その三 戦闘馬っ鹿


 そんな感じで大騒ぎしながらも、三人はなんとか洞窟の側までやってきていた。切り立った壁面にぽっかりと大きな穴が空いている。
「ランヌ、タイマツもってない?」
 ミリアが傍らのランヌを振り向いた。
「タイマツですか?いちおう、携帯用が一本だけですが」
 ランヌが背中のリュックから、小さなタイマツを出す。
「なんだ。それしかないの?」
「だって、タイマツは高いんですよ」
「確かに、高級品でござる」
 非常に承伏しがたい意見である。五本で一銀貨。普遍は安物の部類なのに、ミリア、ゲンブは揃ってうなずいていた。
「じゃあ、ゲンブ。確かあんた魔法が使えたよね。それで明かりを作ってよ」
 サムライと呼ばれるタイプの戦士は魔法も使うことのできるエリートである。たとえマゾの変態であろうがその能力には関係がない。
「え、拙者は本職の魔術師ではないぞ」
「でも、できるんだろう?」
「しかしの、魔法を使うと腹が減る。それに面倒だし…」
「はあ?」
 ミリアは顔をしかめてグンブを睨んだ。次の瞬聞、ドカッと音がして、パンチの一撃が中年の油ギッシュな腹肉をえぐる。
「ぶひょつ!」
「なんか言ったか?」
「い…え…よろ…こんで、やらせていただきましょうぞ」
 かなり強烈なアッパーを受けた、しかしゲンブは非常にタフなので痛いだけですんでいる。これが並の人間なら死んでいる。
 そして、ランヌも並の人間ではない。全てで平均を下まわる並以下の人間である。
 ゲンブは精神を集中した。サムライという者は精神修養によっていくらかの魔法を使えるようになっている。
「ラーメン・ソーメン・チューカメン・レーメン・ヒヤムギ・アーメン…灯明!」
 ぼうっと明るい光がグンブの前に集まり始めた。一応、呪文は本物であったらしい。しかしいったい何という詠唱だ。
 しかし、ともあれおかげで彼らの周囲に光の玉がいくつか浮かび上がった。辺りを明るく照らしてくれるライトの呪文である。
「うん、明るくなった。サムライってのは便利だね」
「それはまあ、一応何でもこなせないとわが祖国で生きて行けないのだ」
 ゲンブは遙か東のジャポネ帝国よりやってさた人間である。かの地では各地で群雄達による割拠が盛んで、もう20年近く戦乱が続いている と聞く。
「拙者は祖国ではダイミョーだったのだ」
「ダイミョーってなんです?」
「この辺りでは国王ぐらいに相当するのだ。本当は拙者は高貴な身分なのだぞ」
 高貴な身分はドブネズミの尻尾を食べないと思う。
「じゃあ、なんで国王がこんなところにいるのさ」
「うむ、拙着は長年の争いに愛想が尽きたのだ。あのように人殺しだけが全ての国など人の住む場所ではないからな」
「へぇ〜、あんたもタマにはマトモなこと言うね」
ミリア、ランヌは口々に賞賛する。しかしゲンブは内心でつぶやいていた。
「マンジュウの大ぐい競争で負けて、国を追放されたなんて死んでも言えんわい…」



 三人は洞窟の中を進んで行く。しかし、何もないし何にも出くわさない。
 やがて通路は何もないままで行き止まりに突き当たった。
「あれ、行き止まりですね」
「ランヌ、足元を探ってくれんか?こういうのは貴殿の領城であろう」
「はい、おまかせっス」
 ランヌは手袋を脱いで地面をさわりはじめた。地面に耳をつけてガスの動きも調べてみたりする。
「あれ、この下、空洞みたいですよ」
 さすが、並以下の人間でもシーフではある。
「ふん、やっぱりか。では、下がっていてくれ」
 二人は後ろに下がった。その後でゲンブの刀が一閃して地面に振りおろされた。
 途端に地画が割れた。ガラガラと土くれが落ちる音がして、もうもうと土煙があがる。
「みよ、隠し階段だぞ」
「さすがサムライですね」
 どの辺がさすがなのかよくわからん。
「ここから下がノームの領域だ。気をつけなくてはならぬぞ。何しろ、前に拙者は下に一人で降りて行ってかなりの待遇を受けたからな」
「どんな目にあったんで?」
「ムチウチ、石抱き、サンカク木馬、空気椅子に、ハイヒールで尻をグリグリされたのだ」
「うっ…」
 しかもそのノーム達というのは、しっかりSM女王様スタイルをしていたという。こいつは別な意味で想像したくない。
「そりゃ酷いね。しかし、あんたはどうやって脱出したのさ」
「うむ、ロープを引きちぎって強行突破した」
「じゃあ、なんでそんな拷問を受けたんだい?なすがままにやられるなんてあんたらしくないね」
 ゲンブはムッとした面もちになった。 どうしてだ。なぜそんな表情になるのか、話の展開的によく解らない。
「別に、拷問ではない。気持ちがいい待遇を受けただけだ」
「アホかっ」
 飛ばせ鉄拳顔面パンチが中年の顔を潰す。
「こ…これは気持ちよくないでござるっ,」
 そう絶叫して彼は昇天した。そしてその側ではランヌがだらしない顔をほころばせながら、妖しげな妄想に浸っていたのであった。その妄想 が何であったかは永遠の謎である。



「ブーゴ様、何者かが我々の領域に侵入したようですぞ」
 傍らで部下のしわがれた声がする。それを合図にして、水晶玉に見入っていたノーム族の男が顔を上げた。その顔はアゴから耳までふさふ さとした白いヒゲでおおわれている。
 ノーム族の身長は人間の半分程度にしか満たない。しかし大力で、古今東西の知恵、魔術にも通じている一族であった。
「うむ、気配で分かった。また愚か者達が封印を解きに来たのだな。ならば我らも守護者としての務めを果たさねばならぬ」
 瞑想に耽っていた司祭ブーゴはそっと目を開けて部下の水晶玉へと視線をやった。彼の目に飛び込んできたのは一人のハーフ・エルフの 女に人間が二人。ハーフ・エルフの女は剣士、一人が盗賊。もう一人はサムライと呼ばれる戦士のようだ。
「む…」
「どうなさいました?」
 ブーゴの変化に対し、部下の顔に不安の表情が走る.
「強い…こいつらは強者だ。特にこのハーフ・エルフの剣士、こいつの力量は並のものではない。強い…この強さ、我が主君フィーローズ様よ りも強いかもしれぬ」
 ブーゴ司祭はその名前を口にした。かつての大戦でミリアの祖父であるヤードと戦って落命した悲劇の英雄の名前を。
「あの方が我々に封印を託されてから、もはや150年になりますね」
「そうだのう…もう、そんなになるな」
 ブーゴは少し遠い目をしたが、やがてすぐに自分を取り戻した。自分が何をしなければならないかを思いだしたのだ。
「あの方は強かった。そしてこの連中も同じくらい強い。だから我々は全力をもってこ奴らを倒さなくてはならない」
「ですが、フィーローズ様に匹敵するほどの連中に力で刃同かうのは危険ですぞ」
「わかっておる。手は考えた」
 ブーゴは口元を動かして笑い、再度目を閉じた。


「もう!このアホたれが!」
 ミリアはプリプリしながら気絶したゲンブを引きずりながら歩いていた。さすがにタフなゲンブでも本気のミリアに殴られてはただではすまな かった。ただしこの男は回復力が抜群なので、8時間もすれば全快する。
「あ〜、姐さん、前から怪物ですよお」
 唐突にランヌの情けない声があがった。素早く反応し、ミリアは周囲に注意を向ける。
「あ〜ん、なんやて」
 いきなり関西弁で返答するミリア。通路の奥より何か骸骨らしい物体が歩いてくる。
「なんだ、スケルトンじゃないの。さっさと片づけちゃいなさいよ」
 魔法によって動く骸骨の群れ。当然ながら、ザコ中のザコである。
 しかしランヌはそれ以上のザコであった。
「ええっ、あっしにはとても出来ません」
 いや、言い過ぎであった。ランヌが怖じ気づくのも当然であった。100体以上のスケルトンが堂々と列をつくって行進してくるのである。これで はいくら相手が弱くても不気味がらないほうが変だ。
「なっさけないね。それでも男か、あんた本当にピー、付いてるんだろうね?」
「付いてますよっ!ほらっ!」
 いきなりランヌはズボンを下げた。
 はっきりいって小さい。
「そんなお粗末なもの見せんでもいいっ!」
 怒りの左フックがランヌの顔面に飛ぶ。
「ブヒョッ!」
 ランヌは何げなくフルチンで吹っ飛ぶ。そして洞窟の天井にめり込み、ションベンを漏らす。とっても汚い。
「スケルトンは、こうやって片づければいい。見てなよ」
 ミリアは先頭のスケルトンと向かい合った。そしてやおら気合いを集中する。
「必殺っ、ストレート・フォース!」
 ミリアは先頭のスケルトンを突き倒した。
 ドン!
 先頭のスケルトンが倒れたはずみでその後ろのスケルトンも倒れた。
 ドン。
 先頭の後ろのスケルトンが倒れたはずみで倒れたスケルトンがその後ろのスケルトンを倒した。
 ドン!ドン!ドン!
 次々と連鎖反応でスケルトンは倒れていく。『ストレート・フォース』などと言っているが、なんのことはない。ただの馬鹿力で押したドミノ倒しで ある。
「はい、おしまい」
 わずか一分でスケルトンは全て撃破された。それをランヌは呆然とフルチンで見つめていた。



 結局ゲンブ、ランヌの二人とも全身複雑骨折となった。しかし、まだ生きている。あと五時間もすれば回復はするだろう。なんたってこの両人 の回復力は並ではないのだ。既にゲンブの内蔵が細胞分裂をはじめて元通りの形になりはじめたようだ。腹の中でグチュグチュといった音が 鳴りはじめている。
 二人とも気絶してしまったのでミリアは左手一本で二人を引きずって歩いていた。右手には剣を構え、いつ不測の事態が起こっても大丈夫 のように構えている。これでも剣士としては一流なのだ。
「うん?」
 突如として空気が殺気にと変わった。前方より訪れる緊張の空気。荒い息づかいと足どりが洞窟の床にと響き渡った。
 ミリアの顔色が変わった。剣士としてのもう一人の姿であった。眉間が引き締まり、四肢に力が入った。
「相手はかなりの強籔だね」
 瞬時にして敵の強度を判断する。
「この気配はデミ・ヒューマンじゃないね」
 人間モドキ自身が何かほざく。
「…大きいな…ドラゴンか?違う…グリフォンでもないね」
 初めて見せるリアルヴァージョンのミリア。こうしていると結構な美人なのだが、力が抜けたとたんにオチャラケ顔に戻ってしまうのが悲しい。
 遠くで叫び声が聞こえた。それは徐々に音を大きくしてこちらに近付いてくる。暗黒の中より響きわたる怪物の声。地響きをあげてそれはこ ちらへと突き進んでいく。やがて闇の中より出現する怪物の巨体。それがあらわになった時に驚愕の絶叫が響き渡る。
「コカトリスかぁぁぁぁ!」
 鶏の頭と蛇の身体。コカトリスが姿を現した。それにしても何という巨大さなのであろう。6メートル幅ある通路ギリギリだ。高さは天井に届く ほどに高く、頂点よりルビーのように光かがやく目がミリアを睨み据えている。
「こんなのありかっい!」
 コカトリスはミリアの実力からしたらそれほどの強さではない。しかし、コカトリスの吹き出す石化ガスを吸い込むと石になってしまう。そして 現在は魔法で直すことはできない。
「一撃でしとめないとやばいな…」
 やがて、ツンと怪物の口から腐臭が漏れた。毒ガスが吹き出る前兆である。怪物に一瞬の隙が出来る。
「それっ!」
 気合い一閃。ミリアはソードを握りしめて跳躍した。軽々と2メートル以上飛び上がる。全身のバネが素晴らしい。
「もらった!」
「グォォオ!」
 ソードが振り下ろされ、コカトリスの悲鳴が響く。スチャッと着地してミリアは怪物の方を見る。ミリアの剣は間違いなく怪物の心臓を貫いたは ずだ。
 コカトリスの胸は大きく切り裂かれ、おびただしい血がドクドクと溢れ出している。
「げげっ!」
 勝利を確信したミリアだったが、それはすぐに大きな焦りへと変わっていた。
 なんと、怪物は倒れないのだ。確かに心臓を斬り裂いたはずだ。しかし、倒れない。
「なんでだよ!」
 ミリアは馬鹿だから知らなかったのであるが、コカトリスはヘビとニワトリの合成怪物なので心臓が二つあるのである。ミリアが切ったのはそ のうちの一つだったのだ。
「ブォォォ」
 一息吸い込むとコカトリスは硫黄の息を吐いた。卵が腐ったような匂いが立ちこめてくる。硫黄が高温の蒸気となって吹き付けてきているの だ。ミリアの剣が硫黄の結晶で固まってしまう。
「あっちちち!」
 剣が使いものにならなくなり、硫黄でミリアは床に固められてしまった。
「こなくそ!」
 パリパリと馬鹿力で結晶を引き剥がしたが、怪物は次の攻撃にと移っていた。クチバシより妖しげな音と匂いが漂ってくる。石化ガスがミリア に向かって吹き出されようとしていた。
(やばい。何とかしないとまずいぞ)
 突如としてミリアの納豆頭が動き出す。10年に一回くらいしか活動しない頭だが、一度動くと腐った脳味噌だけあって発酵エネルギーがたく さん放出される。
(そういや、コカトリスってニワトリそっくりだよなあ。ニワトリといえばヤキトリだよねえ。ネギつけて食べると美味しいんだよなあ。店はマスター がハンサムなところで。そうなったらナンパして、あんなことやこんなこと、あまつさえ△△なこともやってみたいな。うふぷ)
 何を考えとるか、この大馬鹿たれは。
(しかし、コカトリスがニワトリに似ているということはこれは食料になるということだよなあ…そういや、ゲンブはここ一番には凄い力を発揮する 奴だよねぇ)
 突如としてあるアイディアがひらめいた。そして、ミリアはおもいっきり息を大きく吸い込んだ。
 そして常人の数倍もある肺活量で大声を出した。
「ああっ!こんなところにローストチキンが!」
「なにい!」
 0,01秒にしてグンブの全身は健康状順にと回復した。複雑骨折を瞬時に完治させて彼は飛び起きた。さすがはサムライである。気合いと 根性で不可能を可能にしてしまう。
「ほらっ、でっかいニワトリ!」
どこがニワトリなのか分からない化物をいけしゃあしゃあとニワトリとして指さす。
「ろ、お、す、と、ち、き、ん!」
ゆらありと擬音が聞こえるほど不気味にゲンブは立ち上がった。目がちょっとイっている。頭は言うまでもなく既にイかれているのだが。

そして瞬時のうちにゲンブはコカトリスに突っ込んだ。そしてガブリと噛みつく。
「ヲオオオ!」
「ヤ!キ!ト!リ!」
 そして、見るのも恐ろしい戦いが始まった。とにかくゲンブはコカト リスを食べる。
 食べ続ける。
 しかも生きたままで。
 これが本当の踊り喰いだ。
 のたうち回るコカトリス。
 それにゲンブはかぶりつき、ちぎっては飲み込み、ちぎっては飲込み…
「ごちそうさまでござる」
 地獄絵図の後に思い切りグロテスクな7分と27秒が終了した。
コカトリスは全てゲンブの胃袋におさまったのである。

「う〜ん、ちと足りないでござる」
 しかも全然満足した様子はない。
 普通、コカトリスの肉を食ったら間違いなく死ぬ。体内にフグ毒を持っているからだ。
 しかしゲンブの躰に具常は現れない。元々の存在が異常だからなのかもしれない。
「おい、あたしにも回してくれてもいいだろうが」
 満足そうなゲンブに対してミリアは不満顔。こいつもコカトリスを
食べても死なないだろう。

「ふん、独身150年のハーフ・エルフにやる肉なんか無いに決まっておろうが」
 ゲンブは神をも恐れぬ台詞をはいた。腹が一杯になって強気になったのか。それとも、元からこういう性格なのか。
「言ったな!ネズミの尻尾の恩を忘れたのか!」
 そんな恩はすぐに忘れてもいい恩だ。
「アチョォォ、アポツ」
 妙な発声をゲンブは放つ。どうやら挑発しているらしい。
「な、なんだ、それは」
 むかつきに頬を震わせてミリアはゲンブを睨み付けた。
「ふはは、こいつは日出づる国では究極の格闘家、ホースプレスの好んだ戦闘の儀式だ。もはやミリアのようなクソには勝ち目は無い」
 ホースプレス。それはかつて名を馳せた伝説のファイターである。だからといって、そのポーズには何の意味もないが。
「こんちきしょうう」
 またもや始まる戦い。しかし今度のグンブはエネルギーを要しているので強い。戦いは確実に長丁場の様相を見せる。
「はっ!」「やっ!」
 二人は互いに剣を抜いて切り掛かった。剣の打ち鳴らされる音が格好よく響きわたる。
 二人ともさすがに歴戦の戦士ではある。しかし戦いに至るまでの経緯は集にくだらない。
 二人の戦いは続いていた。こんなことをしている場合じゃないというのに。本当に馬鹿な連中であった。

(続く)その四へ