その十一 これで終わりか?悪だ組


 三人は食った。とにかく食った。マスターがついで腐りかけた食物を出したのもかまわず食った。途中で目を覚ましたカサルも加わって、と にかくむちゃくちゃに食いまくった。洞窟で迷ってもしばらくは大丈夫なくらいに食いまくったのである。
 そしてとにかく寝た。疲れているからとにかく寝た。たっぷり15時間はぐーたらして、翌日が来た。
 またもや朝食を腹いっぱい詰め込んで、彼らは出発した。目指すは街の南。レファルドの洞窟である。
 幾らかの難所もあったが、特筆するべきこともなく、彼らはレファルドの洞窟にたどり着いたのである。
 山の中ほどから小川が流れ出ていた。それを辿っていくと幾らもしないうちに大きな鍾乳洞の入り口が姿を現す。それがレファルドの洞窟 なのだ。
 今回はちゃんと明かりも用意してある。マスターが好意で提供してくれたタイマツに火を点ける。そして中に乗り込む。空気が冷たい。肌を 刺すようだ。
「いったいパウロス僧正はどこにいるんです?」
「それは探してみないと解らないよ。しかし、この広い洞窟をどう探すのやら…」
 ミリアは辺りを見回した。一本道であった主洞から分かれ、幾本もの支洞へと枝分かれしている。これがまた先々で幾つもの道に分かれて いるのだ。
「ん?なにか地面に書いてあるぞ?なになに、『パウロス・ルイシコフ、ここにあり』…」
 よく地面を見ると、しっかりと署名付きの矢印が書いてあった。つまり、こちらへ来いということである。
「なんだ、悩む必要がなかったよ」
 ミリアはやおら矢印が示した方向かって走り出していく。罠があるかどうかなんてまるきり気にしちゃいない。
「ちょっと待て、罠かもしれぬ」
「もう遅いですね」
 かサルがため息をついた。たちまちミリアの姿は左の分かれ道の奥に消えてしまう。ミリアは走る。とにかく走る。道はずっと続いている。し かし、ミリアは突っ走った。考えることは苦手であるが、走るだけなら問題なく完遂できる。
「ハアハア…なんだ、ここは?」
 そうやって走り続けていると、いつのまにか大広間にたどり着いていた。そこはちょっとしたホールのようになっていた。広さ20メートル四方 くらいの正方形の部屋が出来ており、奥の方は一段高くなっていて玉座が作られている。
 その玉座にパウロスは座っていた。もはや司祭の服ではない。蒼く染められた魔術師の衣装に身を包み、右手で小さなメイスをもてあそん でいた。
 ミリアの姿を認めたパウロスはゆっくりと立ち上がった。眼は凛々と輝き、巨大な威圧感が瞬時にして洞窟に流れた。今や伝説となった大 僧正パウロス・ルイシコフの姿である。
「来たか。ヤードはどうした?」
 唇の端に舌を覗かせて、冷たい声でパウロスは尋ねた。
「ああ、死んだ」
 平然とミリアは返答する。
「なに!」
その返答でパウロスの顔色が変わる。唇をわなわなと震わせ、地獄から甦った悪魔の様に顔をひきつらせると正面からミリアを睨み据え た。
「ヤードを…誰が殺した?」
「ネーメト王さ」
「そのネーメト王はどうした?」
「あたし達がブッ殺した」
 これぞ殺人のトコロテン方式である。しかし、パウロスに取ってはその程度の冗談で済まされる問題ではなかった。
「なんだと!なんだ、貴様らは!おかげで私の計画はメチャクチャではないか…」
 パウロスは頭を抱えた。なんてことだ。これではせっかく修正した計画もムチャクチャになってしまう。
 彼の作戦はこうだった。まず、ヤードの名前で殺人事件を起こす。次に国内で不安を起こし、国王の信頼を落とす。そして王を追放して自ら が国王になろうとしていたのである。
 しかしそこに本物のヤードが現れた。彼の計画はまったく狂った。そこで計画を修正した。ヤードの実力ならばネーメトを倒せるであろうと彼 はふんだ。とりあえず身を隠し、ヤードがネーメトを倒してやってきたら、事情を話して丸め込み、ヤードと二人でガルメシアを乗っ取るつもり だった。ヤードの始末はその後にゆっくりすればよいと考えていた。
 しかし手順がまたもや狂った。ヤードは先に死ぬし、ネーメト王も死ぬと来ている。いったいパウロスはどうすればいいのか?どうしようもな いではないか。
「何がメチャクチャなんだ。さあ、とっととここから出て、ヤードじいさん達を生き返らせてもらうよ」
 ヒクヒクとパウロス僧正の口元が引きつっていた。
「そうか…ヤードもネーメトも死んだか…ならば力づくでガルメシア王国を制圧するのみ!そうだ、あの二人がいなければもはや私に敵はい ない!」
 ところがどっこい、ミリア達がいる。
「あんた、世間をナメてるだろう?」
 ミリアはかなりムカついていた。なにがカルメシア征服だ。確かにこいつは世間を甘くみているとしかいいようがない。
「ふっ、言ったものだな。まあいいわ。どうだ貴様、私の部下にならぬか」、
 悪の王者がヒーローをスカウトする時の決まり文句を述べ立てるパウロス。しかし、調略しようとしている相手はヒーローではない。
「誰がアンタの愛人なんかになるかい!ええい、こうなったらなんとしてもあんたをトッ捕まえてやるぞ」
 豚に真珠。ミリアに理屈。こいつにとっては世界がどうなろうがガルメシアがどうなろうがたいした問題じゃない。それよりツケを取り立てられ る方がよっぽど大きな問題だ。
「無駄だな。貴様は私に勝てない。私は生死を司るクレリック。貴様ごときの命など易々と奪ってみせる」
 冷たい声がこだまする。ゆっ<りと指を合わせ、胸の前で印を結んだ。
「生死は大笑である。生は死、受は生にすぎない。全てを一対にしたのが私のマジック…」
 ぼうっと指先から光が奔る。周囲の壁が明るく照らされ、眼を覆いたくなるほどの輝きに包まれた。
 辺りの岩が形を変えはじめていた。それらは徐々に人の形になり、意志を持った生き者のようにミリアの方にとゾロゾロと向かい始める。
 生死を司るパウロス僧正のマジックは岩にさえも命を与える。
「かかれっ」
 号令と共に岩の兵士がミリアの周囲を囲んだ。そして一斉に襲いかかってくる。。
「はーん、なんだこんなヘナチョコ兵士」
 ミリアはチャっと剣を構えた。そして渾身の力を込めてなぎ払う。
「うおりゃあー!」
 気合いが一閃する。すると、見事なまでに鈍い音がした。何かが折れたような音だ。気が付くと、ミリアは刀のない、握りだけの剣を持って いた。ボッキリとグレートソードが折れている。
「うわわっ、剣が…」
 岩の兵士に切りつけたのだから剣としてはたまったものじゃない。この剣が賃流れ品というのも折れた要因の一つではあるが。
「愚かものめ。岩を斬るなど出来はしないぞ。お前はここで死ぬのだ。そして私こそが新しいガルメシア王になる。そして次は世界の王だ。フ ィルデとヤード亡き後はこのパウロスが世界の支配者だ」
 余裕たっぷりの表情、でパウロスが笑う。彼は自分のマジックに絶大な自身を持っていた。もはや自分の勝利を信じて疑わない。
「よく言うよ。そういう台詞はあたしを倒してからにしな」
「強がりもたいがいにしろ」
「強がりかどうか、見せてあげようじゃないか」
 ミリアは腰を低く落とした。ファイティングポーズを取り、ジャブを数回かますふりをする。
 岩の兵士がわらわらと一斉に向かってきた。ミリアは間合いを測り、いつでも攻撃できる態勢を取る。
「なに?拳で岩を叩く気か?」
「そういうことさ。はーい、いっぱつ!」
 見事に右ストレートのパンチが決まり、岩の兵士はフッ飛ばされる。そして洞窟の壁にブチ当たると瓦礫になって崩れ落ちた。
「な、何者だ…貴様は…」
「ミリア・カジネットさ」
 全然返答になっていない。しかし、どこか妙に格好いい。
 ミリアの鉄の拳はたいしたものだった。10体におよぶ岩の兵士を完膚なまでにボロボロに叩きのめし、全てを破片にと変化させたのであ る。それで、パウルスの攻撃は終わりだった。
「さて、こんどはあんたの番だ」
 手の筋をパキパキいわせてミリアが近付いてくる。これって視覚だけでなく聴覚的にも恐い。
「く…くるんじゃない…」
 今までの威勢はどこにいったのか。卑屈なまでにパウスルはおじ気づいていた。ヤードに負けるくらいだから、彼の直接的な戦闘力は知れ た程度である。
「やだね。あんたを叩きのめす」
 ハッキリキッパリと言い捨てるとつかつかと歩みよる。
「く…このまま…まけるものか…生と死を司る者の力を見せてやる!」
 気力を振り絞ってパウルスは両手を前に突き出した。そして胸の前で組んだ印の形を変えた。いくら膨大な魔力を誇るパウロスでも、もは や魔力の残りは少なくなっている。一気にカタをつけないと、これ以上の攻撃のチャンスはない。
「生よ形となれ死よ風となれ、ストレート・フォース!」
 フッとパウロスが手を突き出すと手の先から旋風が起こり、ミリアを足止めしようとする。こっちはドミノ倒しなどではなく、本物の呪文だ。
「なんのこれしき!」
 ミリアは力任せで頑張った。ハーフ・エルフといえども並はずれて怪力だから、易々とその場に落ちつくことができる。
「かかりおったな」
 しかしそれはパウロスの作戦に過ぎない。またもや印の形を整えると、彼は静かに眼を瞑った。
「生は死、肉は土へと戻れ。ルーイン!」
「ああっ!な、なんだ、どうしちゃったんだ…痛っ…」
 呪文の完成とともにミりアの左肩が大きく盛り上がる。血管が大きくふくれあがった。筋肉が変色し、全身の力が次第に抜けていく。動脈に 血栓が発生した。神経ガズダズダに分断されている。
 肉体そのものを破壊する呪文ルーイン。やがて全身は腐り、骨まで腐食させるする「無」の呪文である。
「痛い!痛い!」
「ふはなは、腐れ腐れ」
 左肩を押さえてミリアはのたうち回る。形成は一気に逆転した。なんてことだ。このままでは負けてしまう。
「なんだなんだ、なぜ、ミリアが呻いているのだ」
 しかし、タイミングはバッチリだった。この時になってようやく後ろからドタバタとゲンブ一行が登場する。やっと追い付いてきたのであった。 グンブを先頭にしてランヌ、カサルと付いててくる。
「いたたた…ゲンブ、早く来てくれよ」
「うわっ、どうしたのだその右手は」
「腐ってきたんだ!なんとかして!」
「よし、なんとかしよう」
 あっさり言うと、ゲンブはペロリと自分の指をなめた。そしてミリアの腐った左肩に指を当てる。
「これは、ジャポネ帝国に伝わる治癒の呪文だ」
 オッサン顔にナマズヒゲをキリリとさせて、彼は不似合いな真面目顔で患部に意識を集中する。
「痛いの痛いの飛んで行け!」
 急に眩しい光がグンブの手のひらから放射された。すると不思議である。たちまちのうちに痛みが取れていく。
「あれ?痛くなくなった」
 ミリアがブンブン左手を振り回す。全然痛くなくなっていた。サムライは剣土でありながら、魔法を使いこなすことができる。例え、どんなに変 態なサムライでもだ。
「な、なにものだ?そこの変態ヒゲ」
 ふふん、とぼかりにゲンブは右手でそのナマズヒグをさわった。かなり気色悪い。
「ふっ、拙者はサムライマスター、ゲンブ・レルガム・テルヒサ・ホージョー。パウロス僧正、大人しく縄につけ」
 再びパウロスの表情が変わる。サムライマスター。それはサムライの中でも最高扱の称号である。剣と魔法の両方を極めたサムライ。その 強力な精神はあらゆる魔法に対する抵抗力を持つ。
「サ…サムライだと。く…まあいい。貴様も目にもの見せてくれる……」
 パウロスは目を閉じ、先ほどの呪文印を組む。狙いは心臓の一点。そこに血栓を誘発させれば一撃で絶命させられる。
「ゲンブ、あの呪文を受けると身体が腐っていくんだ」
「なぬ」
 変態はビクッと両手を握りしめて身構えた。さすがのゲンブも心臓を腐らされてはたまらない。
「どうすればよいのだ?」
 不安げにゲンブは左右を見回す。そうしているうちにパウロスの破壊の呪文は唱えられていく。一瞬の休みで彼は魔力をマックス状態の半 分まで回復させていた。
 パウロスの強力な魔力は重い威圧感となって彼らの頭上に降り注いできている。再度この直撃を受けたら、全身は破壊され、腐り果てる。
「ゲンブ、マジックシールドが出来るかい?」
 ミリアは本能的にその魔法を思い出していた。魔法を防ぐ精神の壁。サムライにはそれを作り出すことが出来る。以前ゲンブが魔術師と喧 嘩した時に使っていたのを思い出した。
「ああ、魔法障壁か。かなり難しいがやってみよう」
「難しいって、どのくらい?」
「まあ、成功率は8パーセントというところだな」
「なんだ、宿屋のツケの利息よりは高いじゃない。なら、大丈夫だね」
「あのな…」
 ゲンブは言葉を失ったが、ここはもうやるしかない。彼は両腕を胸の前でクロスさせていた。そして、一度に息を吐き出し、全身の気合いを 集中させ始めていた。サムライの使う魔術は普通の魔術師には使えないものもある。ただしそれには膨大な精神力を必要とするのだ。サム ライマスターのクラスでも、魔法を完璧に使いこなせる者は希有である。
「カベカベ魔法のカベっ!よしっ!」
 成功率8%という割りにあっさりと、呪文は成功した。ポウっと肌色の光がミリア達を包む。全ての魔法を封じ込める障壁。こうなるとこの空 間ではどんな魔法も通用しなくなる。
 途端にパウロスの印が説けた。もはやその魔力はこの空間は発動が出来ない。印を組み直すことすら彼はできなくなった。
「げげっ!マジックシールドとは卑怯な!インチキだ!」
 パウロスは色を失う。狼狽したまま何度も呪文印を結ぼうとする。
 しかし出来ない。呪文は唱えられない。完全にマジックシールドの呪文は成功していた。い<らインチキ臭い呪文でも、効果のほどは抜群で あった。
「セコいぞ!ハメ手だ!ルール違反だ!」
「言いたい事は、それだけ?」
 ハッとパウロスは後ろを振り返った。いつのまにやらミリアがその背後に回っている。しかも両手を組んで、指をボキボキと鳴らしていた。
「わあー!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」
 途端にパッとパウロス僧正は土下座をする。しかたがない、魔法が利かないのだ。だったらどうする?あやまるしかないではないか。
「ゴメンなさいいい。許してください」
 しかしそんなモノで心を動かすミリアではないことは誰もが承知の事実である。
 ゴソゴソとグンブは懐からセンベーを取り出した。出るときにマスターが持たせてくれたオヤツである。
 カサルはバケットからキャンディーを取り出した。昔ながらの、棒付きキャンディーである。
 ランヌはジョーと立ちションを姶めた。すっかり、3人とも観戦モードにと移行している。
「さあて、覚悟はいいかな?」
 ゆらぁりと悪鬼のような形相でミリアが詰めよる。
「わあ〜、ゴメンナサイ」
 まだ言っている。
「許さぁん!」
 一声挙げて、ミリアはパウロスにつかみかかった。接近戦となれば、ファイターの領分である。至近距離では呪文も飛び道具も使えない。た だ、己れの鍛えぬかれた肉体が武器となる。
 そして、いきなりパイルドライパーがパウロスに入った。
「ぐえっ!」
 地面に転がるパウロス。しかし、間髪いれずに逆エビが入る。
「うごっ…!」
 しかしミリアはまだ手を緩めない。飛び上がってのジャンピングニードロッフがパウロスの顔面に直撃する。
「ぐほっ…」
 パウルスは血を吐いた。口からダラダラと鮮血混じりの唾液がしたたる。しかしそれでもまだ攻撃は続く。今度はボディスラムからコブラツイ ストに移行する。そして全身がメキメキいったところでとどめにミリアのパンチが入る。
「1!2!3!」
 観戦していた三人は一斉にカウントを唱え始めた。もちろんパウロスが立てるわけがない。カウントスリー。そして勝敗確認の作業に入る。 レフリーはランヌが請け負った。そしてパウルスの生死を確認する。辛うじて心臓が弱々しくしく動いていた。
「ここまでっす」
 ここでレフリーストップが入る。さすがに殺してはマズいからだ。
「姐さん、勝利です」
 ランヌがミリアの手を取って勝利を宣言する。彼らはこうしてガルメシア王国を防衛することに成功したのであった。

(続く)そして、おしまいへ