その六 飯の種ジジイ
「あのですねえ、あんたみたいに大酒飲みで怠けもののハーフ・エルフなんか雇う店なんてどこにもありませんよ」
ハッキリと職安の係員はそう言い放った。事実だから仕方がない。
ここはガダルの街の職業安定所。所持金を全て使い果たしたミリアはここに仕事を探しに来たのである。だが、ミリアを待っていたのは職
員氏の無慈悲な返事であった。
「余計なことを言うな!」
見事にミリアのパンチが職員氏の顔の中央に命中して顔面がへこんだ。
「じゃあ、邪魔したな」
ブッ倒れた職員氏に言い捨ててミリアは職安を出る。結局仕事は見つからなかった。
「あーあ、どうしようかな」
道に出ると大きくため息をついた。しかしどうしようもない。金貨495枚。全部使ってしまった自分が悪いのである。
「本当にどうにもならないね…」
頭を捻ってもいい知恵は浮かばない。
「まあ、なんとかなるか」
しばらく落ち込んで下を向いていたミリアだったがすぐさまアッサリ立ち垣った。あまり考えない方がいい。考えると頭がハゲてくる。
「とりあえず市場でも行ってこよう。米クズが拾ててあるかもしんないし」
今日が暮らせればいい。刹那的な生き方である。というわけで、さっさまでの憂鬱もなんのその。ミリアは元気よく市場を目指したのであっ
た。
予想はドンピシャだった。
今日は野菜の取引が市場で行われており、野菜クズが大量に拾えたのである。
「いえい、これなら三日はもつね」
そこら辺の軒下から無断拝借したバケツに野菜クズを一杯詰め込んでミリアはご機嫌だった。
やはり人生なんとかなるもんである。楽天的な生き方が一番気楽でよろしい。
そんなんでミリアは足どりも軽やかに自分の宿を目指してていた。帰ったらこの野菜でスープを作るつもりである。
さて、ミリアが市場の出口に差し掛かった時だった。前方の視界に大きな人だかりが出来ているのが見えた。
「なんだ?またゲンブが生き倒れにでもなったかな?」
真実味がある想像をするとミリアは人だかりの所にかけよった。もしゲンブだったら見て見ぬふりをしてしまおうと考えていた。この野菜クズ
を取られてはかなわない。
しかし心配は無用だった。そこでは一人の老人が演説をかましているだけだった。
「なんだ、くだらない」
ミリアはすぐにその場から立ち去ろうとした。演説なんか面白くもなんともないからである。第一内容が理解できない。
しかし、この演説はちょっと違っていた。
「ヤード・カジネットの復活がきたっ!」
老人は高らかにそう叫んだのである。ヤード・カジネッド。それは、150年前に行方不明になったミリアの祖父の名前である。
「おい、そこのジジイっ」
ミリアはバケツを抱えたままでズカズカとそのジジイに歩み寄る。
「ヤード・カジネットが復活したっていうのはどういうこった?」
老人はミリアに一別を与えると今度は上から下までジロリと眺めた。
「フン、そなたは剣士か」
「それがどうしたい。それより、ヤードの復活ってなんだ」
「少しは出来そうだな。よし話してやろう」
「とっとと言え!」
人にものを訊ねるのにこの態度である。こいつに仕事がないのもよく解る。
「…そなたはヤード・カジネットの伝説を知っているな?フィルデの盟友として世界征服を進めた魔戦士で、ガルメシア国王フィーローズによっ
て倒された男だ」
そんなこと、ミリアに言ったってサッパリこいつは理解していない。しかし省略すると困るから、かいつまんで説明するとこうなのである。
古、といってもまだミリアが子供の頃だが、暗黒エルフ皇帝と呼ばれたフィルデという男がいた。
彼はこの世から人間を根絶させようとして、4人の部下と、1人の盟友と共にその野望を実行に移したのである。
これに対抗して人間達は全力で立ち向かった。しかしフィルデとその部下達の魔力の前には成す術がなかった。
北方で解放軍を率いていたガルメシア王フィーローズは優れたれた剣士であり、多くの魔術にも通じていた強者であった。しかし、彼の能力
をもってしても、フィルデ皇帝はおろか、部下の一人も倒す事が出来ないのだ。
フィルデの部下の一人でも良い。一人でも封印でさたら士気は奮い立つであろう。そう考えたフィーローズ王は対策を練った。多くの魔術師
を集め、フィルデの部下を倒す策を日々考案した。
そしてフィーローズ王が目を付けたのはフィルデの盟友のヤード・カジネットだった。
ヤードはシャープソードという名剣を持っていた。魔力がかかったこの名刀はどんなものでもシャープに切り裂いた。それだけに強力な魔力
がかかっていたのだ。
研究の結果、フィーローズ王はその剣に強力な魔カをブツけることによって魔剣との相互反応を起こさせることに成功した。それによって時
空に歪みを生じさせ、その歪みの中に
ヤードを封じ込めるという作戦を編み出したのである。
作戦は成功した。しかしその代償としてフィーローズを始め、多数の魔術師が魔力を使いきって命を落としたのである。
しかし、全体での戦局は好転した。軍団最強と名の高かったヤードが敗北したことでフィルデ軍団の士気は衰えた。かえって解放軍は各地
で攻勢に出た。
やがてフィルデの部下4人もことごとく封印された。最後まで戦ったフィルデもついに討ち取られしてまい、この戦争は終結したのである。
ヤードを封じ込めたシャープソードはフィーローズの部下であったノーム一族の大司祭ブーゴに委ねられた。そしてブーゴの一族はその剣
を守護し、それは150年もの長きによって続けられてきたのである。
「ところがぢゃい」
老人は急に険しい衰情をした。
「最近、封印を解いた大バカもんがおる!」
つう、とミリアの背筋を音を立てて冷汗が落ちた。
(ひょっとして、あの剣が…)
その通りである。ここに大バカが約一名。
「封印を解いた奴は、八つ裂きにしても足りないくらいぢゃ!」
ここにその張本人がいると知ったら、この御老体はどういう行動に出るのだろうか?
「ヤードは甦った。奴は必ずフィルデの遺志を継いで世界を征服しようとするぢゃろう。そうなる前にワシはヤードを再び封印ぜねばならん。
それがフィーローズ王に仕えた魔術師の一人であった。ワシの使命ぢゃ」
ジイさん、いったい何歳だ。それはいいとして、ちょっと、マズいことをしたかなあとミリアは考えるようになった。
「さあ、そなたらもワシに力をかして<れい。そなた達の力が世界を救うのぢゃ」
「バッカみてえ〜」
群衆の中から誰かが叫んだ。
「なにい」
ジジイはいきり立つ。
「なにがバカじゃ。そなたのような愚かものがいるから世界は…」
老人はバカと叫んだ奴向かって説教を始めた。もうムチャクチャである。なにがなんやら訳が解らない。
「あっ、それはウチのバケツ」
また誰かが叫ぶ。それはババアの声である。そして地響きが辺りに広がる。太ったオバンがミリア向けてダッシュしてくるではないか。
「なんであんたがウチのバケツを持っているのよっ」
そうだ、このバケツは無断拝借したものだったのである。
「バケツを返しなさい!そして賃料をもらうからねっ」
しかもこいつは咋日銭湯で喧嘩したババアではないか。メラメラとミリアの心に闘志が燃える。しかしここは逃げるが得策なのは分かってい
る。
「そうはい<かっ」,
サッと人々の頭上をミリアは飛び越えた。さすがに身は軽い。ついでに頭も軽いけれど尻は重い。そしてブロポーションが悪い。
「わはははは、さらばだ〜」
そしてひたすら逃げるだけであった。さすがに逃げ足は早い。押し合い圧し合いする群衆を尻目にして、このバケツドロボーの女は、アッと
言う間に見えなくなっていった。
(まいったな…あの剣がヤードじーさんとはね…)
帰り道、考えながらミリアはため息をついた。幼い頃に見たヤードの姿はぼんやりとしか憶えていない。ただ、毎日ミリアの親父と親子げん
かをしていたとしか印象にない。したがってハッキリとした人物の姿としては頭にないのだ。聞いた話ではスケベでバカでカツドンマニアで犯
罪者で暗黒の帝王くらいしか聞かされていない。
「しかし、マズかったかな?」
さすがにミリアでも『ちょっとヤバいことをしかたもしれない』と思い始めていた。もし再び世界大戦が起こったらどうすればいいのだろうか。
平和な生活はたちまちオシャカになる。
「おっ、ラッキー!そうなりゃ、傭兵の仕事がくるかもしんないな」
パチリとミリアは指を鳴らした。そうなのだ。戦争が起こった方がミリアとしては儲かるのである。
「ついでに戦争で借金の証文が燃えたら超ラッキーだ」
万事がこの調子である。悩む事など存在しないのだ。
「はあ〜、疲れた」
気が付くといつの間にやら目分の部屋に着いていた。そしてとりあえずは台所に向かう。この野菜クズを料理しなくてはならないのだ。
幸いな事に、ここ無謀と貧乏亭の3階には下宿人が共同で仕える台所が一応存在している。ここで下宿人は料理をするのだ。
台所には誰もいなかった。そして、ミリアは棚から自分の鍋を取り出す。ここにはミリアが20年周愛用している鍋がきちんと置いてあるの
だ。ルンペンから奪い取った鉄製の大鍋だが、これはなかなか使い勝手がよろしい。
「うーん、この銅でものを煮るのも久しぶりだね。一ヶ月前のミミズハンバーグ以来だな」
嫌なことを咳くと野菜をザクザク切って鍋に放り込んだ。そして壇と、下のゴミバケツからもらってきた野菜くずを入れて煮込む。野菜のキ
ャペツが溶ける位までに煮れぱ、立派な野菜スープの出来上がりである。
「あれ、ミリアさん。帰っていたんですか」
後ろで声がした。サッと振り向くと、前の部屋の住人であるカサル青年が立っている。
「なんだ、カサルじゃないの。あんたこそ、魔法の修行のために鉱山町のリュルに行っているんじゃなかったの?」
「いや、それがですね。嫌なニュースを聞いたので帰ってきたんですよ」
「なんだい?」
なかなか野菜スープがいい具合に煮えてきた。ちょっと味見をしてやろうとスプーンですくって口に運ぶ。
「伝説の悪人ヤード・カジネットが蘇り、ガルメシア王国で虐殺を始めたそうなんですよ」
ブッ。
思わずミリアは口に含んだスープを吹きだした。
「なっ!なあ!なんだそれは!」
「いや、ことの始まりは半年まえのことだそうです。農民が殺されたのがその始まりだったそうです」
深刻そうに魔術師カサルは語る。、たしかに、事態はミリアにとっても深刻なのである。
「ど、どうしてヤードジイさんの仕業って解ったんだい?」
「死体の背中に剣でイニシャルが刻んであったのです。Y・Kと」
あの剣にも、たしかY・Kと書いてあった。となれば、やはりヤードはよみがえっている。
「現在のガルメシア王は封印が無事であるかを確認しました。するとでヤードの封印が破られているのが解ったのです」
「な、なるほど…」
「そういうわけです。それから幾人もの住人がヤードの魔手によって落命したそうです。そして今もまだ虐殺は続いて…ん?」
カサル青年はここで大切なことに気が付いた。どうしてミリアはヤード・カジネットのことを「ヤードじいさん」と呼んでいるのだろうか?そして、
ミリアの名字もカジネットだったはず。つまりは、ひょっとして。
「あのう、ミリアさんって、ひょっとしてヤードの子孫かなんかですか?」
「あっ」
気が付いたときは遅い。そんなことを自分からバラしてどうするのだ。まさにバカもバカ。究極のバカ。ハイパーバカと呼ぶのにふさわしい。
「どうするんですっ!あなたのご先祖のために、ガルメシアの人たちが困っているんですよ」
そんなことを言われてもどうすればいいのだ。別にミリア自身が殺しをやっている訳ではない。
「そんなことを言われてもね。あたしはあたしだし、じーさんはじーさんだよ」
それは正論である。ただし、ヤードを復活させたのはミリア自身だが。
「…そうですね…僕がミリアさんを竈めてもしかたがないことでした。すみません」
責めてもいい。こいつが張本人なのだ。
「いいってことさ」
なんでミリアがカサルをあっさり許すのか。それはカサルがいい男だからである。これがランヌだったらとっくにボコボコにされているところ
だ。
「まあ、あたしの野菜スープでも喰っていったらどうだい」
「ありがとうございます。でも、僕にはそんなに時間がないんですよ」
「なんか予定でもあるの」
モシャモシャとカボチャをほうばりながら訊ねるミリア。けっこう変な野菜までスープに入っている。
「僕はヤードを倒さなければなりません。僕の祖父はかつてフィーローズ王に仕え、王と共にヤードの封印に協力した魔術師でした。だから、
僕もその遺志を継いでヤードを封印する義務があります」
堂々としてカサル青年は旨った。ミリアにこの胃年の1/100でも責任感があったら世界はもっと平和なはずである。
僕一人だと一日に一時間が限界です。

「封印って、まさか、あんた一人で?」
「いえ、ガルメシア王のネーメト陛下がヤード討伐の勇士を募っています。僕もそれに参加しようと思っています」
「でも、ガルメシアは遠いよ。あそこに行くまでにはドレスデン山脈を越えなくちゃならないじゃないか」
「僕には祖父の残した武装があります。僕の持っている空を飛ぶ舟があれぽ、ヤードにも太刀打ちはできるでしょう」
うーむとミリアは感心した。さすがこの青年、顔がいいだけじゃなくて心までしっかりしている。
「どうですか?ミリアさんも討伐に参加しませんか」
「やだよ、面倒くさい。しかもそんな金にならないようなことなんか」
それが一番大事である。タダでそんなことをやるほどバカらしいことはない。
「ヤードを倒したあかつきには賞金が出ますけれど」
ピクリ。ミリアの中途半端に長い耳が動いた。そういうことには耳ざとい。
「いくら賞金がでるのさっ」
あっという間に態度をかえる。現金な奴だ。
「えっ、えっと…たしか首を取ったものには金貨一万。封印に成功した場合には五千の金賃が報酬として…わっ、なに、ヨダレを垂らしている
んですか」
一万金貨。それだけあったら部屋代と酒代払ってカツドン喰ってもまだ余る。ヨダレが垂れてきたミリアであった。
「よし、やろうじゃないの。世界の危機を見過ごしできないよ」
声高らかに宣言をする。しかしその根本は私利私欲であるのは言うまでもない。
「では、でかけましょうか」
力強い味方を得たカサルはニコニコ顔。しかし、気をつけるぺきである。こんな奴を信頼したらロクな目にはあわない。
「でかけるはいいけれど、ガルメシアまで歩いたら一週間はかかるよ」
ガルメシア王国はガダルの街の遙か東、ドレスデン山脈の中にある盆地の小王国である。そこまでの道のりは険し<、さして交易もない辺
境の国で、口の悪い連中は『辺境王国』とまで呼んでいるほどに便利が悪い国だ。
「僕には空飛ぶ舟があるっていったじゃないですか。30分役、荷物をまとめて僕の部屋まで来てください」
カサル青年はにこやかに笑った。そして、ミリアはもう完全に、『金貨1万枚』の賞金に取り付かれていた。
30分後、皮鎧にソード一本の装備をして、ミリアはカサルの所にやってきた。それ以外に荷物はなにもない。軽い武装で素早く動くのが得意
の軽い戦士故だが、単に貧乏で、金属製品はたたき売ったということもある。
「それだけですか。シンプルですね」
「しんぷる・いず・べすとよ」
それは違う。ただ貧乏なだけだ。
「ところで、なんなのさ、この妙な物体は」
それは全長10メートルほどの長い筒に見えた。筒は鉄で作られ、中央部には人が乗り込めるようになっている。下部には車輪が二つ付い
ていた。要するに、飛行機というものに酷似していた。ただ、一つだけ大きな相違点がある。この飛行機には浮力を生じさせるプロペラがな
い。
「これは[アロ・マイー二・フォルストイ]と呼ばれた古代技術の辺産で『魔空船』というものです。搭乗者の魔力を消費して、自由に空を飛ぶ事
ができるのです」
「そりゃすごい!」
ミリアもびっくりである。そんな便利なモノがこの世に仔在しているなんて。
「この船は時速60キロのスピードで飛行でさます。ただ、航続時間が短いのが難点で、墨一人だと一日に一時問が限界です。搭乗者の魔力
を消費して飛ぶわけですから」
「へえ。でも、あたしは魔法なんか使えないから関係ないけれど」
「ですから、僕がヘバったら介抱をお願いします」
「よっし、解ったよ」
ミリアに介抱されるよりもミリアから解放されたほうがいいんじゃないか?
そんなんでもとにかく出発することになる。パラパラと分かれてコックピットに乗り込む。カサルが赤いレバーを前に倒すと反重力装置が始
動する。前方の計器に明かりがともり、妙な機械音が座席下部から響き始めた。そして機体がふわっと浮かび上がった。
「発進!」
黒レバーを上にするとギアが入れ替わった。推進力が働き、機体が前方に押し出される。
そしてミリア達を乗せて魔空船は大空へと上がっていく。
「じーさん、絶対にブッ殺してあげるからねっ!わははは」
空へとミリアの高笑いが僕きわたって行った。果てしない野心を乗せ、二人はガルメシア王国へと向かったのである。
(続く)その七へ