第7章
それから一週間後、トキオ兄さんとセリスさんの結婚式と結婚記念パ−ティ−がパルサ−邸の庭で行われた。普通
は結婚式と言ったら慈愛の神マ−ファの司祭がとり行うことが多いのだが、新郎新婦の希望により、ファリス神官であ
るガイ兄貴がとり行うことになった。ガイ兄貴本人は自信がないのかごねたが、「どうせ結婚式をやるのなら、家族であ
るお前にやってほしい」と、ご両人に頼まれて結局引き受けた。
そして、式もあっという間に終わって、現在パ−ティ−の最中である。 今回のパ−ティ−にはごく内輪の人間しか呼
ばないと父さんも兄さんも言っていたが、実際にはセリスさんの賢者の学院での門下生や、ガイ兄貴の様子を見に来
たファリス神殿の同僚などで、だいたい二十人ほどはいるだろうか。
確かに結婚式の客としてはそう多い数とはいえない。しかし、父さんに言われた罰で、パ−ティ−の準備だけでなく、
接待とか料理の給仕とか全部ボクがしなければいけないのだ。メイが何度か手伝おうとしたが、それはボクが「それで
は罰にならない」と断った。メイにはすまないが、ボクが納得して受けた罰である以上、手伝ってもらうわけにはいかな
い。始めはそれでもボクが気になって元気がなかったメイも、今はパ−ティの料理を次々と食べまくって、キャリ−に呆
れられている。ちなみに、司祭の勤めを果たしたガイ兄貴は、同僚の皆さんにからかわれている。ミスこそしなかったも
のの、式の間じゅう緊張出ガチガチだったから、多分そのことだろう。
(そろそろ追加の料理を運んでおかないとな‥‥)
ボクは料理を取りにいこうと家の中に入ろうとして、ふと新郎新婦のほうを振り返った。着飾った二人は少しはにかみ
ながらも、来客からの祝福の言葉に笑顔で答えていた。
パ−ティ−も終わり、それから少しして来客全員が帰って、兄さん達が「よ−し、二次会代わりに家で飲みなおすぞ
〜」と家の中に引っ込んだ後も、ボクの罰は終わらなかった。会場の片付けがまだ残っているのだ。
「やれやれ、さすがに疲れるな〜」
夕暮れの庭に落ちているゴミをかき集めながらボクは呟いた。会場が庭である以上、実際には庭掃除を一人でやっ
ているに等しい。パルサ−邸の敷地は貴族とか豪商の屋敷のような大きなものではないが、庭で二十人ぐらい人呼ん
でパ−ティ−できるのだから、決して小さくはない。ましてや日常にやる庭掃除とパ−ティ−の後片付け。どっちが労力
がかかるかは少し考えればわかるだろう。片付けを始めたときはまだ空は僅かに青かったが、もういい加減夕方を通
り越して夜になろうとしている。まあ、このゴミ拾いで片付けは終わりだが。ちなみに服装は普段着に着替えている。こ
んな作業、パ−ティ−のときの礼服でやるわけにはいかない。
「しかし、こんなことなら意地張らずにメイに手伝ってもらったほうがよかったかも‥‥」
ぼやきながらもゴミを片付け終えたそのとき、突然背後から声がした。聞き覚えのある女性の声だ。
「情けないな。とてもアイツと一緒に戦った男と同一人物の吐く台詞と思えんな」
振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。着ている服こそ礼服だったが、その容姿といい声といい雰囲気といい、
過去の世界で出会った女魔術士メルスに他ならなかった。
「め、メルスさん‥‥?」
ボクは自分の目を疑った。千年近い寿命を持つエルフならともかく、いくらすぐれた魔術士でも、人間が五百年以上も
の時を変わらない姿で生きることは不可能だ。レイのようにアイテムに自分の精神を封じたり、アんデッドになることで
不老不死になることは可能だが‥‥。
「間違いなく私はメルスだが‥‥。なるほど、何故五百年前の人間である私がここにいるか、ということか。説明したほ
うがよさそうだな」
唖然としているボクにメルスはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。「簡単なことだ。私の専門は魔法の道具を義
手や義眼などの人工臓器に生かす研究でな。この義手も自家製なのだよ」
メルスはそう言うと、黒い手袋で覆われた左腕を軽く振った。一瞬で左腕は見覚えのある義手に姿を変えた。どうやら
魔法で姿をごまかしていたようだ。
「不老不死には前からあこがれていたしな。それの技術を全身に施した結果が今のこの体というわけだ。まあ、おかげ
で『人造臓器を埋め込んだ人間』というよりもゴ−レムに近い体ではあるがな」
そう言うと、これも魔法で姿を変えていたのだろうか、メルスの着ていた礼服が一瞬にして以前に着ていたものと同様
の動きやすい服とマント姿に変わった。
「し、しかし、よくここがわかりましたね」
ようやく立ち直ったボクはメルスに訪ねた。
「レイシェントの遺言でな。‥‥不老不死になったのなら、ついでにお前を探してくれってな」
メルスはそう言うと、腰に下げられた袋から手紙を腰に差した二本の剣のうち一振りを鞘ごとはずして、ボクに投げ渡
した。
「これは‥‥ボクが使っていた『剣』じゃないですか!」
渡された剣を見てボクは驚愕した。確かにその刀身に少しひびの入った剣は、ボクが過去に置き忘れてきた『レイシ
ェントの剣』だった。
「詳しいことはその手紙に書いてある。レイシェントからお前宛にだ。それと‥‥。今から少し付き合ってほしい」
そう言い終わると、メルスはスタスタとパルサ−邸の外に向かって歩き出した。
「あ、チョット待って下さい!」
ボクは慌ててその後を追った。
メルスが向かった先は、「常闇通り」と呼ばれるオランの町のスラム街、そこの奥の少し開けた一角だった。
「一体何なんです?」
怪訝そうに尋ねるボクの言葉には答えずに、メルスは「ここでいいか」と言ってこちらを振り向いた。次の瞬間メルス
の体から殺気が立ちのぼった。
「私と戦え、カ−ル!」
メルスは左腕を一振りして鞭に変えると、それを構えた。
「ちょ、チョット、何でそうなるんですか!」
「簡単なことだ。レイシェントとの決着はうやむやのうちにアイツが死んでしまった。だから子孫であるお前に代理を務め
てもらう」
そう言うとメルスは、腰のレイピアを抜いて、ボクの目の前の地面につき立てた。
「『剣』は結局壊れたままらしいからな。武器はそれを使え。罠とかではないから安心しろ」
それだけ言うとメルスは構えを取ったまま黙った。どうやら、ボクがレイピアを取るのを待っているようだ。
彼女の目は紛れもなく本気だった。おそらく、これを断ることはまず無理だろう。だとしたら受けるしかない。
(普段着に着替えておいてよかったな‥‥。何を考えているんだろ、こんなときに)
ボクは一瞬場違いなことを考えた自分自身に心の中で苦笑しながら彼女のレイピアを抜いた。
「どうしてもやるんですか?」
ボクは無駄だと思いつつもメルスに聞いてみた。
「ああ。このおめでたい日に悪いと思うが、こちらとしても早くケリはつけたい。他のパルサ−一族の者でもよかったが、
どうせなら面識のある者をと思ってな。五百年待ったんだ。付き合ってもらうぞ」
そう言うとメルスは大地を蹴った。それが戦闘開始の合図だった。
メルスはボクの腹を目がけて横になぐように鞭を振った。ボクは軽く後ろに飛んでそれをかわすと、雷撃の呪文を唱
えた。発動体の指輪はもしものときのために常に持っているのが幸いした。呪文を唱えると雷撃がメルスに目がけて飛
んでいき、直撃した。しかし、彼女はあまりこたえた様子もなく少しよろめいた程度で、不敵な笑みを浮かべて立ってい
た。
「なるほど、高い潜在能力を持っているな」
彼女は笑みを浮かべたままで、こちらに掌を差し伸べた。
「しかし、それでもまだ技術と経験不足だ!」
そう言うとメルスはボクに向かって雷撃の魔法を放った。
「ぐわぁっっ!」
荒れ狂う雷撃をくらい、ボクはたまらず地面に膝をついた。
「ほう、本気で撃ったのだが、一発では倒れないか」
感心するメルスに対し、ボクは何とか立ち上がった。
(‥‥やはり、強い!)
おそらくと思ったが、過去のときより明らかに強くなっている。過去に飛ばされたときのレイの力は、ボクが直接戦った
わけではないからはっきりとしたことは言えないが、戦う様を横から拝見したところでは、魔術、武術共にボクよりやや
上と言った感じだった。そして、レイと互角に戦っていたメルスも同程度と考えるべきだろう。
もちろん、レイもメルスもあの時から全く成長がなかったとは考えにくい。レイは今の時点では確かめようはないが、メ
ルスは全身を人造臓器に置き換えている。能力もそうだが、先ほどの様子から見て耐久力も生身に比べて格段に上が
っているだろう。それに少なくても魔法に関してはこちらを凌駕しているのは身をもってわかった。
(くそ、勝てるのか?こんなことで)
焦りが顔に出てしまったのか、メルスはボクに向かって余裕の笑みを浮かべた。
「『勝てるのか?』と言った顔だな。安心しろ。私の目的は『パルサ−の者との勝敗をつける』ことだ。終わった後で生き
ていたら、ちゃんと家に送り届けてやる。‥‥‥生きていたらなっ!」
メルスは左手の鞭を縮めて剣のようにすると、連続して突きを放ってきた。ボクはレイピアでそれらをなんとか受け流
した。
(くそっ!‥‥でも、こっちはかわせないほどではない!)
確かに魔法についてはあちらのほうが数段上ではある。戦闘能力も確かにメルスの方が上だが、こちらの差のほう
は魔法に比べると大した差ではない。どちらもボクが不利であることに変わりはないが、メルスの呪文で傷ついた今の
ボクでは少しでも勝機のある方に持ち込むしか勝ち目はない。 そう判断して、ボクは一度メルスから距離を取ると、身
体強化の魔法を自分にかけた。体が少しだけフッと軽くなった気がする。自分の敏捷性を一時的に高めたのだ。これ
で少しは攻撃をかわしやすくなるはずだ。
「なるほど、接近戦で勝負を決める気か」
こちらの意図に気づいて、メルスが声をかけた。
「魔法ではまず間違いなくこちらの敗北。ならばこっちしかないでしょうから」
乱れた呼吸を整えながら、ボクはレイピアを構え直した。
「悪くない選択だ。だが、それでもダメならどうする?」
「‥‥ダメならダメで一矢は報いてみせる。そのぐらいの事はしなけりゃ、レイにも、レイの代わりにボクを指名したあな
たにも申し訳が立たないですからね!」
そう言うと、ボクは地を蹴ってメルスに向かっていった。メルスも左腕で迎えようと構えた。
次の瞬間勝負はついていた。ボクはメルスの義手を紙一重で避けると、レイピアで胸に目がけて突きを放った。しか
し、彼女はそれを避けようともしなかったのだ。
「ふ、『申し訳が立たない』か‥‥。そのぐらいの心意気があるやつなら私も本望だ。最期の相手にお前を選んだのは
正解だったな‥‥」
「なんで‥‥?」
茫然とするボクに、メルスは胸にレイピアを突き立てたままで、笑みを浮かべた。
「‥‥確かに初めは不老不死にあこがれてこの体になった。しかし、三百年、四百年と経つにつれてそれは苦痛になっ
てきてな。どうやら私は生きることに疲れたらしい。時の流れというものを甘く見すぎていたのかもな。それとも『子孫を
守る』と言うレイシェントと違い、何の目的も持たなかったせいかな‥‥」
メルスがそう言う間に、突き立てられたレイピアが砂のように崩れ去り、彼女の体もレイピアで刺されたところから
徐々に砂になっていった。

「しかし、半永久的な使用に耐えるように作った私の体は簡単に壊れるものではない。そこで私はそのレイピアを作り
あげた。私の体を破壊するためのものだ‥‥。しかし、どうせ死ぬなら自決するよりも、パルサ−の子孫の手にかかっ
て‥‥。負けでもいいから一応の決着はつけたかったのでな。しかし、私の最後の攻撃、あれも避けられてしまった
な。‥‥レイシェントの域にまで達するかどうかはともかく、まだまだ伸びるな、お前は‥‥。あの世で今後は見届ける
としよう‥‥」
「メルス‥‥さん‥‥」
ボクが茫然とする間に、メルスは全身が砂となり、風に散っていった。「‥‥すまんな、最後に茶番に付き合わせて‥
‥」
ボクの耳には最後に砂となった彼女が、吹き散らされながらそう言ったように聞こえた。
(続く)第八章 へ