その五 ツワモノ共の宴の後


 街に着いた3人がすることはもちろん決まっていた。早速この魔剣を売り飛ばすことである。
 もちろん魔剣などとて言っては売れないから、「天下の名刀」ということにして武器屋に売り飛ばした。その結果、金貨百枚で売り飛ばすこと に成功した。買った武器屋はバカである。
「うん、ちゃんと百枚あります」
 ランヌが数えてニンマリする。
「へっへっへ、これだけあれば当分遊んで暮らせるねえ」
 ミリアは顔が緩みっぱなしである。金貨30枚あれば家賃込みで一ケ月をリッチに暮らせるから、3人が約半年を遊びまくれるのだ。
 なにしろこの世界は物価が安い。ミリアの家賃が月に金貨6枚だし、金貨一枚あればワインがビン一本飲める。
「たまった家賃がはらえますよ」
「その前に銭湯でもいこうか?」
「そうでした。あっしら随分臭いですからね」
 彼らは和気あいあいとして店を出ようとする。懐が豊かになるとここまで人格が変わるものなのであろうか。
 そして数分後、彼らは銭湯に辿り着いていた。もはや汚さ満点の彼らである。月単位で入っていない風呂だ。なんとかこの汚れは落とさな いといけない。
「あ〜いい湯だなっと」
 そして、どこかで聞いたような歌を口ずさみながらミリアはのんびりと湯につかっていた。
さすがに久しぶりの銭湯は気分がいい。服もクリーニングに出したし、気分は上々である。
 しかし、入浴シーンでもとことんまで色気のない奴である。頭には水で濡らした手ぬぐいを置き、トックリ一本をお盆に乗せて風呂に浮かべ てチビチビやっている。すごくオッサンっぽい。サービスの余地が全然無い女だ。こんな奴には期待してもムダである。
「わっはっは、酒さえあればこの世は天国だなあ〜と。これで綺麗な兄ちゃんでもいたらいたらいいんだがね」
 なんか思いきり親父くさい発言をして、頭を洗おうとして湯から上がった。シャワーの所まで行って椅子に腰掛ける。
「ヘヘヘ〜頭を洗うのも一月ぶりだね」
 そんな汚い調子でボサボサの頭にシャンプーをしているとなんだか頭が痛くなった。どうも地肌がヒリヒリする。
「…なんか頭が痛いな…どうかしたのかな?」
 とりあえず洗髪を終えると痛みは取れた。しかしなにか頭が妙に塩素臭い。
「シャンプーが悪かったのかな」
 ふと銭湯備え付けのシャンプー-容器を確認する。そこには「トイレ掃除用」と書いてあった。
「なめてんのか!ここの銭湯は!」
 ミリアが怒りと共に容器を握りしめたその時である。
「わっ、美形」


 思わずトイレの洗剤をミリアは取り落とした。なんと、すごい美形の青年が風呂場に入ってきたのである。
「おおっ、すごいな。こんな格好いい兄ちゃんがこの世にいたのか」
 ミリアでさえも思わずため息をついた。爽やかな笑みを浮かべた白面と知的なまでに整った目鼻立ち。それでいて周囲を威圧し続ける眼力 を同時に兼ね備えている。
「…ん?でも、なんか見たような面だな」
 ミリアは肝心な事を忘れている。
 そうである。別に混浴というわけではない。ここは女湯なのだ。
 そしてこの青年にはしっかりとシンボルが付いていた。紛れもない男である。
だが、そのあまりの美形さに、ミリアを始めとして、他のオバサン連中も見ほれてその矛盾に気が付かない。
「あれ?まてよ…ここは女湯じゃないか」
 そして、ミリアはやっと気が付いた。鈍い奴である。
「ちょっと、そこのお前!」
「はあ?」
 マヌケな声で青年は振り向く。
「ここは女湯だぞっ!」
 そして問答無用とばかりにボグッと一撃。ぱたん、キュウといった擬音が似合う倒れ方で青年はブッ倒れた。
「あっ!なんてことを!」
 その途端背後からオバサマ違の大合唱があがる。
「あんた、なんでこんなことをするのよ」
「そうよ!こんな美形なおにいさんなら私達は見られてもいいのよ」
「そんなに乱暴だからあんたはいつまでも独身なのよ!」
 言ってはならない台詞を言ってしまった。いきなり、青筋がミリアのこみかめに浮かぶ。
「このババアらめ!」
 ミリアは怒りにまかせ、スッ裸のままでオバサマ達に襲いかかる。
「なにがババアさ。あんただってババアじゃないか」
 またもや禁句を言う人がいる。命知らずとはまさにこのことである。
「152歳で独身だって?あたしたちよりよっぼとババアじゃないか」
 オバサマの連打攻撃は火に油を注いだ。怒りの活火山はまさに爆発寸前である。
「…てめーら、全員生きて帰れると思うなよ!」
 中指をオッ立てて歯を食いしばる。ちょっとヤバいポーズである。
「フン。わたしたちだって荒くれどもを空いてにする女将だ。ぺーぺーの剣士ごときにやられるもんかい」
 そうである。ここにいる連中のほとんどは、あらくれを相手にする女将がほとんどなのだ。当然、それなりに、強い。両者の間で大きな殺意 が走った。
「銭湯で戦闘じゃあ!」
 その一言で両者は乱闘体制になり、大混乱となった。ババアの大群とミリアとの殴りあいが始まった。しかも、お互いスッ裸である。その光 景たるや、将に目が当てられない。



「まったく、貴殿といると拙者は恥ずかしい」
 湯上がりのゲンブが顔をしかめてブツブツ文句を言った。結局ミリアが暴れまくって乱闘が発生。風呂は見事なまでにブッ壊れた。
 そして今は銭湯の帰りである。もちろん乱闘はミリアの勝利であった。
 相手のオバサマ達は3人が軽傷。それだけである。やはりオバサマというのは強い。ミリアがブン殴ってもたいしてダメージを受けないので ある。
「だって向こうが悪いんだから仕方ないじゃないか」
「貴殿の短気にも問題があると思うが」
 それが一番の気がする。
「あ〜、もう。男なら細かい事にこだわるなっていうの」
 そう言う問題では無い気がする。
「まあゲンブ。姐さんを責めても一文にもなりませんよ。それよりパーツといきましょう」
 風呂に入って心身共にサッパリしたランヌが話題をうまく逸らした。しかし、風呂に入ってもやっぱり貧相な面だ。サッパリはしたが、今後の 彼の商売もさっぱりダメであろう。
「そうだね。パッといこうか。あと何枚金貨はある?」
「495枚というところか。これだけあればさすがにかなり飲めるであろう」
「すごいな。ラムがダースで飲める」
 思わずヨダレがつーと垂れてきた。久しぶりにたんまり酒が飲めると思うと嬉しくて仕方がない。
「おい!ゲンブ、まだ勝負するかい?」
「チッチッチッ、貴殿など拙者の相手ではないわ」
 この二人、とことんまで底無しの酒のみである。
「ランヌ、あんたも飲むかい?」
「あっしは酒が飲めないんですよ」
 ランヌは生まれつき酒が飲めないのである。とにかく弱い。すぐに酔ってしまい使いものにならないのだ。
「なにを言う!」
 大声を上げたのはミリアだった。
「なにが酒が飲めないだ。そんなんだからあんたはいつまでたっても貧相な面なんだよっ」
 なんかムチャクチャ言っている。
「とにかく今夜はとことんまで飲めっ。さあ、あたしが付き合ってやろうじゃないの」
 さいつは丁重に遠慮をしたいところだ。
「ひょぇぇぇ」
 またもや引きずられるランヌ。なんかどうもこのポースがやけに多い。さすがは奴隷である。
「で、どこの酒場に行くのだ?」
「家でいいんじゃないの?」
「無謀と貧乏亭か」
 亭というものの一階はたいてい酒場である。そして二階が宿屋になっている場合が普通である。無謀と貧乏亭の場合も例にもれず、一階 が酒場、二階が旅人の宿舎、三階が賃貸になっている。
「それじゃあ、レッツ・ゴーだね」
「うむ」
 まったく上機嫌でミリア達は酒場に向かった。そう、それが悪夢の序曲であるとも知らずに。



「…奇跡だ…」
 ミリアから金貨の袋を受け取った「無謀と貧乏亭」の主人フォイツ氏はあまりのことに目を丸くした。
 そりゃそうである。何度と無く家賃と酒代を請求してみても「出世払いだ」で何年もため込んできた奴が金を持ってきたのである。これはまさ しく奇跡としかいいようがない。
「おっと、まだ家賃は払わないよ、とりあえず、今日はこれで飲もうと思ってね」
「はいはい、いくらでもどうぞっ」
 早速フォイツ氏は奥の倉庫からラム酒の樽を運び出してきた。それも小さな奴ではない。ドラムカン位は余裕である巨大な大樽だ。
「マスター、コップがないけれど」
「どうせそのままで飲むんでしょうが」
「それも、そうだね」
 うん、とうなづくと、ミリアはやおら樽の栓を抜いた。そしてヒョイとそれを持ち上げ、そのままゴクゴクと飲み午す。
「一気!一気!一気!一気!一気!」
 周囲の客からかけ声があがる。
「ぷうっ、ラムは効くねえ」
 あっという同に樽は空になった。この身体のどこに酒が入ると言うんだ。
「うむっ、ラムごときで威張られては拙者の立場がない。主人、拙者はヴォトカを頼むぞ」
「はいはい」
 ゲンブの注文でドン!と登場するヴォトカ入りの大ジョッキ。アルコール60%。飲んだら火が出そうな強い酒だ。
「うわっはははー!サムライに不可能はない」
 ゴキュゴキュと酒を飲んでいくグンフ。
「なんだいランヌ、何を飲んでいるのさ?」
 一杯飲んで上機嫌のミリアがランヌの方を見ると彼は隅っこでチビチビやっている。
「あのう、フルーツカクテルですけれど」
「なに!そんなくだらない酒を飲むとは許さないよっ。死神ガブリエルが許してもあたしが許さん!」
 どっちかというと死神の救いが欲しいくらいである。
「親父っ、ラオチュウを一升ビンで」
 アルコール80%。普通、死ぬ。
「えっ、大丈夫かい、その人」
「大丈夫、ランヌは不死身だから」
 まあ、そうだが。
「おいゲンブ、こっちきてランヌの口を広げておいてよ。あたしがその間にアルコールを…」
「はめてふははひっ」
 止めてくださいと言ったらしいがよく口こえなかった。
「うげぼげげっ!」
 ランヌの口に一升瓶一杯の酒が注がれ、全てが飲み干された。
「ミリアさん、この人死んでいますけれど」
 マスターのフォイツ氏が酒漬けになったランヌの身体をブラ下げて言う。
「あー、なに。しばらくすれば生き返るからそこに投げて置いて。で、あたしにはネルソンズ・ブラッドをダースで」
 ムチャクチャ言ってランヌの死体を放り出させるとミリアはラムのドラムカンを抱えた。
「うーん、この香りがたまらないっ」
「なんの!拙者も対抗だ!テキーラをダースでもらう!」
 ゲンブはミリアに激しい対抗心を燃やしている。テキーラ入りの瓶が十二本運ばれてくるとグッと気を引きしめた。
「フ、年寄りの冷水のクセに」
 鼻でくくった挑発をミリアがする。言っておくが、年令はミリアの方が百二十歳ほど上なのだが。
「なに、勝負だ」
「面白いじゃないのっ」
 周囲からたちまち歓声があがった。
「かけ声頼むよっ」
 クルッとギャラリーの方を振り向いてミリアが怒鳴る。観客は全員が合唱体制だ。マスターのフォイツ氏が音頭をとる。
「そかられ、一気一気一気一気〜」
「あたしの勝ちだあ」
「なんのまだまだあ」
 その夜は一晩中、この宴会が続いた。
 いつ終わるか解らないくらい果てしなく続いた。
 それでも、そんなこんなでなんとか終結を見せたのである。



 そして翌朝の事である。今はすっかり人気も消えて静かになった無謀と貧乏亭のミリアの部屋。ここを訊ねる訪問者が二人いた。二日酔い のゲンブとちゃっかり甦ったランヌである。
彼らは先ほどからミリアのベッドの側で土下座をしていた。貧相な面とムサい面が並んで平伏している。
「あのう、姐さん、3金貨ほど借して頂けませんか?金が無くなったもので…」
 つまりは借金の申し込みである。
「拙者、金子を全て消失し生活が危急存亡の秋となりもうした。いくらかの金を用立てして頂きたくあるが…」
 要するに、一晩で金を全部使い果たしたというわけなのだ。バカである。どうやったらそんなバカなことがあっさりとできるのだか解らない。
 そして、そんなバカの元凶であるミリアはベッドに伏せっていた。
 そしてピクリとも動かなかった。
「あれ?ベッドはもぬけのからですよ?」
 返事がないのを不思議に思ったランヌが布団をめくってみると誰もおらず書き置きが一枚…
『金尽きた。職安にいく』
 エジプトの象形文字のような汚い字でそう殴り書きがしてあったのであった!

(続く)その六へ