第3章
「‥‥‥‥あれ?」
ボクが気がつくと、そこは一面の荒野だった。さっきまで森の中にいたはずなのに、周囲には木の一本も生えてない。
それどころか、メイもキャリーもガイ兄貴も、例の遺跡も、そしてたった今まで戦っていたソーサル・マーダーの姿すらな
かった。
「いったいどうなっているんだ?なあ、ご先祖‥‥‥」
そう言って、『剣』のほうに目をやってみた。しかし『剣』の輝く光の刃は点滅していて消えかかっている。ボクは慌てて
呼びかけた。
「ご、ご先祖!どうしたんだ、ご先祖!」
しかし、いくら呼びかけてもご先祖の声は帰ってこなかった。
ひとしきり途方に暮れたあと、しかたなくボクは『剣』を鞘に収めて、何が起きたのか整理してみた。
(確か、ボクはマーダーに『剣』を抜いて向かっていって‥‥)
ボクはその後マーダーに『剣』を叩きつけた。『剣』がマーダーの周りの空間にふれた瞬間、風景がグニャリとゆがん
で光ったのは覚えているが‥‥。
「‥‥‥だめだ、そこまでしか覚えてないや」
そう言ってボクはイライラと頭をかきむしった。しかし、これらを合わせて考えてみると、マーダーの周囲の空間、おそ
らくアンチマジックの張られた空間と、『剣』の魔力がおかしな干渉をおこして、どこか別の場所に飛ばされたとしか考え
られない。
「まいったな‥‥。とりあえず、どこか最寄りの町か村に行って、場所を確認しないと」
そう呟くと、ボクは浮遊の呪文を唱えて、真上に飛び上がった。上空から町を探そうというわけだ。
「えーと‥‥‥。あ、あったあった」
上空から見回すと、少し離れた所にそこそこ大きな町があるのが見えた。ボクは呪文を解除して地面に降りると、そ
こに向かって歩き始めた。
(メイ達大丈夫かな‥‥‥)
ボクは歩きながら仲間たちのことを考えたが、今のボクにはどうしようもない。とりあえずは今ボクにできることは、置
かれた状況を理解することしかできなかった。
しばらく歩くと、町の入口についた。町の門をくぐろうとした時、ボクは目に映った町並みを見て思わず足を止めた。
「な、なんだここは‥‥」
町の様子はボクの考えていたどの予想とも違っていた。町中は額に小さな水晶を埋め込んだ人が行き来していて、し
かも大半はロ−ブを着てたり魔術士の杖を突いていたりと魔術士風の格好をしていた。反対に水晶をつけてない人々
の多くは貧しい格好をしていた。さらには、建物の作りも現代風ではない。魔術士ギルドの講義で何度も見た約五百年
前に滅びた古代の魔法王国「カストゥ−ル」の町並みの想像図にそっくりだった。
「‥‥まるで古代王国そのまんまじゃないか」
ボクが茫然としていると門にいたロ−ブを着て、額に水晶をはめた魔術士が話しかけてきた。しかも古代語で。
「なんだお前、そんな物騒なもの持ち歩いて何の用だ」
魔術士はボクの三節棍とクレインクインを指さして言った。一抹の不安を覚えながら、ボクも古代語で返した。
「え?あてのない旅の途中ですけど‥‥」
だが、魔術士は警戒を崩さずに続けた。
「だとしても、この武器は何だ?水晶も埋め込んでないし、貴様ひょっとして蛮族か?」
(ちょっと待った!蛮族って‥‥‥)
ボクは一瞬、心の動揺が顔に出ないよう祈った。確か、古代カストゥ−ル王国時代は、特権階級の魔術士は、魔法を
使うのが下手な人を蛮族呼ばわりして、下層市民扱いしていたはずである。と言うことは‥‥‥。(まさか、ボクの飛ば
されたここって‥‥‥)
ものすごく、やな予感がしつつも、ボクは答えた。
「違いますよ。れっきとした魔術士ですよ。この指輪発動体ですし」
ボクは右手にはめた指輪を見せた。魔術士は古代語魔法の使用に発動体という道具を使用する。つまり、魔術士の
証というわけだ。それを見せると魔術士の顔に安堵の色が見えた。しかし、ボクの腰の『剣』を見て、再び顔色を変え
た。
「貴様!その剣は、まさか‥‥‥!」
魔術士は懐から何か書いてある紙束を出して、それに目を通した。
「間違いない、手配書にあったレイシェント=パルサーだ!竜牙兵、こいつを引っ捕らえろ!」
そう魔術士が叫ぶと、門に配置されていた竜牙兵のうち二体がこちらに近寄ってきた。
「れ、レイシェントって、ボクは違うよ!」
しかし、相手は相手はそれを聞いてくれる様子はない。さっきの嫌な予感がますます強まるのを感じながら、ボクは慌
てて逃げ出した。
それから小一時間ぐらい逃げ回っただろうか。とりあえず、町中を裏路地を伝って逃げ回っているのだが、土地勘が
ないせいもあって、振り切ることができずにいた。
そうやってでたらめに逃げているうちに、ついにボクは袋小路に来てしまった。周囲には壁や廃屋やゴミが取り巻いて
いて、他に道がない。
飛行呪文で逃げようかと思ったが、呪文を唱え始めたところで追手が追いついてきた。
「ここまでだな、レイシェント=パルサー!おとなしくお縄につけ!」
さっきの魔術士がそう言うと、竜牙兵二体が剣を構えてじりじりとせまってきた。竜牙兵はドラゴンの牙から作られる
武装した骸骨型のゴ−レムである。材料がいいせいか、その戦闘能力はかなり高い。ボクの力なら一体なら何とか勝
てるが、この状況ではかなり不利だ。第一、ボクはマーダー戦で体力や精神力を消耗したままなのだ。それでも、ここで
おとなしくやられるわけには行かない。とりあえず三節棍を構えながらも「自分はレイシェントではない」と言ってみた
が、魔術士は取り合ってくれなかった。「何を言うか!その魔剣といい、その重武装といい、近ごろ巷を騒がしているテ
ロリスト、レイシェント=パルサーでなければ何だというのだ!」「これは聞き捨てならんな。剣はともかく、オレはそんな
に重装ではないぞ」
唾を飛ばしながらそう言う魔術士の後ろから、突然聞き慣れた声がした。慌てて魔術士が振り向いた先に、一人の魔
術士風の男が立っていた。
年は20代前半ぐらいだろうか。整った顔立ちに不敵な笑みを浮かべている。魔術士風と言っても、ボクを追いかけて
きた男と違って、額には水晶はなく、着ているものもローブではなく、ボクのように動きやすそうな服にマントを羽織って
いる。旅に出る魔術士なんかが良くやる格好だ。そして、腰には一振りの剣が吊してあった。ボクの『剣』と瓜二つの剣
が。(あの剣は‥‥!)
茫然とするボクと魔術士を尻目に男は言葉を続ける。
「町を歩いていたら、突然オレの名を叫ぶ誰かさんが竜牙兵と一緒に路地に入っていくのを見てね。後をつけたらこの
様だ。武器の有無で手配犯と勘違いするなんて、カストゥールの役人も質が落ちたな」
そう言って男はため息をついた。魔術士は震えながら後づさり、懐からさっきの紙束を取り出して男と見比べた。そし て、絞り出すように声を出した。
「レ、レイシェント=パルサー‥‥‥」
「ご名答。あんたが探していた正真正銘のレイシェント=パルサーさ」
その言葉に魔術士はやっと我に帰ったのか、慌てて叫んだ。
「りゅ、竜牙兵、こいつを倒せ!」
剣を振り上げて竜牙兵が男にかかっていく。だが、それが振り下ろされるより早く、一筋の光が二体の竜牙兵をない だ。次の瞬間、二体のうち一体は腰骨を砕かれ、もう一体は頭を半分失って、地面に崩れ落ちた。そして、男の手に
は、いつの間に抜いたのか、さきほどの剣が握られていた。ボクの『剣』のように光の刀身をもった剣を。

「ひ、ひぃぃっ!」
腰を抜かす魔術士に、男は剣を収めながら言った。
「とっとと消えろ。今なら命は勘弁してやる。それとも、あんな風になりたいか?」
男はそう言いながら、剣で竜牙兵の残骸を指し示した。その言葉に魔術士は悲鳴を上げると、慌てて走りさって行っ た。
「じきに大勢押しかけてきそうだが、まあいいか。それまでに逃げればいいことだし」
そう言って、彼はボクのほうを向いた。ボクは一瞬の出来事に唖然としていた。と同時にさっきから感じていた想像が
確信に変わるのを感じた。(やっぱり間違いない。ボクは古代王国時代に来てしまったんだ!)
子供のころ読んだ物話の中に、過去や未来に行く話はあったが、まさか実際に起こるとは思ってもみなかった。しか
し、古代王国そのままの町並みに、額に水晶をはめて古代語で話す魔術士。そして何より、『ご先祖』レイシェント=パ
ルサーの登場。ここまで目の前に証拠を出されたら、今の状況を信じるしかない。
「‥‥‥おーい、そこのあんた、聞いてるか?」
レイシェントの言葉で、ボクはようやく我に帰った。
「は、はい?」
「オレは逃げるがどうする?一緒に来るか?」
その言葉にボクは迷わず首を縦に振った。どの道ここに残っても、また捕まりそうになるだけだろう。
「よし、決まりだな」
そう言って、レイシェントはボクの肩をつかむと、瞬間移動の呪文を唱え出した。
瞬間移動の呪文で連れらて来れた先は、辺り一面が真っ暗闇だった。
「え、な、何だ?ここは‥‥」
慌てるボクにすぐ近くからレイシェントの笑い声が聞こえた。
「ハハハ、スマンスマン。今明かりをつける」
そう言うと、明かりの魔法を唱えた。たちまち周囲が明るくなる。改めて見回してみると、どこかの鍾乳洞のようだ。
「本当は隠れ家に直接行きたいんだが、いきなり現れると、驚く人もいるし、魔法に対していい顔しないヤツもいるんで
ね。ここから少し歩くがかまわないな」
鞘に収めたままの剣の柄の先が光っている。塚に魔法の明かりを灯したのだろう。それを手に持ち、レイシェントはボ クに訪ねた。
「え、ええ。構いません。‥‥ところで、隠れ家って何のことですか?」「ああ、人体実験に使われそうになった奴隷や、
無実の罪を着せられた人等、そういったヤツが助け合って生きている一種の隠れ里さ」
少し唇の端に笑いを浮かべ、何食わぬ顔でレイシェントは言った。
「‥‥あまり平然と言うことではないような気もしますが」
ボクの言葉にレイシェントは「ま、細かいことはいちいち気にするなよ」と、さらりと受け流した。
(若いときのご先祖って、けっこう軽い性格だったのかな?)
『剣』ごしに会話していたときは大げさに言えば頼れる守護者といった感じだったが、それよりも幾分感じが違い、ボク は少し面食らった。
「ま、詳しい話はそこで聞くとして‥‥」
レイシェントはそこで一旦言葉を切ると、思い出したように続けた。
「おっと、名前ぐらいは聞いたほうがいいな。聞くまでもないと思うが、オレも自己紹介しておくか。オレの本名はレイ=
パルサー。今はレイシェント=パルサーなんて冗談みたいな名で呼ばれているが、オレも気に入っているんで、そう呼
んでくれてかまわないぜ」
そう言ってレイシェントはニヤリと笑った。
(冗談みたいって‥‥‥、そう言えば『レイシェント』って、エンシェント・ドラゴンをもじってつけられたってウチの昔話に
あったなあ)
ボクはふとそんなことを思い出した。
「それで、お前さんの名は?」
レイシェントが訪ねてきたので、ボクは我に帰った。とりあえず、本人を目の前にして、パルサーの姓を名乗るのはま ずい。何かの拍子に歴史が変わる恐れがあるかもしれないって、昔読んだ時間旅行物にもよく書いてあったし、とりあ
えず、姓はふせることにした。
「ボクは‥‥カール=ブレイド。カールでいいです。よろしく、レイシェントさん」
ボクは自分の名の「カ−ルブレイド」を姓名に聞こえるように区切って自己紹介した。
「さん付けはやめてくれ。オレのガラじゃないよ」
ボクの返事にレイシェントはそう言って苦笑いした。
(続く)第四章 へ