第6章
気がつくと、ボクはソ−サルマ−ダ−と最初に出会ったあの森の遺跡前にいた。目の前にはひるんだ様子のマ−ダ
−が、後ろには体勢を立て直したガイ兄貴達と、『剣』でマ−ダ−に切りかかった前と全く情景は変わっていなかった。
これだけだったら、ボクが今まで体験してきたことは白昼夢だったのではと思っただろう。ただし、夢にしてはやけに
生々しく覚えているし、それにしっかりと手ににぎっていたはずの『剣』は、手の中はもちろん、ボクの周囲にすら影も形
もなかった。
「魔力的ナ干渉ニヨルせんさ−混乱カラ40%回復。あんちまじっく機能72%マデ回復。標的イマダ健在‥‥」
よろめいていたマ−ダ−は再び剣を構えてボクに向き直った。ボクは慌てて三節棍を構えた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
後ろからメイ達が駆け寄ってきた。どうやら兄貴も吹っ飛ばされたダメ−ジから立ち直ったようだ。
「大丈夫か?『剣』で切りかかった途端に何か一瞬ピカって光って、奴が苦しんでいたんだが‥‥」
マ−ダ−から目を放さずに兄貴が心配してきた。
「いや、とくになんともないよ」
ボクは平静を装ってそう答えた。
「ゴ−レムが苦しんでいるなんて初めて見たけど‥‥」
キャリ−もそう言いながらも、マ−ダ−から目を放さない。
マ−ダ−はまだ目の調子が悪いのか、少しキョロキョロしながらも、刀を降り下ろしてきた。ボクは三節棍でそれを受
けとめた。ずっしりとした衝撃が伝わってくる。その時、ボクの視界に奴の赤い石でできた一つ目が入った。
(こいつの弱点は‥‥おそらくここしかないっ)
刀を受け流すと、ボクは腰の袋を探った。隠れ里での戦いのとき魔晶石を一度袋に入れていたのだ。そのうち何個
かの魔晶石はまだ残っていたはずだ。ボクはその中から炎晶石を取り出した。
「みんな、合図したら奴の頭にありったけの魔力を込めて呪文をたたき込んで」
ボクはみんなに呼びかけた。
「しかし、オレ達の魔法は奴に効かないぞ」
「ボクに考えがある。いいからまかせて」
マ−ダ−と剣を交えながら反論するガイ兄貴にボクはもう一度強く呼びかける。
「‥‥‥わかった。ありったけの魔力を顔に撃てばいいんだな」
そう言うと兄貴は先ほどのお返しといわんばかりに盾を構えてマ−ダ−に体当たりした。これをもろに受け、マ−ダ−
がよろめいた隙にボク達は後ろに下がった。
「キャリ−はこれを投げて」
そう言ってボクはキャリ−に炎晶石を手渡した。魔法が使えないキャリ−には、これを使ってもらうしかない。
「チョット、これ炎晶石じゃない!こんなものいつの間に‥‥」
手渡された炎晶石を見てキャリ−は驚愕した。まあ、炎晶石はそうそう手に入らないものであるし、実際ボクは魔晶石
の類は持ってないはずだからムリもないが。
「話は後!それよりも頼むよ!」
ボクはそう言うと火球の呪文を唱え出した。ボクの中にある魔力を全て使うつもりでかざした手に意識を集中する。次
の瞬間、普通に魔法を使うよりはやや大きな脱力感と共に、手のひらから火の玉が生まれた。普通なら握り拳より少し
大きいぐらいの火の玉が出るのだが、今回はボクの頭ぐらいの大きさである。
見るとガイ兄貴とメイも呪文を唱え終わっているようだ。キャリ−も炎晶石をいつでも投げれるように構えている。
「目標、魔法ヲ使ウ模様。ヤヤ大キナ魔力ヲ複数感知。シカシ、防御ハ十分可能ナれべる」
後退して魔法の準備に入ったボク達の様子を冷静に判断すると、マ−ダ−は防御の構えを取る様子もなく一歩踏み
出した。
「今だ!」
ボクはそう叫ぶと、火球をマ−ダ−目がけて投げつけた。同時に兄貴は気弾を、メイは炎の矢を作り出して放ち、キ
ャリ−は炎晶石を投げつけた。次の瞬間、奴の目の前を中心として爆音と炎が広がった。しかし、炎がすぐに収まった
後には、マ−ダ−は何事もなく‥‥‥。いや、確かにダメ−ジを受けている様子はないが、周りを見渡しながらおぼつ
かない足取りでうろうろしている。
「せんさ−の感知量お−ば−。せんさ−機能完全ニまひ。復旧中‥‥」
どうやらボクの思った通り目が眩んだようだ。
「よし、今だ!奴の目が眩んでいるうちに!」
ボクの声に真っ先に反応したのはガイ兄貴だった。
「なるほど、そう言うことか!キャリ−、援護頼むぞ!」
剣を振り上げて兄貴がマ−ダ−に切りかかっていく。キャリ−はそれを援護するべくマ−ダ−に向かってダ−ツを放
った。避けることもできずにフラフラしているマ−ダ−に二人の攻撃が次々と命中していく。
ボクも兄貴に続こうといったん腰に収めた三節棍を抜こうとした。その時、隠れ里の戦いのときにクレインクインを巻
き上げたままだというのをふと思い出した。ボクは背中からクレインクインを抜くと、矢をセットした。
その間にも兄貴の渾身の力を込めた剣が脇腹の装甲を破り、右の膝関節にキャリ−のダ−ツが潜り込んで、マ−ダ
−の右足が曲がらなくなっている。ろくに反撃も回避もできないマ−ダ−はたちまちのうちに傷だらけになっていった。
しかし、『視力』が少し回復してきたのか、少しずつ動きがスム−ズになってきているし、「せんさ−稼働率20%マデ回
復」と言う言葉も聞こえてくる。
時間が経つにつれて目は回復してしまう。これ以上長引くのはまずい。ボクはマ−ダ−の目に狙いを定めた。
「せんさ−稼働率30%マデ‥‥」
「永久にに0%だ!」
マ−ダ−の言葉を遮って、ボクは引き金を引いた。すさまじい勢いで放たれた矢は、目ははずれたものの、マ−ダ−
は首の付け根を貫ぬかれ、地面に転がった。
「兄貴、今のうちに目を!」
「わかった!」
兄貴は起き上がろうとするマ−ダ−の目に剣を突き立てた。赤い色の石でできた一つ目はあっさりと砕け、脆くなって
いた首が剣を突き立てられた勢いで胴体から離れた。首から下はまだ起きようとしていたが、傷だらけのマ−ダ−の動
きはひどくぎこちなかった。
「とどめはちゃんと刺す必要があるね‥‥」
疲れ切った顔でメイが言うのを聞きながら、ボクは再びクレインクインを巻き上げた。ボクも疲れているが、さすがにこ
いつを野放しにするわけにはいかない。ボクはよろめきながらも立ち上がろうとするマ−ダ−に狙いを定めた。
「悪いけど、始末させてもらうよ‥‥‥」
それが、ソ−サルマ−ダ−との戦いと、ボクの不思議な時間旅行の終焉だった。
それから一週間が過ぎた。ボク達はその後は順調に旅を続け、ついにオランの町のパルサ−邸に戻ってきた。
「やっと戻ってきたな‥‥」
ボクはそう呟くと、はやる気持ちを抑えて玄関のドアをノックした。すると、「は〜い」というセリスさんの声がして、パタ
パタという足音が近づいてきた。

「お母さ−ん、たっだいま〜」
ドアを開けたセリスさんに向かって、メイはそう言って抱きついた。
「め、メイ?それにカ−ル君達も‥‥」
いきなりのことにあたふたするセリスさん。それを聞きつけたのか、
「何だ?帰ってきたのか?」
と言う声がして、奥のほうからトキオ兄さんと、父さんがドタドタと駆けてきた。
「ただいま、兄さん、父さん」
ボクは笑顔で二人に挨拶した。
ひとしきり再会を喜びあった後、ボク達は家の中で旅の話をしていた。そして今は、ボクがあの時間旅行の話を終え
たところである。
「それで、結局『剣』がどこにいったかはわからないんだな」
沈痛な顔で父さんが言うのを、ボクは黙って首を縦に振った。
過去に飛ばされて『ご先祖』レイシェント=パルサ−に会ったという話は最初全員が信じてくれなかった。実際、冒険
者としていろんなことを体験することが多いパルサ−家の人間にも、時間旅行の話はさすがに受け入れにくかったよう
だ。まあ、みんな本当のことだと納得してくれたようだが。
ボクとしてはあの一件は自分の胸の内に秘めておきたかったのだが、パルサ−家当主の証である『剣』を無くした以
上、そういう訳にも行かなかったのである。
「まあ、『剣』がなくなった以外にも、持ってないはずの炎晶石は持っていたし、巻き上げている余裕のなかったはずのク
レインクインは巻き上がっていたし、タイムトラベルでもしないとつじつま合わないわね」
そう言ったのはキャリ−だが、彼女やメイ達自身も事件の直後に話したときには、なかなか信じてくれなかった。
「でも、父さん。どんな経緯にしろボクが家宝をなくしてしまったことに代わりはありません。だから、どんな罰でも受けま
す」
「そんな、お兄ちゃんが悪いわけじゃないよっ」
メイはこう言ってくれてるが、歴代当主の証を無くしてしまったのだ。いくら厳格とは程遠い家風のパルサ−家でもケジ
メはつけなくてはいけない。しかし、父さんはニヤッと笑うとこう言った。
「そうか、なんでもするのだな。それでは今度予定しているパ−ティ−の準備、お前一人でやってもらおうか」
「え、パ−ティ−?そんなものでいいの、父さん?」
あまりに意外な父さんの言葉に、ボクはもちろんメイ達三人も目を丸くした。ちなみにトキオ兄さんとセリスさんは父さ
ん同様ニヤニヤと‥‥と言うよりも笑いをこらえている。
「ああ、お前さんの話だと無くす直前には『剣』は壊れてしまっていたんだろ?第一、ご先祖を助けるために使われたの
だから、別に恥じることはないと思うがな、ワシは」
「よかった〜。アタシてっきり家を追放されるのかと思った〜。あ、もちろんその時はアタシもついていくけどね、カ−ル
お兄ちゃん」
顔に満面の笑みを浮かべて、メイがボクに向かってウインクした。
「おいおい、お前ら。オレ達を差し置いてのろけるなよ」
「そうよ、アナタ達がラブラブなのはいいけど、今はアタシ達が先なんですからね」
クスクス笑いながら、トキオ兄さんとセリスさんがボク達二人をたしなめた。
「ええ〜、なんでお母さん達が先なの‥‥って、まさか!」
文句を言いかけたメイの顔が見る見るうちに驚愕の表情に変わっていった。それを見ながらセリスさんは自分の左手
を差し出した。その薬指には真新しい指輪がはまっていた。
「そのまさかよ。私、トキオ君と婚約したの。式はアナタ達が帰ってきてからやろうと決めていたけどね」
そう言うと、トキオ兄さんと顔を見合わせてセリスさんは少し顔を赤らめた。
「ま、そう言うわけだ。さっき親父の言ったパ−ティ−というのもその結婚披露宴の代わりに、というわけさ」
そう言って兄さんも頭をかきながら苦笑した。
二人のいきなりの宣言にボク達四人は次の瞬間「ぃやったあぁぁっっ!」と、歓喜の声を上げた。パルサ−家とル−ン
親子との同居が始まってから六年以上。確かに前々からお互いを意識していたものの、あまりにも進展が遅すぎてボ
ク達がやきもきしていたトキオ兄さんとセリスさんがついに結婚するのだ。その喜びはひょっとしたら当事者の二人以上
かもしれない。そう思うぐらいボク達は驚喜乱舞した。
(続く)第七章 へ