その九 そしてジジイはお星様
ガルメシア王城クエスタ・パレス。街の北にある、山の麓にかかってそびえる国王の城である。
王城は、その小さな王国には不似合いなほどに巨大であった。山々と平地の境に沿ってズラリと城壁が並び、内側の傾斜部分に斜めにし
て建物が立てられている。傾斜が緩み、一部分平らになっている部分に国王の住居は建てられていた。
ガルメア国王ネーメトは謁見の間で頭を抱えていた。外見は40少しというところであろうか。彫りの深い顔立ちに、窪んだ頬が特徴的であ
る。大きく目開いた目は異様な輝きに満ちていた。額に刻まれたシワの数が妙に印象的である。
ヤードやマスターと同い年というにはあまりにも若すぎる外見である。彼はその強力な魔力によって己の老化を押さえていた。だから二百歳
近くなろうとも、その肉体はまだ若い。
「またか、またこの事件か」
報告書に目を通して彼は眩いた。またヤードによる被害が発生したとの知らせを受け取ったのだ。
咋夜、街の南にある材木置き場で農民の死体が発昆されたのだ。死体の背中にはこれまでと同じくY・Kの文字か付けられていた。被害者
は胸を砕かれ、一撃の元に絶命していた。
「ヤード退治の希望者は集まったのか?」
「これにてございます」
玉座に腹掛けたままでネーメト王は臣下よりファイルを受け取った。そこにヤード退治に応募した者の名が書かれている。
「農民・戦闘経験なし。無職・虚弱体質。詩人・アル中…こんな奴らばかりだな」
ファイルを次々とめくったネーメト王は顔をしかめた。ロクな人物が集まっていないのである。そのほとんどはこの街の住人であったり、冷や
かしのプータローであったり、自分の実力も顧みないで参加する大バカ者であったりするのだ。
「こうなったら頼りはマデー・ハイソレ。そなたのみか」
渋い顔のままでネーメト王は傍らの大司祭の方を見た。そこには20代も半ば程度の若い僧侶が立っている。大きな灰色のローブと、頭に
乗せた円錐形の帽子は、ガルメシアの大司祭のみに許された正装である。
「もったいないお言葉です」
マデー司祭は頭を下げる。彼は半年前、ヤードによる事件が起こった直後に突如として王城に現れ、仕官を申し出た。彼は非常に有能で
あり、しかも高度のブリーストの呪文が便えるというので、次第にネーメト王は彼を重宝するようになった。今や大司祭と宰相を兼任し、ガルメ
シア王国の屋台骨でもある。
「わたしもいるではございませんか!このわたし、喜んでヤード討伐に参加させていただきます」
玉座より少し下がったところにひかえていたエルフの魔術師が大声を上げた。彼女も先ほどの司祭と同じくまだ若い。その耳は長く尖って
いる。純正のエルフであるからミリアよりも長く尖っている。
「タム、そなたは予の秘蔵っ子だ。出すわけにはいかぬ」
穏やかにネーメト王は彼女を押さえる。
タム・ロ・ヤ。エルフの一族だが、幼い頃に仲間とはぐれたのをネーメト王によって拾われて育てられた。彼女もまた宮廷魔術師としてガル
メシアに欠くことの出来ない存在である。
「なに、イザとなれぱ予とマデーだけでもなんとかなろう。予も英雄フィーローズの孫だ。ムザムザとヤードにこの国を荒させはしない」
威厳を持ってネーメト王は言い放った、とてもヤードとマスターがいじめたオネショ少年とは思えない。
ヤードが封印されてから、ガルメア王家というのはその復活を妨げるガーディアンのような者であった。父王エイドラの治世は平穏に終わっ
た。だが、自分の代になった途端にこの有り様である。そして、それがヤードの仕業という。
しかも、これまでの人生でヤードには散々虐められた。これでは、見て見ぬふりなどできない。
「陛下、さきほど三名の冒険者が現れ、ヤード討伐に参加させろと言っておりますが、いかがなものでしょう」
革鎧を付けた衛兵が進み出、ネーメトに報告した。手にはファイルを持っている。
「それはその者達の情報か?矛に見せてみよ」
ネーメト王はファイルを手に取った。それに彼らの資格、経歴、年齢などが配されている。
「なになに…カサル・バルチュク。魔術師二級。整備士三級、星占術師のライセンス。よし、これは合格だな」
カサルは真面目な人物だから、きちんと学校を卒業して資格をもらっている。頭脳優秀であるから、そのうち一級の魔術師になるのも可能
だろう。
「名前ミリア。…剣士、無芸大食…本当か?」
ミリアは学校なんかサボッていた。剣の修行もやったことがない。資格なんかまったくもっちゃいない。
「これは会ってから採用を決めてみようか。さて、次は…ふむ。ヤード・カジネット。ほう、あのバカと同姓同名とは気の毒な奴だな。剣士二
級、盗賊二級、魔術師二汲に司祭の資格あり…特技、女をコマすこと…カツドン好き…」
ネーメト王はあっけにとられる。これだけの資格を持ち、しかもカツドンが好物のヤードというのは一人しかいない。
「…こんな性格でこんな名前の男というのは…」
ネーメトの幼なじみであったヤード・カジネットしかいない。
どういうことだ?ネーメト王は頭を抱えて苦悩する、それはそうである。どうしてヤードがわざわざやってくる必要があるのだろうか。
「よう、なに悩んでいるんだ?」
唐突に耳の隣で懐かしくも聞きたくはない声がした。いつのまに、という感じで気配がしていた。
「うわっ!ヤード!」
頭を上げたネーメト王は仰天した。そこにはヤード・カジネットが150年前と同じ姿でツッ立っていたのである。
「あまりに遅いから勝手に入らせてもらったぜ」
図々しく入ってきた三人。ヤードの後ろにはミリアとカサルが控えている。
「きっ、貴様!これは何のマネだ!」
「何のって、昔の友人が訪ねてきたんだ。酒くらい出してくれよ」
「誰が貴様になど!」
王は玉座から立ち上がった。そしてサッと右手を振る。同時に衛兵達が彼らの周囲を囲んだ。大きな緊迫感が周囲に一瞬して流れ、全て
を包み込んでこの場を支配する。
「おっと、そう焦るなよ。オレはなにもしないし、してもいないぜ」
「何を言う。予の罪無き国民達を殺したではないか」
「あれはオレじゃないんだ。きっと他の誰かが…」
「聞く耳もたぬわ!」
ヤードの説明を怒喝り声で打ち消すとネーメト王はヤード向かって突進する。そして己の剣を抜きはなったかと思うと返す手でヤードに切り
つける。
「うわっと。短気な奴だな」
「だまれだまれ!こうなったらこのネーメト、一命を賭して贈して貴様を倒す!」
ネーメト王は己の剣を高く掲げる。明らかに、戦闘態勢、やる気満々だ。
「ええい、わからん男だな。こうなったらヤっちまえ!」
「はいはい、面倒くさいことだね」
ブツブツ言いながらミリアは剣を抜いた。
「マデー・ハイソレ、援護を頼むぞ!」
危機を感じたネーメトが背後のマデー司祭に援護を呼びかける。
マデー司祭もメイスを抜いた。低く構えて様子を窺う。
「カサル、呪文を頼むぜ!」
「はいっ」
ヤードに呼応してカサルがマジックロッドを取り出すとそれを握りしめて呪文を唱える。
「大気の原子よ、矢となりて相手を討て!ライトニング!」
マジックロッドの先端からすさまじい電撃が流れだした。空気中の電流を一気に集めて放出する魔法のである。
衛兵がパタパタ倒れていく。強力な電気ショックに耐えられる者は少ない。
「ネーメト様!わたしも加勢いたします!」
混乱を極めるの中からエルフの女性が進み出た。タム・ロ・ヤ。ネーメト王の宮廷魔術師。自然の元素を操る、精霊使いと呼ばれる特殊な
魔法使いだ。
「そこのマジシャン!」
タムはカサルの方を指さし、声を張り上げる。
「闇の化身に告ぐ。我の望みよりその盟約と共にその償いを果たせ!」
呪文の詠唱はあっという間だった。タムの両手から黒い気体状の塊が発射された。目標違うことなくカサルの方に向かっていく。そしてそれ
はカサルの眼の前で破裂し、周囲に闇のエネルギーを漂わせた。
「う…力が…抜ける…」
カサルはガックリ膝をついた。暗黒のエネルギーによって正気が狂わされている。
「カサル!今援護するぜ!」
あわててヤードは倒れ込んだカサルの元に駆け寄ろうとする。
「逆賊め!死ねっ!」
突然後ろから来た大きな気配にヤードは振り返った。マデー司祭がメイスで殴りかかってくる。ヤードは素早くメイスをかわすとそのまま剣
でもってマデー司祭のメイスを止めた。
両者はメイスと剣を合わせたままで拮抗した。両者とも本職の戦士ではない。しかし、力ではヤードが勝るのか。グイグイとマデー司祭は押
されている。
「くっ…本物か…ヤードめ…」
マデー司祭は大きなうめき声を竈らした。額にはびっしりと脂汗がにじんでいた。細い眉が眉間の隙間でで立ち上がり、司祭の顔が夫きく
苦痛で歪んだ。
その時、突然ヤードの頭の中で回路がつながった。
「あっ!お前はパウロス!」
ヤードは大声をあげた。この司祭の顔は確かに知っている顔だ。自然な表情の時が一番素直な顔立ちになる。そう、たとえ顔の形が多少
変わっていτも、正体を悟られることもあるのだ。
「パウロス!何故貴様がここにいる!いくら若返っても、このオレの眼は誤魔化せないぜ!」
「ふふ、やっと気づいたか」
指を突き出したヤードの前で、マデー司祭は開き直ったような笑い顔を見せる。
「ヤード、ここは一旦引き下がることにする。決着はレファルドの洞窟で付けるぞ!」
ひょいとマデー司祭はメイスを投げ拾てた。そして先ほどまで着ていた衣服の上着を脱ぎ拾ててて身軽になる。
「さらばだっ」
マデー司祭は窓から外へと飛び出した。ふと見るとマデー司祭の手には大きな羽がウチワのように握られていた。しかもそれは徐々に大き
さを増し、畳6枚ほどもある巨大なものにと姿を変える。これもやはり魔法の品物だ。ハングライダーの要領でマデー司祭は風に乗る。
その時突風が王城を襲った。落下し始めていた司祭の身体が宙に浮かび上がる。後はあっという間に空を飛び、そして雲を抜けた。もう追
いつくことはできない。
「くっそう…おいネーメト!あれはパウロスだ!あいつだ。あいつの仕業なんだ!」
悔しがるのもつかの間。ヤードは後ろを振り返る。ネーメトとミリア。カサルとタムが死力を尽くして戦っている最中である。
カサルは大苦戦であった。身体の目由が奪われ、呪文を唱えることもできない。闇のシェイドが頭の中に侵入し、全ての思考と行動を麻痺
させてくる。
「ヤードさん…」
全身の感覚がない。もはやしゃべるのも思うままにいかない。ヤードヘの助けを求めると、すぐにカサルは倒れた。精神を封じられ、人事不
省に陥る。眠りの世界に直行だ。
「しょうがねえ。よし、助けてやるぜ」
パチンと剣を鞘に収めるとヤードは呪文印を結ぶ。二流といえども彼は十分な魔力を持つ紛れもない魔術師だ。
「月光よ、暗闇の中を踊り狂え!」
ヤードの呪文と共にヤードの頭上にいくつかの光球が姿を現した。白い光を放つ、月のミニチュアのような光球である。不思議なことにその
光球からは熱さが少しも感じられない。
「月光よ、星属を散りばめて氷を放て!」
次の呪文音節を唱えるとヤードはマリオネット人形を燥るかの如くに手を動かした。光球のねらいが定った。それらは一度にタムの方へと
向かい炸裂する。
「眩しいっ!」
ダメージはない。しかし強力な白い光が女魔術師を襲った。月が破裂したように光が溢れ視カを一瞬奪う。
「はい、ジ・エンドだ」
ヤードがどこから持ってきたのか、マスターの使ったあの巨大ハンマーでタムの頭をブン殴る。
「あああ…」
悩ましい声と共にタムは崩れ落ちようとする。さすがにこんなモノで殴られてはたまらない。
「…負けられません!ヤードを倒すまで!」
しかし彼女は耐えた。必死の形相で歯を食いしばり、壁に手を付きながらもヤード達を睨み据える。
「おいおい、オレは悪くないぞ。悪いのはさっきのパウロスだ」
しかしヤードの言葉は耳に入らず。彼女は荒い呼吸のまま、攻撃に出ようと機会を狙っていた。チャンスは一度きり。ヘタをすると命は無く
なる。
「そんな恐い顔をしなくてもいいだろう。本当だって。オレは無実なんだから」
「…そんなことはどうでもいいです…ネーメト様を貶めたあなた方は、絶対に倒されなくてはなりません」
「貶めた?だってあいつがオネショとかオモラシとかするのが悪いんだよ。まったく、あのオネショ王子は」
「許しませんよ!」
力強くタムが立ち上がった。ヤードの方を向いて手を前に突き出す。
「炎の魔神エフリートに告ぐ!」
「けげっ!その呪文は,」
ヤードの顔が青ざめた。と、ヤードの前で小さな炎が起こる。呪文が起動し始め、邪悪な雰囲気がヤードを取り囲む。
「我が望みにより、その契約を果たせ!汚れある者、罪ある者が地獄の炎で焼き尽くされる時が至れり!」
タムの呪文が次々と完成させられていく。呪文が完成させられた瞬間に対象は炎によって焼き尽くされるであろう。全てを焼き尽くす炎の魔
人イフリート。
「ちょ、ちょっと、止めてくれ!」
先ほどまでの高圧的な態度はどこにいったのやら。ヤードはまったく蕉りと恐怖を隠さなかった。
しかしその努力も虚しい。呪文は次々と完成させられ、後は対象の名前が叫ばれるのみである。
「罪ある者、その名は!」
あと一言、それだけで全ては終わるところまで呪文の詠唱は進んでいた。完成とともにヤードは地獄の炎で焼き尽くされる。
「ミリア、頼む!オレを助けてくれ!」
「あいよ!まったく、役にたたないクソじじいめ」
ネーメト王と激戦を繰り広げていたミリアがひょいと振り返った。先程ヤードが使った巨大ハンマーを持ち上げる。
「罪あるもの!その名はヤー…」
「やかましい!」
ポゲッと乾いた音がした。
見事にタムの頭に特大ハンマーがきまった。強力な呪文ほど詠唱には時間がかかる。その間隙を狙った攻撃。それは正解だ。しかしムゴ
い。ムゴすぎる。
「グァっ…」
タムは頭を押さえた。脳髄がガンガン響いている。意識が無くなりそうだ。これ以上立ち続けるのは困難すぎる。
「ネ…ネーメト様の名誉にかけて…貴方達を倒します…」
額からこみかめにかけてが破裂しそうに苦しい。少しでも気を抜くと失神してしまいそうだ。
「負けられません…」
血塗れのローブに身を包みながらタムはヤードと対陣する。
どうしても負けられないのだ。主君ネーメトを貶めたヤードには。
オネショ王子。即位前のネーメト王はそう呼ばれていた。
何故そう呼ばれたのか?
答は明白である。中華マスターのマグヌスがネーメト王の恥を全部バラして回ったからである。それと一緒になってヤードもバラしまわっ
た。、悪いのは悪ガキニ人である。
しかし、ネーメト子飼いの魔術師であったタムは心に深く誓っていたのであった。絶対にヤードを倒し、主君の恥をそそごう。かなり、一方的
な思い込みである。
「我が生命の主に告ぐ!」
全身の気力を振り絞りながらも彼女は印を結んだ。
「全てを滅し、我が命を奪いたまえ。その望みを託し、時空を覆したまえ…」
「そ、その呪文は!やっ、止めろ!」
ミリアと剣を合わせていたネーメト王が恐怖の顔で叫びをあげた。魔術師タムはラストの賭に出た。己の生命と引き換えに時空をねじ曲げ
る究極の呪文ディメンジョン・ドア。それを使用しようというのだ。
「うわあぁ!止めろ!」
ネーメト王はすっかり冷静さを失っていた。剣が乱れ、フットワークに隙が生じた。動揺は戦いのリズムを狂わせる。
「止めるんだああ!」
「うるさいわ、アホ!」
ミリアがその瞭を突いて突っ込んでくる。
「げふっ!」
一声うめいてネーメト王は剣を落とした。ミリアのパンチがみぞおちに命中したのだ。カラランと虚しい金属音がした。剣が転がり、ネーメト
王は倒れる。
「さて、一丁あがりと。そして」
ミリアはつかつかとタムの所に歩み容る。そしてグイとこのエルフのの首筋を掴んだ。
「やめい!あたしはそういうシリアスぶりっ子が大嫌いなんだ!えい!このアホエルフめ!」
ポガッと肘鉄がきまった。
「きゃあ」
タムが崩れ落ちる。
「よっしゃあ!」
相手が倒れた所にロメロスペシャルが入る。そしてウエスタンラリアット。続けざまにフライングボディアタックがきまった。
四の字固めにかかる。そして、どこかでゴキッと鈍い音がする。
「あたしはブリっ子は嫌いだ!」
殴って、叩いて、ほとんど原型を留めないまでににブン殴ってからミリアはハアと息をつく。
「お前な…そこまでやらなくてもいいんだぜ…」
さすがのヤードも青い顔。いくらなんでも、これはちょっと酷すぎた。
「いや…なんかムカつくんだよね。こういう、一人でシリアスやっちゃう女って」
「ところでよ。オレの名をかたった奴が解ったぜ。あの司祭がそうだ」
「ありゃ、あいつ、いつのまにか消えてしまったね」
戦いに夢中になっていたミリアはマデー司祭がどうやって逃亡したかが解っていない。、
「つまりだな、あいつの正体はパウロス僧正だったんだ。魔法で若がえっていたからすぐには解らなかったが、インケンな手口からしてもやっ
ぱり奴だ」
パウロス・ルイシコフ僧正。その名もまたヤード・カジネットと並んで名が高い魔人である。
かつてヤードと共に世界を支配しようとした魔術師フィルデ。その部下であったのがパウロス・ルイシコフである。フィルデ四天王と呼ばれた
四人一人で、人間でありながら生死を司る魔術をマスターした究極のダークプリースト。死の帝王の異名を持つ恐るべきビショップである。
「あの野郎め。絶対にブッ殺してやるからな」
「なんでパウロスがじーさんの名前をかたったんだい?」
「うん、それはオレが思うにはだな…うっ!」
その時、ヤードの言葉が突然止まった。背中に鈍い痛みを感じて彼は振り返った。
「て、てめぇ…」
いつ気絶から覚めたのだろうか。ネーメト国王が剣を構え、それをヤードの背中に深々と突き刺している。
「…くっ…卑怯な…」
「よくも子飼いの部下を…覚悟しろ!」
ネーメト王の視線は、ぐちゃぐちゃになって死んでいるエルフの魔術師に向けられていた。しかし、これを殺したのはヤードではなくミリアで
ある。
「ふふ、ヤードめ。苦しいか?もっと苦しませてやろう」
ズブズブと剣先がヤードの胸中にメリ込んでいく。
「じーさん!」
「大丈夫だ…これくらいじゃ…死にはしない…」
「そうかな?」
恐ろしい形相のままでネーメト王は剣を突き刺した。剣がヤードの身体をツキ抜けた。剣先は心臓を貫いていた。鼓動は停止し、ヤードの
肉体は崩れ落ちる。彼は完全に絶命した。
「どうだ、愛しい肉親を殺されて、愛しい部下を殺された私の気持ちを思い知ったか」
「え?愛しい者?」
ミリアにとって、こんなヤードなんか全然愛しくない。どっちかといえばむしろ厭わしい。
「ん?まてよ…」
ヤードは死んだ。ということはもう、こんな事件なんか関係ないということだ。
「はいはい。あ〜、悲しいな。じゃ、ネーメト陛下、気が済んだならあたは帰らせてもらうよ。こんな所でバカやっているほどあたしはアホじゃな
いんだ」
そう言うと、剣をしまってミリアは帰り仕度を始めた。こんな金にならない仕事なんかやっちゃいられない。
「なんだと。ヤードは貴様の祖父なのだぞ。少しは悔しいとか、悲しいとか思わないのかっ」
「あのね、誰がこんな奴を可愛そうと思うか。あたしは無理矢理付き合わされたんだ。はい、邪魔だからどいてどいて」
そう言うとミリアはもうスタスタと歩き始めた。まるでお話にならない身勝手さである。
「待て!貴様も部下の仇だ!天が許しても予は許さぬぞ」
ネーメト国王はミリアの前に立ちふさがる。貴様も、というより貴様が、というのが正しい。
「どいてよ、王様。邪魔すると怪我するよ」
引き止めようとするその手をミリアはあっさり退ける。
「バカをいうな。このネーメト、貴様ごときには負けぬ」
ネーメト王は殺意を込めた表情のままで微笑んだ。
両者は睨み合った。静かな殺意が二人の間に流れる。
「忘れるな。予の本性がドラゴンであることを」
口の端を少しひきつり気味に上げてネート王が微笑した。
笑い顔は既に人間とはかけ離れ始めていた。その姿は少しずつ他の生物へと変わり始めていた。そう、それは巨大な竜の姿であった。
大地に立ちつくす巨大な巌。伝説のティアマット・ドラゴンがそこにその威容を現していた。
(続く)その十へ