その四 ノームの悪夢


「くそっ、コカトリスがやられたわ」
 ブーゴ司祭は瞑想から目覚めた。全鼻は油汗で満ちている。彼は先ほどより精神世界からミリア達をを視察してい た。
 彼には解った。ゲンブの力がコ力トリスとの戦いの時に倍以上に増加したのを。そして瞬時にして怪物の気が消滅し たのを。
「このサムライは力を自由に操るようだ。瞬間だが力が数倍にあがるらしい」
 まあ、どんな人間でも欲望があれば能力は高<なる。
「我々が、勝てますか?」
「無駄だな。力技では負ける」
 ブーゴは言い捨てた。しかし、その盲葉には裏が隠されている。力では負けても知で勝利すればよいのだ。
「我々ノーム一族の誇りにかけて封印は守らなくてはならぬ。我らが主君フィーロズ睦下との盟約に基づき、フィルデの 災厄を二度と起こさぬよう…我々は命をかけねばならぬ」
 フーゴは悲壮な決意を述べた。彼に取って己の使命はそれだけ堅いものがあるのだ。しかし、ここに間違いの元があ る。ミリアたちにとって封印などどうでもよい。ただ金が欲しいだけだ。
「おい、あの、策をとれ」
 ブーゴは意味ありげに目配せをした。
「あの、策でございますか?」
 それだけでよかった。部下にはブーゴの考えが読めた。彼は一礼するとその策を実行するために直ちに仲間のとこ ろへと向かったのである。



 通路を抜けるとそこは宴会場であった。
「ありがとうございます、勇者様」
「へつ?」
 いきなりいわれてミリアは面食らった。長い通路の先は大きな広場にとなっていた。テーブルが並べられ、その上にご ちそうが沢山置かれている。そして周囲にはノーム一族が整列していた。
「我々を長年苦しめていたコカトリスを倒してくださるとは、我々一同感謝いたします。何も出来ませぬが、どうぞこれを お納めください」
  司祭の姿をしたノームがしずしずと前へと進みで、見事な黄金造りの短剣を渡した。
「と、いうことはこれはもらってもいいというわけかい?」
 驚きながらもミリアの手は、ちゃっかりと短剣に向かって伸びている。
「もちろんでございます。さあ、それではこちらにどうぞ。コカトリス退治のお礼に、ささやかですが宴席をもうけました」
 司祭のノームが、ごちそうが山と積まれたテーブルを指さす。
「むう、貴殿、この短剣は素晴らしいぞ。拾て値で売っても三万ターバル金貨以上にはなるものであるぞ」
 ゲンブはその価値を一目で判定し、ミリアにささやいた。三万金貨ターバル、銀貨に直せば三十万ゴート。こいつはと んでもない大金だ。
「ということは、こいつらを全員ブチ殺したら、もっと沢山の宝が手に入るということだねえ」
 ミリアが目をキラキラさせて言う。実に外道な女だ。
「そういうことであるな。まあ、虐殺は食事を取ってからでも遅くはあるまい」
 酷い相談をミリア達が交わしている傍ら、ランヌは先ほどから首をかしげていた。何か変だと思ったのである。
(ノーム族は一人が十人カ。それが三十人で三百人力。そんなに強い連中がコカトリスに苦戦?)
 しかし、口に出しては言わなかった。というより言えなかった。ごちそうの山を目の前にしてはそんな心配もたちどころ に忘却してしまうのである。
「さあさあ、どうぞお召しあがりください」
 司祭のノーム、実はこれがブーゴ司祭なのであるが、は彼ら三人を宴席にと案内した。酒がグラスに注がれ、ごちそ うが次々にと彼らのブラックホール的ストマックに納まっていく。そんな彼らの様子を見ながらブーゴは不気味にと笑っ ていた。
(バカな奴らよ。しびれ薬入りの料理とも知らないで。毒が回ったところでパッサリと切り殺してやろう)
 ほくそ笑む裏にはそういう計略があったのである。
「う〜ん、この肉最高!」
「あっ、それはあっしのローストチキン…」
「拙者もいただきでござる」
 いつになくほのぼのと3人は食事を始めた。とにかくここぞとばかりに食べようとする。そして、何事もなく2時間が過ぎ る。料理はすさまじい勢いで量を減らしてい<。
 しかし、毒はいっこうに効く様予がない。三人ともまるでシロアリが家を食らうようにガツガツと食べ続けている。
(毒が古かったのか?)
 不思議に思ったノームの若い衆二、三人が試しに料理を目分の皿の上に盛った。そして実験の意味でそれを平らげ る。
 そして15分後。
「し…しびれる…」「な、なんで?」
 若い衆はブッたおれた。
 だが、ミリア達は毒の存在を無視して食べ続けた。フグは自分の毒では死なない。これは真実である。そしてバカに 毒は効かない。これもまた真実であった。



「いやあ、酒も食事も最高だ。ノームというのは舌が肥えているんだね」
 食事を終えて、シーハーと楊枝でミリアは歯をほじった。かなりご満悦の様子である。
(お前ら、いったいどんな身体の構造してるんだ?)
 不思議がるブーゴ司祭。しかし、考えても解るわけがない。世の中には訳のわからんことが数多く存在する。
(しかたない、作戦第2段といくか…)
 ブーゴ司祭は決意を決めた。守護者としての役目は必ず果たさな<てはならない。
 彼は150年前のあの日を思い出していた。今は亡き英雄フィーローズ王が彼に一本の剣を託し、それを守護するよう に遺言して息たえた日を。
(フィーローズ様、今度は私もあなたの元へと参らなくてはならないかも知れません)
 ブーゴの心は亡き主君に対する思いが渦巻いていた。フィーローズ王は己の命をかけて偉業を成し遂げた。目分は それを守らなくてはならないとブーゴは確信している。
「勇者様、貴方方に見ていただきたいものがあります」
 ブーゴは少し強めの口調で切り出した。自分では気付かなかったが、声はわずかにふるえていた。
「なんじゃらほいな」
 マヌケなゲンブ。どこの人聞だという疑問符がつく台詞だ。
「我々ノーム一族にはシャープソードという魔剣が伝わっております。しかし最近その剣がおかしいのです」
「おかしいって、ランヌの面くらいおかしいんかな?」
 ミリアはランヌの方を向く。そこにあるのは貧相な面だ。
「そうではありません。ただ、何かが違うとでもいうのでしょうか…」
「おお、そういうのは学識がある拙者にまかせんしゃい」
 だから、いったいどこの人間だ。
「まあ、とにかくこちらにきて<ださい。本当に不思議な剣なのです」
 3人はブーゴ司祭に先導されて洞窟内を歩いていく。やがて到着したのはノーム一族の神域。少し広く平坦な空間が あり、正面には伝説の英雄フィーローズの肖像が掲げられている。
三英雄の一人、ガルメシア王フィーローズはこの世界のノームが信仰している英雄なのだ。
 肖像の下には祭壇があった。それは大理石で構成され、地上のどんな達人でもかなわないほど見事に磨かれてはい た。
 祭壇の中心には一本の剣が突き刺さっていた。元から剣先にかけてのラインが美しい。どことなくなまめかしさのあ る、女牲を連想させる美しさだ。刀身は周囲に設置されたタイマツの光を受けてどことなく神秘的に輝いている。
「これが、わがノーム一広に伝わるシャープソードです」
「ほう…これは…一級の魔剣だな。…いや、拙者も長く生きてきたが、これほどの剣は見たことがない」
 たいして長く生きているわけでもないが、サムライであるゲンブにはその価値がよくわかった。剣全体からほとばしる ようなオーラが発せられている。それが周囲を包み込み、一流の剣が持つ雰囲気と神々しさを醸し出しているのだ。
「へえへえ、そんなに凄い剣なんですか」
「どりゃ、あたしにも見せてよ」
 ランヌ、ミリアとも剣へ突進する。しかしこいつらはただの野次馬だ。そんな価値は分かりはしない。だいたいミリアな んか剣士のくせに剣の銘柄に無頓着なのだ。今使っている剣だって質流れを買ったものなのだ。
「む?」
 剣に見入っていたゲンブが首をかしげた。確かにどこか違う。普通の剣とかけ離れている。
 彼ら3人は益々剣に見入り始めた。いや、魅入られたというのが適切かもしれない。輝きが心に烈み渡ってきてい る。このままこうやってずうっと………:
 三人に隙が生じたのを見て、ブーゴの目に光が宿った。殺気であった。彼は背中に負っていた錫杖を両手に構えた。
 錫杖が唸った。勢いよく、渾身の力を込めて一番弱そうなランヌの後頭部むかって振り降ろされる。
 パッキイィィインー
「いったい!」
 ランヌは悲鳴をあげた。そして、錫杖はポッキリと折れた。
 なんとしたことである。錫杖は真ん中から裂けて折れ、その片軸は宙を舞って地面に激突する。
「な、なんという石頭…」
 ブーゴは恐れ、わなないた。そりゃそうである。ランヌの頭をなめてはいけない。なにしろ小脳の方が大脳より大きく、 頭骸骨の厚さが一説によると10センチあり、しかもその強度はオリハルコンより堅いとされている代物である。だからミ リアはいつもランヌの頭を殴らずに顔面を殴っているのだ。
「貴様!何をする!」
 ミリアはサッと剣を竈えた。それにゲンブも従う。
「我らが使命によって貴様達を倒す!」
 ブーゴは予備の力タールを抜いた。手に装着して使うダイプの幅広なナイフがこれだ。ブーゴ司祭は全身の気迫を込 めて対峙する。
「使命!なんだい?それ?」
 マヌケなミリアの質問である。なお、これは使命が何かを聞いているのではなく、使命という単語の意味を質問してい るのである。
「使命と言うのはな、か<かくしかじか…」
 いきなりグンブが真顔で説明しはじめる。しかもどこから出したのか右手には分厚い辞書。
「な、なんだ…こいつら…まあいい。隙を作ったのが失敗よ!」
 ブーゴから激しく繰り出されるカタールの連打。それはかなりの使い手と思われる。
「ききませんっと、そんなヘナチョコな突きでは」
 しかしそんなものがこの倦怠剣土ミリアに通用するわけがない。鼻歌交じりにかわされてしまう。こいつらはこれでも 一流なのだ。
「ふふっ、あたしに逆らおうというのが間違いなのさ」
 一歩踏み込んでミリアの剣が繰り出された。そのリーチは長い。一瞬にしてブーゴ司祭の胸元まで達する。瞬きをす る時間もない鋭さだ。
「ぐ、ぐっ、なんのこれしきっ!」
 しかし、やはりブーゴも歴戦の強者であった。すれすれの所でカタールによってミリアの剣を制止する。
 金属音と共に気迫が均衡した。両者とも降着状態に陥っている。剣はカタールを押し、カダールも剣を押した。バラン スの上に成り立つ均行なのでいつか破れる運命にはあるのだが。
「こらっ、ゲンブ!早く援護しな!」
 ミリアはハナクソをほじりながら傍観していたゲンブに怒鳴る。それにしても暇な男だ。そのうちミミクソまでほじりはじ めた。まったくもっていい加減な男である。
「早<しろ!このボケタワケ!」
「人使いが荒いな…まあ、いい。それでは拙者の必殺技を見せてやる」
 ゲンブは立ち上がった。こうしてみると彼の足がいかに短いかがよく解る。
 ゲンブは右手に気迫を集中した。と、右手に突如として光が発生する。それは次第に集まっていき、刀らしい形を作り 始めた。
「いでよ、ソーウンブレード!」
 光が実体化し、ゲンブの右手に一振りの刀が発生した。ソーウンフレード。普段は実体でないが、ゲンブの気合いと 共に具現化してその利き腕に収まる魔法の剣だ。
「うおりゃあああ、大旋風剣!」
 刀が気迫を持って振り降ろされれた。たちまちのうちに烈風が吹き付ける。ゲンブの刀から風が発生しているのであ る。
「ぐおっ!」
 風の弾丸がフーゴ司祭に命中した。確実に、正面で彼の身体を捕らえていた。
 そしてブーゴは吹き飛ぼされる。まるで台風の日に飛ばされたトタン板のように激しく宙を舞った。
 ブーゴは向かいの壁にたたきつけられた。ぐにゃりと身体が歪み、一瞬のうちに爆音が上がる。
 そして音とともに崩れる壁。ブーゴの身体は瓦礫の下にと埋まっていく。
「完璧でござる」
 ゲンブの勝ち誇った笑みが漏れた。まさに完璧な勝利であった。



「こらあ!あんた!宝物庫までふっとばしたら意味がないじゃないか!」
 怒鳴るミリア。なんという悲劇であった。ブーゴ司祭がぶちあたった壁はノーム一族の倉庫だった。そこには多くの宝 物が保管されていた。それもブーゴの死骸と共に消え失せてしまったのである。
「どうするんだよ!バカたれ!」
「なにを言うか。バカは貴殿だ」
 さすがにゲンブは度胸が座っている。神をも恐れぬことを平気で口にする。
「なにい?あたしがバカだって?」
「では、5×6はいくらだ?」
「56かい?」
「やっぱりバカではないか」
 呆れ果てるゲンブ。そりゃ、当然だが。
「まあ、たまには間違えるよ。それよりもさ」
 ミリアは崩れた宝物庫の方を見つめて渋い顔をした。土砂が大量に積もって取り除くのは不可能である。ノーム一族 がため込んだ多くの宝は全てその中に埋没してしまっている。しかもさっき貰ったばかりの賞金の短剣までドサクサに まぎれてどこかに消えてしまっていた。なんともったいない。
「宝がないんじゃ、まったくのムダ足になってしまうよ」
「それもそうですけど…ん!」
 ランヌは祭壇の方に目を向けた。そこには先ほどの魔剣が光り輝いている。
「ゲンブ、この剣を一級の魔剣と鑑定しましたね?」
「そうだ。こんな見事な剣は珍しい。妖刀ムラマサにも匹敵する」
 サムライという各は剣に関して非常に詳しいのである。そのサムライの親玉であるダイミョーのゲンブがそう言うのだ から、この鑑定はまず間違いないとみて良い。
「じゃあ、これを売ったらいいじゃないですか」
 突如として出るランヌのグッドアイディア。しかしゲンブは渋い顔。首を振ってそれを否定する。
「それは危険だ。魔剣というものは大抵意志を持ち、それを手にした者を自由に操るという。しかもこれはノーム一族が 守護していたほどの剣だ。どんな魔力があるか分かったものではない」
 しかしこの長い台詞はほとんどミリアの耳に入っていなかった。何しろ右から入った音が左から出るような頭の作りで ある。その証拠に、ミリアの頭を叩くといい音がするのだ。
 ミリアは剣の握りに手をかけた。そして渾身の力を込めて引き抜こうとする。応触は鈍い。石と剣がこすれる響きが伝 わったかと思うとすっと剣は技けた。途端、輝かしい光が剣から発せられる。
「よいしょっ、どんな効果があるのかな?」
(解放を感謝するぜ!)
 光り輝く剣より透き通った声が響いてきた。これが英雄なら、魔王を倒す使命を受けるシーンのはずだが、もちろんこ の場合そんなことはない。
(百と五十年前、フィーローズとの戦いに敗れてこのシャープソードに封印されてから、何人もこの洞窟にやってきた。け れどもオレを呪縛から解き放てた奴はいなかった。お前が誰かわかんないけれど、いい奴だ。しかも、手に持った感じ だと女だな。ふふっ、君はオレのマイスイート・ハニーだな)
「なんじゃ、そりゃあ!」
 長々と剣は喋った。そしてそれはめちゃくちゃなしゃべり方だった。丁度、軽薄な男が酒場で女を口説いているような 粘質のしゃべり方である。
(ふふ、どうしたんだい、マイハニー。まずは君のことから聞こうじゃないか。なにしろ、これは運命的な出会いって奴な んだぜ)
「うわぁぁぁ!うるさい!黙れ!」
 ミリアは怒りのあまりに剣を床に叩きつける。夫きな金属音が響き、剣から声が上がった。
「ぐへっ…」
 坤き声と共に剣が放っていた光が薄れ、そして消え失せた。剣は元のようになまめかしいが、失光した姿にはもはや 魔力が感じられない。
「な、なんだよう?ゲンブ、どういうわけ?」
 ゲンブはちょんちょんと剣をつっついてみる。そしておそるおそる手に取った。暫く思考の後に答える。
「うーむ、どうも剣が気絶したようだ。しかしこれはチャンスである。今なら叩き売れる」
 ずずっとスッコケるミリア。しかし剣が売れるとなればこれ以上に嬉しいことはない。
「じゃあ、帰るか。まあ、剣は手に入ったし、腹は一杯になったから、とりあえず冒険は成功だったんじゃないの」
「そうですね。よかったんじゃないですか」
 まったく呑気なものである。まあ、本人達が幸せならばそれもいいのだろう。
「さあ、帰ろう!」
 こうして三人、いや、ハーフエルフ一人と変態一人と奴隷一匹は上機嫌でガダルの街を目指したのである。

(続く)その五へ