その十 相続なんて拒否したい


「のわあああ!卑怯だ!インチキだ!」
 場所が突如として城外へと転換した。城の背後、斜面に形成された放牧のための草原。ミリアは走って逃げ回る。その後ろからは巨大なド ラゴンがドカドカと追いかけてくる。
 ドラゴンはときどき炎を口から発射する。炎が吐かれる度にミリアはジャンプしたり伏せたりして逃げ回る。今の所はなんとかかわしている が、だんだん髪がチリチリになってきた。
「ちっくしょうー!イカサマだ!ネーメト王のイポヂ!インポ!タンショー!」
 すさまじくオゲレツな悪口を吐くとミリアは逃げまくる。逃げる。どこまでも逃げようとする。
 しかし、ドラゴンというものは巨大である。炭坑のボタ山くらいは軽くある巨体である。そして、長いリーチと鋭い爪で確実にミリアの後をつけ てくる。
「ネーメトのソーロー!デッ腹!寝小便垂れ!」
「言いたい事はそれだけか?」
 ドラゴンは一声吠えると立ち止まった。大きく息を吸い込む。焦げ臭い空気が口から流れ出た。
 直後にすさまじい火炎がミリアを襲う。炎が地面に走り、蛇のように遣い、液体がまとわりついていくように大きく広がった。
「死んでたまるか、こんちくしょう!」
 ミリアは身をかがめると、大きく跳躍した。こうなったらヤケクソだ。文字通り、火事場のクソカを発揮する時がやってきた。
「とりゃあ!」
 ドラゴンの懐にミリアは飛び込んだ。すかさず剣を抜き、逆手に構えたままで深々と突き刺した。
「ぐおっ」
「あはは、やった!」
 確かに手応えはあった。ミリアは勝利を確信した笑声をあげる。しかし、ドラゴンはその程度でひるむような相手ではない。
「むう、ぬかった…しかしこれぞ飛んで火にいる夏の虫よ」
 ネーメト王の、ドラゴンの前足が内側に回る。円を描くようにして、巨大な竜は獲物を捉えた。
「げっ」
 抵抗の余地もなく、ミリアはドラゴンに捕まえられた。あまりにもあっさりとしたやられ方である。
「さて、どう料理してやろうか。このまま擾りつぶすのもいいが…そうだな。手足を一つずつ引き千切って…まあよいわ。ひとおもいに握りつぶ してやるか」
「そうはいくかい!」
 そうは問屋が卸さないとばかり、ミリアはドラゴンの手にかみついた。
「痛!」
 手のひらが開いた。その隙間からミリアは滑り落ちる。
「ちっくしょうーあんた、卑怯だよーその変身能力は個人の恨みのために使ってはいけないっていう掟があったんじゃないのか!」
「知らぬわ。そなたたちカジネット一族には随分な目にあわされた。ヤードには『オネショ小僧と虐められ、そなたの父のヘンリーには『野グソ 王子』と罵られ、そなたは予のおやつをいつも横取りしたではないか!あの時から予はカジネット一族を壊滅させると心に誓ったのだ!」
 どっちかといえば、最初からそうしておけぼ、世界的にも何の問題もなかったはずだ。
 ゼロ・ファイターは速度をあげた。急旋回するときりもみ回転をしてまっすぐにドラゴンに向かってくる。
「うはは!飛竜どもを撃ち落としていた頃が懐かしいわ」
 ゲンブの大笑が呵々と大空に響く。
「なに、貴様ドラゴンハンターか」
「そうともいう!」
 ゲンブは叫んでトリガーを引く。
「ぎゃあぁぁ!」
 ドラゴンの口から咆哮が漏れた。ゼロファイダーの機銃が火を吹いたのである。連続で掃射され、ドラゴンの身体に弾丸が埋め込まれる。 しかし、それほど大きなダメージにはいたらない。
「飛び遺具とは卑劣な!」
 ドスの効いた声が、ドラゴンの喉の奥から響きわたる。
「こうなればこちらも相当なやりかたをさせてもらうぞ」
 ネーメト王の背中がうごめいた。硬い龍のウロコが盛り上がり、大きな割れ目が生じた。
ゆっくりと巨大な羽根が広がり、ドラゴンは大き羽ばたいた。そして、大きな突風が巻き起こる。
「あ!」
 羽ばたきの風でミリアはフッ飛ばされた。クルクルと回転して城の壁にブチ当たる。見事にペチョっという音がしてミリアがメリ込んだ。
 ドラゴンの巨体が空に舞い上がる。龍の羽ばたきと共に大きな乱気流が生じた。
 ティアマット・ドラゴン。それは空の王者。ワイバーン等の飛龍を遙かに凌駕した天空の主。
「ゲンブ、やばいです」
 後部座席でランヌがわめいた。乱気流のために方向舵に異常が見られる。舵の力が低下している。このままでは操縦不能の危機に陥る 可能性もある。
「むう、急降下だ」
「ダメっス。今の機体に急降下は大さな負担です」
 激しい気流の中。ドラゴンの偉大な姿がゲンブ達の前に登場する。ブルーの体色は明らかに大空のそのものだ。宝石のように輝く眼には 怒りと憎悪が読み取れる。
「ふっ、では秘密兵器を使うぞ。後部座席の横に赤いレバーがあるだろう。それを引いてくれ」
「はい。よいしょと」


 すると、ボフッという音がして、機体下部の射出口からなにやら一枚の布切れが発射さ
れた。それは、純白の布のように見えた。
「なんです、あれって」
「パンティーだ」
 ゲンブはしゃあしゃあとして応えた。
「男には抵抗できないものがある。その一つがパンティーというものだ。ジャポネ帝国の兵法書にはそう書いてある」
 ひらひらとまい落ちる純白の布きれ。
 すると、なんとしたことだろうか。途端にドラゴンはパンティーを追いかけ始めた。
「ふふ、思いしったか。あのパンティーには特殊フェロモンが塗り付けられており、魔物の本能を極度に引き上げるという効力がある。そして …」
 ドラゴンはパンツを捉えると…なぜか匂い始めた。
 クンクンクン。かなり格好悪い体制である。
「うっはあ〜」
 しかもドラゴンは堪能していた。
「見よランヌ。ドラゴンはパンティーに夢中だぞ」
「みっともないですねえ」
「しかし攻撃の機会ではある!」
 ゲンブは叫ぶと操縦管を倒した。同時に燃料バルブを全開にしてエンジン出力を極大にまで引き上げる。
「突っ込むぞ!」
「アイアイサー」
 かけ声と共に突撃開始。パンティーに顔を埋めているなさけない体勢のドラゴンヘ向かってゼロ・ファイターが飛んでいく。
「うおりゃあああ!カミカゼ特攻!」
 すさまじい咆哮と悲鳴が次に挙がった。
 そして瞬間だが時は停止する。
 スローモーションのように画面が流れ、ゼロ・ファイターはドラゴンの体を突き抜けた。
「ぐ…ポ…」
 ドラゴンの羽ばたきは停止した。生命活動と細胞の働きは破壊され、ドラゴンの魔力も全てが無に帰される。ネーメト国王の姿は元の人間 に戻り、地面にと落下して行った。またもや、ゲンブはいいところで勝利を掠ってしまったのであった。



「姐さん、夫丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないだろうっ」
 なんとかドラゴンを倒したゲンブ達であった。そして城壁にメリ込んだミリアを助けた。最初は大怪我をしているかと思われた。何しろ煉瓦づ くりの壁に激突したのである。だが、やっぱりミリアはピンピンしていた。
「大丈夫でしょう。姐さんなら」
 そう言うランヌの発言は自信に充ちあふれていた。ほとんど確信にも近いものがある。
「どこがだよ!小指を捻挫しちゃったんだぞ!」
 なんとしたこと。あれだけ強くたたきつけられたというのに、なぜかミリアは小指の捻挫ですんでいた。
「そういうのは怪我のうちにはいらんと思うのだが」
 ゲンブがまだドラゴンを倒した興奮冷めやらぬ声でツッコミを入れる。
「くっ、くそう…でも、よくあたしの後をつけてこれたね。そいつだけは感心するよ」
「拙者にはこのゼロ・ファイターがあるからの」
 縁色の機体をゲンブは誇らしそうに叩く。機体には燦然と輝く日の丸マーク。いったいどこの世界の飛行機だろうか。
「ところで、どうなっているんですか。そもそも、あのドラゴンはいったいなんなんです?」
「ああ…あんたらは事情を知らないんだったね…つまりは…というわけさ」
「なるほどな。で、肝心のヤードはどうしたのだ?」
「殺されちゃったぁ」
 何故か急に可愛い声になるミリア。もちろん、少しも悲しんでなどいない。
「殺されたって…」
「そう、ネーメトが後ろからブッサリと」
 あっけらかんとミリアが言う。ちょっと感覚がマヒしているらしい。それとも、死んだのがヤードだからどうでもいいのだろうか。
「カサル殿はどうした?」
「あいつ?なんか闇の力に清神力を吸い取られちゃったみたいだね。明日にならないと眼を覚まさないと思うよ」
 カサルの精神は闇のカシェイドによって封印された。彼の心が解放されて正気に戻るのにはまだかなりの時間を要する。
「それで、あそこで死んでいるエルフの魔術師は何者だ?」
 ゲンブがボロボログチャグチャになっているタムの方を指さす。見事にゾーキンのようになって地面に横たわっている。
「なんか、宮廷魔術師らいしよ。ムカついたからあたしがブッ殺したけどね」
「…なんか、とんでもないコトしてませんか、あっしらって」
 ランヌは頭を抱えて悩む。どうしてヤード退治に出かけてガルメシア王国を滅ぼすということになったのか。国王と宮廷魔術師は死ぬし、司 祭は実は悪の手先だった。もうどうにもならない。ほとんど収拾のつかない事態である。
「う〜ん、どうしよう」
「どうにもなんないですよ。ちょっと、責任とった方がいいんじゃないんですか」
「責任って、なにをするのさ?」
「それをこれから考えたらどうです」
「そうだよねぇ…やはり、酷すぎたかな…」
 さすがにミリアもちょっとヤバいことし過ぎたかなと思っていた。なにしろ城の半分以上がメチャクチャになっているし、山は形が変わるくらい になっている。当然だが、リガの街はパニック状態だ。
「お〜いアル。ミリア・カジネット、首尾はどうだったアルか」
 平原に立ち尽くす三人の後ろから声がかかる。あの中華マスター、マグヌスが怪しい中国人姿で、王城クエスタ・パレスの大手門をくぐって こちらに向かう所だった。
「あ〜、失敗した!」
 かなり忌ま忌ましそうにミリアは舌打ちした。
「失敗?ヤードはどうしたアル?」
 怪既な顔でマスターが三人の所に国け寄ってくる。神経痛などどうしたというほどの軽やかさである。
「死んだ。思い切り、死んだ」
「なにアルと!ウッ…プッ」
 大声と共にマスターは入れ歯を吐きだした。
「死んだアルとね?ウソ言うなアル!」
「本当、これ」
 ひょいとヤードの死体をつまんで持って来、マスターの前に投げだした。ドサリとばかりに美形な死体が横たわる。
「げっ…本当アル。スケベ大王といわれたヤードが死ぬとは…『オレは世界中の美人をコマすまでは死なないっていっていたアルにな。なんで こんなことになったアルか?」
「それがさぁ。マデーとかいう司祭が実はパウロス僧正で…かくかくしかじかだよ」
「そうアルか。それじゃあヤードが死んでもおかしくないアルな」
 はあ、とマスターは肩を落とした。そしてクルリとミリアの方を向く。
「ミリア、あんたにはヤードのツケを払ってもらわないといけなくなったアルね」
「え?なんであたしが」
「あんた、ヤードの孫アルからね」
 まあ、そういうことになる。ヤードの長男の長女がミリアというわけだから、借金の相続権はあるわけだ。相続したくないけれど。
「ツケっていくらだよ」
「かれこれ金貨五百万くらいアルかな」
「ぐえっ!」
 含度はミリアが吹さだした。
「ご、五百万金貨?」
 そんな金、いったいどうやって手に入れると言うのだろうか。
「無茶言うなよ!」
「ヤムチャでもウーロンチャでもないアル。別に拒否してもいいアルが、その場合あんたのツケだけはすぐに払って欲しいアルね。ちなみに一 万金貨は溜まってまっているアル」
 百年前のツケでも借金は借金である。
「そんなに払えないよ!」
「もちろん私だってあんたが払えると思っていないアルね。だから、私の言うコト聞くアルよろし」
 マスターの眼がキラリと輝いた。
「ヤダよ。あたしはあんたの夜のオモチャになんかなりたくないぞ」
 なかなかきわどい発言だった。しかしまあ、自信過剰というか、アホというのか。そんな底力があったらもっと金が入っているはずだ。身の ほどしらずとはこのことである。
「誰が好き好んであんたの体なんか欲しがるアルかね。まあ、新しい魔法の実険体くらいには向くかもしれないアルが。私はただヤードを生 き返らせて欲しいだけアルよ」
「生き返らせる?死んだものをどうやってやるのさ」
「パウロス僧正にはそれが出来るアル」
 なるほど。ミリアはうなづいた。
 パウロス・ルイシコフ僧正。魔術師フィルデの四人の部下の一人である。人の身でありながらあらゆる生死を司り、命を奪い、命を与え、無 から有を生み、有を無に返す究極のクレリックが彼だ。その力を使えば、死んだ人たちを生き返らせることも十分できる。
「あの男ならヤードを生き返らせるコトが出来るアル。なんとしてもヤードを生き返らせてツケを取り立てなくちゃいけないアル」
 さすがマスター。したたかさではかなわない。さもなきゃこんな奴らとは付き合ってはいられないんだろうが。
「じゃあ、パウロスを探して捕まえればいいんだね」
「そうアル。そうすればネーメト王達も生き返らせられるアル。しかも事件も一挙に解決するアル。よって恩賞くらいはもらえると思うアルよ」
 これぞまさに一石三鳥。全てが脾決してしまうではないか。ヤード事件も解決し、ネーメト王は生き返ってガルメシア復興が可能となるし、しかも恩賞までもらえるというんだから将にOK。
「でも、どこにパウロスがいるんですか?」
「ああ、たしかレファルドの洞窟がとうたらとか言っているのが聞こえた気がするよ。じーさんが戦っている時にそんな声がしていたから」
「レファルドの洞窟アルか。ちょっと遠いアルな」
 リガ市の南の山申にポツカリと穴を空けた巨大な鍾乳洞。レファルドの洞窟と呼ばれるその洞は、聖なるものを封じる力があると言われて いた。
「行きたくないな。けれど借金にはかえられないし…」
「まあ、頑張れある。さあ、とりあえずは私の宿屋に引き上げるアルね。ゆっくり休んで明日出発すればいいアル」
「ま、まさか、ひょっとして今晩はオゴリとか」
「ふっ、私にまかせるアル」
 マスターはニコリと笑った。そして一行は恐怖も何のその。食事がタダでもらえるという目先の欲望にとらわれてマスターに従って行ったの であった。

(続く)その十一へ