「参ったな‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ああ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
リサの正体がラルグの探していたリファリサだと判明して三日が過ぎた。オレは体調を崩した
ラルグの見舞いがてら、『古ぼけた文献』亭に宿泊中の彼の元を訪ねていた。 「あの時はこちらもカッとなっていたが、いざ冷静になって考えれば確かにリファリサ様の面影
があった。それにあの刺青だ、間違いはない」 「とは言え、問題はその後だな。結局あの後、逃げるように去っていったし。第一、彼女が部族
のことをどれだけ覚えているかもわからないし。そもそも、『そっか、それなら部族に帰るか』っ てあっさり同意するとはあいつの行動パターンからして考えにくいぞ」 オレが頭を掻きながら言うと、ラルグも、
「確かに、幼少のころから、わがままというか、自分がこう決めたら絶対に曲げなくて、周りを困
らせることもよくあったが、そういう部分も変わってないようだったな」 といってため息をついた。
「ん‥‥?幼少のころって、誘拐されたの五歳の時だろ?ラルグも同い年のはずだけど、それ
にしてはよく覚えているな」 オレがふとそう思って尋ねると、ラルグは一瞬キョトンとして、
「ああ、言ってなかったな。私とリファリサ様は許婚だったのだよ」
と何食わぬ顔で言った。
「はあ!?」
「さすがのお前でも驚いたか。だが事実だ。その関係で、幼いリファリサ様の遊び相手でもあっ
たのだよ」 話しながらそのときのことを思い出しているのか、ラルグはどこか遠い目をしていた。(もしか
して、初恋ってやつか?) そう思って、そのことを口にしようとしたが、その前にラルグが口を開いた。
「それよりガイアット。リファリサ様の居場所はまだわからないのか?」
その言葉にオレの表情も曇った。
「今のところは。あれからオレの前にも現れなくなったからな。今キャリーに頼んで盗賊ギルド
に情報を調べてもらっているし、ロムにも官憲方面でも目撃例を集めている。あの後も町でリ サらしき姿を見たという話は何件か来ているし、まだオランにいることは間違いないんだがな」 ファリスの神官戦士が人づてとは言え盗賊ギルドに頼っていいのかとも思うが、やはりこうい
った情報を集めるには盗賊ギルドが必要不可欠である。まあ、神殿の上層部とかだったら思 いっきり繭を潜めそうだが。 「まだ具体的な滞在場所はわからないということか‥‥。ガイアット、ある程度でもいいから居
場所のめぼしはついていないのか?」 どこか焦っている感じでラルグが尋ねた。
「まあ、ある程度の場所は絞れて来たからこれから直接行こうと思っていたが‥‥。どうしたん
だ?いったい何を焦っているんだよ」 「い、いや。やっとリファリサ様を見つけたのだ。焦りもする。それよりこれから行くのか?私も
行こう。もたもたしていると、本当にオランから去ってしまうかもしれない」 そう言うと、ラルグは座っていたベッドから立ち上がり、一人でスタスタと部屋の外に出ていっ
た。 「お、おい!お前まだ調子悪いんだろ!」
オレは慌ててその後を追った。ラルグが何か隠し事があるのは明白だったが、結局それを聞
き出すタイミングを逸してしまった。 約二時間後、半ば強引についてきたラルグとともに、オレは一軒の宿屋兼酒場の前にいた。
目星をつけた範囲で聞き込みした結果、ここにリサが滞在していることは間違いなかった。 「よし‥‥‥。早速行こう」
やはり焦った様子で店に入ろうとするラルグを、オレは腕をつかんで静止した。
「少しは落ち着け。この前のこともあるし、まだ詳しい事情を知らないだろ。いきなり部族の者で
あるお前が行っても話がこじれるかも知れないし、まずはオレが話してみる」 「しかし‥‥‥」
そう反論しようとしたラルグの顔色は明らかに悪かった。宿を出たときにはそれほどでもなか
ったが、やはり長時間町に出ての聞き込みはこたえたようだ。ちなみに、体調を崩したときに オレが治療魔法をかけようとしたのだが、本人が、 『ただの疲労だ。それにリファリオ様とのことでショックも重なったのだろう』
と言って、断っていた。
「そんなフラフラで説得なんかできるかっ。と言うか、本当にただの疲労か?」
「心配はいらない。もしものときは自分で魔法を使う。‥‥まあ、確かにお前の言う通りだな。
私は一階の酒場の隅で休ませてもらうよ」 「そうしておけ。妊娠中でなければセリスさんに診てもらってもいいんだけどな」
そうオレが言ったところで、後ろから聞き覚えのある声がした。
「トキオアダカードの奥さんのあの人のことか?確かに今が大事な時期だしな」
「え?」
振り向くと、ちょうど戻ってきたのか、リサが立っていた。どこか諦めたというか観念したような
顔をしていた。 「‥‥こっちはまだ心の準備ができてないんだが。まあいい、とりあえず入れ。そっちは顔色悪
そうだし。‥‥まあ、内容は多少想像はつくが、一応聞くだけは聞くよ」 『面倒だが仕方ない』といった感じでため息をつきながら、リサはそう言って頭を掻いた。た
だ、思った通り説得がすんなりいく感じではなさそうだった。 「‥‥なるほどな」
ひとしきり事情を聞くと、リサは小さく呟いた。
「それで、どうするつもりだ?」
回りくどい言い方をしても彼女相手では逆効果だろう。そう思ってオレは単刀直入に尋ねた。
なお、調子の悪いラルグは、当初の予定通り隅のテーブルで休んでいる。これなら、身内に話 しづらいことでも話してくれるかもしれない。 「結論から行けばお断わりだ」
ある程度予想していた通りの返事を、彼女は返した。
「理由を聞かせてもらえるか?やはり、いきなりのことでまだ混乱しているとか?」
「それもあるが、今さらこんな風に育った娘が来たって、後継ぎ問題だので混乱するのは目に
見えているだろ。僕は面倒なことは御免だ。第一、昔のことは殆ど覚えてない。これでもガキの 時から色々あってな。昔を思い返す余裕なんてなかったからな」 面倒臭そうにリサは言ったが最後の部分で一瞬だが悲しそうな表情を浮かべた。それだけ
で、さらわれた後のリサがどれだけ辛い過去を歩んできたかは察せられた。 しかし、本当に予想通りの答えだ。さて、どうしたものか‥‥。
「ところでガイアット、勝負の話はどうなった」
いきなり、リサは話題を変えてきた。これ以上、この話はしたくないといった感じだ。だが、こ
ちらも引くわけには行かない。無理をしているラルグのためにも、もう少し粘らないと。少なくと も、すぐにOKは無理でも少しでも前向きな返事はここでもらいたいところだ。オレは、ラルグの いるほうを一瞥すると、話を戻した。 「話題を変えたいのもわかるが、お前の親父さん心配しているそうじゃないか。跡継ぎ云々言
われるのが嫌だったら、人目につかないようこっそり会う方法の一つや二つあるだろう。部族 に留まるかどうかは後で考えればいいじゃないか」 「そう上手くいくとは思えないけどな」
しかめっ面でリサは言った。苛立っている様子を隠そうともしない。
「それに、あっちにいるラルグだって体調崩しているのを押してまでここに来たんだぞ。お前が
この町を去るんじゃないかって心配でな。あいつの顔も立ててやってくれないか」「う‥‥。し、 しかし‥‥」 ダメ元でラルグの事を出した途端、リサの態度がわずかだが軟化した。てっきり、『そんなこ
とはどうでもいい。勝負のほうが僕には大事だ!』とか言い出すのではと思っていたが、明らか に勢いがそがれている。相手が病人ということで強く出られないのか、それとも‥‥。 (そういえば2人は元許婚だったな。子供の頃は覚えていないと言っていたが、まさかな‥‥)
ラルグがリサのことを覚えていたのだ。逆があっても不思議はない。
「なあ、一つ聞いて‥‥」
オレがその事を確かめようとしたとき、ラルグの席のほうから何かが倒れるような音が聞こえ
た。慌てて振り返ると、ラルグが床に倒れていた。 「ラ‥‥」
「ラル!」
オレが声を出すよりも早く、リサがそう叫ぶとラルグのところに駆け寄った。
「おい、ラル!ラル!」
「下手に動かすな!」
すっかり取り乱した様子でラルグを揺さぶるリサを静止すると、オレはラルグの様子を確認し
た。意識が朦朧としているのか、こちらの声にも反応せず、苦痛に顔を歪めて荒い息を吐いて いる。 (まさかここまで悪かったのか‥‥。クソッ、やはり無理にでも宿に縛りつけておくべきだった
か!) とりあえず、病気治癒の魔法を唱えようとしたとき、ラルグの首筋に何か黒いアザのようなも
のが見えた。さっきまでこんなアザはなかったはずだ。 「これは‥‥」
嫌な予感を感じ、オレはラルグのシャツをまくりあげた。そこには首筋から右脇腹にかけて皮
膚が黒く変色していた。まるで袈裟斬りにされた傷痕のようにも見える。そして、そのアザはほ んの少しずつだが、目で見える早さで太くなっていった。 「‥‥病気なんかじゃない。毒、いや、何かの呪いか」
「なんだって?」
「それでやけに焦っていたのか。ここでは何だし、お前の部屋に運ぶぞ」
オレはそう言うと、ラルグを担ぎあげた。
「わ、わかった。‥‥それで、大丈夫なのか?」
運んでいる最中も、リサはラルグのことを仕切りに気にしている。先ほどまでとはえらい違い
だ。 「‥‥まだわからん。オレの魔法で解けるものならいいんだが、もしものためにファリス神殿に
連絡を取ってもらうよう宿の人に頼むか。‥‥それと、こんなときに聞くのも何だが」 リサの部屋につき、ベッドにラルグを横たえながら、オレはリサに尋ねた。
「なんだ?」
「さっきこいつのこと『ラル』と呼んでいたな。それにその慌てぶり。‥‥少なくとも、ラルグのこ
とは覚えているんじゃないか?」 「‥‥‥‥」
リサは答えずに顔を背けたが、その行動がオレの質問に対する何よりの答えだった。
「大丈夫だ。死なせはしないさ」
オレはリサにそう言って笑いかけると、解呪の魔法を唱え出した。 |