第4章
レイシェントの先導でしばらく歩いて鍾乳洞を出ると、そこは周りを山で囲まれた盆地になっていて、そこに村がある
のが見えた。やや新しい家が二十軒ほど立っている小さな村だ。造りかけの家も何件かみえる。
「あれが‥‥」
「そう、さっき言った隠れ里さ。さっきの鍾乳洞はチョットやソットじゃここまで来れない天然の迷路だし、万が一上空から
見てもわからないように特殊な幻覚魔法の結界をかぶせてあるからな。まず見つからないさ」
そう言ってレイシェントはボクを連れて村に向かって歩き出した。
村の中はボクの時代ならどこにでもありそうな、のどかで平和そうな普通の村だった。ただ、村人の中にやたら怪我 人、もしくは古傷のある人が多い。
「おお、レイシェント、やっと帰ったか」
村に入ったボク達に一人の60ぐらいの老人が杖を突きながら歩み寄ってきた。顔の左半分に火傷跡があるが、他
はどこにでもいそうな老人だ。「よお、ただいま、ロバートじいさん」
手を挙げて軽くあいさつするレイシェントに、ロバートと呼ばれた老人はいきなりつかつかと歩み‥‥いや、駆け寄る と、手に持った杖でいきなりレイの喉を叩いた。ようするに杖でラリアットをしたのである。
「『ただいま』じゃないわい。いきなり『久々に町の様子を見てくる』と言って、ぶらりと姿を消して!おぬしは今や賞金ま
でかかっている立派なお尋ね者なんじゃぞ」
そう言って頭から湯気を吹きながら、老人は白目を向いたレイの首を掴んで、ものすごい勢いでカックンカックンやり
だした。
「おい、聞いてるのがこの若造!何とか言えいっ!」
目を回しながらも、何とかレイは口を開いた。
「じ、じいさん‥‥。すまない、悪かった‥‥‥。またなんかヤバイ人体実験しているバカ魔術士でもいないかと‥‥、
噂を集めて‥‥。本当、悪かったから‥‥」
その言葉でロバ−ト老人はやっと手を放して、ボクを見た。
「それで、そいつが新しい入居者か」
「あ、いや‥‥。まだ決まったわけではないが‥‥。コイツが何か追われていたから‥‥。とりあえず、オレん家で話を
聞こうかと‥‥」
地面に経たり込んだまま、息を切らせながらレイが答えると、
「なら倒れてないで早く案内してやらんかい。お客人に失礼じゃ」
そう言って老人は「ふ−、年甲斐もなく興奮してしまったわい」と言いながら杖を突きながら歩き去っていった。
「‥‥大丈夫ですか?」
地面に突っ伏したままのレイにボクは恐る恐る尋ねた。
「くそぉ、あの、じいさん。いつもは、おとなしいのに、オレに対して、いつも、厳しくして‥‥。オレは、ストレス解消の、サ
ンドバッグじゃ、ないぞ‥‥」
まだ目を回しながら荒い息のレイを、周りの人間は「またか」と言った顔で笑いながら見ていた。その顔はみんな温か
そうだった。
(とても、竜牙兵をザクザク切っていた人と同一とは思えんな‥‥)
ボクは、今まで心に思い描いていたヒ−ロ−としての『ご先祖』のイメ−ジが音を立てて崩れ始めたのを感じながら
も、ボク達と何ら変わることのない人間『レイシェント=パルサ−』に親近感を覚え始めていた。
レイの家は、村の中心部にあった。この隠れ里の中心人物だから、てっきり立派な家だろうと思いきや、他の家と変
わらない普通のこじんまりとした家だった。
「ま、男の一人暮らしに広い家は必要ないさ。その辺の椅子に適当に座ってくれ」
そう言って、レイは居間の椅子に座った。ボクも荷物を置くと、勧められるまま椅子に座った。
「さてと‥‥‥、そろそろ、アンタの素姓とかについての話を聞こうか。こっちから招いておいて悪いと思うが、この村の
状況が状況なんでね。差し支えがないことならなるべく話してもらえないか」
そう何気なく言いながら、レイは嘘発見の魔法を唱えた。性格は軽くても、その辺はしっかりしているようだ。
(まいったなあ。本当のことを話す訳には行かないし‥‥‥)
とりあえずボクは、未来から来たということと、自分がパルサー家の人間だという二点のみを伏せて、他は正直に話し
た。下手なことを言えば絶対怪しまれるし、それならある程度真実を話したほうがましだ。もっとも、出身地とかは「東方
の一地方」と言った具合に曖昧に答えるしかなかったが。ちなみに、あの町に流れついた理由は、「開発中に放棄され
ていたらしい野良ゴーレムと戦うはめになって、そのときにヤツに込められていた魔力が暴走か、何かの干渉を起こし
て瞬間移動したらしい」とちゃんと本当のことを言った。まあ、一部言ってないこともあるが。
ボクの話を「フムフム」と聞いていたレイだったが、ボクの話が終わると、口を開いた。
「なるほどねー。それじゃあ、オレから一つ質問。なんで額に水晶はめてないの?」
古代王国の魔術士は『魔力の塔』という半永久的に魔力を供給する塔の力で、栄華を極めていた。そして、その塔か
ら送られる魔力を使うには、額に特殊な水晶を埋め込む必要がある。それで、古代の魔術士はほとんど無限に魔法を
使えたのだ。ただ、王国末期に『魔力の塔』が崩壊すると、塔の力に頼りすぎて、普段自力で魔法を使わなかった水晶
をはめた魔術士達は、魔法を使うことができなくなり、王国崩壊の原因となった。逆を言えば、レイをはじめとして、水晶
をはめずに塔に頼らなかった「変わり者」の魔術士は、塔崩壊後も魔法を使えたということである。
もちろん、そんな高度な技術、ボクのいた時代にはない。まさか、こればかりは本当のことを言うわけにはいかない。
ボクが絶句すると、レイはいきなり吹き出した。
「プハハハハッ‥‥‥。いや、悪い。それはいいや。いくらなんでもそれは話しづらいだろうし、オレも人のこといえない
しな」
その一言で、ボクは一気に肩の、いや、全身の力が一気に抜けた。
「‥‥何だ。脅かさないでくださいよ」
一息ついたボクに、レイは、ボクの腰の『剣』を指さして続けた。
「いや、悪かったな。‥‥それじゃあ、マジな質問するか。その剣ってどんな剣?オレの剣とそっくりなんだが」
その質問に、ボクは内心ドキリとした。まさか、本当に同じ剣とは絶対に言えるわけがない。
「い、いや、先祖代々伝わる家宝の剣ですけど‥‥‥」
しどろもどろになるボクに、レイは「ちょっと見せてくれないか」と言ってきた。
(ま、まずい。かなり怪しまれているかも!)
ボクは心の中で絶叫した。しかし、ここで渡さない理由は思いつかない。「まあ、見るだけなら‥‥」
やむを得ず、ボクはレイに『剣』を手渡した。レイは『剣』をしげしげと眺めた。
(‥‥あ、よく考えてみれば、『いくらなんでも家宝の剣をホイホイと他人に見せるわけにはいかない』とか言えば、疑惑
は拭えなくても一応の筋は通ったんじゃないかな)
いつものボクならそのぐらいの言い訳は考えただろう。こんな時代に放り込まれて、その上自分のご先祖に尋問され
て、かなり気が動転していたのだろう。しかし、もう渡してしまった以上後の祭りである。
動揺しているボクをよそに、レイはまだ『剣』を眺めていた。
「う〜ん、形状は瓜二つだが、魔力は‥‥‥これもオレのと同じようだが‥‥。でも、だいぶ魔力が減少しているな。さ
っき言ってた瞬間移動の影響みたいだな」
ボクは動揺しながらも、レイの鑑定眼に舌を巻いた。鑑定の魔法も使わずに、少し見ただけで『剣』の魔力や現在の
状態まで読み取ったのだ。
「まあいいか。え〜と、カールだっけ。この剣、時間はかかりそうだけどオレが直そうか?」
レイのその言葉で、ボクは我に帰った。
「え?まあ、そうしてもらえればありがたいですけど‥‥‥」
拍子抜けしたボクの表情に苦笑しながら、レイは言った。
「まあ、具体的にどのくらい修理にかかるかはわからないが、それまではゆっくりしていけばいいさ。お前さん、悪い人
間じゃなさそうだしな」
ボクは結局、レイのご好意に甘えて、とりあえず『剣』の修理が終わるまでこの隠れ里に厄介になることにした。
その夜、ボクは村の真ん中の広場で物思いにふけっていた。疲れてはいたが、たった一日でいろいろありすぎて寝つ
けなかったのだ。
(ボク、いったいどうなるんだろう?)
広場に何本か生えている木の一本にもたれて、夜空を見ながら、ボクはこの後の歴史を思い出していた。レイにそれ
となく聞いてみたら、今はどうやら『魔力の塔』が崩壊する、つまり古代王国の崩壊の始まる事件の二年ほど前のよう
だ。つまり、このままでは二年後にボクは王国崩壊の動乱に巻き込まれるということだ。
もちろん、このままおとなしくするつもりはない。メイや兄貴達のいる元の時代に早く戻りたかった。そのためにも『剣』
に早く直ってほしい。偶然の産物とはいえ、時を越えた要因の一つは『剣』だったわけだし、何かのヒントはあるはず
だ。
(今はそれにすがるしかないか‥‥。でも、ボクがそれで何とかなるとしても、ここにいる人はどうなるんだ?)
王国崩壊の動乱時には多くの血が流れたと聞く。塔の崩壊で魔法の使えなくなった多くの魔術士は反乱を起こした蛮
族に殺された。支配階級だけでなく、しまいには一般人に同情的な立場を取っていたものも殺戮の対象になったらし
い。魔術士で生き残ったのはわずかだったし、もちろん反乱を起こした元蛮族側も多くの犠牲を払ったのだ。
(ここが動乱そのものに巻き込まれなくても、王国の崩壊と蛮族の蜂起を知ったこの村の人たちはどうするんだ‥‥
‥)
「どうした、眠れないのか?」
いきなり声がしたので振り向くと、レイがボクの真横に立っていた。
「え、ええ‥‥。いろいろあったんで‥‥」
そう言いつつも、ボクはさっきの想像の続きが気になった。もし、蛮族の蜂起を知った村人達が村を出て戦乱に参加
したり、同じ魔術士というだけでレイにいきなり牙を向いてきたりしたら‥‥。
「あの、もしものことですけど‥‥」
どうしても気になったので、ボクは今の考え、つまり、蛮族の反乱が起きて、村人達もそれに加わってレイと敵対した
ら‥‥ということをレイに聞いてみた。
「‥‥となったらどうしますか?」
「う〜ん、難しい質問だな‥‥」
ボクの質問にレイは頭を掻きながらしばらく唸っていた。
「ちょっと、わからないな。オレはただ、目の前の救える人達から助けたいと思っただけだからな‥‥」
「すいません、変な質問して」
ボクはそう言って謝ったが、レイは首を横に振った。
「いや、謝ることはないさ。でも、オレはここの人たちを信じたいな。昼間見ただろ、この村の様子を」
「ええ、隠れ里って言うからどんなところかと思いましたが、普通の村ですね。‥‥どこにでもありそうなのどかで平和そ
うな」
ボクの言葉にレイも少ししんみりとした様子で答えた。
「そうだろ。初めは大変だったよ。場所探しに、救った人の説得に、問題が山積みだったさ。オレが魔術士だからという
だけでなかなか信じてくれない人もいたしな。でも、秘密裏に協力してくれる人も出て来たし、今ではみんなすっかりここ
の生活に慣れてくれたし、笑顔が戻った人もいる。みんな平和で静かな暮らしを望んでいるんだ。そんな人たちが戦い
に行くとは考えたくないし‥‥」
レイはそこで一度言葉を切って、夜空を見上げると言葉を続けた。
「‥‥それに、本当にそうなったとしても、村人の一人でもこの暮らしを選んでくれれば、それで十分だ。オレのやったこ
とが間違いじゃなかったって思えればな」
そう言うレイシェントの顔は、どこか寂しげだった。
それから一週間程が過ぎた。ボクは、レイシェントが『剣』の修理をするのを手伝いながら、村の家の修理や畑の手
伝いをして、夜は空き家で寝泊まりする日々を送っていた。どうやら新しい入居者用に家を何件か余分に作ってあった
らしい。村人達も、レイが滞在を許可してくれたためか、ボクが魔術士であるにもかかわらず、すぐに打ち解けてくれ
た。おかげでボクも村の生活に慣れ始めていた。
その日、ボクは何も手伝うこともなかったし、レイが情報収集に町に行っていたので、町の広場の木のそばに腰かけ て、レイから借りた魔術の本を読んでいた。この際だから、古代の魔法知識を少しでも吸収しようと言うわけだ。
「おい、レイシェント」
突然、聞き慣れない女性の声がしたので顔を上げると、目の前に一人の魔術士風の長身の女が立っていた。レイや
ボクのとはデザインは違うが、動きやすい服装にマントという出で立ちに、水晶のはまってない額。腰には魔力を込め
たと思しきレイピアとたたんだ袋をつるしている。左の肘から先に妙な形の小手をつけているのが目についた。
「ん、レイじゃなかったのか?よく似ていたから間違えてしまったよ。村の新入りか?」
ボクの顔を見て、彼女は少し驚いた顔で言った。
「そうですけど‥‥。そう言うあなたこそ何物ですか?」
ボクは立ち上がると、彼女を怪訝そうに見た。少なくとも、この村にボクとレイ以外の魔術士はいなかったはずだ。
もっとも、彼女を警戒していたのはボクぐらいなもので、他の村人達は警戒の「け」の字もしてない。何食わぬ顔で広
場を通りすぎる人もいるし、中には、「やあ、メルスさん。お久しぶり」と言った感じで親しげにあいさつする人もいる。
「久しぶりだな、おじさん」
声をかけた村人ににこやかに返したが、すぐにメルスと呼ばれた彼女は我に返った。
「それはそうと、レイシェントはどこだ!」
何処かあせった感じだ。少しただならない雰囲気を感じて、ボクは彼女を見つめた。
「何だ、オレがどうした?」
メルスの後ろからいきなりレイの声がした。どうやら、ちょうど偵察から帰ってきたところのようだ。
「‥‥‥何だ、メルスか。また、こりずに果たし合いか?」
「そうしたいのは山々だが、それどころじゃない」
レイ、メルスの二人とも、声には少しも変化が勘時事られなかった。感情のこもってないような言い方だ。もっとも、二
人とも平然としつつも、目は全然笑ってない。殺意はないが、メルスのほうは明らかにレイに敵意を向けている。レイの
方にも明らかに緊張の気配が見て取れた。それでもまだ笑みを浮かべる余裕はあるようだが。
(いったい、何なんだ?この女の人は)

ボクがそう考えている間にも、メルスは言葉を続けた。
「単刀直入に言う。もうすぐこの場所に軍が来る」
その言葉にレイの顔から笑みが消えた。
「何だって?」
「先に断っておくが、私が教えたわけではない。当局が前から進めていたお前の捜索に、今回はこの盆地を含む一帯
が調査地に選ばれたというだけだ。もっとも、最近お前の活動が活発になってきたので当局が捜索に力をあげている
のも一因だが」
最後のほうに皮肉を交えつつも、メルスは淡々と言った。
「‥‥それで、ここにはいつ来る」
レイは静かな声でメルスに尋ねた。その顔は、ボクが初めて見るレイの真剣な顔だった。
「遅くても今から二十四時間といったところだ。それまでに‥‥」
そう言ってメルスは腰につるしていた袋をはずすと、レイに投げ渡す。「その魔法の袋の中にゲ−トが一対入ってい
る。それでどこか適当なところに逃げることだな。ついでに言えば、捜索隊には私も入っている。来るまでに逃げ切れな
かったら、村人はともかくお前は容赦なく攻撃させてもらうぞ」
ゲ−トとは、門の形をしていたり、地面に開いた穴の形をしていたりと、形状はまちまちだが、効果は共通していて、
一方のゲ−トに入ればもう一方から出ることができる転送装置である。確かに、村人を逃がすにはこれを使うのが手っ
取り早い。
「『容赦なく』か‥‥。そう言うと思ったよ‥‥」
そう言ってレイはため息をついた。
(しかし一体どういうことだ?軍が来るというのはわかるけど、何でメルスは『容赦なく攻撃する』なんて言うんだ?情報
をリ−クしているのだから味方じゃないのか?)
わからないことだらけだが、この雰囲気では口を挟む気になれない。そんなボクをよそに、メルスは言葉を続けた。
「それではせいぜい上手くやることだな」
メルスはそう言って瞬間移動の呪文を唱えようとしたが、何かを思い出したような顔をして呪文を中断した。
「そうだ、もう一つ教えておこう。今回の捜索隊には新型の戦闘用ゴ−レムがテストを兼ねて参加することになってい
る。詳しいことは聞いてないが、対魔術士用らしいから気をつけることだな」
(対魔術士用‥‥、まさか!)
ボクはメルスの最後の言葉にソ−サル・マ−ダ−のことを思い浮かべた。「あ、チョット待って‥‥」
しかし、それを聞こうとしたときには、メルスは瞬間移動の呪文を唱え終わっており、次の瞬間メルスはかき消すよう
に姿を消していた。
「‥‥ご忠告どうも」
さっきまでメルスのいた空間に、レイはぼやくようにそう言った。
(続く)第五章 へ