第二章 カールの章
先祖からの継承


「……ちゃん。お兄ちゃん。……いつまで寝てるのよ…くおらああっ!!!」
「うどわあああっ!」
 ボクは大声と共にベッドからおもいっきり転げ落ち、頭を強打して一瞬気を失った。
「あ…、チョットやりすぎたかな。アハハハハ」
 ボクのリアクションに一瞬唖然としたメイは笑ってごまかした。
「イチチチチ…。起こす時に耳元で怒鳴るなって前も言わなかったかい」
ボクは出来立てのタンコブを摩りながら抗議した。
「だって、『明日は学院に十時までに行かなければいけないから絶対に起こしてくれ』って昨日言ったのはお兄ちゃんだよ。だからしかたなく …」
 そう言ってメイは本当にすまなそうに答えた。う…、そういう顔されると怒るに怒れないんだけど…。
「って、メイ!今何時だ」
「なかなか起きてくれなかったんで、もう9時過ぎだよ。ちなみに、お母さんとガイお兄ちゃんはとっくに仕事に出たよ」
「ぬわにいいいっ、それを早く言ってよおおおっ!」
 慌てて服を着替えて(もちろんメイは部屋から追い出した)下に降りると、一階の居間でトキオ兄さんが遅い朝飯を食べていた。
「お、カール。やっと起きたか。朝飯食うか?」
「食べてる暇ないよ。とりあえずトーストだけちょうだい。走りながら食べるから。ところで親父とキャリーは?」
「おじさまは家の宝物部屋の整理、お姉ちゃんは冒険者の仕事捜しと歌うたいに冒険者の店に行っているよ」
 兄さんにかわってメイが答えた。
「なるほど…って、それより急がないと!」
 パルサー家はオラン郊外にあるため、中心部にある学院までは当然距離がある。まあ、今から急げばなんとかセーフといったところか。
「あ、アタシもそろそろ学院行かないと。ま、いいか。アタシ出勤時間遅いし」
 のんびりしたメイの声を聞きながら、ボクは玄関から駆け出した。



 ボク達パルサー家にルーン親子が居候するようになって、もう六年が過ぎ、ボクも十七の誕生日を目前に控えていた。セリスさん達が居候 しだした後、ボク達兄弟はセリスさんの娘二人と兄弟同然に育てられた。さっきメイがボクを「お兄ちやん」と呼んでいたのもその一つ。そし て、六年たってボク達がそれぞれどうしたかを言うと……
 ますボクだが、学院に入って魔術師になるべく勉強を始めた。家でもセリスさんに魔法のレクチャーを、それとトキオ兄さんに武術の修行を 受け、今では魔術も武術も一人前の魔法戦士となっていた。普段は学院で勉強したりしながら、冒険者としての仕事を捜す毎目を送っている (これは他の皆も同じ)。
 ガイ兄貴はファリス(法と秩序の神)神殿に入門し、神官戦士団に入るまでになった。時折手伝いで凶悪專件の解決に駆り出されることもあ る。現在は神官戦士団の若きエースとして活躍中だが、信仰心より感情重視。現場の指揮官が迷っているうちに独断専行して後で始末書地 獄に陥ることも一度や二度ではない問題児でもある(ただ、戒律のみは一応守ってはいるが)。兄貴日く「オレは正義の味方やりたくてファリス の神官やってんだ。役人の下働きやってんじゃねえ」とのこと。
 トキオ兄さんだけは定職に就かず専業冒険者のままである。六年前よりさらに腕を上げて、今では冗談抜きでオランでトップの剣士となっ た。騎士団からのスカウトも何回か来たが、「家訓で『地位や権カを求めるな』とあるし、オレ自身もそういうのイヤだし」とつっぱねている。
 セリスさんは魔術と薬草の知識を買われて、学院の専属医兼導師となった。オランのみならず東方では一、二を争う名医と評判で、学院の 人間以外にも外来の患者がよく来るので、最近では診療所を開こううかと考え出しているらしい。なお、トキオ兄さんとは思ったよりも仲が進 展せず、今だ『友達以上恋人未満』が続いている。おかげで周囲の人(特に娘達)がどんだけヤキモキしたか…
 メイは一人前の精霊使いとなった。セリスさんの影讐か、攻撃よりも回復・治療に魔法を使うほうが好きで、セリスさん程ではないが立派な 医者となって、助手として母親と一猪に学院に勤めている。ボク達兄弟、特にボクには兄として懐いている。かなり甘えん坊で大食いで子供っ ぽいのが短所でもあり、いいところでもある。
 キャリーは盗賊(ただし遣跡荒らし専門)となった。聞いた話によると、西方でロックとかいう音楽が出来たらしく、その触発から自分もやって みようとギターの練習もやっている。普段は大人びているが、やはりそこはメイの姉だけあって時々『地』がでたりする。



「お誕生日おめでとう!カールお兄ちゃん」
 十七才の護生目の当日、学院から房ってきたボクに、そう言ってメイが花束を渡してきた。
「え?な、何だ?一体…」
 ふと見ると、居間のほうで家族全員で料理とか準備して待ち構えている。そう言えば、今日セリスさんは「やることがある」と言って仕事を休 んでいたし、メイも今日は早く帰っていたが、このためだったのか……。
「何って、お前の十七回目のバースデーと、パルサー家次期当主の襲名パーティーをこの際だからまとめてやってしまおうと思ってな」
 にこやかな顔をして親父が答えた。
「今まで誕生日ってこんなに盛大に祝ったことなかったような気がするけど…。でもうれしいな。みんなにボクの誕生日と次期当主の襲名パー ティーを………って次期当主の襲名って何?」
「ああ、そのことか。カール、プレゼントだ」
 そう言って親父は一振りの小型の長剣を取り出すと、ボクに手渡した。
「親父、この剣って確か……」
「うむ、歴代のパルサー家当主祁受け継いできたものだ。カール、パルサー家の歴史は当然知っているな」
「えっ?まあ、子守歌代わりによく聞いたから…」
 時代は古代王国末期。天才と言われた若き魔衡師がいた。その名をパルサーと言う。彼は民衆を蛮族扱いする王国の方針に納得がいか なかった。魔術だけでなく、忌み厳われていた剣の腕も優れていたパルサーは、一振りの魔剣を鍛えると、闇に紛れて、蛮族に対する扱いが 特にひどい魔術師や、不当な人体実験を漬して回った。
 後にその行動は王国に知れることとなったが、パルサーは各地を転々としながらも活動を続け、何人もの追っ手を剣で、あるいは魔法で 次々と返り討ちにした。そのエンシェントドラゴン(ドレイク種とも呼ぶ)の如き強さから、いつしか彼は『レイシェント・パルサー』と呼ばれるよう になった。
 結局、レイシェントに対して大規模な討伐がされることはなかった。その前に古代王国が崩壊を始めてしまったからだ。王国の多くの魔術師 は魔力の供給源である『魔力の塔』の崩壊と共に魔力を失ったが、『塔』に頼ってなかったレイは魔力を失うことはなかった。しかし、魔術師で ある以上、彼も蛮族にとっては抹殺の対象でしかなく、逃避行は終わらなかった。
 数年後、やっと崩壊時の動乱が収まりだし、レイも家庭を持ち、落ち着くことができた。だが、間もなく彼は病に倒れる。長年の逃避行と、そ の最中に追っ手との戦いのためにと数多くの魔法の道具、それも並みのエンチャンターでは作れないような強力な道具を作り続けていたため、まだ若いにもかかわらず、彼の体も魔力もすでにボロボロとなっていたのだ。
 レイは最後の魔カで自分の意志を道具に封じ込めて、世界のどこか(別空間とも言われている)に封印し、愛剣を妻とまだ幼い子供に託し て息絶えた。「この剣がある限り私は一族を守り続ける」と言い残して………。
 以来、レイシェントの剣はパルサー家当主に代々伝えられることとなった……。
「…確かそんな話だったっけ。もっともボクは話半分に聞いていたけど。いくらなんでも強すぎるって、そのご先祖」
「こらこら、次期当主がそんなことを言ってはいかんぞ」
「だからあっっっ!何だよその次期当主ってゆーのはああああつ!!」
「だから、本日付けをもってお前がパルサー家第三十二代目の当主となったという訳だ、もっともワシはまだ引退する気はないから、次期当 主というわけだ」
 親父のそのにこやか笑顔でボクは自分を危うく失いかけた。というより、ほとんど叫んでいた。
「くおらあ!待てい、親父い!んなもん本人の意向無視で決めるなああ!!兄さん達も何とな言ええっ!!」
「悪いが、お前に選択の余地はない。剣との相性が一番合っているのがお前なのだよ」
「えっ!何それ?」
「そうか、お前はまだ知らないんだっけ」
 親父とのやりとりを面白そうに眺めていたトキオ兄さんが口を挟んできた。
「って言つてもオレもお前ぐらいの年になるまで知らなかったがな。パルサー家の人間は生まれたときにその『レイシエントの剣』との相性を 調べられるんだ」
 そういって兄さんは手渡されたぱかりのボクの手の剣を指すと、話を続けた。
「剣を赤ん坊に近づけて、どれだけ剣の反応が強いか調べるんだ。それで、一番反応の強かった者がパルサー家の当主になるという仕来た りがあるんだ」
「トキオもガイも中々素質は高かったんだが、お前が一番反応が強かったんだ。まだ生きていた祖父ちゃん、お前のひい祖父ちゃんも驚くほ どの強さだったんだ。ひい祖父ちゃんはワシや祖父ちゃんをも凌駕するすご腕の戦士だったが、そのひい祖父ちゃんが驚くぐらいだからお前 は適任かと思うんだが」
 親父は自信たっぷりに言った。
「いや、だから…。いきなり言われても困るって言っているんだけど」
「ええっ!、アタシはてっきりお兄ちやんは知ってると思っていたのにー」
 ボクの傍らでおとなしく聞いていたメイが残念そうな声を上げた。
「えっ…?あ、いや、誰も受けないとは言ってないけど…」
 ボクは思わずアタフタしながら答えた(メイに弱いなぁ、ボク)。
「おおっ、それじやあ次期当主の件はOKだな」
 親父は目を輝かせた。
「ふう…。さっき『選択の余地はない』って言ってたでしょ?それに仮にここで断っても、親父のことだから何かと理由つけてムリヤリにでも受 けさせるに決まっている。それなら、ここで了解したほうがまだマシってものでしょ」
 ボクはもう諦め顔でそう言うしかなかった。
「わーい。それじゃあ話も決まったところでパーティー始めよー。お母さん達と一緒に頑張ってゴチソウいっぱい作ったんだから」
 そう言ってメイはボクの手を掴んでテーブルまで引っ張っていった。
 (ま、いいか)
 ボクははしゃぐメイの顔を見て、そう思った。



 ただ、次期当主と言っても、パルサー家は家風がそう重苦しくなく、事実、当主って何か仕事があるのかと親父に聞いてみたら、「特にない なあ。まあ、顔役のような者だから、今まで通りやっていればいいぞ」と即答された。そのため、その後もボクの生活は何一つ変わらなかっ た。冒険者の仕事がないときは学院通い。そんな毎日が続いた。
 唯一変わった事と言えば、ボクの腰に一振りの剣が吊してある事だけだろうか。ただ、わからないのがその『レイシェントの剣』だった。自慢 ではないが、ボクは頭はいいほうである。応用力があまりないため、見習い魔術師時代の成績はあまりよくなかったが、単純な知識と魔力に おいては同期で右に出る者はいなかったほどだ。
 だが、そのボクの知議を総動員しても剣のことは何一つわからなかった。いくら調べても、魔力すら持たないタダの剣にしか見えないのだ。 親父に聞いても「そのうちわかるよ」と面白そうに答えるだけだった。
 当主襲名から一週間がたったその日、ボクは聞きたい導師の講義が終わってヒマだったので、医務室でセリスさんとメイ相手にダベッてい た(ここは彼女等の私室でもある)。
「それじゃあお兄ちゃん、剣のことは何もわからなかったの?」
「ああ、あらゆる方法で鑑定してみたが、全然ダメ。知り合いにラーダ(知識の神)神官兼任のやつがいたから鑑定の魔法も頼んでみたが、 『何かありそうだが、虜力が封印してあるらしく詳しくはわからない。少なくてもタダの剣ではない』としかわからなかったってさ」
 ボクは医務室のベッドに寝転んでぼやいた。
「そうだ、お母さんに見てもらったら?」
「それならとっくに見たわよ」
 紅茶を一口飲んでセリスさんは言った。
「でも結果は同じ。魔法も使って調べたけど魔力が隠藪、もしくは封印してあるとしかわからなかったわ。普通、鑑定の魔法ならどんなもので も鑑定できるはずなのに…」
「少なくとも、そんだけ強力な封印が施してある以上、タダの剣ではないってことだけれど」
 ボクがそう言った途端、乱暴にドアが闘いて、ガイ兄貴が転がり込んできた。
「どうしたの、ガイ君。急患?」
 訪ねるセリスさんに、息を切らせながら兄貴は答えた。
「ああ、たった今ファリス神殿に運ばれたところだ。どうやら毒にやられているみたいだが、強力なヤツらしくオレ達の解毒魔法では効かねえ し、高司祭様は運悪く留守だ!」
「わかったわ。メイ、留守をお願い。勤務時間終わったら神段に来て。詳しい症状は現地で聞くわ」
 そう言ってセリスさんは医療カバンを持って、兄貴とともに出ていった。



 セリスさんが出ていったあと、ボクもいつまでもダベッているわけにもいかないので、家に戻ったが、セリスさん達はなかなか帰ってこなかっ た。
「遅いな〜。セリスさん」
 夕飯になっても帰ってこなかったので、先に夕飯を食べながらトキオ兄さんはぼやいた。
「よっぽど治療に手間どってるのかな」
 ボクがあいづちを打った途端、キャリーが帰ってきた。
「ただいま〜」
「遅かったな、キャリー。あ、そうそう、セリスさんやメイだったら…」
「あ、それだったらちゃんと知ってるわよ、カール君。これでも盗賊の端くれよ。ついでに幾つかその点で情報は仕入れてきたわ」
 そう言ってキャリーは謡し始めた。
「被害者はファリス神官戦士団のロム君と彼の仲間の冒険者数名。ロム君のことは知っているわね、カール君?」
「まあね、ボクも何回かあったことはあるけど。確か兄貴と親しかった人でしょ?」
「そう。そのロム君達が、オラン近くで見つかった古代王国の地下遺跡を探索に行ったらしいんだけどね。死人は出なかったけど全員ボロボ ロになって戻ってきて、しかもファリス神殿についた途端にダウン。ガイ君達が必死に手当したけど傷が治っても深い昏睡状窟で意識が戻ら ない。何かの毒に侵されたのかも、ってわけでお母さんを呼んだみたいね」
「それでキャリー、治療はうまくいっているのかね?」
 親父が口を挟んできた。
「残念ながらそこまでは…。でも、こんだけ時間がかかっているってことは、かなりてこずっている、と考えたほうがいいかもね」
「ヘタしたら夜通しかかるってことか…」
 そう言って兄さんはため息をついた。



 兄さんの言葉通り、セリスさん達はその日は帰ってこなかった。翌日、学院に行く用事はなかったので、ボクは兄さんとキャリーと一緒にファ リス神殿に様子を見に行くことにした。セリスさんが治療にあたっているはずの部屋の前に行くと、廊下の壁にもたれてガイ兄貴がうつらうつ らしていた。
「ん?ああ、お前等か…」
「おつかれさん、兄貴。で、様子はどう?」
「あんまり芳しくないな。セリスさんとメイが原因を調べている最中だが」
 兄貴と話していると、部屋のドアが開いて、セリスさんとメイが出てきた。
「カールお兄ちゃん達も来てたの?まあいいか。ガイお兄ちゃん、原因と治療法わかったよ。と言っても、やったのはほとんどお母さんで、アタ シは手伝っただけだけど」
 寝不足で疲れ切った顔で、メイはそう言った。
 休憩を取りながらセリスさんはボク達と神官達に説明を始めた。(ただし、メイはその前に力尽きて寝た)。
「ロム君達の髪の毛や服に微量ですけど責色い粉が付着していました。何かの花粉には間違いないけど、種類の限定は不可能でした。それ を分析した結果、呼吸などで体内に入って二、三日すると、昏睡状態を引き起こすことがわかりました。患者の中には、高熱を発していたり、 ひきつけを起こしていたりと、他の症状もありました。調べるのに少し時間が掛かりましたが、そちらも別種の花粉に間違いないです」
 セリスさんの説明に神官達は驚きを隠せない様子だった。
「つまり、彼らはその毒花か何かにやられたと?」
 神官の一人が尋ねた。
「あるいは植物系の怪物か。いずれにせよ、彼らが目を覚まさないと話は聞けませんが。まあ、解毒剤は簡単に作れそうですから、明朝には 全員回復するはずです」
 その言葉に神官達は安堵の表情を浮かべた。しかし、ガイ兄貴だけは苦虫を噛み漬したような表情を崩さなかった。
「ロムの意譲が戻ったら、アイツ等の行った遣跡に行こうと思っている」
 セリスさんが解毒剤を調合するのを待っている間に、兄貴はボク達に告げた。
「セリスさんが種類を限定できなかったってことが少し気味悪いが、ロムの奴をボコボコにしてくれた礼はしてやらないと気が済まねえ」
「アンタのことだし、そう言うと思ったよ」
 キャリーが平然と答えた。
「仇討ち云々は別にしても、そんな危ない植物ほっとくわけには行かないしな」
 トキオ兄さんも続けた。
「当然ボクも行かせてもらうよ。次期当主が茶でも飲んでお留守番、ってわけにはいかないしな。当然コイツやセリスさんもついてくるだろうし」
 ボクは傍らでまだ眠りこけているメイに目をやってそう言った。



「どうやらアレに間違いなさそうだな」
 地図を見比べながら兄さんは目の前の洞窟を指さした。
 あの後、セリスさんの治療のおかげでロムさん達が意識を取り戻し、ボク達は話を聞くことができた。
 その日、ある遺跡に潜った彼らに、探索を初めて間もなく、奥のほうから粉のようなものが吹きつけてきた。
「おそらくあれが君達の言う毒性の花粉だったんだろうね。もっともその時の僕たちはそんなことわからなかったけど。ただ急速な脱力感が襲 ってきて意識が朦朧とし出したので、これはますいと思って慌てて引き返したんですよ」
 そうロムさんは兄貴に言った。
 しかし、体調は外に出ても戻らない。ロムさんが神聖魔法で解毒しようとしても毒性が強くて効果がない。近くに町や村はなく、やむを得ずオ ランまで歩いてきたらしい。
「オランまでは二日弱の距離だったかな。だましだまし歩いたからさらに半日ほどかかったけれど。まあ、よく持ったものですよ」
 ロムさんはそう言った後で、思い出したように続けた。
「そうだ。はっきりとは覚えてないんですが、花粉を浴びたときに向こうに何か人影のような姿を見ました。くわしくは見えなかったですが、髪が 長かったような…」
 ロムさんや彼の仲間から聞けた情報はざっとこんなところだった。
 ちょうど、ファリス神段の方でも『そんなヤバイ代物放っとくわけにはいかない』と、その遺跡の再詞査と原因究明が決定して、当然それには ガイ兄貴が志願した。もっとも、その依頼がなくても行くつもりだったが(特に兄貴が)。.
 かくしてボク達は、その遣跡の入口まで来たというわけだ。
「例の花粉の予防薬作っておいたから、入る前に飲んでおいて。入ってすぐにやられた、って言っていたし」
 そう言ってセリスさんが全員に飲み薬を手渡した。薬を飲み干すと、ボク達は準備を始めた。キャリーは松明をつけるとメイに手渡した。兄 貴は背負っていた盾を手に持ち、ボクも背中から銀の三節棍を抜いた。これは、鎖を引っ込めると一本の棒としても使え、銀製のため普通の武器が効かない怪物にも通用するという代物で、自分で金を貯めて手に入れた特注品だ。
「さて、そろそろ行くか」
 全員が支度を整えたのを見計らってボクはそう言った。



 洞窟の中は途中からレンガ壁に変わっていた。
「なるほど、古代の遺跡は伊達じゃないってわけか」
 兄貴のつぶやきにメイが怪誘そうな顔をして言った。
「でもさあ、こんな所にあってよく今まで見つからなかったねえ。オランの近くの遺跡ってほとんど掘り尽くされているのに」.
「オランの近くだったからじゃないか?」
 ボクは彼女の質間に対して、自分なりの意見を言ってみた。
「この辺一帯はすでに調べ尽くしている。そういう先入観があるから、未盗掘の遺跡を誰も捜そうとしない。だから見つかりにくいってところか な?」
「なるほど、『灯台もと暗し』ってわけね」
 キャリーが相づちを打った。
「まあ、それはいいとして、ロム君達の証言だともう花粉が襲ってきてもいいと思うんだけど。もっと奥のほうかしら」
 そう言ってセリスさんは怪訝そうな顔をした。
「いや、そうでもないようだぜ」
 そう言ってトキオ兄さんは『チョット止まれ』とボク達に合図を送った。
「この先に誰かいるな。人間かどうかわからないが」
 兄さんが感づいたと同時に何か粉のような物が吹きつけてきた。
 ロムさん達を襲った花粉に間違いないだろう。しかし、セリスさんの薬を飲んでおいたボク達にはそんなものは効かない。
「そんなもの効かないぜ。それよりテメェか!ロム達をやったのは」
 兄貴の口上に答えるように今度は人の太腿ぐらいの太さの数本の触手が伸びてきた。いや、触手というより木の根に見える。兄貴は愛用 の長剣でそれらを払う。
「アラアラ、少しはやるようね」
 奥のほうから女性の声祁した。
「ひょっとして、この前の人間達の敵討ちってわけえ? まあ、どっちでもいいけどね。アタシを倒したければ、この先に広間があるからそこに 来なさい。待っているから」
 声が途絶えたと同時に、兄貴に弾かれた根は奥のほうへと引っ込んでいった。
「よし、行くぜ!」
 駆け出そうとした兄貴をメイが「ちょっと待って」と遮った。
「アタシがチョット見てみる」
 と言って奥のほうに目を凝らした。精霊使いである彼女は暗闇を見たり、周りの精霊カを感知することができるのだ。
「ん?なにあれ……人の姿は見えるけど、その周りに植物が、おそらくさっきの根っ子だと思うけど。植物の精霊は感じるけど、自然の植物 のものとは違うわね」
「人造の魔獣の類か?いずれにせよ広間に行かなければはっきりしない、か」
 ボクの咳きを合図に全員が慎重に広間へと歩いていった。



「げっ、なんだコイツは!」
「!何よ、これえ!」
 広間に入った途端、兄貴とキャリーがほぼ同時に叫んだ。声に出さなかったが、ボクも同じ意見だったし、他の皆もそうだったろう。
「あらあ、『これ』とは失礼ねえ」
 広間の中央に待っていた彼女はそう顔をしかめた。
 古代王国期に作られた魔獣にスキュラというのがある。
 上半身は人間の女性で、腰から下がタコのような触手と蛇が無数に生えていると言う魔獣で、性格は至って残忍。水浴びしていると思わせ て旅人を油断させて殺す(そして多分エサにでもする)のが得意という厄介な魔獣である。
 広間にいたのは確かにそのスキュラに似ていた。ただ、下半身がタコと蛇でなく、先ほど見た木の根でできていた。根にはいくつもの花が咲 いていて、花粉を吹いていた。しかも無数の根は、そこそこの広さのある広間の半分以上を埋めつくしていた。
「この前のは花粉の効きはじめが以外に遅くって逃げられちゃったから食べられなかったのよねえ。ネズミとかにはすぐ効いたんだけど、何 せ人間に使ったのは始めてだったんでね。ま、あんた達の方が身が引き締まっていておいしそうだけど」
 『スキュラ』の平然とした言葉が兄貴の怒りに火を点けた。
「うるせえ、ババア!よくもロム達を半殺しにしてくれたな!!」
 ガイ兄貴が切りかかろうとするが、周りの根がそれを阻む。
「誰がババアよ、エサの分際で調子に乗るんじゃないわよ!」
 不機嫌そうに言うと、根が一斉にボク達に襲いかかってきた。四方八方から来る根を裁いているうちにボク達は分断されていた。
「ホホホッ、さて一匹ずつ可愛がってあげるわよ」
 そう言って『スキュラ』は次々と根を繰り出してくる。!
(性格悪いが頭は悪くないってわけか、クソツ!)
 目前の根を三節混で叩き漬すとボクは頭の中で毒づいた。しかし、いくら根を破壊しても沢山ありすぎてキリがない。その上、『スキュラ』本 体は痛くも痒くもないようだ。ボクは根をあしらいながら、電撃の魔法を放ったが無駄だった。本体の周りを取り巻いていた根が盾となって魔 法が届かないのだ。盾となった根が焼き焦げただけだ。さらに、あせるボクの前で、さっき漬した一本の根から新たに二本の根が生え始めて いた。
「そんな!?再生・増殖能力まであるのか!」
 ボクが気付いたときにはすでに兄さん逢は増殖しだした根の大群に押されだした。
 トキオ兄さんはそれでも根を裁き義ききれていたが、とても本体まで到達できる状況ではなかった。珍しく焦りの色が見える。
 ガイ兄貴は無理に本体まで行こうとして、根に絡みつかれ、何度も石畳に叩きつけられた。それでも気弾の魔法(不可視の衡撃波)を撃つ が、やはり根に阻まれた。
 キャリーは根を小剣で受け流しながらベルトから数本のダーツを抜いて投げつけた。大半は根に阻まれたが、一本だけそれをかいくぐっ て、スキュラの頬をかすめた。しかし、それがかえって怒りを買ったらしく、スキュラは兄貴をキャリーに向かって投げつけてきた。
 根を裁くのが精一杯だったキャリーはもろにそれを食らい、兄貴と一繕に壁に激突した。二人とも息はあるみたいだが、ダメージが酷いらし く苦悶の表情を浮かべたまま動けないでいる。
 体術が苦手なセリスさんとメイはそれぞれ炎の魔法で根が近づかないようにしていた。しかし、そろそろ魔力が尽きかけているらしく、二人 とも息が上がっていた。
 そんな彼女等をあざ笑うかのように、根は散発的に彼女等を叩いていた。
(ますい、このままじゃ!)
あせった途端、根の一本がボクの手を激しく叩かれ三節棍を取り落としてしまう。
落ちた棍はすぐさま根に遠くに弾かれた。
(しまった!)
 思わず他に武器になりそうなものを探した。その時、目が腰に吊してあった『レイシエントの剣』に止まった。魔カも不明の得体の知れない 代物だが、周りの状況を見ると他に手はなかった。
(試すしかないか!頼むよ御先祖!)
 心の中で叫んで剣の柄を握った途端、頭の中に声が響いた。
(おお、呼んだか?ええっと、確かカールだっけ?)
(ええっ、何だアンタ!?いきなり人の頭に話しかけてきて)
(おいおい、お前が呼んだから答えたんじゃないか。アンタ呼ばわりはないだろう)
(え?まさか、レイシェントーーパルサー?)
(そのとおりだ。あの化け物を倒したいんだろう?力をチョットだけ貸してやるから、あとは自分でやってみろ)
(え、自分で?)
(当たり前だ。オレの子孫だったら自分で切り開け!まあ、オレの『チョット』って他人から見れば凄いらしいがな。いすれにせよオレはオブザ ーバー、やるのはお前だ)
(OK。了解した、ご先祖!)
 この一連のボクの頭の中での会話は、長いように思えたが、我に帰ったときには、全くさっきと同じ状況だった。どうやら時間にしてほんの 一瞬だったようだ。.
(どうした、剣を抜かないのか?)
 柄に手をやったまま一瞬呆然としたボクに再びご先祖が謡しかけてきた。
「お、そうだった。…それじゃあ行くぞ、ご先祖!!」
 気合いと共に剣を抜いて目の前の根をなぎ払った。閃光が走ったと思ったら、目の前の根が金て地面に転がっていた。大半が黒く焼き焦 げていて、切り裂いたと言うより、強力な熱エネルギーで焼き切ったと言う感じだった。
 ボクは思わず手にした剣を見た。さっきまでは小振りの長剣だった剣は、剣の形をした巨大な光の塊となっていた。
「なっ!?これは……」
(それが剣の本当の姿だ。イメージすれば色々と形を変えることができるぞ)
「なるほど、これならいける!」
(いけ、カール。オレの子孫とそのダチを痛めつけた礼をタップリしてやれ!!!)
 ご先祖の最後のセリフはボクだけじゃなく、周りの全員に聞こえた。さすがに一連の変化に全員唖然としている。
「な、何?何がどうなっているのよお!」
 半ばパニックを起こしながら『スキュラ』は兄さん達に向かわせていた根をこっちに放ってきた。
(切るまでもねえ。剣を障壁に変えろ)
 ご先祖の助言にしたがってボクは自分の周りを取り囲む魔力の壁をイメージした。それにしたがって剣が光の壁に変わる。それに触れた 根が次々と錠け落ちていく。
 障壁を剣に戻したときには、ボクに迫っていた根は全て焼け落ちていて、もはや『スキュラ』の周りには数本の根が漂っているだけだった。
「さてと、そろそろ始末させてもらうよ!!」
 剣を構えるボクに『スキュラ』はさっきまでの余裕が吹っ飛んだのか、情けない声をあげ始めた。
「チョ、チョット待って。アタシが悪かったわ。もうしないから、だから……」
 もちろんボクもご先祖も耳を貸す気はなかった。
「悪いけど……。ここまでしておいて見逃すほど甘くないよ!!!」
 怒りと共にボクは剣を降り下ろした。刃と言うより光の奔流といったほうがよい巨大な光が『スキュラ』を両断した。真っ二つになった『スキュ ラ』が光の波に飲み込まれる!ボクが剣を元の姿に戻して鞘に収めたときには、『スキュラ』の立っていた所には廃け焦げた根と石畳がある だけだった。



「ふう、大変だったな。いろんな意味で」
 オランヘの帰り遵、ボクの言棄に全員が深々と頷いた。
 スキュラを倒した後、ボク達は遺跡の探索を行った。やはりあのスキュラは古代王国期に作られた魔獣だったようだ。おそらくあの遺跡の 中で、迷い込んだ小動物を食べながら生きていたのだろう。
 値打ちのある宝が遺跡で沢山見つかって盗賊であるキャリーは上機鎌だった。兄貴も自分で果たせなかったとはいえ、ロムさんの敵が撃 てたので決して不満ではないようだ。兄さんとセリスさんは、珍しく苦戦したということで複雑な様子だったが、今ではすっかり立ち直っていた。 メイは…相変わらず脳天気である。
「しっかし、まさかご先祖の剣があんなすごい代物だったなんて。ウソでも誇張でもなかったってことか」
 ボクのつぶやきにトキオ兄さんが答えた。
「ああ、親父の話では歴代当主の中でも特に剣との相性がよい者しか剣を使いこなせないらしい。ひい祖父ちやん以来、親父も含めて使い こなせるものはいなかったって」
「ふ〜ん。……ってチョット待てい!!」
 ボクは兄さんに食ってかかった。
「ひょっとして剣のこと知っていたのか、兄さん」
「しょうがないだろう。親父に口止めされていたんだから。教えるよりも自分で試したほうが身に付くし、剣が使えなかった時落胆しないだろう って」
「だからって……」
 ボクの抗議の声をメイの嬉しそうな声が遮った。
「あ、見てみて!雪降ってきたよ」
 ふと上を見上げると、確かにチラホラと雪が降りだしていた。
「やったっ。帰ったら雪だるま作ろう!それとも雪合戦かな〜」
 子供みたいに目をキラキラさせてメイは言った。
「あら、雪合戦か。いいわね」
 キャリーも賛成した。


「あら、初雪ね。この様子じゃあ、オランに着くころには積もっているかしら」
 セリスさんも嬉しそうに言った。
「よーし、そうと決まったらお母さん、お兄ちゃん達。早く婦ろう」
 姉妹は足早に歩き始めた。ボクから逃げる口実といわんばかりに兄さん達もその後を追って駆け出した。
「お、おい、待ってくれよお。次期当主をないがしろにするなあ!」
ボクは慌てて皆の後を追って駆け出した。
(カールの章・了)

(続く)第三章 ガイの章へ