第一章 トキオの章
ルーン親子との出会い


「それじゃあ師匠、お世話になりました」
  オレは、言って師匠に頭を下げた。
「オイオイ、そうかしこまるな。師匠といっても、そんなに尊敬されるほどお前に教えたつもりはないぞ」
  オレの師匠である初老の剣士はそう言って苦笑した。
フレイム王国の首都ブレードの通りで、オレと師匠は別れることとなった。
「トキオ、これからどうするんだ?」
「ライデンから船で故郷に帰ります。そろそろ親父や弟たちの顔も見てみたいし。師匠もお元気で」
「お前もな。そうだトキオ、餞別ってほどでもないが受け取ってくれ」
 そう言うと師匠は背中に背負った異国風のシャムシールを鞘ごと外すとオレに渡した。その刀には古代語で『修羅』と銘打ってあった。
「私にはもう必要ない。お前が使ってくれ」
「師匠…、ありがとうございます。それでは」
 オレはもう一度頭を下げると歩き出した。師匠の方を振り返ることはなかった。
 呪われた島ロードス。英雄戦争という大戦以後、小規模な戦乱の続いていたこの島も、戦争から五年六年とたち、さすがに少しは落ち着い てきていた。代々賢者にして冒険者の家の出だったオレは十六才の時に剣の武者修行のため、ロードスの大地を踏んだ。そこで出会った旅 の老剣士に半ば押し掛け状態で弟子入りし、彼と共に各地を周り、気が付けば三年が経っていた。
 だが、この三年でオレの剣の腕は、師匠に「もう教えることはない」と言わせるほどのレベルに達していた。
 そんな矢先、師匠が年を理由に引退することになった。
 そして、つい先程別れを済ませたというわけである。
 オレはまっすぐ西を目指した。ライデンの港町を目指して。


「お、あの船に間違いないようだな」
 ライデンについて船を待つこと一週間。やっとお目当ての大陸行きの船の出港日となった。そしてオレは船着き場の船の中から、.お目当て の帆船を見つけたところだった。
「あの、すみません。大陸行きの船ってあの船ですか?」
 船の方に向かおうとしたオレを、その声が呼び止めた。
 振り向くとそこには二人の十才ぐらいの少女を連れた茶髪の女性が立っていた。
 見た目は十代後半だが、耳が少し尖っているから人間とエルフとのハーフなのだろう。少女の方は二人とも人間で片方は銀髪だ。もう片方 は女性と同じ茶髪だった。三人とも中々の美人だ。
 女性の方は杖を持っているから魔術士のようだが、褐色の肌(まあ、半分人間だから褐色の肌をしていても不思議ではないが)と、着ている 服がローブではなく薄めの白いロングコートというのが目を引いた。
「え?はい、あれで間違いないと思いますが」
「ありがとうございます。んじゃ、行くわよ」
 彼女らは礼を言って船の方に歩き出した。
「あの人たちも船に乗るのか…。おっと、オレもそろそろ行かないと」
オレも慌ててその後を追った。



「う〜ん。う〜ん。じぐそ〜、情けね〜……」
 出港から一週間。オレは情けないことに船室のベッドでうなっていた。別に悪夢にうなされているとかそんな生やさしいことではない。急に体 調を崩して昨日から寝込んでいるのだ。
 長い航海の最中に病気が…というのは良くある話だが、オレがそうなるとは思ってもみなかった。水にでも当たったらしく、腹痛と熱がひど い。全員というわけではないが他にも何人か倒れているらしく、船医も昨日から大忙しのようだ。
「そろそろ回診に来るはずなのに遅いな。けっこう病人多いみたいだし、遅れてもしゃーね〜んだけど。イチチ…」
 と唸っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「遅くなりました。回診でーす」
 と女性の声が…って、あれ?ウチの船医って女じゃなかったはずだが…。それとこの声どこかで聞いた覚えが…と思った次の瞬間にはドア は開いていた。
入ってきたのは白いロングコートを着た茶髪の女性だった。そう、船に乗る時に俺に声を掛けてきた女魔魔術士だ。そして、向こうもオレの 事に気付いたようだ。
「あら、あなたもやられたんですか?」
「はは…、面目ない…って、なんでアンタが回診に来るんだ!?」
「あ、アタシこう見えても医者なんです。船医の方が手が足りないと言うことで手伝うことになったんです。」
 具体的な症状を聞くと、彼女は持ってきたカバンから薬やら何やらを取り出して、慣れた手つきで薬の詞合を始めた。カバンには名札が下 げてあった。
「セリス・ルーン…か。これアンタのカバンか?」
「ええ、医者に成り立ての頃に自分だけの道具が欲しくて揃えたんです。でも、揃えた後で腕の方が道具に負けるようじゃいけないと思い直し て、必死に腕を磨いて…。本職は魔術師なんですけど、気が付けば医術の方が魔術を超えてしまって…。さてと、この薬を朝と夜の食後に飲 んでいてください。それでは次の患者がいますので。お大事に」
 セリスは微笑みながらそう言って薬を枕元に置くと、部屋を去っていった。



 それからさらに一週間以上が過ぎた。腹痛と熱はセリスの薬が効いたのか二日で全快した。その後聞いた話によると、症状のひどく手術 が必要な患者も一人いたらしいが、決して易しいとは言えないその手術を彼女はいとも簡単にやってしまい、医師達を脱帽させたらしい。
 その後、原因も解明され(水の入ったタルのうち一つが航海の間に痛んでいたらしい)、後は海が少々荒れた程度で、船は順調な航海を続 けていた。予定では今日明日中に大陸が見えるはずである。この時オレは、甲板に上がって海を見ていた。船室にいても暇だったし、ひょっ としたら水平線の彼方に大陸でも見えるかなと思ったからでもある。
「う〜ん。見えない〜」
これはオレの声。
「見えないね〜」「見えませんね〜」
 オレのすぐ横で幼い声がした。
「おわっ」
 慌ててそっちを向くと、セリスが連れていた二人の少女がいつの間にか立っていた。
「いつの間にって、海の方見てぼーっとしてる問にだよ、おじちゃん」
 茶髪の少女の言葉に、オレはもたれていた手すりから海に落ちそうになった。
「おじ…って、オレはまだ十九才だ!そんなに老けてねぇ!」
「こら!キャリー、大人をからかっちゃダメって言っているでしよ!」
 そう言って向こうからセリスが歩いてきた。、
「でもお母さん、ここんとこすーっと暇なんだもん…イタッ」
  キャリーと呼ばれた茶髪の少女をセリスは拳骨一発で黙らせた。…えっ?お母さん?…なるほど、ハーフエルフって老化が遅いからまさか って思ったけど、やっぱり親子だったのね……。
「すみません、娘が迷惑掛けたみたいで…」
「い、いえ、気にしてませんよ。それにオレだって暇だし」
 などと和やかに談笑しているときに、空を切る音がして、近くの甲板に大型の矢が勢いよく突き刺さった。
「なんだ?どこから飛んできたんだ?」
 慌てて海を見渡すと、一隻の船がこっちに向かってきてるのが見える。オレの横ではそっちの方向を見ながらセリス…いや母親だし、年上 らしいから『セリスさん』としておこう。そのセリスさんが古代語を唱えていた。
どうやら遠見の魔法を使っているようだ。
「間違いないわ。対船用の大型クロスボウもあるし、狙いはこっちのようね」
 かくして船は騒然となった。戦えそうにない者は慌てて船室に引き返し、船員たちは武装を整えだした。オレが船室から『修羅』を持ってきた ときには、海賊達はこちらの船にかなりの距離まで迫っていた。あちらの船員はいつでも乗り移れるよう身構えている。見たところ腕はたいし たことなさそうだが、数はこちらよりも多い。
「オレの敵じゃねーが。被害ゼロってわけにはいきそーにないな」
「だったら、被害1%か2%のうちにケリをつければいいのよ」
 オレのぼやきに、娘たちを船室に下がらせたセリスさんが答えた。
「なるほどね。ところでセリスさん、あんた魔法はどのくらい使えるの?」
「そうね。まあ、最低でも……このぐらいかな!」
 そういうと彼女はいきなり火球を相手の船のド真ん中に投げつけた。当然海賊船は火に包まれて大騒ぎである。…もちろん、こっちも大騒 ぎだが。
「どわわわわっっ!セリスさん、こっちに燃え移ったらどうするの!」
「大丈夫。そうならないよう威力調節して撃ったから」
 慌てるオレと船員たちを無邪気に微笑んで軽く受け流すセリスさん。大物なのか、過激なのか。とにかく、消火作業で大忙しの海賊船を後 目に、船は一目散に逃げ去ったのだった。
余談だが、物見の話によると、海賊船は消火間に合わず沈んだらしい…合掌。



 海賊騒ぎからさらに数日、ついに船はカゾフの港町に着いた。ここからさらに北に徒歩数日。ついに目の前にオランの町並みが見えてき た。
「よっしゃあ!ついに戻ってきたぜぇぇぇぇ。懐かしのオラン!」
「絶叫しないでよ、おじさ…お兄ちゃん。こっちの方が恥ずかしいんだけど」
 横からのキャリーのさめた声がオレの感激を一瞬で破壊した。そう、ルーン親子も行き先がオランだったため、とりあえず同行しているとい うわけだ。
「まあまあ、お姉ちゃん。やっと故郷に帰ってきたんだモン、トキオお兄ちゃんが嬉しいの当然じゃん」
 そういって銀髪の少女がなだめた。確か名前はメイと言ったっけ。
「それはさておいて、これからどうするんです?セリスさん。確かオランに腰を落ち着けるって言ってましたけど」
「そうねえ、ますは仕事と宿の確保からだけど、オランのこと何もわからないし」
 セリスは困った顔をしてそう言った。
「うーむ、オレだってオラン離れて久しいしな。そうだ、親父だったらそういうのに詳しいかも。ウチに寄ってかないスか?」
「えっ?でも、そこまでしていただくわけにも…」
「かまいませんよ。この前の治療代とでも思ってください」
「それってナンパ?」
キャリーの突っ込みにオレは、
「えっ?ナンパに見える?」と限り無く本気で答えた。
(しかし、確かにこうして見直すとナンパにしか見えないなあ…)



 オレの実家、パルサー家はオランの町外れにある。市内の中央に行くには不便だが、町の入り口から近くのため、今回のように外から来 る場合はむしろ楽だったりする。
「へー、おっきいウチだねー」
 家を見てメイが驚きの声をあげた。
「それほどでもないよ、メイちゃん。屋敷って呼べるほどの大きさでもないし。確かに普通の家より少し大きいけど」
 パルサー家の総資産からすれば、最低でもこれの五,六倍の規模があってしかるべきなのだが、ウチの家訓で身代を食いつぶしたりするこ とは禁止してある。それに生活するためには大きくてもこのぐらいの家で充分、というわけである。.
 声を聞きつけたのか、ドアを開けて、カールよりやや髪の長い少年が飛び出してきた。オレのもう一人の弟のガイだ(こちらもだいぶ大きくな っているが)。
「あっ、ガイ兄貴。ほらっ、この人達」
「兄さん、いつ結婚するの?」
「くおらああっ!カール、ガイ!勘違いしてんじゃねー。隔りの旅の間に世話になった人達だよ!」
 オレの抗議にカールは平然と、
「あ、やっぱり。何となくわかってたんけど」
 その言葉にオレは再び地面に突っ伏した。
「えっ!何だ、違ったんだ。また蘭したのか、カール」
 顔をしかめてガイが文句を言ったのが聞こえた。



「…なるほど、息子が世話になったみたいですね」
 オレの話を聞いて、穏やかに親父はセリスさんに言った。一見するとガンコ親父と言った容貌だが、その正反対の性格をしているこの男こ そ、現パルサー家当主にしてオレ達の父親のラウドルフ・パルサーである。
 オレの弟たちの歓迎(?)を受けた後、親父は一番遅れて外に出てきた(さすがに親父はボケなかった)。とりあえず居間に場所を移して、ま ずは彼女たちの紹介をしたというところである。ちなみに子どもたちはオレ達の傍らでおとなしく聞いている。
「仕事ですか…オランなら冒険者の仕事には事欠かないけど、子育てと両立させる(しかも女手一つ)のは難しいでしょうし」
「親父ーっ、そーゆーんじゃなくてちゃんとした定職紹介しろよ」
「わかっとるわい、トキオ。セリスさんでしたね。とりあえずコネを当たってみましょう。ウチは一応学者ですし、賢者の学院や、その関連には 顔利きますし」
「ありがとうございます。でも私の方もある程度は探します。頼りっぱなしというわけにもいかないし」
 セリスさんは深々と頭を下げながらそう言った。
「で、親父。住居の方は?」
「う〜む、長期滞在用の宿は何軒か知っているが…」
「何なら家に泊めてあげたら?部屋なら二、三空いているでしよ?」
唐突にカールが会話に割って入った。
「え?でも、いくらなんでもそこまでしてもらうのはチョット…。でも家賃タダ…、でもねえ…」
 いきなりセリスさんが悩み始めた。
「えーっ?お母さん、いいと思うけど」
 メイが賛成すると、
「そうよ、トキオさんやその弟さん達もからかうと面白そうだし」
 とキャリーも…っていくらなんでもそこまで言うか…。
「うーん、確かに八方丸く収まりそうな気もするが、そちらさんもかなり気を使いそうだしのお。ワシは賛成しないよ。反対もしないが」
 オレもそれでいいと一瞬思ったが。なるほど、そこまで考えてなかったなあ…。
 結局、セリスさんは散々迷ったものの居候の件はとりあえず断って、親父が教えた宿に行くこととなり、オレは親父の職探しの結果がわかり 次第、報告ついでに弟達と遊びに行くことを(特に娘達と)約束して、別れたのだった。
 その夜のこと、オレは家族にこの三年間の話をしていた。
「…というわけで、オレは辛くも生き延びたってわけだ。そのすぐ後だったな。師匠と別れてここに帰ることになったのは。とりあえず話はこん な所か」
 かなりかいつまんで話したとはいえ、話し終えるのに結構時間がかかってしまった。オレはガラガラのノドにすっかり冷めた紅茶を流し込ん で一息ついた。
「ところで兄さん」
 その時ガイが謡しかけてきた。
「ん?何か聞きたいことでもあるか?」
「うん、さっきのセリスって人、一体どういう人なの?」
「あ、ボクも気になる。子供達れだったけどお父さんとかどうしたんだろ?」
カールもそう言いだした。
 彼女らの素性は一応聞いたけど。それはカゾフからオランに向かう道中だった。日が暮れて街道の途中で野宿と言うことになった。「遊んで 遊んで」とさんざんオレにじゃれついていたメイとキャリーも、はしゃぎ疲れてすっかり眠ってしまった(船上で
オレをからかった一件以来、なぜか二人に懐かれてしまった)。
「ごめんなさい、子どもたちがあいかわらずうるさくって」
 二人に毛布を掛けながらセリスさんはそうオレに謝った。
この時までオレは彼女たちの素姓について何一つ聞いていなかった。戦乱の続いているロードスの出ということから、話したくないことの一つ や二つあるかも知れないというのは容易に想像できたからだ。でも、一体彼女たちに何があったのかというのは前々から疑間に思っていた。 迷った末、オレは思い切って聞いてみることにした。
「あの、こんな事聞くのも失礼かも知れませんが…」
「私たちのこと、ですか?そろそろ聞きたくなる頃じゃないかと思ってましたけど」
 セリスさんはオレの考えを見透かしたように言った。
「うっ、スルドイ…。あ、もちろん聞かせたくなければかまいませんが」
少し慌てるオレにセリスさんは微笑みながら、
「別にいいですよ。昔のことですし」
 そう前置きして、セリスさんは彼女たちの過去を話し出した。
 セリスさんの話を要約すると次の通りになる。
 彼女はれっきとした大陸の生まれだった。赤ん坊の時、捨てられていたのを通りすがりの商人の夫婦に拾われたのだ。子どものいなかっ た夫婦はその子どもに『セリス』と名付けて自分の娘として育てたのだ。
「義父さんも義母さんも大きくなるまで黙っていたけど、二人とも人間でアタシはハーフ。子どもの時に大体の想像はついたわ。それと、子ども の時はけっこういじめられたわ。ハーフということもあるけど、最大の理由はこれね」
 セリスさんは自分の腕、正確には自分の褐色の肌を指した。
「さんざんダークエルフ(肌の黒い暗黒のエルフ。神話で邪神の側についたとされている)呼ばわりされたわ。でもダークとのハーフにしては色 が薄いし、おそらく本当の親、それも人間の方が褐色の肌だったんでしょうね。それとも遠い先祖に本当にダークがいたか。今とな
っては知りようも無いですけど」
 そう言ってセリスさんは苦笑した。
 話を戻すが、セリスさんが十才の時に商売に失敗しかけた両親は、再起をかけてまだ平和だった頃のロードスに、セリスさんを連れて渡っ た。彼女はそこで魔術師としての勉強を始め、また、しばらくして魔法を使わずに傷を治す方法、つまり医術に魅せられて、独学で医術を学 んだ。何年かして家の商売が軌道に乗り、彼女も結婚して双子の女の子を出産した。(ちなみに、娘達の肌の色が褐色じゃないのと、メイの 髪が銀髪なのは「父親に似たから」らしい)、全ては順風満帆と思われた。だが、娘が生まれてまもなく英雄戦争が勃発。戦火はセリスさん達 のいた町にまで拡大。夫と養父母が帰らぬ人となってしまった。彼女は生まれたばかりの双子を連れて戦乱の届いていない土地に疎開し、 そこで魔術と医術を磨きながら親子三人で生活していた。
 戦争から十年近くがたち、少しすつ落ち着いてはきたものの、戦乱が完全に収束する見込みはなかった。そこでセリスさんは娘を連れて、 恩い切って生まれ故郷であるアレクラストに戻ることを決意したのだった。
「…オレが彼女から闘いた謡はこんなところだ。そして、大陸へ向かう船でオレと出会ったってわけだ」
 オレが話を終えたとき、一番反応が大きかったのは意外にも親父だった。
「ぬおおおっ!何ということだ!若い身空でそんな苦労をしてたなんてえええっっ!」
「あ、あの〜、親父?」
 …そ〜いや、親父はこうゆう泣ける話に極端に弱い人情男だったんだ。すっかり忘れてたが。
「ワシはモーレツに感動したぞi。よiし!!こーなったらパルサー家総出であの親子をバックアップするぞおおお!カール、ガイ、お前らも協力 しろお!」
「了解、父さん!」
「そこまで聞いて動かなければ男がすたるってもんだろ一!」
 あらら、弟たちもすっかり乗り気になっちゃって…。
 ま、オレもそうするつもりだったけど。今のガイの台詞じゃないが、あんな話聞いて動かない訳にはいかないからな。
 まあ、先ほどのキャリーのツッコミじやないけど、セリスさんに好意を持っているのもあるけどな。



 それから数日後、親父のコネを当たってみた結果、いい返事が得られたので、オレは弟たちを連れて報告に行くことになった。
「…という返事をもらったって、ちゃんとセリスさんに言ってくれよ、トキオ」
「へいへい、了解したぜ、親父」
「あ、そうそう。それと聞いたんだが、ここ二、三日で子供相手の誘拐が多発してるらしい。気をつけるようにも言っておいてくれ」
「それも了解。ところで親父、この前の居候の件どうする?セリスさん最後まで悩んでたみたいだけど」
「う〜む、決めるのはあくまで彼女だが、女手一つで子育ても苦労するだろうし、ワシとしてはそうした方が賢明だと思うが」
「そのことだけど…」
 と言ってオレは親父にある提案をした。
「…と言ってみてはどうかな?」
「なるほど、ま、その辺はお前にまかせる。でも『やっぱり止めておく』とか言ったら諦めろ。しつこい男は嫌われるぞ。」
「わかってるって。んじゃ、カール、ガイ、そろそろ行くぞ」



「あら、トキオ君」
 セリスさん達が泊まっている宿に入ろうとしたら呼び止められたので振り向くと、外出していたのだろうか、同じく宿に入ろうとしたセリスさん と鉢合わせた。
「どうもセリスさん。買い物にでも行ってたんですか?」
「それもありますけど、アタシの方でも何軒か仕事探してたんです。繕果は全部ダメでしたけど」
 彼女はそう言って苦笑した。
「それだったらこっちの方でも結果が出ましたんで。前に言ったとおり、報告ついでに遊びに来ました」
「もう出たんですか。ありがとうございます」
「あ、いえ、それほどでも……」
「ところで兄さん、顔がチョット赤いよ」
 側にいたカールが口を挟んできた。
「あ、本当だ」ガイもそう言い出した。
「ひょっとしたら兄さん、やっぱりセリスさんのこと…」
「えーい、黙っていろ、カール!」
「あ、あの〜、立ち謡もなんですし、宿の部屋にでも…」
 苦笑を浮かべてセリスさんが提案した。
「そ、そうですね…」
 ところが宿に入って部屋に行こうとした時に、カウンターにいた主人が、
「あれ、セリスさん。娘さん達と一緒じゃないんですか?迎えに行くとか言って、さっき出ていきましたが」
「え?……さては二人芯けでどっか遊びにでも行ったわね。あれだけむやみに外に出るなって言ったのに…。もう!」
 少し膨れっ面をしてセリスさんは言った。
「そう言えば父さん都さっき…」
 とカールが思い出したように誘拐が流行っていることをセリスさんに告げた。
「なんですって!-…まずいわね、早く探さないと」
「そうだな。場所の心当たりとかはないのか?」
 オレの質間にセリスさんは首を振りながらも自信ありげに答えた。
「そんなものはないけど、探す方法ならあるわ」
 そして彼女は古代語の呪文を唱えだした。しばらくして呪文を唱え終わると、彼女は会心の笑みを浮かべた。
「探知の魔法であの子達の居場所を探してみたの。あっちの方向にいるわ」
 そう言ってセリスさんが指した方向は…
「ってセリスさん。その方向って常闇通り(スラム街)だけど…」
「えええっ!!大変、急がないと!」
 セリスさんは慌てて宿を出ていった。
「カール!ガイ!親父の所に戻れ!マスターは衛士に知らせてくれ!」
 弟たちと宿の主人に指示を出すと、オレもセリスさんの後を追った。



常闇通りの入口から少し行ったところで、オレはやっとセリスさんに追いついた。
「セリスさん待って!一人じゃ危険だ」
 オレはセリスさんの腕をつかんで少し強く言った。
「トキオ君。でも一刻も早く見つけないと…」
「アンタが取り乱してどうすんだ!母親だったらこんなときこそ落ち着いて行動しないといけないだろ!」
 オレは思わず怒鳴ってしまった。
「トキオ君…。そうね。こんなときこそ落ち着かないと」
「とりあえず、あの子達のいる方角を教えてください。離れて久しいとは言え、常闇通りの事はある程度は知ってますから。まずは居場所を捜 さないと」
「わかったわ」
 セリスさんは力強く頷いた。



 オレの『修羅』の一撃で、ゴロツキに毛の生えたような戦力しか持たないザコは三人ほどまとめて夢の世界へと直行した。
 セリスさんの術を頼りに常闇通りの一負へと直行したオレ達は、とある廃屋が『発信源』であることを突き止めた。見張りが二、三人いたの で、単刀直入に「ガキ返してもらうゼ」とカマ掛けたら(全然カマ卦けになってない気もするが)問答無用で襲ってきたから、峰打ちで殴り倒した ところだ。
「二撃で三人を…さすがね、トキオ君」
 呪文を噌えるより速く標的を倒され、セリスさんが感心したように唸った。
「伊達にロードスで修行してないよ。それよりさっさと突っ込む…までもないようだな」
「どうゆうこと?」
「向こうもとっくに気づいているってこと。なるべく音を立てないように切ったんだけど。出てきたらどうだ!殺気でバレバレだぞ!」
 オレのぼやきに答えるかのように、廃屋の中から数人のガラの悪い人影が出てきた。うち一人は黒ずくめで、首からファラリス(暗黒神)の 聖印を下げていた。
「闇司祭か…。おおかた、生け責ほしさの誘拐か。ま、こんなザコしか手下にいないようcや、実力も程が知れているってもんだが」
 オレの挑発に向こうは笑みを浮かべたまま、
「ふ、何とでもほざけ。方法は知らないがここを見つけたのは誉めてやろう。だが、こっちには子どもという人質がいるんだ。おい、二、三人ほ ど違れてこい」
 と言ってパチンと指を鳴らすと、中からさらに二人の男がそれぞれ子どもにナイフを突きつけながら出てきた。
 …って、その子ども・…。
「メイっ…げっ、キャリー!?」
『お、お母さん!』
「おやおや、この娘達の母親か。ちょうどよかった。娘の命が借しければおとなしくすることだな」
「ど、どうしよう、トキオ君…」
 セリスさんは困った顔でオレに尋ねた。見たところ、双子を抱えている男も、闇司祭も物腰からするとやはりザコのようだ。今でも、人質が あると言うことでかえって油断していて、隙だらけだ。チャンスはいくらでもありそうだ。ここは一旦おとなしくするフリをしたほう
がよさそうだ。オレはそう判断して腰から鞘を抜いて『修羅』を納め、セリスさんも魔術士の杖を捨てた。オレも『修羅』を捨てようとしたとき、耳 に小さな声が聞こえた。その次の瞬間、メイを抱えていた男の目が虚ろになって、フラッとよろめいた。
「今だ!」
 よくはわからないが、チャンスであることは間違いない。オレはその男に突進すると、鞘に納めたままの『修羅』の柄をみぞおちに叩き込ん だ。その隣にいたキャリーを抱えていた男は一瞬唖然として対応が遅れた。その隙にオレは鞘でナイフを叩き落とすと、返す刀ならぬ鞘で延 髄を一撃した。
 昏倒した男達から這い出してきた双子を後ろにかばうと、オレは再び『修羅』を抜いた。
「形勢ってところだな」
オレは不敵な笑みを浮かべた。
「な、セリスさん」
「そうね、アタシの娘を人質にしてくれたお礼はさせてもらうわよ」
 そう言ってセリスさんは杖を捨てたままで眠りの雲の呪文を唱えた。闇司祭の取り巻きがパタパタ倒れる。
「え?な、なぜ杖なしで呪文を…」
 狼狽する闇司祭。
「おいおい、彼女の指をよく見てみろ」
 オレはあきれた声を上げた。セリスさんの右腕には一個の小さな指輪がはまっているのだが、どうやらそれが発動体(古代語脆法を使うた めの道具)であることに気づいていなかったらしい。
「虜術師が指輸していたらまず発動体。そんなことも知らないなんて、やっぱ三流だな」
「う、うるさい!これでも食らえ!」
 闇司祭はオレにメイスを振りかざしてきた。残ったザコニ人も武器を手に襲ってくる。
「言ったろ?テメエらは所詮三流だって!」
 オレは『修羅』を一閃した。奴らの武器に向かって。次の瞬間には、奴らの持っていたメイスの鋳球部分や小剣の刃が三つまとめて地面に 転がっていた。
「ガキの前だからな。流血は勘弁してやる。テメエらの始末は衛士にでも任せるからそのつもりでいろ」
 今ので完全に戦意を失った闇司祭達にオレはそう吐き捨てて、『修羅』を納めた。



 結局、衛士に連絡して何やかんやとやっていて、すべて終わったのは夕方だった。衛士の詰め所から出てきたオレと親子をカールとガイが 出迎えてくれた。
「お、出迎えご苦労さん」
「お疲れさん、兄さん、セリスさん」
「ありがとう、カール君。ところでトキオ君、あの時メイがもし精霊魔法を使わなかったらどうするつもりだったの?」
「連中スキだらけだったからな。いくらでも手はあったさ。でも、あの魔法のおかげで楽に片が付いたのは事実だが」
 オレはそう言ってメイの頭を撫でた。
 メイを捕らえていた男の様子がおかしくなったのは、メイの仕業だった。彼女は子供でありながら、初歩の初歩ではあるが精霊魔法(精霊の 力を借りる魔法)が使えたのだ。子供だからと油断していた男はメイに精神の精霊に干渉されて一瞬気が遠くなってしまったのだった。
「あ、すっかり忘れていた。職探しの繕果ですけど、セリスさん医者でしたよね。賢者の学院が専属医、それもできれば魔法の知識のある医 者を欲しがっているらしいです、親父がセリスさんのこと話したらぜひ一度会って欲しいって事務員の人言っていたって」
 それを告げるとセリスさんの顔が見る見る明るくなった。
「本当ですか?」
「やったね、お母さん!」「仕事見つかったじゃん!」
 娘達も祝福の言葉を投げかける。
「ああ、それともう一つ住み込みの仕事の話があるんだけど…」
 言おうか一瞬迷ったが、オレは思い切って考えていた『あのこと』を言ってみた。
「え?他にもあるんですか?」
「ええ、何か他の仕事と掛け持ちでかまわないですけど…」
「??何ですか、勿体ぶって」
「町外れにある賢者の家で住み込みの家政婦を募集中なんですよ。確か名前はパルサーって言ったっけ」
 オレは少し恥ずかしかったかなと思いながら、明後日の方向を向いて言った。顔が火照っているのが自分でもわかった。
セリスさんは一瞬呆然としたが、次の瞬間には笑顔を浮かべてこう言った。
「そうですね。せっかくの話ですし、掛け持ちでいいってことですから、二つとも喜んで受けさせてもらいますわ」
そう言った直後、弟達と双子が歓声を上げた。
「やったね、兄さん。作戦(?)大成功じゃん!」
「わーい、これでトキオお兄ちゃんと一緒に居られる!」 
はしゃぐ子供たちに苦笑しながらセリスさんは言った。
「迷惑かけてはと一度断ったら、後で娘達に散々文句言われちゃって…。アタシ自身も考え直そうかと思っていたところだったんです。そうい うことですので、よろしくお蹟いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますよ、セリスさん」
オレもそう言って微笑み返した。
かくして、オレ達パルサー家に新たな家族が加わった。
(トキオの章・了)

(続く)第二章 カールの章へ