとばかりにしかめっ面をするミリアである。このアホの弟のこ
とは割とよく記憶していた。まだ家出をしていなかった頃のことであった。親父が傭兵に出掛
け、その隙にサリナが男を引っ張り込んでいた時、いつも面倒を見させられたのである。
「だってこいつ、魔術師じゃないか。魔法馬って魔法効かないんでしょうが。こんな奴いても足
手まといだよ」
 そんな文句を垂れるミリアを尻目に、サリナは右手を突き出すと、何やらブツブツ呪文を唱え
始めた。精霊語で呪文のスペルを唱え始めると、右手の火の紋章が輝き始める。
「なるほど、溶かすわけだね。火と水の呪文が両方使える人は便利だな」
 仏頂面のまま皮肉に近い嫌味を言ったが、サリナは意に介さなかった。いや、実際にこれは
凄いことなのである。精霊呪文を使う魔術師は、一人が一種類の精霊の紋章しか刻めない。
従って使える魔法の種類は自分が契約した精霊の属性に限られてくる。しかしサリナだけは水
と火の両方の魔法が使えるのである。こんなことは他の魔術師ではない。その理由をサリナは
「わたしは美人と天才という二面性があるから」と言うが、誰もが「鬼と悪魔との二重人格」と思
っていることは公然の秘密である。
「ヘル・ファイヤー!」
 気合い一声。瞬間、右手に彫られた火の印が輝き、手から巨大な炎が飛び出てくる。丁度火
炎放射器のように指先から炎がほとばしり、ワイドが閉じこめられている氷をたちまちにして包
んだ。ジュウジュウと氷が溶けて、水蒸気が狭い地下室に立ち篭める。
「ん…ん?あれ?ここはいったいどこなんだ?」
 焼き鳥の串を持ち、口に入れた分を飲み下しながら、ワイドはようやくにして気が付いた。つ
いきっきまで、荒野を一人トボトボと歩いていたはずなのに、気が付けはどこか変な地下室に
いる。そして目の前には、高ビー女王さまっぽいエルフと、貧相な装備をしたハーフ・エルフの
剣士がいた。
「思い出した!あんた、オイラのかーちゃんだな!」
 サリナの方を指差して、ようやくことの次第を理解したワイドが叫ぶ。思い出す前に、問答無
用で氷詰めにされたのだから仕方がない。なんてこった。全然思い出さなかったと心中で絶叫
しながら、視線をもう一人の混血エルフの剣士に向ける。
「ということは、そっちの汚い奴はねーちゃんか。ええと…上から三番目のねーちゃんで、踊り
子になって世界を放浪しているセイネねーちゃんだな」
 ハードレザーアーマーにグレートソード一振り。どこをどう見たら踊り子に見えるのやら。ミリ
アは素早くワイドの傍に近寄ると、思い切りその横っ面をひっぱたいた。
「アホかっ!」
「ぐ、ぐはっ!」
 鼻水とよだれを垂らして豪快にワイドはふっ飛ぶ。さすがは親父のヘンリー譲りの馬鹿力だ。
ワイドはその勢いに思い切り横倒しとなり、倉庫の奥の埃まみれの場所にゴロゴロと転がっ
た。
「いてぇ!何しやがるんだ」
「あんた、この張り手に記憶がないとは驚きだね。これでいい加減に思いだしなよ」
 殴られてフラフラする頭をブルブルと振りながらワイドが怪訝な顔をする。
「ん…そういや、この強烈な張り手には記憶があるぜ。こんな張り手を使う奴はオイラの人生で
二人しかいなかった。一番上のねーちゃんでミリアとかいうクソと、伝説のスモウレスラーだっ
たモーニングソルトの二人しかいねぇ」
「ようやく思い出したようだね」
 ワイドの前に立ち、嘲ら笑うようにミリアが叫ぶ。しかし仕方がないという話もある。実の所兄
弟が二十人はいるもんだから、誰がだれやら覚えているのはちょっと至難の業なのだ。
「じゃあ、あんたはモーニングソルトか。くっ、さすがだ。伝説の張り手はよく利きやがるぜ。立
ち会いの魔術師の名は伊達じゃねえな」
 ペッと血混じりの唾を吐き、さも感心したようにワイドが首を振る。モーニングソルト。それは
土俵の上ですばらしいファイトを見せた突っ張りの相撲力士である。
「死ねっ!」
 勘違いも甚だしいワイドの顔面に向かってミリアのパンチが飛ぶ。
「やめなさいっ!」
「あらっ」
 後から飛ぶ怒声。さすがにミリアもピタリと動きを止めた。ワイドの顔先三寸のところで、パン
チが寸留めされて止まる。
「いい加減にしなさい。あなた達を引き合わせたのは喧嘩させるためじゃないの。マリージの洞
窟に行ってもらうためなのよ」
「おい、かーちゃん。ひょっとしてその役目をオイラに…」
「なかなか理解は早いわね」
 さっきとは打って変わって明敏に事態を理解するワイド。少し顔が引きつり気味で、こっちも
あからさまに嫌な顔をしている。
「え〜、オイラ嫌だよ。だってあの洞窟、角を生やした馬の化物が守っているじゃないか。それ
に何か奥には変な神様が祀られているっていうしよ」
「あら、よく知っているわね。でも、だからといって逃げたらダメよ」
 息子の顔色を見て前もって釘を刺すサリナ。さすがに親だけあって、ワイドの性格も見抜いて
いる。
「なんかさ、とーちゃんが病気でヤバいから、あたしとあんたでその神様とやらにお願いにいか
なきゃならないんだってさ」
 サリナの肩ごしからミリアの、これまた機嫌の悪そうな声が飛ぶ。なんでこのあたしをスモウ
レスラーと間違えるかと、心中憤懣やる方無しという気分だ。
「げっ、親父の奴、まだ生きてたのかっ」
 二重の驚きを受けてワイドが身を後に引いて後ずさる。さすがに人間の父親がまだ生きてい
たとは夢にも思わなかったらしい。
「そうそう。だから、根性の神様にお願いして、親父の根性を回復させないといけないんだって
さ」
「なんだよ、それは」
「根性さえあれば、親父は生き続けることができるんだとさ」
「ワイド、わかったかしらね。あなたはミリアと協力して、この仕事を達成するのよ。ほら、ここに
手紙を書いておいたから、その神様にちゃんと渡しておくのよ」
 ポンとサリナが一本の筒をワイドに渡す。くるくると丸められた羊皮紙がリボンで可愛らしくま
とめられていた。
「ね…ねーちゃんと行くのかよ」
 三度絶句してワイドはミリアの顔をしげしげと見つめる。自分にそっくりなのは姉弟だからし
かたないにしても、もう少しいい人選はなかったものか。
「あたしだって嫌だけれど、親父が小遣いくれるっていうからねぇ」
「そんなので釣られたのか」
「しょうがないじゃないか。こっちときたら一文無しで、大家に家賃払えって言われている身分だ
し」
「ねーちゃんもそんなのか」
 やっていることはほとんど自分と変わらない。まあ、まだワイドの方が一旗上げようとして失
敗した分だけ、野心はあると見た方が良いのか。
「かーちゃん、やっぱり、オイラもねーちゃんに着いていかなきゃなんないのか?」
 出来れば遠慮させてほしいんですけれどという口調でワイドはサリナの顔を見つめる。猫目
とキツイ目の視線同士で、一瞬のアイコンタクトが行なわれる。
「そうよ」
 無情な一言。答えはNO。どうしても拒否させてくれそうにない。
「あーあ、なんてこった…城攻めには失敗するわ、お尋ねものにはなるわ…トドメにねーちゃん
と一緒に化物退治にいかなきゃならないなんて…」
 踏んだり蹴ったりである。この不幸の合間に、氷詰めにされたというオマケも付け加えられる
のだが。
「まあ、機嫌を直しなさいな。仕事を終わったら、ワイドにも褒美をあげるから」
 サリナは懐柔策に出た。するとたちまちワイドの顔が綻んでくる。まったく現金な姉弟である。
基本的に物欲という思考パターンは一緒らしい。
「何くれるんだ?」
「わたしの知っているお嬢さんを一人紹介してあげますから」
「マジっ!」
「なかなかいいお嬢さんで、あなたにピッタリだと思うわよ」
「ならば全然OK。このオイラに任せておきな。そんな魔法馬なんか一撃でブッ殺してしまうぜ」
 ワイドは手に持った両手持ちのスタッフを振り回した。魔術師用の杖なのだが、振り回して武
器としても使えるように細工がしてある。魔術師とはいえども、ワイドの体術はなかなかの腕前
のようだ。
「じゃあ、二人とも。しっかりお使いしてきなさい」
 そしてサリナの、何か間違った言葉を背後にして、バカ二人は悠然と魔物馬退治&神への
依頼を果たしに出掛けてしまうのであった。

(続く)その3 変な女が登場した