第5章
 
 それから村は蜂の巣をつついたように‥‥というのは少し大げさだが、村人たちは慌てて脱出の準備を始めた。レイ は「避難所には心当たりがある」と言って、どこかに出かけていき、ボクを含む村人達は荷造りとかで忙しくしていた。迅 速に行動したおかげか、半日ほどしてレイが再び村に戻ってきたときには、脱出の準備はほぼ整っていた。
「知り合いのエルフの族長に話を付けてきた。しばらくの間なら森でかくまってもらえることになったから。ゲ−トは設置 済みだからみんなすぐに移動してくれ。軍が来るまでにはまだ余裕がある。心配するな!」
 メルスから受け取ったゲ−トを村の真ん中に設置しながらレイは広場に集まった村人に告げた。そして、村人達は少 し不安な顔をしつつも、手に手に荷物を持って次々とゲ−トをくぐっていった。
「慌てないで。まだ時間はあるはずだからな」
 レイはゲ−トの側で村人を先導していた。焦る様子一つ見せずに村人達を送り出している。その落ち着いた振る舞い のためか、村人はパニックもおこさずに並んでゲ−トをくぐっている。さすがは村を指導する立場だけのことはある。こ の調子なら、三十分もせずに撤収は完了するだろう。
「そう言えば、あのメルスという人、いったい何者なんです?」
 一緒に村人を先導しながらボクはレイに訪ねた
「ああ、あいつか。この地域の軍に所属している将軍の一人だ。将軍といっても一番下っぱで、年もオレと変わらないが な。オレがお尋ね者になった時に軍からオレの対策班に任命されて、それ以来常にオレの前に立ちふさがっている」
「軍の将軍って‥‥。それって敵じゃないですか」
 先ほどの二人の会話から友人ではないとはわかっていたが、まさかそういう間柄だったとは。驚くボクにレイは苦笑し て続けた。
「まあ敵ではあるが、オレのこの『解放政策』そのものには共感していてな。それでいながらオレにはライバル意識むき だしなんだ。おかげで今回のように情報とかで協力してくれる一方で、戦いでは本気で戦うというおかしな関係になって いる」
 そうレイが呟いたその時、少し離れたところから「いたぞ、あそこだ!」と言う声が聞こえた。
 慌てて振り向くと、村の入口の洞窟からオ−ク、スト−ンサ−バントなどのパペットゴ−レムを連れた魔術士数名や武 装したゾンビの兵士の一団がこちらに駆けてきているのが見えた。ちなみにパペットゴ−レムというのは呪文でできる 簡易ゴ−レムのことで、オ−クは樫の木、スト−ンサ−バントは石製である。
「げ、もう来た!まだ三、四時間は早いんじゃなかったんですか?」
 動揺するボクに、レイは落ち着いた顔で腰の『剣』に左手を添えた。
「それだけ向こうの行動が迅速だったというだけのことだろうな」
 そう言ってレイは『剣』を抜きながら顔色一つ変えずに軍勢のほうに向かって歩き出した。この時点で村人の撤収は あと数人を残すのみだ。
「カ−ル、お前も脱出しろ。向こう側についたら、ゲ−トを破壊しろ」
 続くレイの言葉にボクは一瞬自分の耳を疑った。ボクのそんな顔を見て、レイは穏やかな表情で続ける。
「心配するな。オレは瞬間移動の呪文でいつでも逃げれるから。ただ、軍の戦力を少しでもそいでおきたいし、何よりあ いつがやる気満々のようだからな」
 そう言ってレイが視線を移した先には、近づいてくる軍の魔術士の中に、メルスらしき姿が見えていた。まだ顔は見え るほどの距離ではないいが、先ほどと変わらない格好をしている。他の魔術士は全員ロ−ブ姿だし、まず間違いないだ ろう。
 ゲ−トの方を振り向くと、ちょうど最後の村人がゲ−トをくぐったところだった。もう一度レイのほうを振り向くと、『剣』を 軽く構えて軍のほうにゆっくりと歩いている。ボクはふうっとため息をつくと、三節棍を抜いてゲ−トの上に振り下ろし た。もちろんゲ−トは砕け、動かなくなる。「カ−ル?」
 こちらを振り向いて、怪訝そうな顔をするレイにボクは答えた。
「いくらなんでも一人であれだけの数を相手する気ですか?ボクでもパペットゴ−レムぐらいならさばけますし。第一、ま だ助けてもらった借りも返してもらってないですよ」
 そう言ってクレインクインを巻き上げながら笑みを浮かべるボクに、レイは軽くため息をついた。
「‥‥まあ、ムリはするなよ。あ、そうそう」
 レイは思い出したように、足下の荷物からボクの『剣』と、数個の魔晶石を取り出すと、ボクに投げ渡した。魔晶石と は、魔力を結晶化した宝石で、魔法の使用時に術者の代わりに魔力を消耗してくれる力を持つ。渡された魔晶石の中 には、炎の魔法を封じた炎晶石や雷撃の力を封じた雷晶石などの特殊な魔晶石もある。
「それでだいぶ楽に戦えるはずだ。それと『剣』はまだ完璧に直ってないから、使うときは慎重にな」
 そう言うとレイは再び『剣』を構えた。すでに軍はボク達のいる村の広場に到達しようとしていた。
「今度こそ年貢の納め時だな、レイシェント=パルサ−!」
 そう叫びながら先頭に立ったメルスが小手のはまった左手を振った。途端に左手が鞭のように変形するる。すろどい 気合いとともに放たれた鞭が、まるで意思を持つかのようにレイに向かって伸びていく。どうやらメルスの左手は小手で はなく、変形機能を持った義手か何かだったようだ。
 その鞭を『剣』で払いながら、レイもメルスに切りかかっていった。横なぎに振った『剣』を、メルスは左手で受け流し た。メルスはそのまま右手でレイピアを抜くと、鋭い突きを放った。しかし、レイは僅かに後ろに下がってそれをかわし た。レイも剣の腕は立つが、メルスもそれにまったく引けを取らない素早い動きだ。二人の戦いに圧倒されてか、下手 に魔法を放ってメルスを巻き込むわけには行かないのか、他の魔術士達は手を出さずに遠巻きに見ている。
 もっとも、そうやって傍観しているのはほんの一部である。パペットやゾンビ兵などの多くはボクの方に向かっていた のだ。せっかく準備したのに、こちらに殺到されてはクレインクインを撃つこともできない。
「くそっ!」
 手近なゾンビ兵を三節棍で叩きのめすと、先ほど受け取った雷晶石を密集しているオ−ク数体に投げつけた。雷晶 石が割れると、そこから雷撃が帯状に伸び、オ−ク達は轟音と共に全身を焼かれて地面に倒れた。
「‥‥あと何体いるんだ?」
 ボクはあたりを見回した。だいぶ減っているもののまだかなりの数が残っている。ただし、ゾンビとかオ−クは個々の 戦力は大したことないうえ、魔晶石をもらって魔力に余裕があるので、ボクでも何とかさばくことができる。
 とりあえず、今のところ戦局はこちらにやや有利といったところか。メルスはレイとの一騎打ちで手が一杯だし‥‥と いうよりも、周りのことが目に入ってないかのように喜々とした表情でメルスは鞭を振っている。まるで戦えるのが嬉し いように見える。レイはそれを『剣』で受け流しながら魔力の矢を生み出してメルスに放った。メルスが呪文を唱えると、 彼女の前に半透明の壁が現れてそれを防いだ。そのままメルスはレイに接近していき、鞭を次々と繰り出した。二人の 様子は今のところ互角と言ったところか。
 残る魔術士数名の方はというと、後ろのほうに下がって、彼らが持ってきたのだろう幌のかかった大きな荷物のほう に駆け寄っていた。
(何だ?何かの兵器か)
 ボクが雑魚を蹴散らしながらそう考える内に、魔術士達は古代語で何かを叫びながら幌を剥ぎ取った。幌を剥ぎ取ら れたその荷物がゆっくりと立ち上がるのを見たとき、ボクは思わず三節棍を取り落としそうになった。「そ、ソ−サル・マ −ダ−‥‥。やっぱり‥‥」
 そう、そこに立っているのは、細部こそ違っているし、両手ともちゃんとそろっているものの、ボクが以前出会ったソ− サル・マ−ダ−と似たゴ−レムだった。そしてさらに驚いたことにはマ−ダ−が何やらわめいている魔術士の一人に手 にした剣を振り下ろしたことであった。
 茫然とする魔術士達のほうにマ−ダ−はゆっくりと向きを変えると、血まみれの剣を構えた。
「お、おいメルス、なんだあれは!」
 レイが戦いの手を止めて叫ぶ。
「な‥‥。暴走している?」
 さすがに戦闘を中断して驚いているレイとメルスを尻目に、魔術士達を全滅させたマ−ダ−は、今度はパペットゴ− レムが多く密集している所、つまりボクの近くに駆け出した。
「まずい!」
 慌ててその場を離れてレイ達のところに駆けていくボクには目もくれずに、マ−ダ−はパペット達をなぎ払い始める。
「いったい、どうなっているんだ!いや、それよりも何であんな代物があるんだ?」
 二人のほうに駆け寄りながら、息を切らして訪ねるボクに、メルスは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「試作開発中の魔術士対策用の戦闘ゴ−レムの一体がテストも兼ねて今回の作戦に投入されたんだが‥‥‥、どう やら魔力のある者には見境なしに襲うように暴走しているようだな」
 言われてみれば、パペットを切りながらマ−ダ−が「魔力感知、排除スル。魔力感知、排除スル」と繰り返し言ってい る。
「『暴走してる』ってなメルス、何とか止めれないのか?」
「起動・停止のコマンドワ−ドを知っているものは先ほどの攻撃で全滅したようだ。部署が違うから私はあまりこいつの ことは知らないんだ」
 レイの問いにメルスが答えているうちにマ−ダ−はパペットを駆逐しつくしていた。
「‥‥魔力感知、排除スル」
 そう言うとマ−ダ−はゆっくりとこちらのほうを向いて、剣を構えた。「メルスさん、奴に弱点は?」
 尋ねるボクに鞭を構え直しながらメルスは一瞬考えて、
「確か、奴の目は光の代わりに魔力を感知するようになっている。奴には魔法や道具の魔力の大小を光の強弱として 見ているはずだ」
「なるほどね、つまり‥‥」
 そう言ってレイが『剣』を構え直すと、『剣』の光の刃が一層その光を増した。すると、こちらに近づこうとしていたマ− ダ−が、まるで閃光を直視したかのようにレイから顔をそらして一歩後づさった。
「強い魔力には目がくらむってことだ!」
 マ−ダ−が体勢を崩した隙に、レイはマ−ダ−に素早く駆け寄ると『剣』を叩きつけた。
「駄目だレイシェント!いくらお前の『剣』でも‥‥」
 しかし、メルスの忠告は少し遅かった。『剣』の光の刃はまるで見えない壁に当たったかのようにマ−ダ−の手前で止 まっていた。
「あんちまじっく稼働率96%。許容範囲ぎりぎりデハアルモノノ防御ハ十分可能」
 マ−ダ−の抑揚のない声が淡々と告げる。レイの『剣』を受け止めながらも、マ−ダ−は再び剣を構え直した。
「レイ!」
 マ−ダ−が剣を降り下ろそうとするよりも早く、メルスが慌てて鞭を放とうとするよりも早く、ボクは自分の『剣』に手を かけて走り出していた。まだ修理途中で一体どうなるかは不明だが、かまっている暇はない。
「許容範囲ギリギリっていうんなら‥‥‥」
 抜いた『剣』から光の刃が生まれる。魔力を持ったあの刃だ。
「それ以上の魔力をたたき込めばいいだけだ!」
 ボクは『剣』をマ−ダ−に叩きつけた。二本の『剣』の光の刃が十字に重なった。その瞬間、光の刃の輝きは眩しいぐ らいに強くなった。
「許容範囲お−ば−。防御不能‥‥」
 マーダーがすべてを言い終わる前に『剣』の行く手を遮っていた抵抗がまるでガラスの割れるような音と共に消えた。 次の瞬間、二本の『剣』の光の刃がマ−ダ−を十字に切り裂いていた。





「なんとか勝ちましたか‥‥」
 マ−ダ−が動かなくなってしばらくして、ボクはやっと言葉を吐き出した。
「ああ、助かったよ‥‥。しかし、お前の『剣』は‥‥」
「え?」
 レイに指摘されて、ボクは慌てて自分の『剣』を見た。ボクの手の中の『剣』は数箇所にひびが入っていた。まさかと思 い、意識を集中してみるが、もう光の刃は出てこなかった。
「もう駄目だな、そいつは‥‥。すまない、大事な剣を‥‥」
 そう言って頭を下げるレイに、ボクは「なんでも無い」と言った顔で答えた。
「大丈夫ですよ。このゴ−レムを倒したのに比べれば安いものですよ。‥‥それに、ボクの『剣』は駄目になったけど、 あなたはその『剣』でこれからも多くの人を助けていくでしょうから。それで十分ですよ、ボクは」 うそではない。ボクの 知っているパルサ−家の言い伝えでは、レイシェント=パルサ−は古代王国崩壊後も生き続け、十数年後に若くして 病に倒れるまでに活躍し続けたのだから。
「しかし、どこからどこまでレイシェントの物とそっくりだな。その剣」 メルスがボクの『剣』を眺めながら、ボクに尋ねき た。
「偶然とは考えにくいな。お前一体‥‥‥」
「え?そ、それは‥‥」
 メルスの問いにしどろもどろになるボクに、助け船を出したのはレイだった。
「まあまあ。コイツは魔術士で、オレを助けてくれた。とりあえず、今はそれでいいじゃないか」
 その時、ボクのすぐ近くに転がっていたマ−ダ−の残がいからバチバチと火花が散る音が聞こえた。
「ん?」
 そっちのほうを見ると、マ−ダ−の断面から内部に何かごちゃごちゃと入っているのが見えた。そして、突然その中身 が淡く輝き始める。
「いかん、内蔵してあった魔法装置が暴走している!」
 メルスがそう言うと同時に、マ−ダ−がカッと発光した。目がくらむような輝きにボクは思わず手で顔を覆った。ふと、 足もとの感覚がなくなった。そして、何か強い力にすごい勢いで引っ張られていくような気がした。ボクは思わず剣を持 っていた手を放してしまい‥‥。
 ボクが覚えているのはそこまでだった。

(続く)第六章 へ