ラルグが意識を取り戻したのは、日がすっかり落ちたあとだった。
「う‥‥」
「ふう、やっと気がついたか。気分はどうだ?」
そう疲れた声でオレは尋ねた。気を失う寸前まで魔力を使って解呪した結果だ。もっとも、そ
の甲斐はあってなんとか解呪は成功したが。 「ああ、体はかなりだるいが、もう大丈夫だ。‥‥まさか、私の呪いを解いたのか?あんな高度
な呪いを‥‥」 驚いた顔でラルグはオレに尋ね返した。
「だてに神官戦士のエースはやってないさ。これでも高司祭級の魔法は使えるようになったん
だぜ。‥‥それはそうとして、事情を聞かせてもらえるか?」 オレが話をしている間も、リサは口を閉ざしていた。まだ色々と悩んでいるようだ。彼女に関
しては、ここは少し様子を見た方がいいかもしれない。それに、今はラルグのことが先決だ。 「‥‥そうだな。それと、場所を移したほうがいいだろう。呪いがあれだけ一気に進行したのだ
から、すぐにでもあいつが来る」 そう言うと、ラルグはヨロヨロと起き上がった。呪いは解けたとはいえ、体力をかなり消耗して
いるようだ。 「お、おい。無理するなよ!」
「いや、もう時間がない。ここは冒険者の店ではない普通の宿だ。ここを戦場にするのはまず
い」 そう言って出口に向かおうとするラルグをあわててリサが支えた。
「まったく‥‥、無茶するところは全然変わってないな」
小さな声でリサが呟いた。
「え‥‥?」
「なんでもない!それより、ご要望通りここから出るから、ちゃんと訳を話してもらうぞ!」
半ばごまかすように言うと、ラルグに肩を貸してリサは歩き出した。
「‥‥死霊に合ったのだよ」
宿を出て、歩きながらラルグはポツリポツリと話し始めた。
リサの捜索を初めて間もなく、ラルグの前にそれは姿を現した。一見すると軍馬に引かせた
戦車に乗った全身鎧の騎士。だが、それの発する雰囲気は明らかに人害のものだった。身構 えるよりも早くそれはいきなりラルグに切りかかり、そのまま走りさっていった。去りぎわに、そ れは傷ついたラルグに何事か言葉を発した。 「聞いたこともない言語だったが、何故か意味はわかった。『これは印だ。それがお前を蝕むこ
ろに来る。せいぜいあがいてみせろ』とな。しばらくは何もなかったが、リファリサ様と合った直 後に治療したはずの傷痕が黒く変色し出したのだ」 「だから体調を崩したのか」
オレの問いに、ラルグは「ああ」と答えて話を続けた。
「あの死霊がまもなく来るのはわかった。お前やリファリサ様に危険が及ぶかもと思ったが、せ
っかく合えたのだ。‥‥せめてあなたが族長に合う気になってから姿を消そうと思った。ここま で進行が早いのは予想外だったが」 ラルグの言葉の最後の部分は、自分に肩を貸すリサに向けてのものだった。
「‥‥バカ。そんなことをして誰が喜ぶっていうんだ、バカだよ、ラル」
唇をかみ締めて、リサはそういって呟いた。初対面のときとはずいぶん様子が違ってきた
が、おそらくこれが本来の彼女なのだろう。 「やはり、覚えていてくれたようです‥‥、覚えていてくれたんだね、リサ」
途中から砕けた口調になって、ラルグは僅かに微笑んだ。
「悪いが、思い出話は後にしてくれないか。‥‥何かがこっちに来ている」
邪魔するのも悪いと思ったが、オレはそう言って二人の話を遮った。微かにだが、馬車が近
づいているような音が聞こえてきたのだ。さらに、音とともに、なにやら禍々しい感じも近づいて くる。少なくても、通りすがりの荷馬車ではないようだ。 「ラルグ、確か戦車に乗った鎧の騎士と言ったな。‥‥そいつに首はついていたのか?」
「あ、ああ、ちゃんとついていたが。相手に心当たりがあるのか?」
「なんとなくだがな。ただ、オレの知っている奴とは少し違うようだが」
以前、神官戦士団の任務で、デュラハンという首のない騎士の姿をした魔物と戦ったことが
あった。そいつは首のない馬の引く戦車に乗って現れて、目をつけた相手に死の予告をする。 そして、およそ1年後に再び殺しにやってくる。死の予告を免れるにはデュラハンを返り討ちに するしかない。デュラハン自身もかなり強く、非常に厄介な相手である。ただし、死の予告ととも に相手に呪いを与える、首がちゃんとついているデュラハンなんて、少なくてもオレは知らな い。デュラハンそっくりの別の魔物か、それともデュラハンの亜種かといったところか。いずれ にせよ、考えている時間はなさそうだ。 「少なくとも、呪いを解いても相手が諦めるわけではなさそうだな。ラルグ、病み上がりのところ
申し訳ないが、精神力に余裕あるか?お前の解呪でオレのはほぼ使い切ってしまったんでな」 「わかった。どのみち、こうフラフラでは、まともに戦えそうにないからな」
ラルグはそう言って、オレに精神力譲渡の魔法を唱えた。これでもうしばらくは魔法が使えそう
だ。 馬車の音は速度を緩めることなく、殺気とともにまっすぐこちらに近づいてくる。ほどなく、道
の向こうに相手の姿が見えた。甲冑をまとった軍馬の引く戦車に、黒い全身鎧。その気配は、 確かにデュラハンのものに似ている。だが、馬にも騎士にもちゃんと首はついているし、馬も戦 車も普通より一回り大きい。さらに、普通のデュラハンの戦車は2頭立てだが、こいつは大型 化している分3頭立てと来た。 「間違いない、あいつだ!」
ラルグがそう言うと同時に、それはこちらを視界に捕らえたのか、一気に速度を上げて突っ
込んできた。 「リサ、ラルグをフォローしろ!」
オレの声が聞こえたのか、リサはラルグを抱えて道の端に飛びのいた。間一髪で戦車は2人
のいた場所を通り過ぎる。だが、通り過ぎざまに、騎士が戦車から飛び降りると、2人のほうを 向いて剣を抜いた。 「待て!」
オレは剣を抜き、騎士に斬りかかった。騎士はそれを払いのけると、こちらに向き直った。
(とりあえず、こちらに注意をそらすことはできたか)
オレは、剣に神聖魔法で聖なる力を武器にこめながら、心の中で安堵した。とは言え、ラル
グ達のほうも危機は脱していない。戦車から馬たちがひとりでに分離し、2人を取り囲んでいる のだ。すでにリサはラルグをかばうように馬たちと対峙している。馬のほうももちろん普通の馬 ではない魔物の類だが、本体である騎士に比べるとかなり弱いはずだ。しかし、弱ったラルグ をかばいながら3体同時では、楽勝とはいかないだろう。 そんなオレのほうも剣を構えなおした騎士が斬りかかってきた。それを剣で受け、斬り結ぶ。
こちらはもっと楽勝とは程遠い。間の悪いことに、愛用の魔法の盾を家に置いてきており、武 器は剣一本しかない。 (こんなことになるとは思わなかったからな。だが、やるしかない!)
相手の騎士は、以前戦ったデュラハン以上のようだ。技量はこちらよりやや上といったところ
か。こちらは神聖魔法で傷を治しながら持久戦に持ち込めば勝機はある。しかし、ラルグの魔 法である程度回復しているとは言え、精神力を消耗している以上、あまり長引くと危険だ。 騎士は行き着く暇も与えずに、剣を繰り出してくる。すでにこちらは浅い傷を数箇所負ってい
る。こちらの剣も相手を何度か切り裂いているが、お互い致命傷ではない。リサとラルグの様 子が気になるが、さすがにもう2人のほうを向く余裕はない。オレは魔法で自分の傷を癒すと、 再び相手に斬りかかろうとした。そのとき、リサの慌てた声がした。 「ガイアット、そっちに1体行った、右だ!」
「なっ‥‥!」
右を向こうとしたが一瞬遅く、突進して来た馬の体当たりが直撃した。運の悪いことに、弾か
れた先には、剣を構えた騎士が立っている。この状況で剣を振るわれたら終わりだ。 「しまっ‥‥」
体勢を立て直す間も無く、騎士は剣を振り上げ‥‥。
「させませんよ!」
聞き覚えのある声がしたかと同時に、振り下ろした剣は、横から突き出された槍に遮られ
た。 「ロム!」
「何とか間に合いましたね。あ、これ忘れ物です」
オレの魔法の盾をそう言って手渡し、愛用の魔法の槍を構えてロムは騎士と対峙した。そう
いえば、ラルグの解呪の件でファリス神殿に連絡を取るよう宿の人に頼んでいたのを忘れてい た。 「あなたからの連絡もありましたが、先ほど官憲から、町中でデュラハンらしき姿を見たという
情報が神殿に入りましてね。家にも戻ってないし文献亭に行ったら出かけたきりだとのことでし たので、何かあったかと思ったのですが。やはりこうなってましたか」 「すまないな。だがオレは大丈夫だ。あの二人のフォローを‥‥」
オレが言い終わるよりも早く、さっきオレに体当たりをした馬の足と首筋に銀のダーツが深々
と突き刺さった。苦痛に叫ぶ馬ののど笛にさらにもう1本刺さり、それが致命傷となり馬は石畳 に倒れた。このダーツ捌きはあいつしかいない。 「キャリーも来ているのか」
「ご名答。ラルグさん達はアタシに任せて。トキオ兄さんは別行動だったから少し遅れるけど
ね」 その声に振り返ると、ダーツを構えたキャリーがリサとともに残り2体の馬と戦っている。どう
やらあっちはもう大丈夫のようだ。 「何とか形勢逆転ですね」
「よし、反撃開始だ。始末させてもらうぞ!」
オレは盾を左腕につけると、ロムとともに騎士に斬りかかっていった。
数分後、オレとロムの攻撃で騎士が動かなくなったとき、ようやくトキオ兄さんが駆けつけてき
た。 「すまない、遅くなった。って、もう終わったのか」
「なんとかね」
オレは額の汗をぬぐい、兄さんに笑みを返した。
「せっかく来たのにオレの出番は‥‥」
そう言いかけると、兄さんは愛刀『修羅』を抜くと、オレに向かって振り下ろした。『修羅』はオ
レの後ろでちょうど立ち上がった騎士を両断していた。 「‥‥まだあるようだな」
斬り倒された騎士は傷だらけの鎧もそのままに再び立ち上がろうとしている。
「まさか‥‥」
あわてて振り返ると、倒れていた馬たちもまるで操り人形のように起き上がろうとしている。
「そんな。デュラハンなら、本体の騎士を倒せば、馬や戦車も機能を停止するはずですよ!」
ロムが驚愕の声を上げる。
「あの騎士、斬ったときの手ごたえがなさ過ぎた。おそらく本体じゃない」
兄さんがみんなにアドバイスしている間にも、立ち上がった馬がリサに襲い掛かる。それをグ
ローブ(おそらく、これも魔法の品なのだろう)をはめた拳でカウンターを打ち込むが、すぐにま た起き上がってくる。これではキリがない。早く本体を見つけて叩かないと‥‥。 (待てよ、馬も騎士も本体ではないとしたら‥‥!っ、残るは!)
そのとき、何かが勢いよくこちらに駆けてくる音が聞こえた。振り向くと、引く馬のいないはず
の戦車がひとりでにこちらに突進してきた。進行方向にいるのはラルグだ。気づいたリサが駆 け寄ろうとするが、馬に阻まれた。もう戦車はラルグの目の前だ。 「くそ、やらせるかぁっ!」
オレはとっさにラルグを横から蹴り飛ばした。少々乱暴だが、ラルグは助かった。もちろん、
オレが変わりに戦車にはねられたが。 「ガイアット!」
「大丈夫だ。パルサー家の者がこのぐらいではくたばらん。そうだろ、ガイ」
驚愕するリサに、落ち着いた様子で兄さんは言った。
「さすが、兄さん。よく、わかってるじゃ、ない‥‥」
オレはなおも疾走する戦車にしがみつきながら兄さんに答えた。戦車に体当たりされながら、
車体に飛びついたのだ。全身が悲鳴を上げているが、致命傷ではない。 戦車はオレを振り落とそうと、猛スピードで戦場をメチャクチャに走り回っている。車体に聖な
る力を込めた剣を突き立てて振り落とされまいと踏ん張っているが、このままでは振り落とされ て今度こそ終わりだ。決めるなら今しかない。オレは覚悟を決めると神聖語を唱えだした。 「至高神よ、我が周囲の悪しき者どもに‥‥、裁きの鉄槌を!」
次の瞬間、戦車はばらばらに砕け散った。術者を基点とした周囲の空間に、気弾の魔法より
も強力な衝撃波を放つ炸裂気弾の魔法。味方が近くにいると使えないが、この状況なら、範囲 内にいるのは戦車のみだ。 ただし、戦車が破壊されると、当然上に乗っていたオレは放り出される。オレは騎士と馬が力
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