その3 変な女が登場した


「ワイド、ぼつぼつマリージの洞窟じゃないの?」
 タリンの町から北に向かうこと小三時間。岩と草が入り交じっているなだらかな平原を二人は
歩いていた。
「うーん、確かこの辺りと思っていたんだけれどな」
 ワイドが辺りをキョロキョロと見回す。草原の中に、岩が浮島のようにある風景だ。
「まあ、いいや。とりあえず弁当にでもしようか」
「賛成」
 二人の腰には弁当袋がブラ下げてあった。出るときに珍しくもサリナが持たせてくれた奴であ
る。
「ワイド、あんたその魔法の馬って知ってるの?」
 新聞紙に包んだ弁当箱を広げ、岩の上に腰を下ろしながら、ミリアは進行方向向けて顎をし
ゃくった。
「ん、噂でしか聞いてねぇけれど。なんでも額に角が生えていて、真っ白な馬だってこったい」
「なるほど。その角に要注意だな。いざって時にはあんた、あたしの盾になりなよ」
「なんだ、そりゃ!そんなのオイラは嫌だぜ。白兵戦こそがねーちゃんの領分じゃないか。オイ
ラも多少は戦えるけれど、所詮は魔術師なんだぞ」
 目を向いて唾を飛ばしながらワイドはがなり立てる。まあ、むきにならないほうがおかしいの
だが。
「ふーん、そういうことを言うの。あたしは武器で自衛できるけれど、いざ襲われたら戦闘力の
低い魔術師は辛いよ。さあ、どうしてくれようか。いざとなっても助けてあげられないなあ」
 ニコニコと邪悪な笑いを浮かべるミリア。しかしワイドは憮然とした面持ちで言い返した。
「おい、オイラが盾になるなら、結局オイラは襲われるじゃないかっ」
「あっ、そうか」
 馬鹿なミリアも納得である。ひとしきり馬鹿な問答をしてワイドの機嫌を損ねた後、二人は弁
当の箱を開けた。大きな竹を割って造った旧式の弁当箱である。もちろん、金物を渡すと売っ
てしまう危険性があるためにそうしてあるのだが。
「さーて、久しぶりの食事だ」
「まったくだい。あの最悪の焼き鳥以来だよ」
 二人は期待しながら弁当の蓋を開けた。まったく、これまでロクなものを食べちゃいない。パ
カっと蓋を取り去り、いっただきまーすとばかりに弁当の中を覗き込む。
「え?」
 そして、弁当の蓋を持ったまま二人は唖然とした。弁当の中は真っ白であった。そう、米で充
たされていたのである。おかずもなんにもない。白米だけがギッシリと詰められていた。しかも
生米である。
「く…かーちゃんめ…」
 ミリアはワナワナと震えながら弁当箱を閉じた。こんなものはとうてい弁当とは言わない。た
だ米を袋に入れただけの方がマシである。
「おい、ねーちゃん…」
 ワイドが顔を引きつらせながらゆっくりとこっちを向く。
「わかってるよ。かーちゃんを信じたあたしがバカだった。くそっ、こうなったらオカズは自分た
ちで調達するしかないってわけか」
  怒りに震えながら弁当箱を閉じて再度腰に下げると、ミリ

アは足音も荒々しくどんどん先に進み始めた。
「ねーちゃん、何先に進んでんだよ」
 慌てて弁当箱を閉じてワイドも後から着いてくる。ミリアは草原を早足で進んだ。そのうちに
段々と草が少なくなっていき、ぽつりぽつりと木々が生え始めた林に変わっていく。
「何って、食料を調達しようとしているんだよ」
「調達って…ねーちゃん、この辺はデンジャラスゾーンだぜ」
「何が危険なのさ」
「強い魔力を感じるんだよ。獣の気配もするし。ひょっとしたら、例の魔物馬が近くに居るかもし
れないぜ」
 少し声のトーンを落としてワイドが囁く。林程度の木の生え具合も、だんだん密集して森という
のがふさわしい程度の暗さになってきた。日光もなかなか届かず、木々の合間から辛うじて日
光がこぼれる程度である。
「獣の気配?あんたが女の子によくやっている、送り狼って奴じゃないのか」
「まぜっ返さないでくれよ。こいつは、ヤバイぞ。相当強力だぜ」
 ワイドは身を屈めると、地面に自分の持っていたスタッフを突き立てた。スタッフの先端には
赤い宝石が取り付けられている。地面に突き刺すと、先端の宝石が煌々と輝いた。「ほら、オ
イラのスタッフも反応しているぜ」
「それ、イミテーションじゃなかったのか」
「ああ、一応魔力を増幅する力があるんだが、魔力が

あると光るから、魔力のアンテナにもなるんだよね」
 ワイドはスタッフを地面に深々と突き立てた。先端の宝石は益々明るく輝き始めている。
「おいおい、すぐ近くだよ」
「…ワイド…」
「なんだ、ねーちゃん」
「食料発見。弁当のオカズだ」
 ミリアは森の木々が茂っている一角を指差した。この地方特有の針葉樹林が立ち並び、地
面に松葉が積もる地面の上を、一頭の白馬が足取りも荘厳に踏みしめていた。雪のように白
い毛並みに黄金の目。そしてその額には美しく捻れた一本の角が生えている。
「あれが魔物馬かい。ずいぶん華奢じないの」
 相手を組み易しと見たか、ミリアはやや自身有りげである。背中に背負ったグレートソードを
抜くと、いつでも戦闘体制に入れるように右手で引きずるように柄を握る。
「ところが、凄い魔力を秘めているぜ。あの黄金の目には注意だ。何か嫌な予感がする」
「ふ
ん、ここでおじ気付いてたら、馬刺しは食えないよっ。ワイド、あんたも焼肉を食いたいだろう
ね」
「そりゃあ、もう」
 相手が凄い魔力を持っていることも忘れて二人はジュルジュルとよだれを啜った。相手のこ
となどまるで考えていないあたり、極端に物欲に支配された二人である。
「ありゃ…でもなぁ…なんかあの馬…」
「なんだい?あの馬は焼肉には向かないとでも言うのかい?じゃあ水炊きでもいいぞ」
 その時何となくワイドには嫌な予感がしていた。この魔物馬は昔どこかで見たことがある。そ
う、子供の時の図鑑で見たような記憶が確かにある。
「ねーちゃん、ありゃあユニコーンだ」
 ふと、名前だけがワイドの記憶に甦る。むかし子供魔物大図鑑で見た姿が頭に一致した。白
い毛並みに黄金の瞳。そして額に付いた一本の角。間違いなくユニコーンである。
「なに?それがどうしたんだよ」
「いや、子供の時に図鑑で見たことがあるんだ」
「ブツブツうるさいな。どうでもいいじゃないの。名前にコーンが付くなら、どっちにしろ食えない
ことはないだろう。それとも何さ。あの馬はとうもろこしの化身とでも言うのか。あたしは腹が減
ってんだ。むつかしいことをウダウダ言うなっ」
 あまりにも頭の悪いことを平然と言うと、ミリアは握っていたグレートソードの握りに力を込め
た。そして恐ろしいことに、軽く手首を捻ると、両手持ちの大剣を軽々片手で持ち上げる。さす
がは大力無双の勇者、ヘンリー・カジネットの力を受け継いだ娘である。
「とうりゃあ!」

 肩の所で剣を構えると、ミリアはユニコーン向かって突進した。魔馬が驚愕の叫びを挙げ、前
脚を高々と掲げた。悲鳴のような嘶きが森の中に響き渡る。
「あーあ、相変わらず短気なんだから…」
 あまりに短絡的な行動に頭を抱えたワイドだったが、すぐに彼もユニコーンの前に飛び出し
た。スタッフを剣のように構えてじり、とユニコーンに近付く。本当は戦いたくないところだが、ミ
リアの援護をしておかないと、後で馬肉を分けてもらえなくなる。この姉がそういう性格をしてい
ることは承知している。
「いくよっ!」
 気合い一閃と共にグレートソードが薙ぎ払われた。ミリアの身長ほどもある巨大な剣がユニコ
ーンに向かう。
「ヒヒーン!」
 馬が激しい雄叫びをあげた。黄金の眼がギラっと輝く。瞬間、馬の周囲に光の壁が現われ
た。
 同時に響くすさまじい金属音。グレートソードが何かに弾かれて、強い衝撃が両手に伝わっ
た。バサッと剣の身が地面に落ちる。鋼で作られた剣の身が裂け、刃は瞬時にしてボロボロと
になった。
「うわっ!剣がバラバラになっちゃったよ!」
「ねーちゃん、あれがユニコーンのスペシャルマジックだぜ」
 眉をしかめてワイドはユニコーンを指差した。馬の周りをぼんやりとした光の固まりが包んで
いる。僅かの時間だが、それが馬のボディーを守護していた。数秒の後、ふっと光は消え、馬
はその身を震わせる。
「ヒヒーン!」
 再度激しい嘶き。眼は戦いの意欲で爛々と燃えていた。ヤバイ、とミリアは思った。昔、ドラゴ
ンの卵を盗んだ時に親ドラゴンに見つかったことがあったが、その時の親ドラゴンがそんな眼
をしていた。いわゆる一つの憎悪の目である。
「ワイド、まずいよっ。もう武器が無い」
「な、なにっ。ということは、オイラのスタッフが唯一の武器か!」
 二人のハーフエルフは顔を見合わせて口々に叫んだ。計算違い、というか、全然無計画だっ
たのだが、まさかいきなり武器がなくなるとは思ってもみなかった。
「ワイド、魔法を使えっ」
「そ…そうだぜ、ここはフルパワーでいくぞ。くらえっ、ファイア・バード!」
 ワイドが右手を突き出すと、そこから突然凄まじい熱風が吹き出し、手が炎に包まれた。周
囲の気温がいきなり上昇する。燃え盛る炎はワイドの右手の先で一つの形を作り始めた。そ
う、丁度鳥の形のように。
「焼肉になれっ!」
 ワイドは右手を敬礼のように突き出した。そして指先から鳥が飛んだ。目標物を妬きつくす火
炎の強力呪文ファイヤーバード。燃える鳥形の炎は一直線にユニコーン向かって突き進んで
いく。
「ヒン!ヒン!ヒン!」
 しかし、またもやユニコーンは叫んだ。彼は頭を下げると自身の額に生えている角を火の鳥
に向かって突き出す。それはほんの瞬く間の出来事だった。
「うわっ!」
 そしてワイドは叫び声をあげていた。ユニコーンが突き出した角先で、火の鳥はまるでかき消
すように消えた。まるで何事もなかったかのように炎は消え、一度に辺りの温度も寒くなった。
「ま…まずい…」
 ヘタっとワイドが膝をつく。先程の一撃で相当な精神力を消費したのだ。火の鳥の呪文は、
火炎呪文の中でもほとんど最強である。その分消耗も大きい。
「こ、こらっ!どうしたんだ、バカワイド!」
 いきなり尻餅をついてしゃがみこんでしまったワイドをミリアが叩いた。パチンと軽い音が響
く。
「だ…駄目だぁ…精神力を使い過ぎちまったよ」
「なんとかしなよ!全然効いてないよ」
 ユニコーンは傷一つ付かずに堂々と二人の前に立ちふさがっている。白い毛並みの馬面に
付いているのは、立派に捻れた一本の角である。
「ねーちゃん、どうも、あの角がネックなんだよ」
「角が首だぁ?馬鹿いってんじゃないよ」
 どっちが馬鹿だ。
「違うわい!あの角が魔法を吸い取ってんだよ。ていうか、どうもあの角がユニコーンのパワー
の源のように思えるぜ」
「へえ」
 素直に関心するミリア。ワイドは馬鹿だが知識が無いわけではない。むしろ優秀な魔術師で
ある。
「じゃあ、あの角を折ればどうなるのさ?」
「そうだな。勝ち目は見えるかもしれないぜ」

「なら、話は早いね。よし、ワイド。あんたの肉の取り分は30%ということでいいね。後で文句を
付けないようにっ」
 突然ミリアはおかしなことを言い始める。
「ねーちゃん、なに、言ってんだ?」

「なに言ってるって、あたしが実働部隊なんだから、あたしが70%の肉を取ってもいいじゃない
の」
 どうも、お互いの意味が通じあっていない。ワイドは頭を二、三回捻る。どうも意味がよく解ら
ない。
「よしっ、いくよっ!」
 思案にくれるワイドを放っておいて掛け声も勇ましくミリアはユニコーンへ向かって突進した。
今度は何も武器は持っていない。完璧な素手である。
「ヒヒーン!」
 またもや獣の雄叫びがあがる。ユニコーンは頭を低くして角を突き出した。蹄で地面をカッカ
ッと掻く。相手が武器を持っていないということで彼はミリアを舐めていた。したがって、突撃の
一撃で決着をつけようとしたのである。
「うぉりゃぁぁぁ!」
 ユニコーンの頭がミリアに向かって突き進む。ミリアは両手を構えて仁王立ちになった。そし
て、突進してくるユニコーンの頭をがっちりとその両手で掴む。
「ヒ!ヒ!」
 突進を阻止されてユニコーンが悲鳴をあげる。なんというミリアの怪力ぶりであった。数百キ
ロもの勢いであるはずの、馬の突進を彼女はいとも容易く受けとめていた。がっちりと掴んだ
馬の頭。ユニコーンは捕まえられていて身動き一つできない。
「終わりっ!」
 そしてミリアはユニコーンの角に空手チョップを食らわした。ポキン!と音がして角が地面に
落ちる。
「とりゃっ!」
 そして続け様にパンチとケリが馬に入る。叩いて、殴って、ほとんど馬とは言えない形状にな
っていくユニコーン。
「おーい、ワイド。火だ。たしか着火の魔法ってあったよねぇ」
 そんな酷いことをしながらも、ミリアは自身の食欲のことに関してはきっちりと記憶しているの
であった。
         *
「ねーちゃん、ユニコーンってなんか美味くねぇなあ〜」
「そうだねえ。コーンて名前の割に、とうもろこしの味はしないし」
 バトル終了三十分後。馬鹿なことをくっちゃべりながら、二人ははぐはぐとユニコーンの焼肉
にかぶりついていた。もちろん肉の取り分はミリア7に対してワイド3である。
「あーあ、喰った、喰った」
 そして母親のサリナが持たせてくれた生米を炊いておむすびにすると、二人は見事に食欲を
充たすことに成功していた。ユニコーン一頭分の肉は、見事に二人の腹の中に納まった。栄養
補給は完了した。あとは洞窟に入るのみである。
「しかし、この馬、なんでここに居たんだろう?」
 今更という風に、ミリアが腕組みして、ユニコーンの骨を見下ろす。馬は一等分の肉をはぎ取
られて、見事に骨となってそこに転がっていた。
「ん〜、こういう獣が守っている洞窟ってんのは、たいてい何かヤバいんだよなぁ」
 ちょっとだけ俯いて考えるワイド。
「そうかい?ま、いいや。とにかく、あたしらは、神様とやらに、とーちゃんの根性が復活してくれ
ることを頼むだけだ」
「本当に、そんなんでいいのか?」
 さすがにワイドはちょっと慎重である。だいたい、根性の神様というものがよく解らない。本当
にそんな神様なんているのかがそもそも疑問である。
「いいんじゃないの?そうすりゃ、とーちゃんから小遣いもらってウハウハだ」
「ま…オイラも女紹介してくれるっていうしな」
 二人はそれで議論をおしまいにした。というか、論じてない。ワイドがちょっと疑問に思っただ
けである。
 さして悩みもせずに、二人は洞窟内部へ足を進めた。洞窟は、高さ、幅共に、人が一人通れ
る程度の大きさである。洞窟というより、まるで作られた通路のようだ。松明を点けて二人は先
に進む。動物のような形のハーフ・エルフの目だが、暗やみを見通す力は人間と大差はない。
「まったく、狭いなぁ〜」
 ミリアの後から付いてくるワイドはブツブツ言う。狭い。そして暗い。前に立っているミリアが松
明を持っているので、足元があまりよく見えない。
「ありゃ、部屋に出たぞ」
 先頭に立っていたミリアは急に視界が広がったのを感じた。右手に持った明かりを高々と掲
げる。そこは十メートル四方はある石作りの部屋だった。高さ五メートルはある高い天井と周
囲の壁の全てが、かっちりした石のブロックで形成されている。その奥の中央には祭壇が鎮座
していた。
「ワイド、なんだよ、これは」
「うーん、なんか神殿みたいだな」
「じゃあ、ここに神とやらがいるのかな」
 二人は口々にそんな事を言いながら祭壇の方へと足を向けた。祭壇は青色の石を組み合わ
せて造られていた。二人が松明の灯を掲げると、祭壇の上に置かれた一本の剣の刀身がキラ
リと光った。刃ではない。なんと、鞘が光ったのである。
「なんじゃ、こりゃ?」
 ミリアは松明を持つと剣を覗き込んだ。細身の刀身を持つ、レイピアと呼ばれるタイプのもの
だ。
「ねーちゃん、ちょいと待った。剣に何か書いてあるぜ」
「ん?あたしは魔法語なんて奴は読ないよ。というわけで、続きをさっさと読め!」
「は?声に出して?」
「あったりまえだ!そうしないと、あたしがわからんだろうが」
「そいつはヤベぇよ…」
 ワイドは頭を抱えた。魔法語というものは、それそのものに魔力を持つことが多い。魔法を書
き表わしたりするための言葉だから当然である。したがって、魔法語を直接声に出して読むこ
とは、ヘタをしたら呪文の詠唱に繋がる時もあるのだ。
「ほう?確かにそりゃ、ヤバいだろうね。いいからとっと読みなさいな。さもないと、あんたの頭
がヤバくなるよ」
 右手の拳を握りしめると、ミリアはそれをゴリゴリとワイドの顔に押しつけた。基本的にこのハ
ーフエルフは短気である。そして頭がとてつも無く悪い。
「ええと…邪な神、灰色エルフの魔神、ドリン・カ・ム。リザレクト・トゥー・ワールド…」
 ワイドの口から魔法語の一節が漏れる。と、同時に、剣から灰色の煙が濛々と立ち始めた。
その煙は剣をつつみ始め、やがて何か人の姿を形づくる。
「な、なんだ、こいつは」
「わからんが…何か嫌な予感がするぜ」
 灰色のものは、次第にその姿をはっきりとさせはじめた。やがてバカな二人の前に、一人の
女性が姿を現した。深紅の髪に、灰色の鎧。右手には祭壇に置かれていたレイピアを握り締
めている。顔は洞窟内の光の具合ではっきりとしないが、その眼は爛々と赤く燃えていた。た
だ、普通の人間でないことは一目で分かった。エルフと同じような長い耳を持っていたからだ。
「はあ、百五十年ぶりの外界だわね」
 女は大きくため息をつくと、目の前にいる二人に視線をやった。そこでは実に胡散臭そうな面
持ちでいるミリアとワイドが彼女を見ている。
「あんた、根性の神だって?」
 実に疑わしそうに、ミリアは女をしげしげと見つめた。当たり前だ。こんな登場の仕方をしてく
れた奴が、神であった試しがない。
「ん?何よ、それって?」

 謎の女も怪訝そうに首を傾げる。
「あたしもよくわかんないけれどね。この手紙をあんたにって」
 ミリアは腰のベルトに挟まった手紙をパシッと投げてよこした。女は丸まったそれに眼を落と
した。くるくると羊革紙を広げて手紙を読み進むうちに、女の紅の眼は次第に輝きを増してき
た。
「はぁ。そういうことね。あんたら、あのサリナの子供たちだったとはね」
「え?オイラ達のかーちゃんを識っているのか?」
 ワイドが呆気に取られてまじまじと謎の女を見つめた。ミリアとワイドの母親であるサリナ・
ル・ラ。とにかく酷い性格だが、まさか神にまで名が識られていようとは思わなかった。
「まあね。彼女とは昔からの付き合いだったから。へえ、そうなの。あんたたちがそうとはね」
 やけに感心した風に言って、女は再度ミリアとワイドの二人を交互に見比べた。
「まあ、あんたらは、どっちかというと、あの筋肉バカのヘンリーにそっくりだけれど」
  じろりと女
の視線が二人に向く。その時、ミリアはあることを急に思い出した。
「そうそう、忘れてた。なんかさ、とーちゃんの根性が尽きたらしいから、あんたに頼んで、元の
とーちゃんに戻してこいって言われたんだけれど」
 わけの解らないことを、まるで子供のお使いのようにミリアは言った。ふと、怪訝そうな表情
が女の顔に浮かぶ。
「え…?ああ、そうね。どうも、そういうことらしいわね」
 何か、「神」というにはあまりにも不審な言葉がこの女から発せられる。幾度か首を女はひね
って指を顎に当てて思案していた。頭には角が付いているので、普通の人よりも頭が重そうに
思える。
「わかったわ。ドリンが承知したと、サリナに伝えて頂戴。それでわかると思うから」
 快く女は了承したように見えた。しかし、その顔にはなにか不気味な笑いがうかんでいた。こ
の場の光源が松明だけで、その表情がいまいち読み切れないというのもあったとは思うのだ
が。
「じゃあね、また結婚式で会いましょう」
 女はそんな事を言った。続けざま、その口から何か呪文のような言葉が漏れ始める。一瞬、
洞窟の中の空気が変わったような気がする。
 そして女は瞬きの間に消え失せた。後はなにも残らなかった。祭壇に置かれた剣と共に謎の
女は姿を消した。
「どういうことだよ?」
 ミリアは頭を捻る。ただし捻ってもカラっぽの頭である。何かいいアイディアが出てくるわけで
もない。
「あの女…どこが見たことがあるような気がするな…」
 まだしも多少脳みそのあるワイドが頭を捻る。しかしやっぱり解らない。解らなければバカで
もインテリでも一緒である。
 何がなんだか解らなくなった二人はゆっくりと互いの顔を渋い表情で見合わせた。何かが腑
に落ちなかった。そう、どこかで妙な感覚が引っ掛かっているのである。
 次の瞬間、二人は声を同時に発していた。発音、内容まで一字一句変わらずに、二人の言
葉は重なっていた。
「結婚式って、いったい何だ?」
 そうして彼らは同時に顔を見合わせていた。

(続く)その4 企みはスラスラ